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第50話 光の射す方へ



東海道線に乗って熱海で乗り継ぎ、二時間ちょいかけてやっと着いたで伊豆急下田駅! やっぱりウチらの街とは雰囲気が違うて、温泉街の並ぶ観光スポットって感じやな! 天気も良くて風も涼しくて、都会と違うて空気が澄んでて美味い美味い! やっぱり、ゴールデンウイークは家に籠もってるよりお出掛けするに限るって話やなぁ!



「いやぁ〜、何ちゅうんやろか? 何かこう、心が真っ白に洗われるってこういう事を言うんやなぁ!? 電車の窓から見えた海岸線の大パノラマ、ここでしか戴く事の出来へん最高の駅弁、もう忙しない日常から自分解放って感じやな!」


「みータンも自分かいほーう! 海とっても綺麗だったー! おねータン、次はどこに行くのー? みータン、もっともっと遊びたーい!」


「……あのー……」


「おう! その意気やで岬!? 今宵は無礼講、温泉旅館も貸し切って松本翼大祭りの開催や!」


「よっ! おねータン日本一!」


「……ちょっとお二人さん、ノリノリのところ申し訳ありませんが……」



あぁん!? 何やねん、さっきから後ろでブツクサブツクサ! ウチら松本姉妹がええ感じで盛り上がっとるのに、普段ハメ外しっぱなしの薫が何でこんなにテンション低いねん!? わざわざ連れてきてやったってのに、一体何が気に食わんのや!?



「……いつからこの小説は『伊豆半島ぶらり途中下車の旅』になったんですか? 完全に本来の目的忘れてるし……」


「……目的? あれ? 何やったっけ?」


「お宝、お宝!」


「あっ、せや」



そうやったそうやった! 旅行気分になんて浸ってるヒマなんか無いねん! ウチは病院に入院して外出出来へんオトンの代わりに、オトンが幼少時代を過ごした孤児院『森川の里』に行ってオトンが昔埋めたお宝を掘り返しに来たんやった!

アカンアカン、快適な列車旅と美味い弁当、そしてこの街の観光スポット特有のウキウキウォッチングにときめき過ぎてすっかり大事な事を忘れてしまうところやったわ! やっぱり避暑地の魅力っつーんはハンパないわなぁ!?



「よしっ! 目的も再確認したってところで、とりあえず新鮮な伊豆の海鮮でも食って一息入れよか?」


「さっき駅弁食ったじゃ〜ん!? つーか、交通費だけでもうそんなお金残ってませ〜ん!? マジで帰りの運賃ピ〜ンチっスよ!?」


「何やねんなオマエ、使えへんな〜!? オマエから資金スポンサーの役目取ったら一体何が残んねん!? サラ金にでも手ぇ出してウチらに誠心誠意尽くせやボケッ!」


「学生でサラ金に手を出したら人生終わってしまいますがなでんがな〜? 誰か〜、自己破産手続きの為の良い弁護士さん紹介プリーズ!?」



何や何や! せっかく下田くんだりまで来たっちゅうのに、途中でどこにも寄れずにそのまま現地に直行しなアカンのかい? つまらんな〜、修学旅行かて色々な観光スポット回っていくっちゅうのに、これだから学生は貧乏で困るわ! 世の中の保護者はもっと可愛い子には旅をさせんとアカン! このままじゃ日本ダメになるで!?



「……ねぇ翼、そんな気楽な事言ってる場合じゃないでしょ……?」


「……ったく、綾までそんなシケッ面かいな!? 何の縛りも無い自由気ままなぶらり旅、少しは楽しそうな顔しろや! 温泉街から漂う硫黄の匂いとか、他の旅行者で賑わっとる商店街の雰囲気とか……!」


「バカ言わないでよ!? 周り見なよ周り!? もうすっかり日が暮れちゃってるじゃない!? これからどうすんの!? このままじゃ本当に泊まりがけになっちゃうじゃない!?」



あら〜、ホンマや〜? 辺り一辺すっかり日が暮れて、キレイな夕焼け空になってしもてるな〜? 駅前の街のネオンにも灯りが灯って、正に夜の街へと表情を変えて怪しい雰囲気やな〜? 時計を見たらすでにもう夜七時を回っとるし。



