第28話 Loveはじめました
ゴールデンウイーク明けの五月のポカポカ陽気、寝不足も相まってウチの頭の中は真っ白け。いくつになってもひなたぼっこってもんは気持ちいいもんやなぁ。
あっそや、今回はみんなのアイドル、松本翼ちゃんが話の話の進行をさせて貰うで〜。那奈ばかりじゃつまらんやろうし、小夜じゃ何の話をしてるんかわからんしなぁ。一回くらいはキュートで楽しい関西弁に付き合ってな!?
んでな、さっきの話に出てた寝不足っちゅーんはな、この前の連休の時にウチはエラい怖い夢を見たんや。幽霊とかホラーとかそんなんとちゃうで、事もあろうに何とウチとあのアホスケベの薫が結婚する話になっとんねん!
夢とはいえ『ハァ?』って話やで。ウチは一度も薫をそんな対象として見た事なんて無いし、近場の男子なら翔太や航かているのによりによって何で薫やねん?
しかもオトンもオカンも夢の中にいてメチャメチャ喜んどるし、岬の背もウチより高くなっててもう訳がわからん。結局何も理解出来んまま協会やらどこやかわからん場所に連れていかれて、牧師みたいな白いヒゲの爺さんがどっかの外国語みないな言葉喋って、そんでもって誓いのキス……!
うわぁ、こんなアホな夢、さっさと覚めてくれ〜って思っとったら、肝心の薫がいないねん。嫌な予感して横振り向いたら、ウチそっちのけでオトンと二人で式に来ていた他の女を外からガラス越しに覗いてたんや……。
目が覚めたら体中汗びしょびしょやった。昼過ぎまで寝とったからオカンは岬を連れて買い物に行ってしまったみたいで部屋には誰もおらんかった。
この最悪な夢を早いとこ忘れよう思うてシャワー浴びにバスルームに入ろうとしたら、何やら玄関から話し声が聴こえてきたんや。
「……お邪魔しました、それじゃあ、失礼します」
「また何か難しい話が出てきたらいつでも相談せぇよ、気軽に俺に話せや」
……何で? 何でオトンと薫がこんなに親しく話しとんねん? 何の話や? つーかウチが部屋で寝ていた間、コイツ家の中におったんかい!? 一体、ウチの知らない間に何かエラい事が勝手に進行しとるとちゃうやろな!?
「……何や、起きとったんか翼、おはようさん」
壁から顔だけ出して覗き込んでたウチにオトンはニコニコしながら話しかけてきた。いつもやったら愛しいオトンの笑顔が、この時ばかりはメッチャ怖かった。
それからや、またあんなアホな夢を見るんやないかと思うてウチは熟睡出来なくなってしもうたんや。もちろん学校でも夢の出演者である薫の顔をまともに見るの嫌やし、喋るのも嫌や。
今までやったら千夏と話してたら大概の嫌な事は忘れる事が出来たのに、クラスが別になってなかなか会う事が出来へん。今のクラスの女子はみんなおとなしい娘が多くて、ウチがこの言葉口調で喋りかけるとなぜか逃げていってしまうんやなぁ。関西弁、そんなに怖いかなぁ?
