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第4話 Wake me up!



「暑いな〜、ホンマに」


「暑〜い、もう、死にそ〜う」


「暑いよー、息苦しいよー」


「……うるさいなぁ……」



六月中旬、梅雨も終わりに近づき日に日に日差しが強く差し込んでくる。学校の昼休み、私達はこの蒸し暑さから少しでも逃れる為に、校舎の裏にある記念樹の影に潜んでいた。

しかし、いくら日陰に入っているといえども、梅雨独特のジメジメした湿気と、太陽に熱しられた地面からの熱でちっとも涼しくなんて無い。



「……どういう事やねんな、この暑さは! まだ初夏にもなってへんのに25℃越えてるやん? ありえへんがな! なぁ、千夏?」


「Oh,No! Unbelievable! 日本の夏は蒸し暑いって聞いてたけど、こんなのありえないわ! ここは砂漠? それともジャングル? 人間が住める環境じゃないわよ! ねぇ、小夜?」


「暑いよー、しんどいよー、エアコンの風に当たりたいよー、ねー、那奈?」


「……あのさぁ、アンタ達ちょっと黙りなよ? ただでさえクソ暑いのに、グダグダ文句言われたら余計にイライラすんだけど?」



不快指数100%。額や体から滝の様に流れ出る汗は、制服ににじんでシャツが背中にベッタリくっついてくる。



「……暑いんやからしゃーないやろ? こんだけ暑けりゃ文句も出るわ!」


「文句言ったって涼しくなんてならないでしょ!? いちいちつまらない事喋らせないでよ、全く……」



喋れば喋る程暑い。怒れば怒る程暑い。怒鳴れば怒鳴る程暑い。最悪の不快スパイラルだ。



「Shit! Shit! Shit! 早く帰ってシャワー浴びでサッパリした〜い!」


「だからうるさいっつーの、千夏!」


「のど乾いたよー、何か冷たい物飲みたいよー!」


「あー、もう! 喉乾いたんなら水飲め! バカ小夜!」



ジリジリジリジリジリ。昼間になってさらに日差しは強くなってきた。それに併せて地面の温度も急上昇。



「暑ーい!!」



私達はあまりの暑さに地面に寝転んだ。とても他人には見せられない酷い格好だ。



「あ、そや」



翼が何かを思い出した様にポケットを探り始めた。



「実は今日な、オカンから小遣い貰っとんねん」


「へぇ〜、いくら貰ったの?」



スカートのポケットから小銭の音がチャラチャラ鳴っている。



「ほら、六百円や! 暑いやろうから帰りにみんなでジュース飲みなさい、ってくれたんや」


「うそー、ホントにー?」


「えっ、何で何で? どうしたの?」



翼が貰った小遣いを見せるなんて初めてかも知れない。いつもは人にたかってばかりなのに。



「この前、オトンとオカンの結婚記念日に家の用事手伝って貰ったやろ? オカンな、ホンマはもっとちゃんとしたお返しをしたかったらしいんやけど、なかなか機会無かったからとりあえず、って持たせてくれたんや!」


