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第38話 youthful days



二月、北風が強く関東圏外では記録的な大雪が降り、人も犬も猫も経済も冷え込んでいるこの季節に熱く燃え上がる小さな胸に希望と不安を抱えて活発に走り回るのは若く逞しき大和撫子。

そう、一年に一度の女子の勇気と技量が試される裁判のあの日、バレンタインデーがもうそこまでやってきているのだ。



「今年は何にしようかしら? ロイズ? ゴディバ? ピエールマルコリーニもいいかしら? いやん、どれも美味しそうで困っちゃう〜!」


「千夏が食べる訳とちゃうやろ? どうせ全部義理チョコなんやから安いもん買い占めてバラまきゃええやないか?」


「や〜ねぇ翼ったら、義理じゃないわよ、全部本気チョコよ! 一人残らずみんなにアタシの美貌と慈愛をプレゼントしてあげるの! それがセレブの余裕ってものなのよ!」


「オマエの場合、『慈愛』やのうて『自愛』やろがボケッ!」


「もちろん、男の子だけじゃなくて翼や那奈や小夜にもプレゼントしてあげるからね! みんな愛してるわ、I love you!」



やたらテンションの高い千夏の様に学校の教室内でも女子同士の話し声もいつもより活気があって、それを男子達もそわそわしながら聞き耳を立てる様に一見一句チェックしていた。



「今年は一体何百何千個のチョコレートが俺の元に届くのかな? これだから色男は苦労するぜ……」



自称学園のジャニーズJr.とほざく薫が前髪をいじりながら生意気に足を組んで椅子に座っている。すると、その勘違い男の顔面に黒板消しがボフッと直撃した。もちろん、投げたのは翼だ。



「何が何百何千個やねん! 去年だって手渡ししてくれる女はおろか、ロッカーや下駄箱に一つもチョコが入っとらんでショボーンとしとったやないか? 負け犬が見栄張るなやアホ!」


「何を仰られますかこのお子ちゃまは? あれから俺の家にはたくさんのチョコレートが全国から贈られてきてたんだぜぇ? でも全部代金引換で送料着払いだったけどね」


「せやからそれも『贈られてきた』とちゃうねん! オマエ自身が通販で『買った』んやろが!?」


「えっ〜、まさかそれってヤキモチですか〜? 大丈夫だよ翼、今年は君からの愛情チョコ一つしか一切受け取らないぜダーリン!」


「ダーリン言うな、気持ち悪い! オマエに食わせるチョコは無ぇ! ウチはオトン一人に世界でたった一つの特製ラブラブチョコをプレゼントするんや!」



帰り道にある駅前の商店街もあちこちの店でバレンタインデーを狙ったチョコの特売セールが開かれていて、私達の学校の女子生徒以外に他校の女子生徒達も商品を色々と漁っていた。

ちょっとこの前まではあちらこちらにサンタクロースやトナカイが飾られていたというのに、たった二カ月の間であっという間に街はバレンタインデー一色に染まっていた。



「ねぇねぇ、小夜はバレンタインデーどうするのぉ? 誰にチョコを贈るのかもう決まってるのぉ?」


「えっーとね、あたしは麻美ちゃんの家で麻美ちゃんと一緒に手作りチョコ作るんだー! あげる人はねー、麻美ちゃんが彰宏お兄さんにあげて、あたしは瑠璃ちゃんと航クンにプレゼントしてあげるの!」



あのクリスマスの日以来、麻美子は体調と精神状態を考慮して学校を休んでいる。毎日一緒にいたメンバーがいないのはちょっと寂しいけど、麻美子の事を想えばこれで良いのだと思う。

下手に外に出て何も事情の知らない心無い人間達から非難を受ける事も無いし、家では愛する彰宏さんといつも一緒にいれる訳なのだから今の麻美子にとってはこの環境が一番だろう。

小夜もちょくちょく遠藤家に行って瑠璃も連れて一緒に公園に遊んだりしているらしいし、小夜から話を聞くかぎりでは体調も良好らしいのでとりあえずは一安心。



「手作りチョコ作るの楽しみだなー! 瑠璃ちゃん、喜んでくれるかなー!?」



小夜と手作りチョコか、そういえば小夜は昔から私と翔太宛てに毎年果敢に手作りチョコ作りに挑戦するのだが、ハート型にしようとすると何か顔の尖った悪魔みたいな形になってしまったり、見様見真似でトリュフを挑戦したらただのカチカチチョコボールになってしまったりと散々だったがはたして今年は大丈夫なんだろうか。