「その目的地までは一体あとどれくらいかかるの!? 今日中に無事に到着出来るの!? 第一、翼は目的地がどこなのかちゃんとわかっているの!?」


「……とりあえず、オトン宛ての手紙には差出人の住所は書いてあるけどなぁ……?」


「それにさ、その差出人の人にはお伺いしますって連絡してあるの!? いきなり訪問とかして大丈夫なの!? それだけじゃないよ、私達は今日どこに泊まればいいの!? もちろん、どこか当てがあるんでしょ!?」


「……いや〜、現地まで行ったら何とかなるかなって思うて……」


「あー、もう最悪! 翼と絡むといっつもいっつもそう!!」



綾のヤツ、途端にふてくされて駄々っ子みたいに地面に座り込んで足をバタバタし始めよった。もっと年下で生意気な岬かて我慢して大人しくしとるのに、何ちゅうみっともない態度やねん!



「オマエ、高校生にもなって何やその醜態は!? さっさと立てや! 周りの駅員も何事かってこっち見とるやろが!?」


「ヤダ! 絶対に立たない! 翼は学校でもサッカーでもいつも勝手過ぎるよ!? 大したアイデアや見通しも無いのにいっつも一人だけでで突っ走ってさ、周りで合わせなきゃいけない人間の事を全然考えて無いじゃん! だからワンマンプレーだっていつもコーチに怒られるんだよ!? そんな事に毎回付き合わされて、もう私、限界だよ!?」


「何や何や! 全部ウチのせいかい!? あのなぁ、人に責任擦り付けるヒマがあったら少しは自分も何か良いアイデア考えんかい!? オマエかていっつも何もかんも全部ウチ任せやろが!? コンビニで地図買ってくるとか、交番で道聞いてくるとか、何かしら気の利いた事出来んのかい!?」


「何で私がそんな事までしなきゃいけないの!? 私はアンタの召し使いでも奴隷でもないんだから! 無理矢理こんな遠くまで連れてきて、挙げ句に気が利かないだなんて言われて、もう最悪だよ!!」



……またや、またこれや。サッカーの練習試合で負けた時とか、つまらんプレーして監督やコーチに怒鳴られたりするといっつもコイツはウチのせいにする。何でやねん? ウチについて来れへんオマエが鈍くさいんじゃ! 走り回るのが仕事のボランチが何ワガママ言うとんねん!



「もう家に帰りたい! そんなに宝物を掘り出したいなら、翼と薫君だけで勝手に行ってくればいいじゃん! 私、何にも関係無いもん! もう一人で帰る!!」


「あーそうかい! 何やオマエ、ウチの力になりたい言うたクセにしっぽ巻いて逃げるんやな? オトンがいつも家まで送ってくれた恩を仇で返すんやな? せやからオマエはいつまで経ってもサッカーのレギュラーにも、物語のレギュラーにもなれへん影の薄い中途半端人間なんや!」


「……! そんな……」


「……ちょ、ちょっとつばピー? 大切なベストフレンドをそんな言い方したらノンノン! せっかくの男女四人ラブラブ旅行だぜぇ!? みんな笑顔でピース……!」


「岬を『女子一人』に数えるな言うてるやろがこの変態! こんな腰抜け女はなぁ、一発ガツンと言ってやらなアカンねん! 小さい岬かて大人しくしとるのに、綾にはホンマにガッカリや! 帰りたいなら勝手に帰れや、さっさと帰れ帰れ!!」


「……う、う、うわぁぁぁぁぁん!!」



……泣きよった。最悪や、こっちが最悪や。ただでさえ岬の面倒も見なアカンのに、何で高校生にもなった泣き虫ダメ女のご機嫌まで面倒見なアカンねん? こんなんやったら一人でお宝探しに来た方が良かったわ……。