「あらららら、またお昼寝ですか姫様? やはり眠れる森の美女は王子様のキスが必要なんでしょうかねぇ?」
……来たわ、この感に触る丁寧語とアホな言い分。ウチの苦悩を知ってか知らずか、机に突っ伏して返事もしないウチに対して前の机の椅子に座り込んで顔を覗き込もうとするうざったい茶髪。
「千夏ちゃんと別のクラスになったって寂しくなんてないぜ? なんてったって今世紀最高の色男、この桐原薫王子様がクラスメイトなんだぜぇ!?」
「……今世紀って、まだ十年も経ってへんやないかアホ」
みんながおった二年生の時はそれほど気にもならんかったけど、クラスが変わって薫も話し相手がおらんのか毎日中身の無いくだらん話をウチに喋ってくる。あんな悪夢を見たのは多分このしつこい粘着体質のせいなんやろな。
「……寝る子は育つって良く言うやろ? 今は大事な成長時期やねん、ほっとけや……」
「その割には成長結果が出てないみたいだけどねぇ、プププのプ」
「あーもう、やかましいねんオマエは! 休み時間ぐらいゆっくり寝かせてーなぁ……」
「休み時間だから喋ってんのに〜、冷たいなぁ、もっとフレンドリーでポップな会話を楽しもうぜぃ〜!? ウィ〜!」
今度は立ち上がって小島よ○おの様に胸を突き出して踊り始めた。ウチかて自分で余計でお喋りな人間やと自覚しとるけど、薫のテンションには時たまついていけなくなる時がある。
「俺さ、今日すげぇハッピーな気分なんだぜ! ねぇねぇ、何があったか聞いてみてよ、ねぇねぇねぇ!?」
「……何か大事な話やったら聞いたるけどなぁ、またどうせくだらん話なんやろ? 隣のクラスの女子に可愛い子がいたとか、電車に乗った時にセクシーなOLがいたとか」
「くだらないとは失礼な! そんな小さい幸せがこの俺にとって一番の生きがいなのさっ!」
再び椅子に座ってウチが顔を背ける方に併せて覗き込んでくるウザい男。一体何やねん、コイツはウチに何を求めとんねん? まぁ確かに、アホな事喋らんで黙っておけば女子にモテそうなルックスはしてるんやけどなぁ。これこそ正に『喋らなければいい男』の見本みたいな感じやな。
「……んで、ハッピーな感じって何やねん? とりあえず聞いてやるわ」
「よくぞ聞いてくれました! 実は今日、駅の階段を登っていたら女子高生のパンツが見えたのさ! 五月の青空の様な素敵なスカイブルーだったぜベイビー!」
「……もうええわ、寝る……」
あの夢を見る前からも、ウチはみんなとおるときは薫と一緒に那奈や千夏をからかうのが楽しいんやけど、いざ薫と二人だけで喋るってのはどうも昔から苦手なんやなぁ。
何でかっていう特別な理由は無いんやけど、まぁ簡単に言えば馴れ馴れしいと言うかしつこいと言うか、決して嫌いやないんやけど何か嫌やねん。それと同士に照れくさいってのもあるし。
しかもコイツ、全然人の空気を読まへん。呆れれて机に肘ついて外を眺めているウチの目線の中にちっとも懲りずに顔をひょこひょこと出してくる。
「人と喋る時はちゃんと人の目を見て喋りましょうね、翼ちゃん? ご両親や先生からも教わったでしょ?」
「『ちゃん』つけるな、気持ち悪っ! 何でオマエの顔なんか見なきゃならんねん!」
「それが最低限の礼儀ってもんですぜ? 昔から言うじゃん、『親しき仲にも礼儀アリ』ってね?」
「……ハァ、しゃーないなぁ、ホンマに……」
んで、言われた通りにチラリと薫に目を向けると、今度は指を口や鼻の穴に突っ込んでバカな顔をわざわざ作って待っている。
「……プッ、もうええっちゅうねん……」
「あっ、笑った! ちょっと笑ったよね!? ねぇねぇ、この顔面白い? この顔この顔、ねぇねぇねぇ!?」
「もうやめれっちゅーねん! いちいちくだらへんねんオマエは!? もう勘弁してや……」
毎日この調子や。人が笑うまでいちいちくだらんネタを何度も仕掛けてくる。あまりにしつこいから結局最後はウチが笑ってしまうんやけど、そのウチの顔を見て物凄い嬉しそうな笑顔を見せるから何か憎めへん。
まぁ多分、この打たれ強くて人懐っこい性格やからウチ以外の女にも同じ様な事をしてご機嫌取っているんやろうけど、あんな夢見た後やから何か変に意識してまう。
「……あっ、ほらほら翼! 愉快で楽しい獲物がやってきたよ!」
「……獲物?」
そんな事を考えとったら翔太がトイレから帰ってきて近くの席に座った。これは気分転換の絶好のチャンスや、久し振りにいじりまくってちょいとストレス発散させてもらおうかな。
「……何だよお前ら、揃って何をジロジロ見てんだよ?」