「…………中身はただのチョコレート、食べて死ぬ訳じゃないから」



まぁ、今年の毒味は航が務めてくれるから私の口に回ってくる事は無さそうだな。いや、無いと祈りたい。航なら何か何を食べても体調を崩しそうな気がしないし、この大きな口ならカチカチチョコボールでも難なく噛み砕くだろう。



「えっ〜!? 航先生一人で小夜ちゃんの手作りチョコを独り占めですかぁ!? いいなぁいいなぁ、俺も小夜ちゃんの手作りチョコ食べた〜い!!」



何も知らない哀れな男め、小夜の殺人クッキングの犠牲になった事がないからそんな戯言を叩けるんだ。市販のチョコを溶かして型で固めるだけの簡単作業のはずが、それが小夜の魔法の手にかかればあっという間に猛毒スイーツの出来上がり。精神的にストレスを感じて腹痛を引き起こす魔のチョコレートだというのに……。



「大丈夫だよー! じゃあ薫ちゃんの分もあたしが作ってあげる!」


「マジで!? ヒャッホ〜イ! これで今年は小夜ちゃんと千夏ちゃんの分で二人分のチョコ確定だぜぇ!」


「……何百何千個の話はどこに行ったんやオマエは……?」


「もちろんまだまだチョコプレゼントの募集は受け付けてるぜぇ! 翼もつまらない意地なんて張らないで、頭にリボンを付けて生まれたままの姿で俺の腕の中に飛び込んできなベイビー!?」


「中○産の農薬たっぷりアーモンドチョコなら山ほど食わしたるで」


「ちょ、ちょっと、それ笑えないっス」



まぁ、わざわざ農薬なんて持ってこなくてもコイツは小夜のチョコ爆発であの世行き決定。可哀想かもしれないけど、本人が望んでいるのだからしょうがない。安らかにお眠り下さい、アーメン。



「もちろん、那奈の分もいつも通りちゃんと作るから楽しみにしててねー!?」


「……い、いや、私は今年、遠慮しとく……」


「えっー、何でー!?」



ちなみに私にとってはバレンタインデーなんてものは特別な日でも何でもない。毎年、小夜からチョコを貰っているくらいで自分から男子や家族にチョコをあげた事なんて一度も無い。

だって、誰からも欲しいなんて言われた事が無いし、女の子だから男の子にあげなければいけないなんて義務みたいに決めつけられる風習がどうも好きになれなかった。バレンタインなんてただのお菓子メーカーの売り文句であって、クリスマスにケーキが売れるのと同じようなものだ。


それに、毎年この日は私にとっては憂鬱な日に他ならない。ただてさえ誤解されやすい私と翔太の関係を、さらに他人から冷やかされまくる魔の一日。

毎年あちらこちらの大人達から『彼にはチョコあげたの?』とか『良いわね、毎年チョコをあげられる相手がいて』とか余計な事ばかり言われる。

あまりにしつこいのでそんなもの渡してないと説明すると、『何であげないの?』とか『照れてるの?』なんてこれまた余計な勘ぐりを入れられて非常に迷惑な思い出しかない。

翔太にチョコをプレゼントするなんて事はこれまで私の頭の中では絶対に有り得ない事だったし、かといって翔太以外の人間に義理チョコなどを贈ったら逆に意識して避けていると思われかねない。

だから、私はバレンタインデーは誰にもチョコを贈らない事に決めた。そうすれば周りに変な誤解を与える事も無いし、冷やかされる事も無い。それで毎年このうっとうしい記念日を何とか切り抜けてきた。


でも、今年は何か決意が鈍ってしまっている。今までならそんな話は自分には関係ないと迷わず否定出来たのに、心の中に引っ掛かる一つの想いが膨らみ過ぎてそれを消し去る事が出来ない。