「まぁ、翼のお母様ったらステキ!」


「わーい! ジュースだジュースだ!」



小夜と千夏は飛び上がって喜んでいるけど、私は何か申し訳無い気持ちになった。別に大した事をしていないのに。



「美香さんもそんな気を使う事なんて無いのに、昔から家族ぐるみの付き合いなんだから……」


「じゃあ那奈、オマエはジュースいらんのやな?」


「……アンタ、殴られたい?」



六百円か。それなら帰りに四人でペットボトル一本ずつ買えるな。ぴったり勘定して小遣いを出すところはさすがは節約家の翼のオカン、美香さん。



「だけどもだっけっど、や」


「何よ、翼?」



翼が何か企んでいる。バカな事考えなきゃいいけど……。



「……オマエら、帰りまでジュース買うの我慢出来るか? 実際、オマエらも限界やろ?」


「えっ、どういう事? アタシ良くわかんないだけど? What?」


「今からこっそりジュース買いに行かへんか?」



やっぱり見事にバカな企み。何を考えてるのかこの女は。



「……アンタ、何言ってんの?授業まだ終わって無いのに、そんな事したら校則違反じゃないのよ?」


「そーだよ、翼。那奈の言う通りだよ! 悪い事しちゃダメだよー!」



私と小夜は翼の企みを止めようとしたが、翼の屁理屈はさらに続く。



「アホかオマエら、よく考えてみぃや! 本校の高等部の先輩方々は自販機はともかく校食まで買えんのに、何でウチら中等部は校舎内で買い食いしたらアカンねんな?」


「…そういえばおかしいわよねぇ〜、これって差別よねぇ〜?」



早速千夏が翼の屁理屈に沈んだ。って言うか、千夏は最初から賛成派か。



「そんな事言ったってしょうがないじゃない? 校則は校則だし、私達中等部の校舎には自販機なんて一台も置いてないんだから!」


「そーだよ、そーだよ! 向こうの校舎に行かないと買い物出来ないよ!」



反対派二名、賛成派二名。私達は見事に二手に分かれた。



「せやから、今、小夜が言った通り、思い切って高等部の校舎に忍び込むねん!」


「ハァ? バカ言わないでよ! 見つかったらどうすんの? 職員室呼び出し確定じゃない!」


「まぁまぁまぁ、那奈も小夜もウチの話を聞けや、なっ?」


翼はそう言うと私達を円を囲む様に集めてヒソヒソと話し始めた。まるで脱走犯の集まりみたいだ。



「ええか、ウチら中等部は高等部と制服が若干違うから、忍び込んで見つかったらまずバレるわな?」


「そんなの当たり前じゃない? 探偵みたいに変装でもして忍び込むの?」


「話を聞けや千夏! そうやなくて、下手にコソコソしないで普通に堂々と入んねん!」



……ハァ? 何かたいそうな作戦でもあるのかと思ったら正面突破?



「んでな、仮に見つかってしもたら、『道に迷っちゃって間違って来ちゃいました〜、エヘッ』って言って誤魔化して逃げる」



……玉砕覚悟かよ、作戦でも何でも無いじゃん……。



「……ねぇ、翼、いくら何でも単純すぎない? さすがにアタシも何か幻滅してきちゃったんだけど〜?」


「ええねん、ええねん別に! 失敗して見つかっても先生にお金没収される訳でも無いし、どのみち学校帰りにはジュース飲めるんやから、ダメで元々や!」



わかった、翼が何でこんな馬鹿な事を言い出してきたのか。



「……翼、アンタさぁ、さっきから暑さで頭やられて適当な事言ってない?」


「……もうどーでもええねん! 限界やって! オマエらも冷たいジュースグビグビ飲みたいやろ!? やせ我慢するなや!」


「ハーイ! あたし飲みたーい!」


「バカ! 小夜は黙ってな!」



すると翼は小銭全額を小夜に手渡した。



「よしっ! ほな頼んだで、小夜!」


「…ほぇ?」


「ちょっと、小夜に何をさせる気なのよ、翼!!」



小夜にお金を渡したら何をするかわからない。私はすぐに小夜の手から小銭を取り上げて翼に返した。



「あのな那奈、こういう天然ボケが必要な役割は小夜が適任やねん! 小夜やったら仮に見つかっても、そんなに先生達からお目玉食らう事も無さそうな感じするし、何か小夜ならミラクル起こして上手く普通にジュース買って来れそうな気するやろ!?」


「バカ言ってんじゃないよ翼! ダメだよ、絶対ダメ! 小夜にそんな危ない事をやらせたくないし、第一、パシリみたいなマネ絶対にさせない!!」


「そんな堅っ苦しい事言うなや〜! ホンマにつまらんなぁオマエは!?」


「ねぇ〜、どおすんの〜? 買うのぉ? 買わないのぉ?」



翼が何と言おうと、千夏が駄々をこねようと、絶対にそんな事は許さない。



「ダーメ! ダメったらダメ! 今回のアンタ達の話は無し! 小夜もわかった!? 暑くてジュース飲みたいかも知れないけど、帰りに間違いなく飲めるんだから今は……、って、あれ? 小夜?」



