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第25話 手を出すな!



二学期も終わりクリスマスイブの日に、夏に続いてまたも松本家から意外なご招待があった。何と今日、プロのサッカー選手達と会う事が出来るどころか一緒にサッカーが出来るイベントがあるらしい。

それを聞いた翔太達男子陣は大喜び。千夏もイケメン選手目的で話に飛びつき、小夜も麻美子や瑠璃を強引に連れてきて大はしゃぎしている。



「うわー! ほらほら那奈、広くてキレイなグラウンドがあるよー!」


「広いグラウンドだねぇ、ニュースで完成したって聞いた事があったけど、こんなに広いんだ……」



国内有数の超高層ビルや高層マンションが並び立つ新興都市の中を、私達はこの前と同じく新作さんが運転するワンボックスカーにすし詰めにされて普段はなかなかお目にかかれない敷地内へと入っていった。



「だって本物のJリーグチームのクラブハウスなんでしょ〜? 作るのに相当お金が掛かってるわよねぇ〜、VIPな扱いって感じ〜!」


「そうやでぇ! 一般ピープルが簡単に入れへん超VIPな場所やで! オマエら、ホンマにウチやオトンに感謝せーよ!」



次々と開発が進んでいる海沿いの埋め立て地に出来た新興都市に、強豪プロサッカーチームのクラブハウスがこの度完成した。翼は女子なのに小学生の頃からこのチームのユースクラブ会員に入っていて、毎週休み事無くきっちりと練習に通っている。



「……しっかしホンマに立派なクラブハウスが出来たもんやな、俺らの時代からは予想もつかん話やで……」



車から降りた新作さんは感慨深く草が生え揃った緑色のグラウンドを眺めていた。その瞳は嬉しそうな反面、何か昔を懐かしむ様な遠い目をしていた。



「この前も世界のクラブチームが日本遠征の際にここで練習やってたらしいなぁ」


「オトン、それホンマに!? どんな選手が来たんやろ、写真とかサインとか残ってへんかなぁ!?」



新作さんは病気にかかる前はプロのサッカー選手を目指していた。学生の頃から世界のクラブにも注目される程の選手だったらしいのだが、病気のせいで医者に激しい運動を止められてしまい、その夢を諦める事になった。

それでもサッカーが大好きだった新作さんは生まれたばかりの翼にサッカーボールをプレゼントして、いつもそのボールで遊んであげていたので次第に娘もサッカー少女として育っていった訳だ。



「なるほどなるほど、だから女の子なのに『翼』って名前な訳だね、災難ですなぁ、ウハッ」


「『薫』なんてへなちょこ名前つけられたオマエに言われたないわ、ボケッ」


「妹まで『岬』って名前だもんね、新作さんどんだけって感じだよ」


「よう知っとるなぁ翔太、俺はバリバリあの漫画の世代やねん、堪忍してえな」


「瑠璃ちゃん、どんだけだって! みータンも一緒に、せーの、どんだけ〜!」


「どんだけー!」



サッカーに夢中になってる松本親子の変わりに小夜が瑠璃と岬の面倒をまとめて見てくれている。小夜にサッカーをやらせると何を仕出かすかわからないのでこのまま子守をしてもらうとしよう。車酔いして真っ青になっている眼鏡と一緒に。



「麻美ちゃーん、大丈夫?」


「……だから嫌だったのに、ウプッ……」



今日行われるイベントではユース会員だけではなく参加したい一般の子供達もチーム所属選手やOB選手、指導者にサッカーを教わる事が出来るらしい。まぁ、簡単に言えばファン感謝デーみたいなものだろうか。