何かウチらの視線を感じ取ってメチャメチャ警戒してるみたいやな。まるで肉食獣に狙われたインパラの様や、ウヒヒッ。
「女子トイレでも覗きに行ってたですか、翔太の旦那?」
「ハァ? ふざけんなよ薫! そんな馬鹿な事する訳ねぇだろ!」
「いやいや〜、なんせスケベライダーやからなぁ、覗きや盗撮なんぞお手の物やろ、なぁ翔太?」
「てめぇらいい加減しろよ! 何かにつけてスケベライダー、スケベライダー言いやがってよ!」
ホンマに翔太は真面目やなぁ。こんなくだらん話にも顔真っ赤にしてムキになって立ち向かってくるやもんなぁ。これだから翔太イジリはやめられんへんわ。
「えっ〜、翼さん、そんな事を言ったら翔太君が可哀想〜! スケベライダーとかそういうイジメって良くないと思います!」
「そうなんやなぁ、薫の言う通りやで、実はウチらもそろそろ翔太の事をバカに出来なくなってきたんや」
「あんなにたくさんの女子からそういわれちゃったら、俺らもどうする事も出来ないしねぇ」
「……ハァ? 何だよ突然、何の話だよ!?」
ウヒヒッ、獲物が興味津々に餌に食いついて来よった。キレた翔太を胴上げする様に持ち上げるだけ持ち上げてそこから一気に叩き落とす。ウチと薫のいつものアイコンタクトの発動や。
「実はな翔太、オマエ結構女子生徒から人気あるんやで、知らんかったやろ?」
「……えっ、マジ? マジで?」
「そうそう、俺なんかこの前、後輩の女子生徒に『あのぅ、風間先輩って彼女とかいるんですかぁ?』って聞かれたぜ!」
「ウチなんかクラス中の女子全員に聞かれたわ、モテモテやん、翔太!」
「……えっ、マジかよ、参ったな……」
アホやなぁコイツ、周りの女子見渡して本気で照れとる。この醜態を楽しむだけ楽しんで、ウチと薫は目を合わせてきっちりタイミングを計って声を揃えた。
「ウソだぴょーん!」
「……ハァ?」
この鳩が豆鉄砲食らった様なマヌケな顔ときたらもう最高や。さっきまで眠気は吹っ飛んでウチと薫は机を叩いて大爆笑した。
「そんな訳あるかいなアホ! むっつりスケベライダーの分際で、この顔が!」
「いやいやいや、毎度毎度くだらないドッキリに引っかかってくれる旦那は素晴らしいエンターテイナー、さすがでこざいますよ、あぁ腹痛ぇ」
「……いい加減にしろ! ふざけんなこの野郎、マジでキレるぞおめぇら!!」
唾を飛ばしながら怒鳴りまくってマジ切れしている翔太を見て、ウチと薫は椅子から転げ落ちて腹を抱えてさらに大爆笑した。腹筋がつりそうなほど痛くて、笑い過ぎて涙まで出てきたわ。
こういう時に嘘に嘘を重ねて話を面白くしてくれる薫はホンマにいいパートナーやなって思うわ。素人漫才大賞とか出たら何か優勝出来そうな気がするで。
「でも、旦那は他の女子からモテる必要は無いよね? なんてったって旦那には那奈お嬢という大切なお人がいる訳だし」
「そういえばそやなぁ、翔太がモテモテになったら那奈のヤツ怒り狂って大暴れするやろなぁ、ウヒヒッ」
「……今度はその話かよ! もう勘弁してくれよ……」
今さら何を言うか、このネタは春夏秋冬年中無休で翔太をイジれる鉄板やで。まだまだ翔太の愉快なリアクションの可能性を新たにウチらが開拓してやろうって事や、ありがたく思え。
「この前な、他のクラスの生徒からオマエらの事を聞かれたから『付き合ってるどころか高校卒業したらすぐに結婚するらしいで』って教えといたわ」
「そうそうそう、『双方の親公認の許嫁同士なんだよ』ってね! 『お嬢のお腹の中にはもう赤ちゃんがいるんだぜ』とも付け足しといたよ、完璧だろ?」
「ふざけんなよおめぇら、適当な事ばかり言いやがって! これで本当に聞いた人間が信じたらどうしてくれんだよ!!」
うわぁ、今年一番の最高のリアクションや。目は血走っとるし、鼻の穴がメチャメチャ広がっとるし、芸人真っ青の不細工な面やなぁ。笑いでよじれる腹を押さえつつ、何とか薫とアイコンタクトして再びいつもの合い言葉。
「ウソだぴょーん!」
「……もうやだ……」
アカン、翔太のヤツ机に突っ伏していじけ始めたわ。これ以上イジメたらいよいよ泣き出すかも知れんなぁ。そろそろここらへんで勘弁したるかな。
「そないヘコむなや翔太、いつものお約束やん! オマエはいちいち真面目過ぎんねん!」
「まぁ、それが旦那の素晴らしいところですぜ、いつも俺達を笑顔にしてくれて本当にありがとう!」
殺さん程度で弄ぶのがウチらのスタイル、猫がネズミをコロコロ転がすのと一緒や。イジメとちゃうで、ちゃんと愛があるもん。これくらいやったらかわいいもんやろ?