「ヒドいよ、翼ヒドいよ! 私が一番気にしている事をズバリ言うなんて! 私だって一生懸命頑張ってるのにー!!」


「大丈夫だよ綾ピー? 俺は綾ピーの努力を一番近くで見てあげているからね? 世界中が敵に回っても、俺は君の一番の味方さ!」


「馴れ馴れしく肩を抱き寄せてイチャイチャすなボケッ! 薫オマエ、さっきウチにも同じ事言うてたやろがこのスケベ男!!」


「あっびゃあぁぁぁぁぁ!!」



……ったく、一日何発このアホの顔面蹴り飛ばさなアカンねん? コイツ、絶対真正のM男やわ。って事はやっぱりウチはS女なんかなぁ? 確かに、薫の事を蹴り飛ばす時は結構ウチも楽しんでたりする……? いやいやいや、アカンアカン。考えただけでも気持ち悪いわ……。



「……ここは駅の名前の通り『下田市』やから、もうちょっと先まで行かんとアカンのやなぁ、バス停とかあるから、多分ここからはバス移動やと思うんやけど……」


「お前さん達ー、こんな時間に地図なんか広げてー、一体何をしとるんだー?」


「うわっ! いきなり何やねん爺さん!?」



ウチが手紙に書かれている孤児院の住所を、なけなしのお金で買うてきた地図と照らし合わせながら調べてると突然帽子を被った小さい爺さんが横から顔を出してきた。どうやら、駅のベンチに座って泣きじゃくってる綾が目線に入って心配して様子を見に来たみたいや。せっかくや、地元の人みたいやからちょっと聞いてみよかな?



「……なぁ爺さん、ウチら『南伊豆町』の『石廊崎』って所に行きたいねん、ここからどないしたらええんかなぁ?」


「石廊崎ー!? あんな所に子供だけで今から行くのかー!? 近くの旅館で先に家族とか誰か待ってたりするんかー?」


「……いや〜、泊まる所とか全然決まってへんねんけど……」


「なら、やめとけやめとけー! 石廊崎まではバスが走っとるけど、帰りの時間にはもう無くなっちまうぞー? 駅まで歩いて帰ってきたら二時間近くはかかっちまうし、あそこら辺の高級旅館は先に予約しないとなかなか泊めてくれたりせんから、今日はもう出直してまた別の日に来いやー!」



えぇ〜、そない殺生な〜!? せっかく二時間近く列車乗り継いでここまで来たのに〜! やっぱり綾の言う通り、ちょっとウチの見通しが甘かったかも知れへんなぁ? 最寄り駅まで行けば何とかなるって思ってたんやけどなぁ……。



「やっぱり、何の準備も無く遠出をするのはちょっと無理があったみたいだね? さぁ翼、もう十分気が済んだろう? 帰りの電車が無くなる前に俺達の街へ帰ろうぜレッツゴー!?」


「……う〜ん……」


「……あれ〜? またまた何やらとんでもない事を企んでいそうなその横顔、さすがの薫ちゃんもつばピーの一挙手一投足にもう心臓がバックバクでヤンス!」



……確かに無謀やったかもしれん。でも、ウチはもう決めたんや! ここで考え込んだってしゃあない、目的地はもう目と鼻の先なんや、こんな所で後込みしてたまるかっちゅうねん!



「いいや、ここはあえて強行するで! 勝ちたかったら前を向け、これがウチとオトンの合い言葉や! その気持ちに気づかせたんは薫、オマエやからな!? オマエにはトコトン最後まで付き合うて貰うからな!?」


「オーマイガッ! 行きはバスで良いとして、帰りはデンジャラスな暗闇トワイライトゾーン! クマとか出たらどうしましょ、オイラはハチミツみたいにスイートでデリシャスだから食べられちゃうぜベイビー!?」


「熊なんて出るかいなアホッ! こうなったら野宿も上等や、人間の野生の力を大自然に見せつけたんねん!」


「イヤ、野宿だけはイヤー! 私、まだ高校生になったばかりなのに、こんな所で野垂れ死にたくなーい!! 家に帰りたいよ、お母さん助けてー!?」


「何で『死ぬ』前提の話になっとんねん綾! もし、ウチらがいつか女子サッカー日本代表に選ばれて、どっかの遠い国のアウェー戦に行く事になったらこんな展開あり得るかもしれへんねんで!? オマエもええ加減覚悟決めろや!?」


「みータンはお洒落なバスルームと美味しいブレックファーストが食べられる一流ホテルにしか泊まりませーん! あと、ステキなプールバーとハンサムなバーテンダーがいないとノーサンキューでーす!」


