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第27話 ファスナー



新学期が始まり中学最後の三年生、同じクラスだった私達は今度は見事にバラバラになった。私と小夜は三組で偶然か宿命か小中学義務教育期間九年間全て同じクラスになったが、翼と翔太と薫は一組、千夏と航と麻美子は二組になった。



「イヤやなぁ、何でウチがこのスケベコンビと同じクラスにならなアカンねん?」


「だからスケベじゃねえって言ってんだろ! しつこいぞ翼!」


「いやいやいや翔太の旦那、下手に抵抗するよりいっその事俺みたいに認めちまった方が楽ですぜ? 『アイアムスケベライダー!』ってね!」


「ふざけんなよ!何がスケベライダーだ、冗談じゃねーぞ!」



初日から早速クドい翼、薫コンビにいじくられまくっている翔太。さぞかしこの一年はストレスが溜まるだろうなぁ。



「麻美ちゃんや航クンとバラバラになっちゃったー! でも、帰り道はみんな一緒に帰ってくれるよね?」


「もちろんだよ小夜ちゃん、これからも仲良く一緒に帰ろう! 航君もOKだよね?」


「…………問題ない」


「わーい、良かったー! これでまた瑠璃ちゃんとも遊べるー!」


「……小夜ちゃん、私の音楽のレッスンにも忘れずに付き合ってよ……?」



結局、部活動不参加で放課後が暇な人間ばかりなので今まで通り下校時はこのメンバーで連んで帰る事になりそうだ。良く考えたら一年生の時とそんなに変わりは無いかなぁ。



「いいわよねぇ暇な人間は、ゆったりと帰る時間があってさ〜」



新学期で浮かれ気味の私達に千夏が冷や水をかける様に呆れて吐き捨てる様に呟いた。背伸びをしながら挙げた手を頭の後ろで組んで、普段なら一番ハイテンションで飛び跳ねてる女が珍しい反応だ。



「何よ千夏、アンタ何か忙しい事でもあるの?」


「何言ってんの? アタシ陸上部よ、練習よ練習! アタシはアスリートなのよ? 日々日頃の練習が大切なんだから、サボってなんていられないの!」


「おやおや、こりゃ余程この前のゴリラの言葉がアタマにきたみたいやなぁ、あん時はメソメソ泣いてたクセに」


「何よ翼! 何か言った!?」


「い〜や? な〜んも言うてへんで〜? ウッヒッヒ」



そうそう、そういえば今日は朝から千夏が私達の放課後の予定を確認して回っていた。どうやら何か企んでいるみたいなのだが……。



「ところで千夏、朝からちょこまかとウチら全員の予定確認して一体何用やねん?」


「人に予定を聞くだけ聞いて何の説明も無くニヤニヤして、何か企んでいるだったら白状しなさいよ!?」


「Don't worry! 那奈も翼も細かい事は気にしないの! 校門まで行けばわかるから、みんなアタシについてきて!? come on!」



千夏の言われるままに校門まで歩いていくと、綺麗なロングカールの茶色い髪にお洒落な柄のパーカー、スマートなローライズジーンズを履いたスタイルのいい女性が待ちくたびれた様に門に寄りかかって立っていた。



「Hi,mama! お待たせ!」


「……ママ?」



千夏の声に反応したその女性は、やっと来たかとばかりに大きく首を傾げてため息をついた。



「……んもう、千夏、いつまで待たせるのよ? 今日は学校午前中で終わるんじゃなかったの? もうお昼よ?」


「ゴメンね、始業式の後が結構時間かかっちゃったの〜」


「そんなもの途中で抜け出しちゃえばいいのよ、どうせまたつまらない大人のグダグダ話でも聞かされたんでしょう? そんな胡散臭い教育はもう時代遅れなのよ!」



来た、ついに来た。噂に聞く千夏御自慢のスーパーミラクルインターナショナルセレブリティママ、この学校の出資者でもある三島千春さんだ。

確か千夏の話だと、世界でも人気の自社ブランドの社長さんで、海外で幾つものファッションショーを成功させてきた『世界で輝く女性トップ10』にも選ばれた超売れっ子デザイナー。

