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第30話 ALIVE



夏休み前にビックリするニュースが入ってきた。私達を色々な場所に遊びに連れて行ってくれた翼の父親、新作さんが突然倒れて入院したというのだ。



「……本当にビックリしました、父さんに連絡したら『いよいよお迎えが来たか』なんて言い出すし……」


「いやいや、すまんなぁ那奈、わざわざ見舞いまでさせてしもうてなぁ、しっかし虎太郎も随分と薄情やなぁ」



一時期は危なかった様態も今は良好に向かって、病院のベッドに座ってニコニコしている。ベッドに乗っかってる岬と遊ぶ姿を見てとりあえずは一安心した。



「……ホンマにあの時どうなるかと思たで、ウチの目の前でいきなり胸押さえてバターンって倒れるんやもん! こっちの心臓が止まると思たわ!」


「いやぁ、あの時はそばに翼がおらんかったら今頃俺はお空の上やったかもしれんなぁ? ホンマおおきにな翼、愛しとるで」


「またそんなん言われたらウチたまら〜ん! もう心臓ドキドキしておかしくなってまうわぁ〜!」



……真っ赤になった顔を両手で押さえてもじもじしながら飛び跳ねるチビッ子娘。全く、どこまでファザコンなんだかねこの女は?



「でも、あまり大騒ぎになるとみんなにご迷惑になるかもしれなかったら、早い内に連絡出来て良かったわ」



翼に合わせてベッドで飛び跳ねる岬を抱きかかえて美香さんが当時を振り返った。今日は日曜日で学校は休みだったが、何の予定も無く家にいたのは私だけだった。翔太は父さんとバイクの大会を観戦、小夜と麻美子と航は瑠璃を連れてお出かけ、千夏はママとお買い物。

美香さんの迅速な対応で随分早くに新作さんが無事だという連絡は伝わってきたので、下手に大人数でお見舞いに押しかけるのは自粛して、みんな自分達の予定を優先したらしい。



「それでええねん、俺一人の事でみんなにいちいち迷惑かけたないからなぁ?」



病院に行く前、父さんは私に言っていた。新作さんはつまらない心配されても決して喜ばない、下手に気を使って見舞いになんて行くんじゃないと。

父さんの言い分はわかってはいたけど、何しろ今日私には何の予定も無かったし、どっちがと言ったら新作さんよりも翼の方がパニックになっているんじゃないかと思って心配になった。

でも、この楽しそうにはしゃいでいる姿を見る限りその気遣いもどうやら取り越し苦労だったみたいだ。



「せっかくの日曜日なのにわざわざお見舞いありがとう那奈ちゃん、この前の空手大会の怪我は治った? 足はもう大丈夫なの?」


「はい美香さん、もう大丈夫です、この程度の生傷なんていつもの稽古で慣れっこですから」


「おぉそや、翼から聞いたで、大会優勝したらしいやないか! ええなぁ、やっぱりスポーツして汗かくってのは最高やもんなぁ!? 俺も早よここから出てひと暴れしたいわ〜!」


「オトンはアカンで! この前のサッカーみたいに大暴れしたらまた倒れるやろ!?」


「パパ、アカンでー!」


「うははっ、翼と岬に怒られてもうた、俺、涙目」



新作さんは笑いながら翼と岬の頭を優しく撫でた。その姿を奥さんの美香さんが嬉しそうに眺めていた。誰がどう見ても最高の家族だろう。新作さんの心臓に住み着き体を蝕み続けるあの病気さえいなければ……。