「翔ちゃんは男の子だからチョコ欲しいでしょ? だから今年も翔ちゃんの分はあたしがちゃんと作ってあげるから待っててね、翔ちゃん!」


「……えっ、俺の分? あ、あぁ……」


「どうしたのー? 翔ちゃんまでチョコいらないのー?」


「……いや、そういう訳じゃねーけど……」


「何か翔ちゃん、最近元気ないよー? 翔ちゃんおかしいよー、ねー那奈?」


「……えっ? う、うん、そうだね……」


「あれー? 何か那奈も元気なーい、二人ともどうしたのー?」


「……いや、別に……」


「……うん、別に……」


「何か変なのー」



学校でも家でも、私は翔太とまともに会話が出来なくなってしまった。父さんやいづみさん、お姉がいる時にはまだ一つの部屋に一緒にいれるけど、二人きりになってしまうと私達の間にある微妙な空気に耐えられずに私は自分の部屋に逃げてしまう。それは翔太も同じみたいで、何の用も無いはずなのに外に出て行ってしまったりする。

麻美子が一人の男性との恋に命をかけたあの行動。それを目の辺りにした私の心に芽生えた、いや、昔から胸の奥に抱えていながらずっと隠し通してきた胸がキュンと痛くなる苦しみに似た感情。


翔太の顔が見れない、翔太の目を見る事が出来ない。もし翔太と見つめ合ってしまったら、きっと心に無理やりしまい込んでいるこの気持ちを見透かされてしまいそう。

翔太に話しかけられない、翔太と会話を交わす事が出来ない。もし翔太に話しかけられたら、喉の奥に仕えている本心の言葉が出て来てしまいそう。



「じゃーね二人とも、また明日ねー!」



翼達を駅で見送り、小夜を家まで送り届けて二人だけの五分足らずの帰り道、私と翔太は横に並んで黙り込んだまま歩いていた。


二月上旬の冷たい空気の中、寒さなんかちっとも感じない。心拍数は上がり、顔や耳は必要以上に火照り、呼吸をするのも息苦しい。首に巻いたマフラーで口を隠して、息遣いを見られない様にしても吐いた息が白くなって前が曇って見える。



「……那奈?」



一瞬、心臓が止まりそうになった。久し振りに聞いた翔太の呼び声。でも、なぜかうまく言葉が出てこない。焦った私は前を向いたまま小さく頷いて何とか返事をした。



「……あのさ、唐突な話なんだけどさ……」


「……う、うん……?」


「……五年前のバレンタインデーって、覚えてる?」


「……えっ? 五年、前?」



五年前、というと私と翔太がまだ小学校四年生だった時の話。まだ恋愛なんてものを全く考えもしなかった無邪気だった頃、一つの家に同居する事にも慣れてきた私達は家でも学校でもはしゃぎ回って遊んでいた。一緒に通学して勉強して、帰ってきてゲームとかして遊んで、食事を済ませてまた夜遅くまで一緒に遊んで……。とても楽しかった思い出ばかりた。



「……あの日さ、母さんもまだ入院してて、親父さんは騒動起こして警察に保護された優歌さんを迎えに行って、俺と那奈だけで夕飯の弁当買いに行ったじゃんか?」



あの頃はお姉が荒れていていづみさんもいなかったので二人だけで夕飯を済ます事が良くあった。そういう日は部屋で飛び回って遊んでいても怒る人がいなかったから、私はどんな遊びをして翔太を困らせてやろうかワクワクしながら食事をしていたのを覚えてる。



「……弁当買って帰る途中に、えーと、誰だっけ、真理ちゃんだっけ? 小学校の途中で引っ越しちゃったあの子……」


「……あっ、天野真理かな? 覚えてるよ、二年生の頃から私達と同じクラスだった子でしょ?」



いたいた、天野真理。懐かしいな、彼女は私と同じくらい運動神経が良くて気が強い子だったなぁ。体育の授業や休み時間の時は私や翔太と争い事になって良く口喧嘩したっけ。



「……あの子が引っ越す前日に弁当屋の前にいた俺の元まで走ってきて、最後の思い出って事で俺にチョコを渡してくれたんだよな、『本当はずっと好きだった』って……」


「……うん、そういえばそんな事あったね、側にいた私もビックリした……」



懐かしい昔話にカチカチになっていた私の心の緊張は少し解けて、久し振りに翔太とまともな会話をする事が出来た。何か、小さかったころの自分に戻った様な感じだった。



「……俺さ、初めて母さん以外の女性からチョコを貰えて有頂天になっちゃって、大事に弁当のビニール袋に一緒に入れて帰ってヘラヘラ浮かれていたら、那奈がうっかりその袋ごと電子レンジに入れて暖めちゃったんだよな……」