その話を聞いていた私はすっかり成金の化粧のケバいおばさんの姿を予想していたのだか、それを根底からひっくり返される様な凄いキュートでスマートな格好いい女性の印象。

しかも、確かこの人は私の母さんと同い年なのだからすでに年齢は四十歳を過ぎているハズなのに、見た目からはとてもそんな風には見えない。三十代、いや二十代と言っても普通に通用するんじゃないだろうか。



「……あの、本当に千夏ちゃんのお母さんなんですか?」


「…………綺麗なお方ですね」


「ワォ! 素晴らしい! ベリベリビューティホォーですよお母様!」



男子陣は千春さんの姿を見て完全に舞い上がっていた。相変わらずスケベ揃いだがそれもしょうがないかもしれない。こんなに綺麗な母親がいたらそりゃ自慢もしたくなるだろう。



「……うはぁ、ウチのオカンも結構年の割には若いけど、これはさすがにかなわんわ〜」


「スゴーい! 千夏とお母さん、まるでお姉さんと妹みたーい! ねー、麻美ちゃん!?」


「……私のお母さんとは比べ物になりません……」



女子陣も全員大絶賛だ。女性もこんなに素敵に年を重ねていけるのか、さすがに同世代の奥様方からカリスマ扱いされる訳だ。



「あらやだ、こんなに誉められちゃって嬉しいわ〜! みんな素直でいい子ばかりなのね、気にいったわ〜」


「確かにアタシとママは良く姉妹に間違えられるわよ! 『アタシのママです』って紹介するとみ〜んなビックリするわ!」


「だから『ママ』なんて言わなくていいのよ、そのままお姉さんって思われて結構なのにね〜」



千春さん、見た目だけではなく気持ちも相当若そうだ。前にも私の母さんが言っていた通り、確かにこの親子は雰囲気や身振り手振り、喋り方が良く似ている。これでは知らない人が見たら誰もが姉妹と勘違いするだろう。



「ウフフッ、今日は私がみんなに美味しい料理やスイーツのお店に連れて行ってあげるわ! いつも千夏がお世話になっているちょっとしたお礼よ!」


「この前、翼にケチ呼ばわりされたから今日はたっぷりと楽しませてあげるわよ! アタシとママに感謝しなさい!」


「……何や、結構根に持ってたんかい、しつこいな……」


「ワーイワーイ! 那奈、那奈、お料理だってお料理!」


「……小夜、とりあえずアンタもご令嬢でしょ? ちょっとは弁えなさいよ……」



大好きな母親にあって途端に張り切り始めた千夏に先導されて、私達は学校の裏道に停めてあった千春さんの車に乗り込んだ。しかしこの車がまた凄い。

千春さんの女性らしい服装とは正反対の男臭い大きな真っ赤のオフロード4WDで、その迫力は半端ない。車内もとても広く、航の身長も苦にする事なく軽々と私達全員を収納してしまった。

こんなに大きな車のハンドルを女性の細い腕一本で操っているのは何かギャップがあって凄く格好いい。



「……あなた、麗奈の娘さんでしょ? どう、麗奈は元気にしてる?」



やはり来たこの質問。千春さんはバックミラー越しに後部座席にいる私に話しかけてきた。



「……とりあえず元気です、この前、久し振りに家に帰って来てゆっくり話が出来ました、でもまたすぐに仕事で海外に戻っちゃいましたけど……」


「……そう、相変わらずジッとしていられないみたいね、あの人は……」



私の母さんと千春さんは学生時代からの親友らしい。こんな事になるならこの前の時に母さんから何かしら昔の話を聞いておけばよかったなぁ。



「那奈のママもスゴい人だけど、アタシのママも同じくらいスゴいでしょ? レディとして憧れちゃうライフスタイルよね〜?」



助手席にいる千夏はニコニコして後ろを振り返ってきた。千夏といい翼といい、このメンバーは親子仲良しの家庭が多いなぁ。まぁ、航は例外だが。



「千夏に誉められたって何にも出ないわよ、でも麗奈も元気そうで良かったわ、また久し振りに二人だけでどこかに出掛ける時間があるといいんだけどなぁ……」



バックミラーに千春さんの昔を懐かしむ様な優しい瞳が見えた。母さんと千春さん、一体どんな青春時代を送ってきたのだろう。いつかは私達もこんな風に今のこの時を懐かしむ日が来るのかな。