振り向くと小夜の姿がどこにも無い。どこに行ってしまったのだろうか。何か嫌な予感がする……。



「あれ? 小夜〜? どこ行っちゃったの〜?」


「……なぁ、もしかして小夜のヤツ、ホンマに高等部に行ってしもたんちゃうか?」



翼の言葉に私達は顔を見合わせた。



「…ウソ、でしょ?」


「…あれ、お金は? 翼、さっき小夜にお金渡してたよね?」


「…お金なら那奈に取り上げられて、今はウチの手の中やで?」


「お金も持たずに行っちゃったの? ちょっと待ってよ! ウソでしょー!!」



飛んで行ってしまった小夜を捕まえるのは逃げ出した猫を捕まえるよりも困難。焦った私達はこの暑い中、小夜を探しに校庭内を必死に走り回った。



「んもぉ〜! 翼が変な事を言い出すからこんな事になったんだよ〜!!」


「千夏かてノリノリやったやないか! そもそもあんなアホ話を真に受けて、金も持たずに行ってしまう小夜がアホなんやろが!! せやからこの前、病院連れてけって言うたやろ〜、那奈!?」


「あんな超天然ボケを治せる医者がこの世に居る訳無いでしょ! 翼のバカ!!」



私達の悪い予感は的中した。私達が探し回っていた時、小夜は高等部に侵入して校庭の中を歩いていた。



「こんにちはー!」


「……あっ、こんにちは」


「こんにちはー!」


「……こんにちは……」



何の悪気も無く校庭内を歩き回り、諸先輩方々に挨拶をしながら満面の笑みを振りまく。



「……あの娘の制服、中等部だよな……?」


「……そうよね……?」


「……何で中等部の生徒がここにいるんだ……?」


「……先生に呼び出されたとかかな……?」



翼の玉砕作戦通り、高等部校舎内に入った小夜は中等部の生徒である事はバレていた。が、あまりにも普通に自然に歩いていた為、何か特別な用件があるからではないか、と周囲は完全に誤解していた。

自然、といっても、小夜自体は決して演技をしてる訳でもない。それどころか我を忘れて見慣れない校舎にワクワクと目をキラキラ輝かせながら歩き回っていた。



「スゴーい! 高等部の校舎って綺麗で広いなー!」



校舎の探索に気を取られ、最初の目的であったジュース購入の件は完全に頭の中から消去されていた。



「……やっぱり、ここかな……」



小夜を追いかけてきた私達は、少し遅れて高等部の校門に到着した。



「……で、どーすんの翼? 三人で探すの?」


「……三人もズカズカ入っていったら、ウチらが先に見つかって追い出されるで、那奈、どうしよか?」


「……ここは誰か一人で探そう、出来る限り騒ぎにならない様にしなきゃいけないし、もしかしたらすれ違いで小夜が外に出て来るかも知れないから、ここで待ってる人間もいないと……」