「じゃあね旦那、この呪縛から解かれる方法をこの薫ちゃんが教えてあげようかな? 聞きたい、聞きたい?」
「……今度は何だよ、もう許してくれよ……」
三日干しされた干物の様にグッタリとしとる翔太の肩に手を回して、薫は周りに聞こえない小さなヒソヒソ声で喋り始めた。もちろんウチもその話に顔を近づけて聞き耳立てた。
「簡単ですがな、さっきの話を真実にしちゃえばいいんだよ」
「……さっきの話? 真実? 何の話だよ?」
「だからさ、旦那とお嬢が正式に交際しちゃえばいいんだよ」
「……は、は、ハァ?」
翔太は驚いてさっきよりもヒドい不細工顔で椅子から転げ落ちた。また極端な話をし出すもんやなぁ、このインチキ外人は。
「おま、おま、お前、何をバカな事を……!」
「バカじゃねぇって、誰がどう見ても旦那もお嬢もお互いガンガンに意識し合ってんじゃん? 中学からの付き合いの俺から見たってそうなんだから、翼なんかもう確証してるんじゃないの、ねぇ翼?」
「……ま、まぁ確かにウチもそうは思っとるけどなぁ……?」
そりゃこの二人が両想いなのは誰が見たって明確な話やけど、いざホンマに付き合いだしたら何かそれはそれで抵抗あるなぁ。
ウチは今まで恋愛とか恋人とかとは全然無縁な生活をしてきた訳やし、女も男も友達としてしか見てないから実際に目の前で那奈と翔太が帰り道にイチャイチャし出したら何かテンション下がるやろうしなぁ……。
「旦那とお嬢がラブラブになったって誰も文句言わないのに、何をそんなにビビってんのかね? ちんたらしてたら他の男子にお嬢を取られちまうぜ、快速のスケベライダーさんよ?」
「『スケベライダー』って言うの止めろって言ってんだろ!? あのなぁ、お前が考えてるよりも俺と那奈の関係はかなり複雑な話なんだよ! 母さんの事とか、親父さんや麗奈さん、あと優歌さんとか色々な人間関係があって……!」
「複雑なお話と来ましたか、じゃあその複雑な関係が解消されたら今すぐにでもお嬢に告白するって事でファイナルアンサー?」
「……い、いや、それは、あの……」
頭に血が上ってるせいか、いとも簡単に翔太がボロを出した。まぁ、頑なに本音を隠してもウチらには丸見えやったけどな。狼狽えてる翔太に対して薫は裁判所の弁護士みたいに核心を掘り下げでいきよった。意外と性格悪いな、コイツ。
「誰か家族の中に二人が恋人同士になる事を嫌がっている人間でもいるのかい? そんな訳ないでしょ、旦那さんアナタ、それを理由に自分の気持ちから逃げてるんじゃありませんか!?」
「……いや、その、それは、つまりはそのアレだ、あの……」
「旦那、アナタはもしお嬢が他の誰かに告白されて交際する事になったら静かに黙って見ている事が出来るんですか!? どうぞお答え下さい!」
ガンガン突き進む薫とは対照的に、ウチはイマイチ乗り気になれんかった。もちろん、別にウチが翔太に特別な感情を持ってる訳じゃのうて、そういった恋愛事情が入り込んでくる事によってウチらの友情に歪みや軋みが出てくるんやないかと不安やったんや。
「……別の男子って、そんなヤツいるのかよ? あんな気が強くてすぐに蹴っ飛ばしてくる暴力女……!」
「自分しか相手が務まらないと仰られるつもりか!? 何と傲慢で浅はかな思考だろうか!? そんな事では恋愛はおろか、学業もバイクも全然ダメダメだぁ! もうダメのダメのダメ二乗のダメダメ男一直線ですなぁ、ウハハッ!」
「うるせー! お前にダメダメ言われたくねーよ、このスケベ野郎!」
両手を仰向けにして挙げ首を横に振る薫に対して翔太はまたも立ち上がった怒り始めた。シラケとるウチを置き去りにしてこのアホ二人は良う喋る事喋る事、何かさっきの眠気が戻ってきた感じでメチャメチャ眠くなってきたわ。
「そんな人間じゃお嬢があんまりに惨めだぜ、ここは旦那に代わって俺がお嬢を世界で一番幸せな女性にしてあげるとしますかなぁ?」