「小学生の分際で何がプールバーじゃこのクソガキ! どこのビッチセレブ気分じゃゴラァ! 岬オマエなぁ、最近千夏の影響受け過ぎなんじゃアホッ! 他人のマネするくらいなら少しは偉大な姉を見習わんかいボケカス!!」


「だっておねータンみたいな貧粗で下品なギャルにはなりたくないもーん! みータンは千夏おねー様みたいな華麗でステキなレディーになるのー!」


「誰が貧粗で下品でペチャパイやねん! オマエなんぞカレーでもハヤシでも天津飯でも冷やし中華でも好きなもんなっとけやこのどアホ!!」


「野宿イヤー! 家に帰りたいよー! お母さーん!!」


「じゃかぁしいんじゃオマエらぁ!! ええ加減にせんとまとめて伊東の海に沈めてマグロの餌にしたるぞゴラァ!!」



もう何やねんコイツら! 連れてきても全然役に立たへんがな!? それどころかワガママばかり言うてウチの足引っ張りよって、何でウチの周りにはこんなヤツらばかりしかおらんねんやぁ!!



「そんなに泣き叫ぶ娘さんがおったら放っておけんのー、お前さん達、石廊崎の港までで良かったらワシの車に乗ってくかー? 但し、車内に五人の乗れんから、軽トラックの荷台になってしまうけどなー?」


「……ホンマ? 爺さん、ホンマに乗せてくれるんか!? おおきに、ホンマおおきに!」


「ただアレだー、その後はお前さん達でしっかりと安全に眠れる所を見つけるんだぞー? 小さい子供を二人も連れておるんだからなー?」


「……小さい子二人て、ウチ、こう見えても高校生なんやけど……」



どや! 正に一発逆転、これぞ松本翼様がもたらしたメークミラクルや! やっぱり港町の人達は心が温かいわぁ、爺さんの帽子、何かナンバーみたいのが付いとったから市場の仕事でもやってる人なんかなぁ? でも、これでバス代が浮いたから、みんなのお金を寄せ集めれば何とか小さな旅館ぐらいなら宿泊する事が出来るようになったで! 諦めずに前進する事を決めたウチの粘り勝ちやな!



「……お爺さんが声をかけてくれたのは私を心配してなんだからね? 少しは感謝してよ……?」



さっきまで鼻水まで垂らしてギャーギャー泣いとった女が何を言うとんねん? ホンマにコイツは絶対日本国内のアウェー戦の遠征でもホームシックになる事間違えないわ。その日の為の鍛錬として、あえて綾だけは一人で野宿させたろかなぁ?



「おねータン、灯台だよ灯台! クルクル灯りが回ってるー!」


「ホンマや、灯台や! あれが『石廊崎灯台』やな! って事は、目指す『森川の里』はもうすぐ近くやで!」



軽トラックの荷台の上は確かに固くて座り心地が悪いけど、暑くも寒くもないちょうど良い涼しい風を体に感じるこの感覚は結構ええもんやなぁ?

こんな事して警察に見つかったらホンマは注意されるけど、日も落ちて暗くなった国道も対向車が少なくなって通報される心配は無さそうや。



「おねータン、おねータン! マントヒヒやろーよマントヒヒ!」


「ハァ? そんなん面倒臭いわ、オマエ一人で勝手にやれや?」



岬が言うてる『マントヒヒ』っちゅうんは、あの車のCMで安田成美が歌っとったヤツや。何でガキはいちいちあんなつまらんもんに反応するんかなぁ? あんなCMのどこがおもろいねん?



「ねぇねぇ、マントヒヒ歌おーよマントヒヒ! 薫タンも一緒にマントヒヒ歌おー!」


「岬お嬢様のご希望となれば断る訳にはいきませんな! 是非ともご一緒に歌わせて戴きますぞぉ!」


「……いちいち相手せんでええっちゅうのにオマエは……」


「じゃーね、みータンが最初でおねータン、最後は薫タンだよー! せーの、マントーヒーヒ・ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ♪」


「……面倒臭っ」


「おねータン!!」


「……わかったっちゅうねん! ヒトコブラクダ・ダダダダダダダダダ!」


「だん吉くーるーま(浅井企画)♪」


「何でお笑いマンガ道場やねん! 真面目にやれやゴラァ!!」


「ヒィィィィィ!! 真面目にやりますから荷台から落とすのはやめてぇ!!」



薫がアホかますからウチが荷台に立って蹴り飛ばすのを見て、運転してた爺さんがビビって急ブレーキかけてもうたやないか! お陰で思いっ切り運転席の後ろの覗き窓に顔から突っ込んでメチャメチャ痛いやないかボケッ!!