三人でしばらく考え込んでいると、意を決して翼が先を切った。



「小夜をけしかけたのはウチやからな、ここはキッチリ責任取ってウチが探しに行くで!」



しかしすぐに千夏が続く。



「何言ってんのよ? 翼じゃ小さい見た目だけですぐに中学部だってバレちゃうでしょ? だからここはアタシに任せて!」



しかし小夜の事だ。先回り先回りしていかないと捕まらない。



「無理よ、アンタ達じゃ小夜の行動予測つかないでしょ? 私は昔からずっと小夜と一緒にいるんだから、ここは慣れてる私が行く!」


「どうぞどうぞどうぞ」



キッチリ二人でハモりやがって……。



「……アンタ達さ、最初から行く気ゼロでしょ?」


「那奈、行ってらっしゃーい!」


「……全く、もう!」



私が小夜を探しに高等部校舎に入った頃、当の本人は体育館裏の日陰の中を歩いていた。



「…うわー、ここ、ヒンヤリしてて涼しいなー!」



小夜は背伸びをしながら大きく深呼吸をして、体育館裏の奥へとどんどん進んで行った。

すると、奥の角隅に数人の女子生徒がいるのが見えた。



「あっ、涼しい所だから、みんなの人気の場所なのかな? あたし、見つかっちゃったらマズいのかな?」



しかし、よく見ると、高等部女子生徒の中に一人、中等部の小さい女子生徒が混じっていた。



「ほら、さっさと出せよ!」


「チンタラしてんじゃねぇよ、オイ!」


「……はい、すみません……」



小声でそう言うと中等部女子はカバンの中からお金を取り出した。



「……三千円しか無いじゃん? ねえ、お前ナメてんの?」



「こんだけ人に迷惑かけといてさぁ、たったこれっぽっち?」



納得しない高等部生徒達が、ジリジリと女子に迫っていく。



「……すいません、私、そんな大金持ってません、これで今月の私のお小遣い全部なんです! 許して下さい!」



ついに高等部生徒の一人が女子の服を掴んでドンドンと体育館の壁に叩きつける様に揺さぶり始めた。



「ふざけんじゃないよ! お前、自分がやった事ちゃんとわかってんの?」


「……ちょっと、ねぇ……」


「こんな汚れた制服で私達に残りの授業やらせるつもりなのかよ! ちゃんと責任取れよ、オイ!」


「……ねぇ、ねえってば……」



そのうち、その中の生徒二人がリーダー格の怒っている生徒を止め始めた。



「……何よ、アンタ達、さっきから!」


「……あれ、あれ」


「……えっ?」



さっきからずっと小夜が見てるのに気づいたみたいだ。三人の高等部生徒は小夜の方に振り向いてギロッと睨んだ。



「……あんた、誰?」


「こんにちはー!」


「……ハァ?」



シリアスな空気に似合わない小夜の明るい挨拶に、高等部生徒達は出鼻を挫かれた。



「ここって、涼しくっていいですよねっ! 皆さんもここに涼みに来たんですか?」


「……何、コイツ……?」


「……ここにも中等部がいるじゃん……」


「……何、アンタ?ここに何か用?」



気を取り直した高等部生徒三人は再び冷たい目つきで小夜を睨みつけた。



「……あっ、えーと、あの、あれ? あたし、ここに何しに来たんだっけ……?」



当初の目的をすっかり忘れていた小夜は、自分が何でここにいるのか全然わかっていなかった。



「……何コイツ、ウザくね?私達、見られちゃったよ……?」


「……どうしようかぁ、コイツもやっちゃおうか……?」


「……そうだねぇ、一人ぐらい増えたって問題ないね……」



その言葉を聞いた中等部女子は高等部生徒達を押しのけて、小夜に向かって大声で叫んだ。



「……逃げて! 逃げて下さい!!」


「……ほぇ?」



しかし彼女はすぐに三人に捕まり、またもや力ずくで壁に叩きつけられた。



「てめぇ、なに言ってんだよ! コラ!」


「この女捕まえといて! 私があっちの生徒捕まえてくるから!」


「あいよ!」



一人の生徒がゆっくりと小夜に向かって歩いてくる。



「……お前さ、ちょっと来なよ、こっちに……」


「……?」



何が起こっているのかわかっていない小夜が捕まりそうになったその時、



「小夜! 何やってるの!?」



私は間一髪間に合った。一緒にいた中等部女子の『逃げて!』という大声で小夜達の居場所がわかったのだ。



「あっ、那奈だー! あたしね、スゴく涼しい場所見つけたよー!」


「バカッ! アンタ、勝手にどこ行ってんのよ!!」



小夜を捕まえようとしていた高等部生徒達は、私が現れたのを見てジリジリと下がり始めた。



「……二人か、マズいじゃん……」


「……どうする、やる……?」


「……面倒くさいね、とりあえず移動するよ……」



高校部生徒達は中等部女子を壁に押し付けたままにして、一人の生徒がこちらに向かって歩いて来た。



「あんた達さぁ、中等部の生徒でしょ? 何でここにいるの? 勝手に高校部入ったらいけないって聞いてないの?」



先輩とはいえ高圧的で嫌な態度だ。私は少しカチンときたが、ここで事を荒げるのは私達にとって良いとは言えない。



「……あっ、はい、すいません……」


「あっ、はい、すいません!」



私が頭を下げて謝ったのに続いて、小夜も真似して頭を下げた。



「アンタ達、今回の事は先生達に黙っててあげるからさ、わかったらさっさと中等部に戻んな!」



「……はい、すいません、小夜、行くよ」



「う、うん!」



本来の目的である小夜の救出は済んだが、そのままこの状況を見て見ぬ振りをする訳にはいかない。



「……ねぇ、そこの女子、アンタも外に出るんだよ」


「……!!」



高等部生徒達の顔色が変わった。私に声をかけられた中等部女子はキョトンとしていた。



「……えっ、私ですか……?」


「アンタも中等部でしょ? ここにいたら校則違反になるよ?」


「……は、はい……」



小夜と小さい女子生徒を連れて、私は早足で翼と千夏が待つ校門へと向かった。



「あーあ、さっきの場所、涼しくて良かったのになー」



バシッ!!