「さぁ着いたわよ、私は駐車場に車を入れてくるから先に行っててね、千夏、ちゃんとみんなを案内してあげてね?」


「Yes mom! じゃあ、みんなで先にお店に行って待ってるね!」



都会の繁華街に出来たばかりの最近流行の人気スポットの超高層ビル。平日だというのにスーツ姿のサラリーマンやOL、学生の若者などたくさんの人が周辺の歩道を行き来していた。

昼間でもきらびやかな照明や飾り付けが目立ち入り口にある大きなオブジェがいやでも目に入ってくる。建物の中に入るとカメラを持った外国人の旅行者の姿もチラホラ見える。



「うわー、見て見て麻美ちゃん! このエレベーターってガラス張りで外が丸見えだよー!」


「……ちょっと、高くて下を見ると怖いですね……」


「ヤダ〜! 麻美子ったら高所恐怖症なのぉ?」


「……や、やだっ、千夏さん、あんまり押さないで下さい……!」



千夏はこの景色に慣れているみたいで怯える麻美子を窓の近くに押し込み意地悪をした。真下を覗くと地上の人が豆粒の様に小さくなり、辺り一面のビル群が良く見渡せる、……らしい。



「高所恐怖症? せやったら千夏、この中にもっとヒドい人間がおるで! なぁ、那奈!?」


「………………」


「……あのさ、目をつむってたら余計に怖くないか……?」



翼や翔太に何と言われようと見れないもの見れない! 速い乗り物嫌いと連動しているのか、私は高い所もメチャクチャ苦手だ。

軽く三十階はあるだろうこの超高層ビル、エレベーターをシースルーにして一体誰が喜ぶというのか。このビルを造った建築家の頭の中がサッパリ理解出来ない。


しばらく目をつぶって我慢していると、やっと目的の階に着いた。でもエレベーターから降りるまで油断は出来ない。私は周囲から異様な目つきで見られながら、目をつぶったまま手探りで出口を見つけて這ってエレベーターを降りた。



「お嬢の意外な弱点が露出しましたなぁ、背が高いのに高所恐怖症なんて何て皮肉な、ウハハッ!」


「…………普通、あり得ないよね」



……覚えとけ、バカエロハーフに灯台男。地上に降りたら速攻で尻を蹴っ飛ばしてやる……!



「みんな、こっちよこっち! まずはママのお店を紹介するわ!」



車を駐車しに行った千春さんの到着を待つ間に、千夏は日本でも徐々に人気が出始めた噂のブランド『チハル・ミシマ』の逆輸入第一号店を紹介してくれた。

同じ階にある色々なお店と比べても非常に大きな面積の店舗で、キラキラした店内には可愛らしい洋服や小物、アクセサリーやコスメがずらりと並んでいる。



「皆さんお疲れ様で〜す! 三島千夏、入りま〜す!」


「いらっしゃいませぇ〜! って、ヤダ〜! 千夏ちゃんじゃな〜い!」


「えっ〜、ウソォ〜! 今日は学生服なの〜? でもその学生服も超可愛いぃ〜!」


「可愛いでしょ〜? これだってママがデザインしたんだから! Made in 『チハル・ミシマ』なんだから〜!」


「えっ〜、マジでぇ〜? スッゴいかわい〜い!」


「やっぱり社長ってステキ〜! アタシ一生ついてくって感じぃ〜!」



……うわぁ、来たよギャル系会話のこのノリ。正しくテレビで最近人気のある女芸人の物まねネタそのまんまだ。店員みんなが全く同じ喋り方で何か千夏が大量発生したみたいだ。私には何が超で何がマジなのかサッパリわからない。