「じゃあ今度は薫タンが二番目だよー! マントーヒーヒ・ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ♪」


「人妻淫乱♪ ワーオ! 団地妻若奥様シリーズ旦那さんが出張で寂しいエロエロボディが熱く疼いて抑えられないのぉ!!」


「オマエ、ホンマにマクロの餌になれやこのどアホ!!」


「あぁ! 落ちる落ちる落ちる!! お願いですから荷台から逆さ吊りにするのはやめてぇ!!」


「薫タン、全然つまんなーい!!」


「いやいやいや、薫ちゃんとってもオモロー!!」


「3の倍数やなくともオマエは間違えなくアホやボケッ!!」



しばらく国道を走っとると、散々騒ぎまくっとった岬や泣きじゃくっとった綾もすっかり疲れ果てて荷台の前のポールに寄りかかって寝だしよった。腕時計を見ると時間はもう夜八時を回っとる。お子ちゃまはお休みの時間って訳やな。



「みータンも綾ピーも寝顔はまるで天使の様だね! う〜ん、これぞ正に両手に花ってヤツだね!」



……いまいち気に食わんのは、その二人が安心しきって薫の両肩にもたれかかっとる事や。さっきまで人妻だの淫乱だの言うとった変態スケベ男やぞ? 何でコイツら無防備で体を預けられんねん……?



「……翼、翼?」


「……何やねん?」


「……妬いてる?」


「何でやねん、ボケッ!」


「大丈夫だよ、翼の特等席はちゃんと取っといてあるからね! ほら、俺の膝の上!」


「絶 対 断 る わ」


「えっ〜、連れないなぁ、ショボーン」


「……アホ……」



……つーかなぁ、何で薫はウチがキュンとなる事をいちいち知っとんねん? この仕草かて、オトンがオカンと岬に挟まれてウチが恨めしそうに見ていた時に良くしてくれた仕草や。その度ウチは喜んでオトンの膝の上に飛び乗って、安心感のある大きな腕の中でウトウト夢心地になっとったなぁ……。

ずっとウチの心の中で否定し続けてきたけど、やっぱり薫は何かオトンと雰囲気が似てる。何でやろ? 偶然? それとも薫が意識してオトンを真似てんのかなぁ? つーか、オトンと薫の不思議な関係、一体何があるんやろか? やっぱり、ウチの知らないところで二人は何か特別な繋がりでもあるんやろか……?



「……なぁ薫、一個聞いてええか?」


「ん? 何でごさいましょう?」


「……あのな、その、薫とオトンは……?」



キキッー!!



「ふげっ!!」



また急ブレーキや! 爺さん、車に乗せてくれたんはありがたいけどちょっと運転雑やで! お陰でまた荷台の後ろに座っとった軽いウチが薫めがけて一直線に吹っ飛んだやないか!!



「な〜んだ、本当は翼も俺の腕の中に飛び込んできたかったんだね? 素直じゃないな〜? でも、そんなところがまたベリベリキュート!」


「……ち、違わいボケッ! いきなり急ブレーキがかかったから吹っ飛んだだけや! 触んな、近寄んな! スケベ菌に感染するやろがどアホ!!」


「ついには悪玉菌扱いっスか? 俺は生きたまま腸に届くお腹に優しい善玉菌なのに〜、ショボーン」


「おーい、お前さん達、港に着いたぞー? 後は市場の人間達に道を聞いてみてくれー?」



お、ホンマや。何か磯の香りがすると思たらいつの間にか港に到着しとったわ。市場らしき建物の中は煌々と電気が点いとる。へー、夜でも誰かしら港には人がおるんやなぁ? ウチには朝一番のイメージしかなかったけどなぁ。まぁええわ、ここで情報収集や。とりあえず、爺さんここまでおおきに!