全く反省していないのか、それとも何もわかっていないのか、とりあえず私は小夜の頭を平手でひっぱたいた。



「バカ」


「痛いよー、那奈!」



私達と一緒について来ている女子は、何か申し訳なさそうに口を開いた。



「……あ、あの……」


「……何?」


「……ど、どうもありがとうございました……」



素直に感謝されると何か照れる。照れ隠しに私はちょっとつれない態度を取った。



「……私は別にアンタを助けに来た訳じゃないよ。このおバカを探しに来ただけだから…」


「エヘッ!」



この娘は何で私に怒られてるのかわかってるのだろうか。反省態度ゼロで小夜はペロッと舌を出して笑った。


翼や千夏と合流した私達は、休み時間も終わりが近づいていたので教室に戻る事にした。結局ジュースを買う事には失敗したが、小夜はそれ以上の恰好の獲物を見つけたみたいだ。



「ねーねーねー、麻美ちゃんはいつもどんなテレビ見てるの?」


「……えっ? いや、あの、特に決まってないけど、大体バラエティ番組とか……」


「ねーねーねー、じゃあ、お笑い芸人のネタでどれが一番好き?」


「……いや、あの、特には……」


「あたしはね、『そんなの関係ねぇ!』とか『どんだけ〜』とか大好き! どんだけ〜!」


「……は、はぁ……」



私が小夜と一緒に助けた女子は偶然にも同い年の生徒だった。名前は遠藤麻美子、クラスは一年四組。

地味で度の強そうな丸い眼鏡をかけていて、背は小さく髪型は三つ編み。喋る声もか細く弱気な感じでいかにもイジメられっこといった印象だ。


どうやらそんな麻美子に小夜が凄く興味を持ったらしく、さっきから集中的に地獄の質問責めにあっている。



「ねーねーねー、麻美ちゃんはお風呂好き?」


「……え?ま、まぁ、嫌いじゃないですけど……」


「あたしねー、ちょっと前までお風呂怖くて一人で入れなかったんだー、何でかっ言うと昔ね、お外で遊んでたら道路で車にはねられてねー」


「……えっ?」


「でねー、そのまま飛ばされて川に落ちて溺れちゃったのー、でもねー、その時は一緒にいた那奈のお父さんがあたしを助けてくれたんだけど、それからは水が怖くなっちゃってお風呂も入れなかったのー」