「……ところで、お前らの中に翼以外でサッカー経験者っているんか? いるんやったら手を挙げい」



全員、見事に無反応。学校の体育の授業でボールを蹴ったぐらいはあるけど、まず女子にはあまり縁の無いスポーツだし。男子陣も手を挙げるべきか否か迷っていた。



「イギリスではFootballが盛んだけど、女の子がするスポーツじゃ無かったわねぇ〜、日本はどうなの那奈?」


「日本だって一緒よ、新作さん、さすがに私と千夏にはサッカー経験なんて無いですよ……」



私達の話を聞いた新作さんは一息つくといまいち反応の鈍い男子陣に話を振った。



「何や何や、兄ちゃん達はどないした? サッカーやった事無いなんてこのご時世ありえへんやろ?」


「……俺達も学校の時に遊びでやっていたぐらいだよな?」


「ボール蹴ったりしたら義足も一緒に飛んでいっちゃうかもしれないし」


「…………サッカーも興味ない」



ダメダメ男子の頼りなさに『あちゃー』とばかりに頭を押さえる新作さんの隣で、腕を組んだ翼が小さい胸を精一杯張って偉そうに私達を見渡して言い放った。



「ええやんかオトン、今日はこの松本翼大先生様がオマエら残念なヘタレどもにきっちりとサッカーってもんがどんなもんか教えてやるわ、感謝せぇよ!?」


「……いちいち腹立つな、コイツ……」



一人だけやる気満々の翼に案内されて、私達はクラブハウス内のロッカールームでレンタルのユニフォームに着替えた。レンタルといっても胸のロゴにはチームの名前がしっかり入っていて、ちょっとJリーガーになった気分だ。



「……あれ、何で航だけ一人半袖なのよ? 寒くないの?」


「……那奈、これ長袖なんだよ、これでも……」


「…………合うサイズがありません」


「……あっ、そう……」



そういえば参加受付でも航だけ『成人は参加出来ません』って言われてたっけ。翔太の隣にいる航の上半身のユニフォームはピッチピチに伸びきって胴の長も足りなくガリガリの腹が出てしまっている。



「ヤダ〜、航ちゃん何それ〜! 超気持ち悪い〜!」


「何を仰りますか千夏ちゃん! 来シーズンのJリーグで流行するヘソ出しルックですよ!?」


「そんなもん一発でレッドカードや、アホ!」



クラブハウスから外に出て横にあるグラウンドに向かうと、すでに色々なサッカーユニフォームを着た私達と同じくらいの少年少女や子供達、それらの保護者を思しき大人達がたくさん集まっていた。



「おーい、綾! オマエもやっぱり来とったんか!?」


「やっほー、翼! 当ったり前じゃん! ずっと楽しみにしていたもんね!」



翼が手を振る方向から短めの髪を頭の上でちょこんとゴム紐で結いた女の子が歩いてきた。この子も翼と同じ背番号入りのユースチームのユニフォームを着ている。どうやらチームメイトの様だ。



「あれ? ねぇ翼、後ろにいるのは翼の友達なの?」


「まぁ、ちょっとした腐れ縁やで、サッカー素人ばかりやから綾もガンガンいじめたりや〜!」



身長は小夜よりちょっと高いくらいだろうか。翼と違ってちゃんと礼儀をわきまえてるみたいで私達に向かってペコリと頭を下げた。



「どうも初めまして、翼と同じユースに入ってる吉田綾です!」


「初めまして、私は渡瀬那奈と……」


「おかしいな、君とは初めてあった気がしない、もしかしたら僕達は前世に恋人同士だったんじゃないかな……」



ドカッ!!



「へぶしぃぃぃぃ!!」



話を邪魔されてぶん殴ろうとした私よりも早く、翼は足元にあったボールをリフティングで上げてつまらん冗談をかました薫の顔面に向かって思いっきりシュートをぶち込んだ。わざわざバカな男の為に手を汚す事なくて済んだ。



「……アホは放っておいて、トップチームの選手達とプレー出来るの久し振りやから楽しみやな、綾!」


「……そ、そうだねぇ……」



倒れてノビている薫の処理は航にゴミ箱にでも捨てて貰って、さっさとグラウンド内に向かうとしますか。私と翔太と千夏は翼達と一緒にクラブのコーチが指導してくれる準備練習に参加した。