「おーい、雅やん! この子ら石廊崎の灯台辺りに用事があるらしいんだとよー、道案内してやってくれー!」


「何だ何だー? こんな遅い時間に子供なんか連れてきてー? 森川の里? さぁ、知らねーなー? ジャングルパークならこの前まであったけどなー? 吉蔵じいさんよー、森川の里なんてもんこの近くにあったかなー?」


「森川の里かー、確かこの前亡くなった鈴子婆さんが昔やっとった孤児院の名前だったっけかー? 今は娘さんと孫が住んどるだけのはずだぞー?」


「そうや! そこやでそこ! そこの森川さんの所にウチらどうしても行きたいねん! お願いや、そこまでの詳しい道を教えて〜な!?」



よっしゃ! やっぱり駅からあのまま帰らんで正解やったな! さすがは地元の漁師さん達や、下手な携帯電話のナビゲーションシステムなんかよりよっぽど頼りになるわ!



「お前らー、もし見つからんかったらまたこの港に戻ってこーい! もう周りは真っ暗だー、寝る所と毛布と上手い朝飯くらいは用意してやっぞー!」


「みんな、ホンマおおきに! ウチら、この恩は一生忘れへんで〜!!」


「みータンが大人になったら、おじータンにラブラブキッスをプレゼントしてあげるねー!」


「オマエは黙っとけ!」



いや〜、やっぱり人の優しさってのは心に染みるわ〜! オトンはこんな温かいな町で育ったからあんな素敵なナイスガイになれたんやな! ウチもこんな所で暮らしてみたかったわ〜!



「……あの子ら家出かのー? 兄弟かのー、あんな小さい子供を二人連れてお兄さんとお姉さんは大変だわなー……?」


「……もし、またここに帰ってきたら警察に連絡した方がいいかもなー? あんな小さい子放っといて、一体親は何をしとるんだかなー……?」



……小さい子小さい子てな、せやからな、ウチはこう見えても立派な高校生やねんて……。



「……なぁ翼、もしかしてここじゃね?」



港の爺さん達の教えてくれた道順通りに歩いていくと、灯台の近くに一軒だけポツンと丘の上に建っとる大きな古い家があった。暗くてちょっと見にくいけど、確かに手紙の裏にプリントされとる写真の家と同じ家や。看板や表札も無いけど、間違いないわ! どうやら、ここがウチのオトンや那奈のオトン、小夜のオトン達が小さい頃を過ごした孤児院、『森川の里』や!



「……でもさ翼、家の電気一つも点いてないよ? 本当に誰か住んでるのかな……?」


「何や綾、オマエ港の爺さん達の話聞いとらんかったんか? 院長やった人の娘さんと孫がいるって言ってたやろ? それに、誰も住んどらんかったら何でこの住所からの手紙がウチの家に届くねん?」


「……だってさ、見た目が古い家で何かお化け屋敷みたいで怖いよ? 灯台の灯りも間近で気持ち悪いし、海の波の音も不気味だし……」


「……もうええ、オマエはウチの後をついてくるだけでええわ……」


「……ごめん、でも、やっぱり怖いんだもん……」



まるで金魚のフンや。

吉田綾、コイツはホンマにダメダメの腰抜けやなぁ? こんなに根性無いヤツやったなんて今まで一緒にいて全然知らんかったわ。どんだけビビりやねん? こういう切羽詰まった時こそホンマの人間性が出るってもんや。中学からずっとコンビ組んどったウチはもうガッカリや。こうなったらコンビ解消も考えなアカンかなぁ……?