「……ハァ? 薫、お前、何言い出してんだよ?」
「……えっ、何や薫、オマエ那奈の事好きやったんか?」
突然の発言に翔太だけやなくウチも立ち上がって薫を問い詰めた。そんなアホな、薫は那奈よりどっちがって言ったらウチに気があるんやないかと思ってたのに……。
「だって旦那は告る勇気が無いんだろ? じゃあ俺が先にお嬢に愛を語りかけたって問題ないだろベイビー?」
「……いや、それは、その……」
翔太のテンションが一気にガクーンと下がった。同時にウチの心の中も何か変な感じに渦巻いてた。寂しいと言うか、切ないと言うか、今まで経験した事の無い空虚感。何やろこの気持ち……。
「その、何だよ旦那さんよ?」
「……それは、困る……」
「じゃあ、さっさと告れって話だよ、旦那とお嬢のラブロマンス、誰も邪魔する悪役はいないぜぇ!?」
「……薫、お前は? さっきの話は……?」
「ウソだぴょーん! いい加減に見抜けよ、このバーカ!」
「……てめぇ、この野郎!!」
……何やくだらん、ウチも完全に騙されてしもうたわ。あんな変な夢を見たせいかなぁ。頭脳戦なら百戦錬磨やったこの松本翼、一生の不覚やで、アイタタタ……。
しかし、これで完全にプッツンしてしもうた翔太は休み時間が終わって先生が教室に入ってきたのにそれに気づかずに逃げる薫を追いかけ回しとった。お約束通り二人は廊下に立たされよった、ホンマにアホやなぁ。
「……でもこれで、翔太が那奈の事が好きなのはもう確定したなぁ……」
んでもって、那奈も翔太に対してビンビンに意識しとるのも小さい頃から見てて良うわかっとる。他の男子と手を繋ぐ事に全然抵抗の無いあの女が、ある日を境に突然翔太にだけは触れられる事を嫌がり始めたのをウチはきっちりチェックしとったんや。
さっきの不安もよくよく落ち着いて考えてみたら、あの二人なら親の関係もある訳やから別れ話云々の面倒臭い話とは無縁っぽいし、これはなかなか面白い事になるかもしれんなぁ。帰り道が楽しみやわ、ウヒヒ……。
「……何よ、何でずっと黙り込んでんのよ翔太?」
「……別に、何でもない……」
「さっきも廊下に立たされてたみたいだし、ケンカでもしたの? 翼も薫もニヤニヤして気持ち悪いし、一体何なのよ?」
「何でもないって、あんまりつつかないでくれ……」
「……何よ、気持ち悪い……」
帰り道早々に那奈が異変に気づいて翔太に詰め寄っていきよった。勘ぐる女に必死に隠す男、この二人は結婚してからもこんな関係になるんやろなぁ。あの後、翔太からさんざん口止めされたけど、想像してたらメチャクチャ可笑しくなってきたわ。
「……何がそんなに可笑しいのよ翼!?」
「へっ? なななな何や?」
アカーン、笑いを堪えられずに那奈に見つかったもうた! オマケに返事も舌が回らずに噛んでしまうし、もう最悪。那奈の鋭い目が翔太からウチに移って完全に絶体絶命や!
「何か隠しているんだったら正直に話しなさい、でないと頭を叩きまくってもっと身長を縮めるよ!?」
「……いやそんな、暴力による尋問は宜しく無いで、なぁ翔太!?」
答えに困って翔太の顔を見たら、今まで見た事ない様なメチャクチャ怖い顔をして『喋るな!』と言わんばかりにウチを睨んどる。アカン、これはマジや、喋ったら何されるかわからん。
話を他にそらそうと思っても、千夏は先を歩いて麻美子とファッションの話をしとるし、小夜も航もこっちの話には興味無く千夏達の話を聞いとるし、隣にいる薫は全然助け舟出してくれそうな気配ゼロやし……。
「……翼、口を割らないんだっら無理やり吐かせるしかないみたいだね、拷問に耐える覚悟は出来た?」
かといって喋らんかったら間違いなく那奈に殺される! 四面楚歌や、逃げる場所がどこにも無いで、誰か助けてやー!!