簡単なストレッチからボールを使ってパスやヘディングの練習、ここまでは難なくこなせたが次に待っていたリフティングの練習、ここでサッカー初心者の私達は見事に躓いた。




「うわっ、見てる以上に凄い難しい! 十回も続けるなんて無理!」


「何で〜!? このボール変な所にばっかり飛んでいっちゃうわよ! 超ムカつく〜!」


「ぐわぁ〜! 九回までなんとか続けたのに、最後の一回で失敗した〜!」


「何や何や、那奈や千夏はしゃあないとして、翔太は男のクセしてリフティングも出来へんのかい? ショボいやっちゃなぁ〜?」



慣れない運動に苦戦している私達をよそに、翼は器用に両足を使って軽々とボールをリフティングしている。同じクラブの会員である綾も上手く出来ていた。



「こんな程度ウチらからしたらチョロいよなぁ、綾?」


「そりゃ私と翼はいつも練習してるからでしょ? 誰だっていきなり出来るもんじゃないって」


「そ〜か? ウチは最初っからヒョイヒョイ出来たで〜? なんてったってウチとボールは友達やからな!」


「……ハイハイ、言ってろ言ってろ」



調子に乗った翼はリフティング中に足を入れ替えたり頭や肩を使って色々と技を披露し始めた。小さい体のお陰なのかその動作は素早く中学生離れしたかなりのテクニックだった。



「ど〜や、見てみ綾! 和製ロナウジーニョ、女版メッシとはウチの事やで!」



お昼が近くなり休憩時間になった。ピンピンしているユース選手二人とは対照的に、ボールを追いかけまくっていた私達はかなり体力を消耗していた。



「……やっと、休憩……」


「……思ってたより、キツいな……」


「……はぁ、結構汗かいたわねぇ……」



普段から別のスポーツで体を鍛えているこの三人ですらクタクタなのだから、小夜や麻美子にはまず無理だろう。外で瑠璃、岬コンビのお子様相手をやらしておいて正解だった。



「オマエらはホンマにだらしないなぁ? これくらいでへばっている様やったらとても九十分間フルタイムで走ってられへんで?」


「多分、使っている筋肉が違うから疲れるんじゃないかな? 私や翼が他のスポーツをやったら同じ様にへばるわよ?」



冷静に解析して私達をかばう綾の話を真っ向否定する様に手を横に振る翼の雄弁はまだまだ続く。みんな疲れて座り込んでいるのに、翼一人だけ立ち上がって見下す様に説教をたれてくる。



「アホか、そんなもんはメンタルの問題やで! 楽しいと思うてやれば疲れなんて感じへんねん! なぁオトン、そうやろ!?」



翼は同意を求めて後ろを振り向くと、さっきまでそこにいた新作さんの姿が無い。それどころか練習に参加している女子に対してあちこち声をかけてまくっていた薫の姿も見当たらない。二人とも一体どこに行ってしまったのだろうか。