「……はぁ……」


「でもねー、今はちゃんと一人でお風呂に入れるようになったよー! この前だって翼の妹さんのみータンをお風呂に入れてあげたんだよー!」


「……す、すごいね……」


「イエーイ! どんだけー!」



かなり参っているみたいだ。まぁ、私も毎日小夜を相手にしてるから何となく気持ちはわかる。



「……疲れた? どうする? 何だったらもうやめさせようか?」


「那奈に止めてもらいや、あと二時間はこのペースやで?」


「……いえ、あの……」



私達に気遣って本音が言えないのかな。まぁ、さっき初めて会ったばかりなんだから当然か。初対面でこれだけ喋りまくる小夜がおかしい。



「えっーと、あとねー」



こりゃダメだ。もうキリがない。強制的に黙らせるしかないか。



「小夜、今から五分黙れ」


「えー、何でー?」


「いいから黙れ! ハイ、スタート!」


「………………」



小夜が黙ると校内の他の生徒達の話し声が良く聴こえる。外を走っている車のエンジン音も鮮明だ。



「……あ〜、何か凄い静かになった〜」



千夏が安息の静けさにリラックスする様に背伸びをした。


しかし、さっきの高等部生徒達。一体あの体育館の裏で何があったのだろうか。



「……ねぇ、アンタさ、何であんな所にいたの?」


「……えっ、いや、それは……」



麻美子から詳しい事情を聞き出そうとしたとたんに、



「えっー! 那奈、ズルーい! あたしはちゃんと黙ってるのに、那奈は麻美ちゃんと喋ってるー!」


「だ ま れ」


「………………」



全く、少し気を許すとすぐこれだ。私は仕切直してもう一度麻美子に質問した。



「でさ、アンタを取り囲んでた先輩連中は誰? どういう関係なの?」


「……それは……」



歯切れが悪い。口止めされているのだろうか。



「イジメられてるの?」


「……いや、そういう訳では……」


「じゃあ何やねん?」


「話してみたら? 楽になるよ?」



翼と千夏も会話に参加してきた。この二人もかなりのでしゃばりだなぁ。



「……でも、私が喋ったら、皆さんまで巻き込んでしまうかもしれないから……」



気を使っているのか、なかなか麻美子は口を割らない。これはお姉の様にちょっと強めの態度で喋らせるしか無さそうだ。



「いいから全部話しなさい!」


「……は、はい!」



麻美子はあの場所で何があったのか話し始めた。聞く感じだと、特に慢性的にイジメられてる訳では無さそうだ。

彼女も高等部の校舎内に目的があったらしく、昼休み中にコッソリ忍び込んでいたらしい。



「んで、目的は何やねん? ウチらと一緒で買い食いか?」


「……いいえ、違います……」


「翼と同じ発想をする様なおバカな子には見えないけどね〜?」


「やかましいわ! オマエも黙っとけ千夏!」



麻美子は恥ずかしそうにもじもじしながら理由を話した。



「……音楽室に行きたかったんです……」


「……音楽室?そんなもん中等部の校舎にだってあるじゃない?」



意外な理由だった。高等部の音楽室に何があるというのか? 中等部の音楽室と何か違うのだろうか?



「……高等部の音楽室にはピアノがあって……」


「ピアノ? そんなもん中等部の音楽室にもあるがな?」


「グランドピアノの事?」


「あっ、はい!」



千夏が話を理解したみたいだ。グランドピアノ? 名前からして何か大きそうだ。



「何やねん、それ? 何か違うんか?」


「……中等部の音楽室にあるピアノは電子ピアノで、グランドピアノのは違う物なんです……」



確かに中等部の音楽室にあるピアノは小さい。私もさっき翼や千夏が言っていた通り、何か高等部との違いに差別を感じてきた。



「……何や、中等部にあるのは偽物ピアノって事かいな?」


「……いや、偽物って訳じゃないんですけど……」


「音の質感が違う、とかそんな感じ?」


「……簡単に言えば、そうです……」



現物を良く知っているのか、千夏がジェスチャーで解説をし始めた。



「大きいのよね、ピアノ本体が、後ろがビロ〜ンって長〜いの!」


「あ〜、アレや、何か変な屋根が付いてるヤツやな?」



私も何となくどんな物かわかってきた。ピアノと言っても色々種類があるのか、知らなかった。ちょっと勉強。

しかし、ピアノの種類はわかっても、そのピアノに何の目的があったというのか?