それにしても、内にいる店員さん達は雑誌で良く見るモデル店員みたいな人達ばかりで、みんな化粧は濃いが綺麗でスタイルがいい。お客さんも数人店内で商品を物色しているが、その形はほとんどがギャル系女性。やはり私にはちょっと敷居が高い世界だ。



「あっ、そうだ! ねぇねぇ、この前麻美子を可愛く変身させてあげるってアタシ言ったでしょ? 色々とファッションアドバイスしてあげるからちょっと着替えてみて?」


「……えっ、わ、私ですか? い、いやいや無理です! こんなかわいくて素敵なお洋服、私になんてとても似合わないです……!」



千夏の突然の誘いに驚いた麻美子は両手を振りながらズルズルと後ずさりし始めた。しかし時すでに遅し、腰が引けてる麻美子の後ろから強引に小夜が背中を押した。



「ワーイ、変身変身! 麻美ちゃん、ちょっと着替えてみよーよ!」


「無理無理無理、無理でーす! 小夜ちゃん、千夏さん、許して下さーい! 誰か助けてー!」



店員の女性達にも捕まった麻美子はそのままズルズルと試着室へと連行されていった。その姿はまるで大人に連行される宇宙人の様だ。



「ねぇねぇ、那奈も試着してみない? アタシ一度那奈をコーディネートしてみたかったの!」


「えっ、私? ちょっと、嘘でしょ?」



店内を見渡すと今まで縁の無い女の子っぽいヒラヒラのついた洋服やパンツ丸見えになりそうなミニスカートばかり。ジーンズしか履いた事の無い私にはとてもチャレンジ出来る勇気なんてない。ましてや翔太の前でそんな姿……。



「……悪いけど遠慮するわ、私には無理だって……」


「No problem! アタシがプロデュースするから遠慮なんてNothing! Here we go!」


「ちょ、ちょっと冗談でしょ千夏!? やだっ、絶対嫌だってば!」



……結局、私まで強引に試着室に連れていかれてしまった。千夏から色んな服をあてがわれている間も、試着室のカーテン越しに翼達の喋り声が聞こえてくる。



「……何を緊張しとんねん翔太? そないに那奈の格好が気になるんか? ウヒヒッ」


「ば、馬鹿言ってんじゃねーよ!? そんな訳ねーだろ!?」


「……あっ、旦那! 今お嬢がスカート脱いだの見えたぜ!」


「えっ、マジかよ!? どこどこ!?」


「ウソぴょ〜ん!」


「……薫、てめぇ!!」



翔太が翼と薫にバカにされている。あーもうヤダ! 出来れば早くここから逃げ出したい……!



「……Yes,Perfect!! 我ながら惚れ惚れするわ! Everybody,showtime! これが真の渡瀬那奈の姿、アタシの自信作の御披露目よ!」


「おー!!」



上はピンク色のニットと派手なロゴの入った白いシャツを着れられ、スカートは完全に両膝が丸見えのファスナーのついた短いスカート。こんな格好小さい子供の時にしかした事が無い。学生服のスカートだって最初は抵抗があったのに……。



「ワォ、セクシービューティー! これなら男はイチコロですぜお嬢!?」


「なかなかええ感じやないか那奈!? これはウチの予想以上の出来やで!」


「でしょ〜!? この千夏様にかかればどんな女性でも素敵な魔法もかけてあげるわ! どう那奈、気に入った!?」



気に入る訳ないでしょ!? こんな格好してこんなたくさんの人間に見られて、もう顔から火が出るほど恥ずかしい……!