「あれー? 翼のお父さんと薫ちゃんがいないよー? 航クン、立ち上がって二人の姿見えるー?」


「…………いた、あそこ」



そこには、緑の防護ネットにしがみついて小さな子供の面倒を見ている若奥様達を覗き込む二人の姿があった。



「……見よ、おっぱい王子! あの若奥様軍団の豊満なおっぱいを!」


「おぉ、おっぱい王よ! 何てイケないおっぱいなんでしょう! あれでママなのですか!? 人妻だというのですか!?」


「良いか王子、若奥様は赤ちゃんにおっぱいをあげなければならぬのだ! その為に普段よりおっぱいの張りが倍増しておるのだぞ!」


「何という事だ! まさかサッカー少女達以外にこんな場所でおっぱいを堪能出来るなんて!」


「人妻はええでぇ! 女の顔と母の顔、二つの顔を備えおるんや! これこそ一口で二回美味しいお得用おっぱいパックやでぇ!」


「このおっぱい王子こと桐原薫、目からウロコが落ちたでござる〜!」



その後ろ姿たるや何と滑稽な事か……。誰かー、警察呼んで下さーい。ここに変質者がいまーす。



「……翔太、アンタも仲間でしょ? 一緒に捕まったら?」


「……いや、遠慮します……」



さっきまで鼻息荒かった翼はガックリと座り込み手をついて沈んでいた。どうしてもエロモード時のオトンは好きになれないみたいである。



「……もうイヤや、あんなオトン見たくない……」



休憩時間が終わり、午後からは試合方式の練習が始まった。参加している子供達はそれぞれ好きな選手がいるチームや仲の良いグループで各チームに散らばっていった。



「ねぇ那奈、アタシ達どっちのチームに入る? どっちが強いのかしら? 翔太君、知ってる有名選手とかいないのぉ?」


「俺もあんまりサッカーは詳しくないんだよ、どっちが強いかなんて聞かれてもなぁ……?」


「別に適当でいいじゃない、真ん中からこっち側にいるんだから私達はこっちチームに入ろうよ」



参加している全人数を二つのチームに平均して分けると、素人集団の私達を避ける様に翼と綾はちゃっかりと相手のチームに入っていた。



「何よ翼! ちょっとあんまりじゃない?」


「何だよ、友達がいが無いなぁ」


「超最悪〜! アタシと翼の友情ってそんなに薄っぺらいものだったのね!?」



私達から非難を受けまくっている翼はその声を無視する様に小指で耳の穴をほじくってその指についたカスを息をフッと吹いて空に飛ばした。



「……一番最初に言うたやろ? 今日はオマエらにきっちりサッカーってもんを教えたるってな!」


「みんなゴメンね、やっぱり私は翼とコンビを組むのに慣れてるからね」



主審のホイッスルが鳴って試合が始まった。各チームにはサッカー経験者であるユース選手や一部のOB選手、現役選手などが混じってはいるが、大半は小さい子供や素人ばかりなので内容はほとんど学校とかで遊びでやってる様な簡単なものだった。

出場選手枠もクソもない、一体何人の人間がピッチの中に入っているだろうか。まるでバトルロイヤル戦の様に人が入り混じり団子になってボールを追いかけまくっている。



「千夏! ボールそっちに行ったよ!」



ボールが転がっていく方向に子供達が駆け寄ってくる。ボールを足で止めた千夏はあっという間に人だかりに囲まれた。



「えっ、ちょっとちょっとヤダ〜!? 超怖いってば〜! 翔太君、お願い!」


「えっ、何で俺にパスすんだよ!? 無理だって無理だって! 那奈、頼んだ!」


「ちょっと、こっちに回さないでよ!? どうすればいいのよ!」



千夏、翔太と順に真横に回されてきたボールは私の足元に転がってきた。そのボールを目掛けて子供達が津波の様に一斉に襲いかかってきた。



「那奈、あっちあっち! あっちにいる選手に渡しちゃえ!」



翔太に言われた方向には現役選手らしき人が私に向かって手を挙げていた。翔太も千夏も頼りにならないし、ここはあの人にパスするのが正解だ。逆サイドでちょっと遠いけど思い切り蹴れば届くかもしれない。