「……でも、何でよ? ピアノ弾きたいの? アンタ、ピアノでも習ってるの?」


「……いえ、習ってはいないんですけど……」


「じゃあ、何でよ?」



私が詰め寄ると、麻美子はゆっくりと詳細と理由を語り始めた。



「……私、子供の頃に小さいキーボードをお父さんが買ってくれて、ずっと家の中で弾いてたんです、一緒に遊んでくれる友達、一人もいなかったんで……」


「……そのキーボードじゃイヤだったの?」


「……いえ、そういう訳じゃないんですけど、ただ私、まだ一度もピアノは弾いた事が無くて、どこかでピアノ弾ける所ないかな、って色々探していて……」


「……そしたら、高等部の音楽室にピアノがある、って聞いた訳ね?」



千夏が解説を入れてくれる。しかし、転校してきたのに千夏はなぜか学校の内部の事情に詳しい。



「……はい、高等部に入るのはいけない事だってわかってたんですけど、ピアノがあるって聞いたら居ても経ってもいられなくて……」



ピアノに憧れるがあまりにやってしまった暴走か。気が小さそうなのにやる事は随分と大胆だ。



「……無茶しやがって、ピアノなんかどっか他でも弾ける場所があったんとちゃうんか?」


「……はい、全くその通りです……」



翼が正論だ。どこか他の教育施設や地区センターにも置いてありそうだし、そんなに弾きたかったらピアノ教室に通えばいいのに。


しかし、私が一番気になるのはピアノの事じゃなくて麻美子を取り囲んでいたあの連中。



「……で、さっきの高等部の生徒は何なの?」


「……音楽室に行こうとしたら階段で先生達に見つかりそうになって、走って逃げたんです、そしたら、出会い頭にあの人たちとぶつかってしまって……」


「……ぶつかっただけ?」


「……いえ、ぶつかった弾みでその人達が持っていたパンのケチャップを制服に付けてしまって……」



あるある。急いでいる時に限ってこういったトラブルがよく重なるものだ。



「…それで私、誤ろうと思って頭を下げたら、お尻が後ろにいたもう一人の人にぶつかって、持っていた紙コップのお茶を制服にかけてしまって……」



あーあ、運が悪い時はよく続いて悪い事引き寄せてしまうものだ。



「……それで私、ハンカチで汚れを拭き取ろうとしたら、シミがもっと大きくなっちゃって……」



……これはヒドい。このドジっ振りは小夜並み、いやそれ以上かも知れない。なぜ小夜のお友達アンテナに麻美子が引っかかったのか少しわかる気がする。



「……しかも、その人のお父さんはPTAの役員さんらしくて、告げ口するぞ、って脅されて……」



完全に蟻地獄、いや蜘蛛の巣状態か。もがけばもがく程脱出不可能のドツボだ。



「……で、連中に無理やり体育館裏に連れ出されたって事?」



「……告げ口されたく無ければ、クリーニング代三万円、今すぐ払えって……」


「……アンタが悪いとはいえ、ちょっとそれは酷いね……」


「な〜んだ、たったの三万円じゃない?」


「あのなぁ、千夏、セレブの感覚で物を喋るなや?」



いくら何でも三万円はヒドい。これじゃ、ただのカツアゲだ。



「……私、そんなお金持ってなくて、手持ちのお金で何とか許して貰おうとお願いしたんですけど……」


「……許して貰えなかった、と、そこに小夜と私が来た訳ね」



これは彼女を助けて正解だっだ。いくら何でもこんなイジメみたいな事は私は無視出来ない。



「……248、249、250……」


「……ちょっと那奈、小夜がご丁寧に五分数えてるけど……」



あっ、忘れてた。そういえば小夜に黙れって言ったっけ。千夏に言われるまで気づかなかった。



「251! 425! 658! 1583!」


「……あー、もー! 翼のせいで数がわかんなくなったー! 翼のイジワルー!!」


「小夜! もう一回、1から数えなさい!」


「……うー」



また静かになったところで、そろそろ話をまとめるとしよう。午後からの授業の時間も近づいてきている。



「……で、これからどうすんのよアンタ?」


「……えっ?どうするって言われても……」


「何か、こういうタイプってしつこそうよねぇ?」


「帰りに校門とかで待ち伏せしてそうな感じやな?」


「……えっ、そんな、どうしよう……」



翼と千夏の脅しを真に受けて、麻美子は困った顔をした。しかし脅しで済みそうに無い。本当にやられそうな気がする。



「……アンタさ、今日は私達と一緒に帰りなよ?」


「……えっ、でも……」



助けておいてそのまま放っておく訳にもいかない。現場を目撃した小夜も狙われてないか心配だ。



「……でも、そんな事になったら皆さんに迷惑が……」


「気にせんでええって、この那奈って女は普通じゃないから、ビリーズブートキャンプを一週間ぶっ続けでやりこなす化け物やし」


「アンタに化け物なんて言われなくないね、この目玉のオヤジが」


「まぁ、ここは千夏ちゃんと愉快な仲間達にお任せあれ!」


「……でも、私……」



いまいち連れないな。それなら、千夏じゃないけどGive and takeでいきますか。



「じゃあさ、その代わりに一つ、アンタに頼みがあるんだけど」


「……な、何ですか!?」


「……299、300!! 那奈、五分経ったよー! 十分が600秒で、その半分だから300! ちゃんと1から数えたよー!!」


「……今日一日、この娘の相手お願いね」


「……は、はぁ……」


「……ほぇ? 何、あたしの事?」



私達は揃って校舎を出れる様に、待ち合わせ場所と時間を決めてそれぞれの教室に戻った。


一日世話役を頼まれた麻美子は、休み時間終了ギリギリまで小夜に捕まり教室に返して貰えず、結局、先生に怒られたらしい。合掌。



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