特発性拡張型心筋症。心臓の運動に支障をきたす難病。新作さんは高校生の時にこの病気を告知され、ずっとこの悪魔と戦ってきた。

夢だったサッカー選手の道を断ち、絶望の人生の中、病気の進行を抑える薬を飲みながら取材の仕事につき海外の隅から隅まで飛び回った。

そこで、自分よりも苦しい病気や人生を送っている人達を見て、自分も病気に負ける訳にはいかないと励まされて生きてきたそうだ。

その勇気と決意で医者に余命約十年と言われた死の宣告に見事に打ち勝ち、すでに今年でもう闘病二十七年目に入った。

もちろん、それまでにはたくさん命が危険な時もあったし、生きていくのが苦しいと思った時もあった。無理をして、何度も何度も間一髪のところを病院に担ぎ込まれた。

でも、懸命に支え続ける美香さんの愛情や、翼や岬の笑顔がその度に新作さんを奮い立たせ、生きる力を与えてきたのだ。



「……でも那奈、ホンマにありがとな、オトンの為に見舞いに来てくれて……」


「……何よいきなり気持ち悪い、翼からそういう事言われると背筋がむずがゆくなるんだけど……」


「何やねん! 素直に感謝の意を伝えてんねんからオマエも素直に受け止めろや!」



恥ずかしがりながら慣れない感情の弁を述べて、ちょっとからかったら突然キレてこれだ。でも、翼にも少しは女の子らしい可愛いところがあるんだなぁと再確認した。



「そうだそうだー、第一、手ぶらでお見舞いに来るなんて失礼千万、せめて完熟マンゴーやマスクメロンくらいの見舞い品を持ってくるのがモアベターってもんだぜ」


「うるさい! つーか何でここに薫がいるのよ!?」



ベッドの奥にある椅子に生意気に座り込んでる茶髪野郎、マンゴーやメロンなんていい店で買ったら何万円すると思ってんのかこの男は?



「オマエかて手ぶらで来たやないかボケッ! 那奈はともかく何でオマエがさっきからここに居座っとんねん、サッサと帰れや暇人!」


「シッー! 病院内ではお静かにして下さい、お休みになっている患者さんもいらっしゃるんですよ?」


「……ホンマウザいわコイツ、この前から完全にストーカーやで……」



私や小夜は小さい頃から松本家とは交流があるからお見舞いに来るのは違和感が無いが、何で薫がお見舞いに来てるんだろう。コイツ、本物のストーカーか?



「ねぇ、何で薫が見舞いに来てんのよ? アンタと新作さんはキャンプの時と正月のサッカーの時にあっただけで大した面識ないじゃない?」


「何を仰られるか、大切なベストフレンドの家族の一大事ですぜ? しかも新作さんは俺の足の障害を理解して励ましてくれた恩人だって事を忘れちゃ困るなぁ?」


「病室でクルクル義足を回すなアホ! 見舞いとか言うてどうせ目的は看護婦のおっぱいなんやろ!?」


「甘い! 甘い甘い、ベリベリスゥイートだねツバピーは、ナース服はパツンパツンのスカートのお尻が一番冴える制服なのさ! ヒップイズデリシャ〜ス!」


「ツバピー言うな! 結局スケベ目的やないか、この変態!」



……病院でデカい声出して喋るなっつーのこのバカ二人が。こんな所で、しかも貴重な日曜日なのに学校でやっているいつもの夫婦漫才なんか見たくないっつーの。

しかし、この桐原薫という男は一体何なんだろう? この前は翼の事が好きみたいな事を言っておいて、実際にはその翼にはこれっぽっちも無い女性の胸やお尻をやらしい目線で追いかけまくる。言葉と行動が全く一致しないのて真意が全然読み取れない。



「……ねぇ薫、アンタこの前は翼と付き合いたいって言ってたよね? そんなバカな事やってたら女子から嫌われる一方だよ?」


「アホか那奈! オマエ、オトン達の前で何を言い出しとんねん!?」



……あっ、しまった。そういえば松本家の人達はそんな事実を知る訳が無いか。知っているのはあの時の帰り道に一緒にいたいつものメンバーだけだったっけ。

これは大失態。失言に怒った翼がさっきから私の頭や顔を叩いてきたり足を蹴ってきたりしている。結構マジで照れてるみたいだ。でもまぁいいや、少しはいつもいじられる私の気持ちもわかったか。