「……お願いだから、あまり見ないでよ……」


「………………」


「……旦那〜? 固まってますよ、どうしました〜?」


「……こりゃアカンな薫、翔太のヤツ完全に頭がブッ飛んでるで〜?」



生きていて今まで経験した事のない恥ずかしさに耐えられずに私は急いで試着室のカーテンを閉めた。自分で鏡を見てさらに恥ずかしくなった。女子だけならともかく、男子にまでこんな格好を見られた。しかも翔太にまで……。



「……Woh,excellent! unbelievable!!」



私が恥ずかしがって試着室の中で丸まっていると、隣の試着室を覗いた千夏が驚きの声を上げた。確か隣にいるのは同じく無理やり試着されられている麻美子がいるはずだが。



「これはお世辞なく素晴らしいわ! Hey,everybody! 新しく生まれ変わった麻美子の姿、どうぞご覧あれ!」


「おぉー!」



歓声に釣られてカーテンから顔だけ出して隣の試着室を覗くと、いつもは三つ編みにしていた髪を下ろしてストレートにし、眼鏡を外してかわいい服を着た麻美子の姿があった。

あのドジで頼りなさそうな雰囲気は消え去り、幼いイメージから一転して非常に大人びた女性の空気を感じさせる姿に大変身していた。



「……こ、こんな感じになっちゃったんですけど、どうなんですかね、皆さん……?」


「ワォ、ベリベリキュート! 俺、麻美ちゃん好きだー! 付き合ってー!?」


「調子良すぎんねん薫! つーか、メチャメチャかわいいで麻美子! これは那奈よりビックリしたわ! なぁ翔太!?」


「……これは驚いたって言うより、何だろう? 言葉が出ない……」



私の時よりも鼻の下をデレーッと伸ばしている翔太に一瞬カチンときたが、それも少し納得出来る。女の私が見ても麻美子のその姿は素敵だと思った。



「……そ、そうですかね? 私自身、あまり変わったっていう実感は無いんですけど……」



麻美子は恥ずかしがりながらも嬉しそうに自分の姿を鏡で確認していた。こんな楽しそうな麻美子の表情は初めて見た。何より、この企画を成功させた千夏の方が誰よりも喜んでいた。



「だから言ったでしょ? 麻美子は絶対に可愛くなれるって! これなら愛しい神崎先生のハートも鷲掴みね!」


「……いやそんな、違います! 彰宏兄ちゃんとはそんな関係じゃなくて……!」


「……うん、良いんじゃない? とても素敵に出来上がってるわよ、千夏」


「……あっ、ママ!」



いつの間にか千春さんが駐車場からお店に到着して翔太達の後ろに立っていた。千夏と一緒にキャピキャピ飛び跳ねていたギャル店員達は一斉に静まり、社長の登場に頭を下げて出迎えた。