「……あぁ、あれ、うん、あれね……」


「俺もそれまですっかりチョコの事を忘れてて、何か甘い匂いがしてきてやっとそれに気付いて急いでレンジを止めたけど、見事に弁当の容器がチョコレートコーティングされてて……」


「……うん、覚えてる、うん……」


「気付かなかった俺も悪いけど、那奈のあのチョンボはヒドいよ? お陰で弁当はグチャグチャだし、それを親父さんに話したらメチャクチャ起こられて真理ちゃんにはお詫びの手紙書かなきゃいけなくなったし、もうバレンタインデーチョコなんて懲り懲りだって思ったよ……」



……ごめんね、翔太。あれ、実はワザとなんだ。そうなる事をわかってて私はあの袋をレンジに入れた。特別真理に恨みがあった訳じゃないけど、幼かった私は喜ぶ翔太を見て頭にきてしまった。

みんなに馬鹿にされるのが嫌でチョコを渡せない私を差し置き、翔太が他の女子から告白されるのが許せなくて、とても不安だった。翔太が私の側から離れてどこかに行ってしまいそうな気がして凄く怖かった。今考えると、なんて嫌な女だったんだろう私……。



「……んで、その事なんだけどさ……」


「……な、何?」


「……結局その後さ、那奈から謝罪の一つもないんだけど……?」


「……しゃ、謝罪?」



……どういう事? いまいち翔太の言っている事が私には良くわからなかった。でも、翔太の態度がさっきまでと違う。何かを言いたげな迫ってくる雰囲気に再び私は頭が真っ白になってきた。



「だ、だってあれから俺は毎年誰からもチョコ貰えなくなっちゃったんだぞ? これはきっとチョコの神様の祟りだよ、間違いない、絶対そうだ!」


「な、何よ祟りって? チョコを貰えないのは翔太がモテないからでしょ? 私のせいだって言うの!?」



何か変な口喧嘩に発展してしまった。確かに悪いのは私だけど、ワザとやったなんてとても言えない。そんな事言ったら、翔太に私の気持ちが伝わっちゃう。何とか、何とか話をそらさないと……。



「だっ、だってそうだろう? あの事故は明らかに那奈の責任じゃんか!? 何かずっとうやむやにされてきて、俺は納得してないんだからな!?」


「……な、何をそんな古い話にいつまでもこだわってんのよ! 今更そんな事言われたって、じゃあ私はどうすればいいの、謝れば気が済むの!?」



……ダメ、売り言葉に買い言葉で全然話題を変える事が出来ない。いつもだったらこんな話冷たく突き放せるのに、翔太の気迫に押されて金縛りにあったみたいに動けない……。



「これでもあのチョコは俺の大切な子供の頃の思い出の一つだったんだぞ! 謝らなくてもいいから、弁償してくれよ弁償!?」


「……べん、しょう……?」


「……い、いや、あの、弁償っていうか、その……」



突然訪れた沈黙。さっきまで威勢の良かった翔太が口にしてしまった言葉を恥ずかしがる様に下を向いて黙り込んでしまった。

私は『弁償』という言葉に最初は少し戸惑ったけど、すぐにその言葉に含まれる『意味』がわかってしまった。それはつまり、翔太は私の……。

次の瞬間、私は一気に頭に血が上って顔から火が出そうなくらい真っ赤になって、同時に心臓の鼓動も高鳴りまともに翔太の顔を見れなくなった。



「……弁償、すればいいの……?」


「……えっ?」


「……弁償って、同じ物を返す事だよね、同じ物って、チョコだよね……?」


「……いや、あの、それは、その……」



恥ずかしさを押し殺して恐る恐る上目遣いで翔太の顔を見ると、物凄く困った表情をしてモジモジしていた。私から目線を反らし、言葉に詰まってうつむくその顔は少し赤く染まっているように見えた。