「……あっ、そや! 薫、ウチより薫がこの話の詳細を良く知っとるで! なぁ薫、後は頼んだで!?」
ウチのとっさの機転で那奈と翔太の冷たい目線は一斉に話を押し付けた薫に向いた。スマンなぁ薫、ウチの代わりに綺麗サッパリ那奈に殺されてくれ、成仏しいや。
狙いから外れたウチはバレない様に那奈から遠ざかろうと静かに忍び足で逃げ出した。しかしや、あともうちょいの所で那奈に後ろから襟首を掴まれてしもうた。
「じゃあ、とりあえず薫から尋問してあげるわ、これで何も出なかったら翼、次はアンタの番だよ」
……うわぁ、何てこった。拷問を食らう事が確定したばかりか、薫の返答次第ではウチらまとめて那奈と翔太からボコボコにリンチされるかもしれん。
まさか今日がウチの命日になってしまうやなんて。さようならオトン、ウチはオトンの娘に生まれて幸せでした……。
「いやさ、教室でいつか翔太と一緒にどこかへ行こうかなって話をしてたんだよ、マジでマジで」
おっ、どうやらこの場に及んでも薫のヤツは嘘を突き通すみたいやな。親友をかばってウチも助ける、とってもいいヤツやないか! でも、こんなベタな言い訳、那奈に通じるんかなぁ?
「……嘘でしょ? とても薫の話は信用出来ないのよね、正直に話すなら今の内だよ?」
「ウソじゃないですって、とても楽しそうじゃありませんか、四人でダブルデートって?」
「……ハァ?」
事情を知っとるウチや翔太はもちろん、薫の襟首掴んで詰め寄ってた那奈も突然の話にポカーンと口開きっ放しになってしもた。翔太と那奈がデートならわかるけど、ダブルって何や? もう一組は一体誰と誰やねん?
「だから、お嬢と翔太の旦那、そして俺と翼でダブルデートだぜぃ! この提案どおぅ!? 好き、嫌い、好き、嫌い、好き? 嫌いじゃない、嫌いじゃないけど……」
「生理的に無理やアホォ!!」
何で? 那奈と翔太はともかく、何でウチと薫がデートせなアカンねん!? 何を考えてんなコイツは!?
「薫、てめぇ! 何でもベラベラ喋りやがってこの野郎!! さっき廊下で言ってた約束と違うじゃねーかよ!?」
「ちょっと何よ何の話!? 何よ約束って、何よデートって!? 翔太、ちゃんと私にわかる様に説明しなさいよ!?」
「いや、あの、それは……」
この二人の戯れ言は本人達に決着つけてもらうとして、問題はウチと薫の話や!
「……デートってそんな、薫はウチの事をどない思っとんねんな!?」
「そりゃあ、プリティーでラブリーだと思ってますよ姫様! 俺は気づいたのさ、おっぱいが大きいだけが愛じゃないってね!?」
「ウソやーー!? そんなん絶対ウソやぁぁぁぁ!?」
アカン、アカンアカン、いつも強がって生意気な事言うとるけど、ふざけた言い方とはいえ男子に告白されるなんてウチには初めての経験なんやで!?
しかもその相手が一番良く連んどる薫やなんて、ウチは一体どんな反応すればええねん? もう頭の中が甲子園球場みたいに風船ピューピュー飛びまくって大騒ぎになっとる!!
「ヤダ〜! やっぱり翼と薫ちゃんってそういう仲だったのね!? ちょっと焼けちゃうぞ、ヒューヒュー!」
「ウザいわ千夏! さっきまで知らん顔しとったクセして、つまらん冷やかし入れんなや!」
「ねーねーねー、ダブルデートってなーに? 何かダブルバーガーみたいで美味しそう!」
「…………食べ物ではありません」
「……デートですか、私も彰宏兄ちゃんとデートしたかったです、ハァ……」
千夏だけやのうて小夜も航も麻美子も、コイツらまとめて散々冷やかしてまた何も無かった様に背中向けて歩き出しよった。後ろでは那奈と翔太が言い争ってるし、やっぱり四面楚歌、ウチは一人ぼっちやー!
「そんな事ないぜダーリン! きっと俺達は素敵なステディになれるさ!? チュ〜!」
「失せろ変態! ウチは絶対にオトン以外の男に唇を許したりせぇへんで!? ここからいなくなれー!!」
「ぶべらっっっっ!!」
迫ってくる薫を側道の溝に蹴り込み、ウチは全力でダッシュして逃げた。もう明日からの学校が地獄やわ、こうなったら登校拒否して一日中ベッドに潜り込んでようかなぁ?
あっ、でもアカン、寝たらまたあの悪夢が遅いかかってくるわ。お願い神様、正夢にならんといて下さい。松本翼、ちゃんとええ子になりますから……。