「おはようございま〜す!」



お店の空気がガラッと真剣モードに変わった。さすがは日本のファッション界のカリスマ、買い物に来ていたお客さん達もキャーキャー言いながらケータイで写真を撮っていた。



「ふんふん、なかなか良いセンスじゃない? 凄く女の子らしくなったわね、似合ってるわよ」



恥ずかしくて緊張している私と麻美子の姿をマジマジと見つめた千春さんは嬉しそうに千夏の頭をナデナデした。



「私抜きでこれだけのコーディネートが出来るなら上出来よ、やっぱり私の最高傑作品、私の娘ね!ちゃんと成長してるのね、千夏?」


「でも麻美子のコーディネートはみんなでやったのよ? アタシ一人の力じゃないわ」


「わかってるわよ、ここにいるみんなは全員私の自慢の弟子なのよ? これくらい出来て当然、ねぇ、みんな?」


「は〜い、ありがとうございま〜す!」


「うん、良い返事、宜しい!」



一つのチームとしてガッチリと団結が出来ているみたいに店員みんなが仲が良い。これも千春さんの力の象徴だろうか。



「麗奈の娘さんは元からスタイルが良いから想像ついたけど、この子は随分と印象が変わったわね〜」



千春さんは特に麻美子の姿が気に入ったらしく、何度も色んな角度からチェックを入れていた。



「さっきまでは地味な田舎っ子みたいだったけど、元が可愛いからこんなかわいい衣装も凄く似合ってるわ」


「……いやあの、そんな、私……」


「お気に召したかしら? もし良かったらこのまま食事に行きましょう?」


「……えっ!? でも私、こんな素敵な服を買えるお金なんて……」



突然の話に困ってオドオドする麻美子に対して、千春さんはウインクしながらチッチッチッと指を立てて横に振った。



「いいのよそんなもの、いつも千夏がお世話になっているお礼をするって言ったでしょ? 喜んであなたにプレゼントするわ!」



これまた突然のプレゼントに麻美子は瞳をまんまるにして驚き、身に着けている服に目を落とした。



「……そんな、いいんですか? こんな高そうな服を貰っちゃって……」


「良かったじゃない麻美子! ママから気持ちだから受け取ってよ! これで今度神崎先生に会う時はこの服でキマリね!」


「……だから千夏さん、違いますってば〜!」



千夏の冷やかしに真っ赤な顔をして必死に否定している麻美子を見て、千春さんはとても嬉しそうな顔をして微笑んだ。



「ええなぁ麻美子、ウチも何か新しい服欲しいわ〜!」


「翼にはこの前アタシがプレゼントしたでしょ? アタシがケチじゃなくてアンタががめついのよ!」


「……何やケチ」



翼を一蹴した千夏は試着室に顔を出して端っこで小さくなっている私にニヤニヤしながら話しかけてきた。



「ねぇねぇ、那奈はどうする? もし良かったらその格好のまま一緒に行こ〜よ!?」


「……やだ、制服に着替える……」


「えっ〜、何でよ!? もったいない〜!」


「着替えるったら着替えるの! もううるさい!」


「着替えるんだって〜、つまんないの〜、ねぇ、翔太君?」



カーテンの隙間から残念そうに肩を落とす翔太の姿がチラッと見えた。冗談じゃないこのスケベ男、二度とこんな姿見せてやらないんだから!



「……あれ、そういえば小夜がいないけどどうしたのかしら?」


「えっ、小夜がいない?」



制服に着替え終わった私と千夏が辺りを見渡すと、何か真っ黒な化け物がこっちに向かって走ってきた。



「わーい! 那奈、千夏、お姉さん達からギャル系メイクして貰っちゃったー! ねーねー、似合ってる!?」



……それはギャル系じゃなくてガングロメイク。何かもう小夜の良い所を完全に打ち消してしまう様な酷い変身ぶりだ。こんな姿、もしあづみさんが見たら……。



「……一緒に付き添ってた航ちゃんの感想は?」


「…………瑠璃が泣く」


「……小夜、今すぐ顔洗ってきなさい……」



私達女子三人で洗面所で小夜の顔を強引に洗った後、気を取り直してみんなでさらに上の階にあるレストランフロアへと移動した。



「わーい、またエレベーターだー! スゴい高いよ那奈!」


「飛び跳ねるなっつーの、このバカー!!」



命からがらエレベーターを降りると、フロアはお昼の休憩時間と重なったせいかどのお店も順番待ちのお客さんで混んでいた。食事にありつくまでにはかなり時間かかりそうな感じだ。



「えー、お腹空いたー! もう待ってられないよー!」



駄々をこねる小夜をあやす様に、ここでも余裕の千春さんは私達にウインクしながらチッチッチッと指を横に振った。



「心配無用よ、ちゃんと予約席を取ってあるからNo waitよ!」


「さすがアタシのママ、Perfectね!」



仲良く腕を組んで先を歩く千夏と千春さんに案内されて、私達は予約を取っているという高級そうなレストランに入った。

その店内は貸切パーティーでも出来そうなくらい綺麗で広く、奥の個室の様な場所にその予約席があった。



「このレストランにはたくさんメニューがあるから好きな物を選んで良いわよ!」


「もちろんみんなママのおごりだから遠慮なくたくさん注文してね!?」



……そりゃこの親子はいつもこんな所で食事してるから慣れてるかもしれないけど、私にはメニューを見ても何の料理だかサッパリわからない。



「……なぁ那奈、俺らどっちかっていったらラーメン屋とかどんぶり屋の方が注文しやすいよな……?」



全くである。私と翔太からすると子供の頃から外食と言えば大体は吉○家とかマッ○とかだ。同じ国際レーサーが父親のはずなのに、この育ちの違いは一体何なんだろうか……?