「オトン、今の話は何でもないで! コイツら頭の中、虫が湧いとるからアホな事ばかり言うて……」


「何かそうらしいなぁ翼、お前もやっと男から好かれる女になれたんやなぁ、これで俺は一安心やで」


「えっ、何で? 何でオトンが知っとんの!?」



一番知られたくない人からの意外な言葉。いつもは冷やかす立場の翼が事態を理解出来ずにアタフタしている。いつもは私が被害者になっているからたまには気楽に傍観者になってこの話の結末を見届けてみよっかな。



「薫君、この前は家の留守番をしてくれてありがとうね、おかげで助かったわ」


「る、留守番!? 何やねん、オカンどういう事!?」


「かおるタン、またみータンとあそぼうねー!」


「オマエ、岬にまで手ぇ出したんかコラァ! やっぱりウチの知らん間に勝手に家に入り込んでたんやな!?」


「OKだぜみータン! また薫お兄ちゃんと一緒テレビゲームやろうぜー!」


「犯罪やぁ! これ絶対犯罪やぁ!! 誰か警察に通報して〜!?」



もはや家族に味方無し。松本城、完全に堀を埋め立てられて陥落寸前。逆上した翼は花瓶に差してある花を抜き取り、薫に向けてバシバシ投げ始めた。看護婦さんが掃除に手間取るから散らかすなっつーの。



「翼、俺が聞く限りこの男の想いは本物やで? 女は恋をして綺麗になんねん、美香ちゃんも俺にいっぱい愛されてこんなに綺麗なナイスバディになったんやでぇ? ウヘヘ」


「やだぁ、新作くんったら子供の前で恥ずかしいじゃない、も〜う!」



……仲の良い夫婦だこと。さすがに四十代目前で次女を産んじゃっただけの事はある。お互いに仕事が忙しくて会えない時期が長かった分を取り戻す様なアツアツぶりだ。

しかし、この家族といい家の家族といい、子供が聞いているのになまめかしい話もお構い無しだ。これで私達中学生が間違った方向に進んで行ってしまったらちゃんと責任取ってくれるのかなぁ?



「ええか翼、男の愛情とスケベ心は全くもって別物やねん、口ではスケベな事を言うても、心はちゃんと愛しい女に向いてんねんで? 恋愛とは心と心でするもんやからな!」


「さすがはこの我が輩が尊敬するおっぱい国王様、名言でございます! 我が輩、また一つ男として賢くなりました!」


「……もうええわ、一体薫はウチの何が気に入ったんやろ? 愛情とか全然感じへん……」



大好きなオトンにも愛する家族にも見放され、薫からは相変わらず真意が伝わってこない可哀想な翼。

何かちょっと同情してきた。やっぱり男子には好きなら好きでもう少し態度に出してもらいたいもんだよね、ちょっとふざけすぎだよ……。



「……那奈、ちょっと売店まで付き合ってや、気分転換したい……」


「……はいはい、しょうがないね、全く……」


「それではこの私めもご同行致しましょう姫様! 喜んであなた様を守る騎士になりましょうぞ!」


「頼むからオマエは帰ってくれや! 絶対にウチは薫を男として認めへん!」


「オーマイガー」



病室を出て売店に向かう通路を歩く翼の姿はいつもにも増して小さくなっていた。全く、エラい男に目をつけられたもんだ。しかし、本当に薫は翼のどこがそんなに気に入ったのかなぁ、いまいち良くわからない。