「みータンはお化けなんて怖くないもーん! 全然平気なんだからー!」


「さすがみータンだね! 俺はそんな逞しいみータンにもうメロメロさ! 今宵、薫ちゃんはみータンの忠実な騎士になりましょうぞ!?」


「じゃあ、薫タンが先頭でお化け屋敷に突入ー!」


「オーマイガッ!!」



よっぽど岬の方が頼りになるわな。さすがはウチの妹や! いざ何かあっても犠牲にして置いていける薫を先頭にして、ウチらは丘に備え付けられた木造の階段を恐る恐る上って行った。そして、家の入り口まで一列になって近づくと、玄関の扉は昔ながらの引き戸で中は真っ暗。綾はウチの後ろに隠れてビクビク、威勢の良かった岬まですっかりウチを盾にしよってる。ホンマにコイツらは……。



「……インターホンは無さそうだから、扉をノックしてみるけど覚悟はOK……?」


「……こうなったらオマエだけが頼りや、頼むで、薫……」



……トントン……



灯台の灯りが真上をグルグル回る静かな闇夜に、木を叩く乾いた音が響き渡った。中からは何の返事も返ってけえへん。



「……あのー、夜分遅くすいません、こちらは……」



薫が小さな声で呼びかけた、その時やった!



バコォォォォォォォン!!



「ぐっはあぁぁぁぁっ!!」


「うわあぁぁぁぁぁ!!」



突然、木戸が開いたと思たら暗闇から人影が飛び出して、何か棒の様な物で薫の頭を叩きよった! 薫はそのまま頭を抱えて転倒、それを目の前で目撃したウチらは恐怖のあまりに大パニック! 綾と岬は泣き叫び、ウチも腰が抜けてしもて身動き取れへんようになってしもたんや!!



「ぎゃあぁぁぁぁぁ! 薫が、薫がやられたぁー!!」


「わぁぁぁぁぁん! おねータン怖いよー! みータンは美味しくないよぉー! 食べるならおねータンを先に食べてぇー!?」


「いやあぁぁぁぁぁ! 私まだこんな所で死にたくなーい! 助けてお母さぁーん!!」


「……ハァ? こ、子供……?」



抱き合って怯えるウチらの正面から聞こえてきた声は恐ろしき女の声! そして、灯台の光に後ろから照らされたその姿はスコップを手に持った殺人鬼のシルエット! ウチらか弱き娘達の絶叫が、波が打ち寄せる暗闇の海岸に響きわたったんやー!!



「キャアァァァァァァァ!!!!」


「ちょ、ちょっと待ってー!? アンタ達、一体誰だー!? ここに一体何の用だー!?」


「……ふぇ?」



……あれ? 確かにスコップは持っとるけど、良く見たら殺人鬼なんかとは程遠いピチピチTシャツとピッチリジーンズの薫の好きそうなナイスバティの若いお姉さんやないか? まさか、この人がオトンを育ててくれた院長さんの孫娘さん……?



「……お母さーん、ちょっと来てー! 泥棒なんかじゃねーよー、女の子だよー!?」



港の漁師さん達みたいにちょっと訛りのあるお姉さんの声に反応する様に、一斉に玄関や家の中に灯りが点いた。すると、家の中からウチのオカンよりちょっと歳を取った感じのおばさんが寝間着姿でサンダルをパタパタ音を立てながらウチらの側に近づいてきた。



「……あらいやだ、すっかり泥棒かと思って……、あなた達、こんな遅くにここに何か用?」


「……あ、あ、あ、あの、こ、こ、ここって森川さんの家、森川の里で宜しいんですかぁ!?」


「……森川の里? 確かに、二十年ほど前に母がその名前でここで孤児院を経営していたけど、それとあなた達は一体どんな関係?」


「ウ、ウチ、ここで育った松本新作の娘の翼って言いますぅ! 病院に入院してここに来れないオトンの代わりに、大切な宝物を取りにきましたぁ!!」


「……松本? まさかあなた、本当にあの新ちゃんの娘さんなの!?」



ビンゴや! この人、ちゃんとオトンの事を覚えていてくれたみたいや! おしっこチビりそうなメチャクチャ怖い思いをしたけど、何とかオトンの思い出の場所を探し当てる事が出来たで!

ここまで来たら、後はオトンが埋めた大切な宝物を探してそれを無事に持ち帰るだけや! オトン、あともう少しやで、あともうちょっとだけ待っててな! ウチ、絶対にオトンの宝物を持ち帰ったるからな〜!!



「……ところで薫、無事か〜? まだ生きとるか〜?」


「……お姉さんのグランドスラム、全然シャレになりませ〜ん、その引き締まったくびれから放たれたフルスイングは正に大リーグ級で薫ちゃんたまらず鼻血ブー……」



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