「じゃあねー、あたしカレーライスがいい!」


「さすがにお好み焼きとかはあらへんかなぁ?」


「…………とりあえず牛乳」


「まだカルシウム取るんですか、航先生!?」



どうやら周りも一般的な生活をしてきた人間ばかりの様だ。何か仲間が出来たみたいでホッとした。



「……えーと、うーんと、どうしよう……?」



洋服をプレゼントされた麻美子はこの衣装がかなり気に入ったらしく、千春さんのお誘い通り制服をカバンに詰め込みその格好の姿で席に座ってメニューを見ていた。

いつもだったらこんな場所に来るとアタフタとし始めるのに、何かとても落ち着いている様に見えた。人は外見が変わるだけでこんなにも変貌する事が出来るものなのだろうか。



「……麻美ちゃん、何かかわいいなぁ……」


「えっ、何か言った!?」


「……いえ、何でもないです……」



さっきから翔太が麻美子を見てデレデレしまくっている。こんな事だったら私もさっきの衣装で来れば良かったかなぁ? ……いや冗談、絶対無理です。



「…………ん?」



とりあえずメニューを決めて料理を待っていると、座高も高い航が何かに気づいたみたいでレストランの奥の席を覗き込んでいた。航の隣にいた麻美子も航の様子に気づいて小さい体で精一杯その方向を覗き込んだ。



「……どうしたの航君、誰かいたの?」


「…………あれ、あそこにいる人」


「……!!」



麻美子は椅子から立ち上がってその方向を背伸びしながら覗くと、さっきまでの楽しそうな表情から一転、真っ青な顔をして口に手を押さえてまた椅子に座り込んだ。



「どうしたの麻美子、何かあったの?」


「麻美ちゃんどうしたのー? 航クン、誰かいるのー?」



麻美子の尋常ではない反応を見て後ろを振り向き奥の席を覗くと、そこには麻美子が心から慕っている神崎彰宏さんの姿があった。しかも、向かいあった席には一緒に綺麗な女性がいて、楽しそうに会話をしていた。



「あらら、あれは麻美子愛しの神崎先生やないか、隣におんのはもしかして彼女なんかなぁ?」


「うへぇ、デート、デートなのかぁ!? いいなぁ、俺もあんな綺麗でナイスバティな女性とデートしたいなぁ〜!?」


「バカッ! 翼も薫も少しは空気読みなよ!」


「……あっ」



麻美子は意気消沈して下を向いたまま黙り込んでしまった。何ともいえない切ない空気が辺りを包んだ。



「……ね、ねぇ麻美子、今日はとりあえず美味しい料理いっぱい食べようよ、ねっ?」


「………………」



千夏の機転の言葉も落ち込んだ空気を打ち消す事が出来ず、もの苦しい雰囲気のまま私達は食事を終えた。

彰宏さんの目を避ける様にみんなと一緒にレストランを出た後も麻美子は一言も喋らないでうつむいたままだった。



「……麻美ちゃん、元気出して! いつもみたいにニコッて笑おうよ!?」


「………………」



小夜の呼びかけにも反応しない。どうやら、私達は見てはいけないものを見てしまったみたいだ。



「……麻美子ちゃん、だったかしら?」



心に傷を負って落ち込んでいる姿を励ます様に、千春さんは麻美子の両肩に手を掛けて優しく微笑んだ。



「……いい事? あなたはさっきも言った通り、とても可愛くて素敵な女の子なんだからしっかりと自信を持ちなさい? 今はまだ相手に自分の気持ちが届かないかもしれないけど、あなたはいつか彼を見返す事が出来るわ! この私が言うんだから間違いないわよ!」


「……はい、ありがとうございます……」



麻美子の瞳から涙がポロリとこぼれた。千春さんはそんな麻美子の頬を優しく撫でて、ギュッと抱きしめた。


小さい少女の大きな失恋。レストランで食べた大人の味は、ちょっと苦くて切なかった。



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