「お互いに必要以上にお喋りだからフィーリングが合ったのかな? 薫なら背も高くないし背格好も合うじゃない、もういっそ付き合っちゃいなよ?」


「アホかボケッ! あんな得体の知らない男と付き合えるかいな! ウチの将来真っ暗やわ!」


「でも、ある意味薫は千夏よりも翼を選んだんだから名誉な事じゃない? 実際アンタ達いつも喋って仲良いんだからもうはっきりしちゃいなよ?」


「那奈に言われたくないわなぁ、調子こいてると明日は我が身やで〜?」


「……何よそれ、どういう意味……?」



私達が売店で買い物をしていたその頃、新作さんの病室には意外な訪問者がやって来ていた。ダンダンダーン!! と非常に迷惑なノックをして。



「……あのどちら様ですか? 扉、開いてますけど……」


「……おぉ! そういえば全開に開いてたなぁ、ミカミカに言われるまで気づかなかったぜ!」


「あー! こたろうおじタンだー!」



人に見舞いに行くなと言っておいて結局やってきた迷惑オヤジ。突然のハイテンションな来客にナースステーションがザワザワとざわつき始めた。



「またやかましいのが来よったなぁ、これじゃまた看護婦さんに怒られてしまうわ」


「てめぇで呼び出しておいて何だその言いぐさは、ナメた事言ってるとこの虎太郎様直々に拳で心臓マッサージすんぞコラ」


「俺は看護婦さんのおっぱいマッサージの方がええなぁ、このゴッドフィンガーで心臓バックバクさせたるのになぁ」



渡瀬虎太郎と松本新作、学生時代からの大問題児コンビだ。非道なイタズラと理不尽なセクハラでこれまで泣かしてきた女は数知れず。正に女の天敵だ。



「看護婦ごときにうつつ抜かしてんじゃねぇよ、てめぇはよ? こんなにボインボインのおっぱいちゃんなカミさんが居てまだ物足りねぇって言うのかよ?」


「いやいや充分、充分過ぎるで! せやから俺も張り切っちゃってこの歳で岬までこしらえてしもうたしなぁ」


「ちょ、ちょっと新作くん!? みんな聞いてるのに、もう……」



美香さんは焦って岬の耳を塞いだ。ちなみに私達は小さい頃からいつもこんな会話の中を生きて成長してきた。全く教育上相応しくない父親達だ。



「そうかそうか、そりゃ仕方がねぇなぁ! この女好きが子供二人で済んでるのが不思議なくらいだぜ、ミカミカ、まだまだ休んでらんねぇなぁ? ウッヒャッヒャッ!」


「よーし、こうなったら高齢出産の世界記録に挑戦や! どや岬、岬もお姉ちゃんになりたいか? 弟と妹、どっちがええ? それともどっちも欲しいか?」


「もーう! 新作くんも虎太郎さんも完全にセクハラ! 私も売店に行ってきます!」



岬を抱いて真っ赤な顔をして病室から逃げた美香さんを見て父さんと新作さんは大声でゲラゲラと笑った。さぞかし隣の病室の患者さんには迷惑だったろう。



「……さてと、予定通り誰もいなくなったとこだし、本題に入ってもらうか新作?」


「……あぁ、虎太郎、ここにおるこの坊やがこの前話した例の少年や……」



病室内の空気が一気に変わって深刻な雰囲気が漂い始めた。病室にはまだ薫が椅子に座ったまま残っている。新作さんに紹介された薫の姿を見て、父さんは顎の無精髭をさすって物珍しそうに眺めていた。