「……私が、翔太にチョコを渡せばいいの? そうしたら、翔太は私の事を許してくれるの……?」


「……いや、許すとかそんな事じゃなくて、だからその……」



あと少し歩けば家の玄関なのに、冷たい風が吹く曇り空の下で私はこの場所から動く事が出来なかった。足に根っこでも生えたみたいに動けない。でも、決して寒くなんてない。生まれて初めて体験する強い心臓の鼓動に体中が熱くなり、足元のアスファルトが溶けてしまいそうだった。



「……真理と同じチョコなんて用意出来ないよ? 全く同じ物なんて返せないよ? それでもいいの……?」


「……いや、真理ちゃんの事なんて、別にその……」


「……私の、チョコでいい?」



言葉を選べずに単刀直入に聞いてしまった。恥ずかしくて消えてしまいたいくらい苦しいけど、もう引く事なんて出来ない。私は真っ赤に照れた顔を見られない様に巻いているマフラーに顔を半分以上うずめて翔太の答えに耳を澄ました。どんな言葉でも絶対に聞き漏らさない様に……。



「……俺、那奈のチョコが、ほ、ほ、ほ……!」


「……ほ?」


「ほ、ほ、星見えるかな、今夜!?」


「……ハァ?」



……えっ? どういう事? 何で急に星の話になる訳? 全然理解出来ない、何が言いたいのよ!?



「……何それ、意味わかんない……」


「……ほ、ほら、俺って結構星空眺めるの好きじゃん!? どっちかっつーと俺は夏の夜空より冬の夜空の方が好きなんだよな、何つーか、空気が澄んでて綺麗に見えるっつーか……」



翔太の目が完全に泳いでる。逃げた、またコイツ逃げやがった! 人にここまで覚悟させてここまで言わせといて、あんまりだよ、あんまり過ぎる! それでも○玉付いてんのかよこの腰抜け男!!



「ほ、ほら、冬にしか見れない星座とかあるじゃん? 俺はオリオン座とか好きだなー、あの砂時計みたいにくびれている所とか良いよなー? あっ、そうそう、砂時計って言えば今度映画やるじゃん? 何かあの話ってさ……」


「……最っ低……」


「えっ? な、何どうしたの? 那奈、もしかして怒ってんのか?」



期待させるだけさせられて一気に谷底に叩き落とされた私はすっかり熱も冷めきって涙はおろか溜め息すらも出なかった。何が砂時計だバカヤロー、もう一切翔太に期待なんてしてやらない! 私は頭を掻いてヘラヘラしている翔太を無視して玄関の鍵を開けて家の中に入った。



「……ちょ、ちょっと、何で玄関閉めようとしてんだよ那奈? 俺、入れないじゃん!?」


「いいよ、入んなくて」


「いやいやいやいや、寒いって! 凍死しちゃうって! 頼むから俺も家に入れてくれよ那奈!?」


「バイバーイ」


「えっー!? マジで鍵閉めてるし! ちょっと、冗談だろ!? オーイ!!」



二階の自分の部屋に戻った私は一息ついてベッドに寝転んだ。やっぱりそうだったんだ、この胸の苦しみは今に始まった事じゃない。もっと昔から確実に私の中に芽生えていた感情だったんだ。



「……もしもし、小夜? 私だけど……」



あの時の弁償、ちゃんと翔太に返そう。何であんな事をしてしまったのか、そして今、私が翔太に対してどんな感情を抱いているのか、全部一緒にまとめて翔太に……。



「……今度のチョコ作り、私も参加していいかな……?」



ケータイ越しの小夜の喜ぶ声が何となく心地良かった。もう苦しむのはやめよう。悩むのはやめよう。自分に嘘をつくのはやめよう。私はやっぱり女の子で、恋をするのはいけない事では無いのだから……。



「那奈ー! 俺がずっと一緒におっちゃるけーん!! だから開けてー!?」


「凍死して星にでも砂にでもなっちゃえ、このバカー!!」


「痛ってぇぇぇぇぇぇ!!」



窓から投げた目覚まし時計が翔太の顔面に直撃して『チン』という良い音を立てて地面に落ちた。アンタなんかこの時計で充分、ベルが鳴る設定時間まで外で反省してなさい!


一大発起したからにはもう逃がさないんだから。物凄く恥ずかしいし物凄い不安だけど、目一杯女の意地を見せてやるから覚悟しろよ、風間翔太!



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