「……あの、新作さん……」


「……心配すな、この前話した協力者や、俺が世界で一番信頼しとる男やで」



初めて会う近づきがたく態度の悪い男性に薫は椅子から立ち上がり少し怯えながらも挨拶をして握手を求めた。



「……初めてまして、桐原薫です……」



しかし父さんはその手を無視して威圧的な目線で薫を見つめ、吐き捨てる様にボソッと言い放った。


「……これが例の『運命の子』ねぇ? 見た目からしてもっと神々しいのかと思ったら、どこにでもいる様なくそガキじゃねぇかよ、『シオン』ちゃん、だっけか坊や?」


「……!!」



その頃、私と翼は買い物を終えて病室に戻る途中だった。通路を歩いていると反対側から美香さんが岬を抱いてこちらに向かって来ているのが見えた。



「あれ、オカンも買い物? 何や、欲しいもん言うてくれたらまとめて買ってきたのに〜」


「ごめんね翼、岬がジュース飲みたいって言い出したからママも売店に行こうと思ってね……」



妹のワガママに困った様に頭を抱え、小さいお姉さんは一丁前に説教をし始めた。しかし何か威厳が無いなぁ。



「岬、オマエジュース何杯目やねん!? そないに冷たいもん飲んだらまた寝小便するで!」


「えー! みータンジュースのみたいなんていってないもーん!」


「こら岬! ジュース飲みたいって言ったでしょ!? 言ったよね!」



美香さんの態度がおかしい。何か岬に無理やり嘘をつかせようとしている様に見えた。通路の真ん中に立って、まるで私達を病室に戻さない様に道を塞いでいるような……。



「いまねー、こたろうおじタンがきてパパとかおるタンとおしゃべりしてるよー!」


「お願い岬! もうこれ以上喋ったらママ怒るわよ!?」



美香さんは焦って岬の口を塞いだが、私達には全て言葉が聞こえてしまった。



「えっ、父さんが? 父さんが来てるの?」


「それよりまだ薫のヤツは病室を占拠しとんのかいな!? アッタマきた、ウチが無理やり追い出したる!」



ついに怒りが頂点に達した翼は美香さんを振り切って病室へと歩き始めた。何か異様な空気と父さんの登場で不安になった私も急いで翼の後を追った。



「翼お願い、待って! 今、新作くんと虎太郎さんは大事なお話をしているのよ! これは薫君にとっても大切な事で……!」


「何が大事な話やねん、どうせこの三人が話す事なんてスケベな話に決まっとるやんか!? ガキの頃から何遍も聞かされてもうウンザリやっちゅーねん!」



病室の扉の前で必死に美香さんが岬を抱いたまま翼を後ろから捕まえている。おかしい、何かおかしい。この扉の奥で父さんと新作さんとの間で何が話されてるのだろうか。そして、薫と一体どんな関係が……。



「ナメた事言ってんじゃねぇぞ、このくそガキ!」



突然、病室の中から聴こえてきた怒鳴り声。父さんの声? その怒号に病室に入ろうとしていた翼もおとなしくなり、私と一緒に静かに部屋の中から聴こえてくる声に耳を澄ませた。



「迷惑かけたくない、他人を巻き込みたくないだぁ? ふざけんじゃねぇよ、てめぇ!」



……父さんだ。やっぱり父さんの声だ。一体誰に怒鳴ってるの? くそガキって、まさか薫の事?



「しっかり新作に全部話してきっちり巻き込んじまってるじゃねぇか!? 嫁の美香まで巻き込んで、一家族丸々巻き込んでんじゃねぇか!? それを今更、綺麗事抜かして善人ぶってんじゃねぇぞコラァ!」


「……それは、新作さんが全て話して欲しいって……」


「虎太郎、俺が嫌がる薫から無理やり聞き出した事なんだ、薫に罪は無い」



……綺麗事? 無理やり聞き出した話? 何の話だか全然わからない。扉に耳を当てながら、私と翼は顔を見合わせて不可解な顔をした。



「……あのなボウズ、俺はおめぇが新作に事実を話した事を怒ってるんじゃない、おめぇ自身がこの現実に立ち向かう度胸がねぇ事に頭きてんだよ」


「……度胸……?」


「人間ってもんはな、どう頑張っても一人だけじゃ生きていけねぇ生き物なんだよ、生まれてすぐに歩ける訳じゃねぇし、いきなり肉や野菜をバリバリ食える訳じゃねぇ、そんな事当たり前だ」



聞き耳を立てる私達の後ろから鼻をすする音が聴こえてきた。美香さんだ。泣いてるのかな、私達に背中を向けていて良くわからない。翼はそれに気づいていないみたいで夢中で部屋の中の会話を聴いていた。



「自分一人で解決出来ねぇなら助けてもらえばいい、巻き込んだっていいんだよ、ところがおめぇは人に助けて貰うだけ貰っておいて、自分自身の運命から目を反らしているだけじゃねぇか、逃げてるだけじゃねぇか!?」


「……だって、そんな事を言われても……」


「その分際で他人を巻き込みたくないなんてしゃらくせぇ事を抜かすんじゃねぇよ!? 新作が命がけでおめぇの為に立ち向かってんだ、おめぇも本腰入れて立ち向かえやコラァ!!」



……薫の問題、一体どんなものなのだろうか。言われてみれば薫の周辺は色々と謎な事が多い。両親の死、他国にいる祖父、後見人のユリア、自宅の喫茶店の妙な飾り物、右足を失った爆発事故……。



「……虎太郎、もうそれくらいにしてやれや、コイツかて苦しんどんねや……」



説教の様にきつく当たる父さんとは対照的に新作さんの落ち着いた話し声が聴こえてきた。大好きな父親の声に翼は顔を上げてその声を聴いていた。



「……この子が背負っとる荷物は俺らの想像を遥かに超えたものなんや、しかも薫はまだ中学生、子供やで? 覚悟決めろ言うたって出来る訳ないやろ?」


「……相変わらず甘いなぁ、てめぇはよ……」



誰かが椅子に座る音が聴こえる、父さんだろうか。部屋の中が静かになって、美香さん以外の人間が鼻をすする音が聴こえてきた。薫、もしかして泣いてる?



「薫、もう泣くな、お前は何にも間違ってへん」



ティッシュで鼻を咬む音。やっぱり薫は泣いていた。いつも場違いなハイテンションでふざけているあの姿から全く想像が出来ない話だ。



「……ええか薫、お前さんの荷物を代わりに持ってやる事は誰も出来へん、俺かて、ここにいる虎太郎かて無理や、でもな、それを一緒に持ち上げて手伝ってやる事は出来るんや」


「……でも……」


「でももヘチマもあらへん、これからお前の前には色んな人間が現れる、その中から自分を助けてくれる人を見極めて一緒に歩いていく、これはお前だけやのうて俺達、この世界に生きる人間全て一緒やねん」


「……一緒……?」


「さっき虎太郎が言うた通り、人は一人では生きていけへん、だから、人は仲間を作る、友達を作る、人生を共に歩く恋人を見つけるんや、だからみんな一緒や、お前は一人やない」



まるで生き字引の様な胸を突く新作さんの言葉。キャンプ場で私達の前で話したくれた様な心を洗われる人間の真実。外にいる私達もその話に吸い込まれていた。



「……でも俺、あれからずっと後悔してて、自分のせいで一緒にいてくれる仲間を危険な目に合わせてしまうんじゃないかって……」


「……お前が怖がっているのは大切な友達を巻き込んでしまう事なんやろ? 大丈夫や、翼達は俺達が絶対に守ったるから安心せい、お前がしっかりと世界を見極め、正しい道を歩んでいけば全て憎しみも苦しみも終わらせる事が出来るんやからな?」



……この世界の憎しみや苦しみ、何だろう、やっぱり話が全くわからない。ただ、この話は只事ではない事だけは理解出来た。薫には何か私達に話せない大きな秘密があるって事だけ……。



「しかし残念やな、どうやら俺はその世界をこの目で見る事は出来そうに無いみたいやなぁ……」


「……えっ?」



翼が私の横で驚きの声を上げた。美香さんは岬を抱きしめて声を殺して泣いている。その後に聴こえてきた新作さんの言葉、それを聴いた私は自分の耳を疑った。



「薫、俺は出来るだけお前と一緒にいてお前の力になってやりたかったんやけど、どうやらここまでみたいやな」


「……新作さん、一体何の話ですか……?」



一瞬の間。そして、誰もが覚悟してはいても出来れば聞きたくなかったこの一言。



「……次、心臓発作が起こったら間違いなく俺は死ぬ」



新作さんの突然の言葉に翼は売店で買ってきたレジ袋を下に落とした。まるで自分が死ぬと言われたみたいに茫然として、顔色は真っ青になっていた。



「……そんな、そんな新作さん! そんな事……!」


「……ええねん、こういうもんは自分でわかるんや、もう心臓が休みたいって言ってんのが聞こえてくるんや……」



今の医療技術なら新作さんの心臓は難しい手術ながらも助かる見込みはあるって聞いた。でも新作さんはそれを断り続けてきた。機械だらけのロボットみたいな生き方はしたくないって、それが運命だって……。



「……俺はもうじき死ぬやろうけど、薫、お前にはこれからや、一人で行かせる訳にはイカン、せやからお前の事をここにおる虎太郎に託したんや」


「……そういう事だボウズ、かったるいがてめぇの面倒は俺が見るやる、俺様には爆弾も銃も屁でもねぇからなぁ」


「体力的にも人脈的にも俺より頼りになる男やから安心せい、口は悪いがな」


「その分顔が良くて色男だろ? だろ、だろ? そうだって言えよコラこのくそガキ」


「なっ、タイプは全く一緒や、コイツも充分スケベやから話も合うで? 女を見る目は俺の方が上やけどな?」



こんな話の最中に冗談が言い合えるなんて、何てバカでスケベで逞しい父親達なんだろう。本当にこの人達は強い絆で結ばれているんだなぁ。



「……でもやっぱり俺、凄く怖いんです、俺が巻き込んだ人達がもしかしたら不幸になってしまうんじゃないかって……」


「幸か不幸か、それはお前がこれから先をどう生きていくか次第や、仲間と手を取り合って、しっかりと世界を見極めて、正しい道を選んでいけば必ずホンマの答えに辿り着く、自分を、みんなを信じるんやで薫!」


「……新作、さん……」


「お前が正しい道を歩んでくれる事が俺の夢でもあるんや、頼んだで、薫……」



結局、何の話だかわからなかったけど、新作さんが物凄い決意で私達に未来を託してくれているのがわかった。美香さんは泣き顔を隠しきれなくなって号泣し、私も釣られて少し涙ぐんでしまった。翼はただ黙って、新作さんの言葉を噛みしめる様に聴いていた。



「……じゃあ、俺は帰るぜ新作、邪魔したな」


「……おぅ、悪かったなぁ虎太郎、わざわざこんな所まで呼び出してな」


「……茶坊主、これから宜しくな、俺は新作ほど甘くねぇからきっちり腹据えて覚悟しろよ?」


「……はい、宜しくお願いします!」


「……翔太よりいい返事だな、気に入ったぜ」



どうやら父さんが外に出てくるみたいだ。私がアタフタ慌てていると、美香さんが私と翼の手を引いて通路の横にある階段まで連れて行った。



「……翼、那奈ちゃん、今日のこの話は聴かなかった事にして、お願い……」



涙ながらに懇願する美香さんを見て、とても私は断る事は出来なかった。それは翼も一緒だったみたいだ。



「……ウチは黙ってる、那奈、ウチからも頼むわ……」


「うん、わかったよ、誰にも言わないから……」



父さんが去った後、私達は何もなかった様に笑顔ではしゃいで買ってきた飲み物を渡した。



「……ホレ薫、これ……」


「……えっ、俺に?」



翼はビニール袋からレモンの炭酸ジュースを取り出すと照れながらそっぽを向いて薫に手渡した。余程意外だったのか、まだ目が赤い薫はマジマジとそのジュースを眺めていたが、突然何か吹っ切れた様にいつものハイテンションに切り替わった。



「おっー! このプレゼントはつまり俺のアイラブユーに対するファイナルアンサーとして受けとっちゃっていいんですかぁ!? やったぜベイビー!」


「違うわボケッ! とりあえず人数分の飲み物買ってきただけや! どんな勘違いをしとんねん!」


「ファーストキスはレモン味なんだよね、これが翼の唇の味なんだね〜!? う〜ん、甘酸っぺ〜!」


「変な言い方すんなこのスケベ! レモン味とか例えが古過ぎんねんオマエは!」


「オ〜ゥ、ベリベリスゥイートアンドデリシャス! 翼ちゃんチュッチュッチュッ!!」


「こっち見ながらペットボトルをしゃぶるなこの変態! 頼むからサッサと帰れやアホー!!」



翼は生け直した花瓶の花を再び抜き取り薫にバシバシ投げつけた。新作さんはその二人の姿を見てとても嬉しそうに笑っていたが、私には少し寂しそうに、そして名残惜しそうに見えた。


帰り道、一人になった私は父さんが帰り際に新作さんに言った言葉を思い出していた。それはとても力強く、そして切ない約束。



「……新作、また来るぞ、必ずな……」


「……あぁ、待っとるで、必ずな……」



街路樹で蝉が鳴いている。また今年も夏休みがやってくる。楽しい夏休みになるといいな。



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