「ボール渡します! 受け取って下さい!」



私は空手の前蹴りの要領で思い切りボールを蹴った。ボールちゃんと思った方向に飛んでいってくれたが、目標の選手の前に小さい人影が入り込んできた。



「いただきやで、アホッ!」



私が蹴ったボールの行方を予測していた翼が巧みに足を伸ばしてパスカットした。完全に動きを読まれてしまっていたみたいだ。



「あっー! 何よ翼!」


「パスを出す人間に対して声をかけてどないすんねん? カットして下さいって言っている様なもんやで!」



翼は穏やかな試合の流れを無視する様に追いかけてくる子供達を引きちぎり、そのまま私達の後ろにあるゴールに向かってドリブルで上がっていった。



「まずは千夏、オマエや! オマエなんか軽〜く抜き去ったるで!」


「Oh,Shit! バカにするんじゃないわよ! アタシだって日頃から陸上やってて運動神経はいいんだからね!」



意気込んで敵意丸出しで立ち向かう千夏の前を、翼は一瞬ボールを蹴ろうとするフェイントの後、逆足のつま先を使って見事に千夏の股の下にボールを通して抜き去った。



「……What!? what do you doing!?」


「まずは一人!」



その翼のテクニックを師匠である新作さんはグラウンドの外でネット越しに眼鏡を光らせジッと観戦していた。



「……クライフターンで切り返してから股抜きか、まぁあのキレなら上出来やな……」



千夏を抜き去った翼は次の獲物に翔太をロックオンした。



「オマエなんかケチョンケチョンにしたるわ、このスケベライダー!」


「……スケベライダーって言うな! 俺だってここで男の意地を見せてやる!」



翼は不敵な笑みを浮かべると、次はボールを中心に左右の両足をパパッと素早く入れ替えて困惑している翔太をあっという間に抜き去った。



「ゲッ、速ぇ! 何だよ今の!?」


「これで二人目や!」


「……シザースフェイントか、小さい選手が身につけるにはうってつけの技やな、なかなか良う出来とるやないか……」



姉のボールテクニックに見とれている岬の頭を撫でながら、新作さんは満足そうにニヤリと笑った。



「次はオマエや那奈! 日頃からウチの事をチビチビ言いよって! この屈辱、ここできっちり晴らしたるで!」



翼は私に向かって真っ直ぐ突っ込んでくる。しかし私だって空手を習っているんだ、テクニックは無くとも、ボールを見る動態視力なら絶対に負けない。



「ナメんじゃないよ翼! 返り討ちにしてやる!」


「ならば、その勇気を称えてスペシャルな技でブチ抜いたるで!」



すると翼は少し強めにボールを蹴り出し、私の近くに転がしてきた。ドリブルミスだろうか、でも今なら取れる、私は懸命にボールに向かって足を伸ばした。

しかし次の瞬間、翼がボールを中心にクルリと一回転して私の横をすり抜けていった。さっき目の前にあった筈のボールもいつの間にか足元から消えていた。



「えっ、何なの? どうなってるの!?」


「これで3人目や!」



翼が次々と魅せる技のオンパレードに会場で試合を観戦しているお客さん達からも驚きの歓声が上がった。軽くあしなわれた私達三人はただその場にボッーと立ち尽くすしかなかった。



「……マルセイユルーレットまでやりよるとはなぁ、これは面白くなってきたで……」



外で見ていた新作さんは何かウズウズする様にジャージの上着を抜き出すと、それを一緒にいた小夜や麻美子に手渡しグラウンドへと向かって歩き出した。



「よっしゃ! このままゴールゲットやで!」



その頃、私達を抜き去った翼はそのままゴールに向かって爆走していた。



「しかーし! その快進撃もここまでだな! この先は武蔵坊弁慶こと栗山航と、美貌の牛若丸ことこの俺、桐原薫様がここを通さん……」



ドカッ!!



容赦ない翼のシュートが薫の顔面を直撃した。薫はそのまま反り上がって頭から倒れ込み、弾かれたボールは上手く翼の元に戻っていった。



「ぶべらっっっっ!!」


「はい、これで4人目や!」


「……こんなの技じゃないやい、ガクッ……」



しかし、ゴール前には航を始めまだ数人選手が残って守りを固めている。



「サッカーはなぁ、一人でやるスポーツとはちゃうねんで!」



翼はディフェンスの裏を突く様にサイド側にパスを出した。そこには後ろから勢いよくパートナーの綾がボールに合わせてオーバーラップしてきていた。



「よっしゃ翼! クロス上げるよ!」



綾の声に反応する様に翼は人壁をスルスルとすり抜けてゴール前へと走り込んだ。しかし、一人冷静だった航は翼に合わせて上がってくるボールの着地点に回り込んだ。



「航、クリアクリア! 外に出せ!」



背の高さなら負ける訳がない。航は翔太の指示を聞いて飛び抜けて高いその身長を利用してヘディングでボールを弾き出そうとした。



「甘いでデカブツ! 身長のハンデはすでに克服済みや!」



すると翼は航の肩に手を置いて跳び箱の様に高く飛び込み、航よりも早く頭でボールを足元に叩き落とした。



「…………あれ?」


「ちょっと翼! それって反則じゃない!?」


「アホか那奈、主審が笛吹かんかったら何でもOKじゃ! これでオマエら全滅、ウチらの勝ちやで!」



翼はそのまま下に落ちたボールのバウンドに合わせて空中でボレーシュートを放った。

翼のプレーに釣られて前に出てきてしまっていたキーパーの手をかすめて、ボールはゴールネットに向かって飛んでいった。



「……あれ?」



するとゴール目前で一人の人間がそのシュートをピシッと足元に吸い付く様な綺麗なトラップでカットした。



「……オトン?」



シュートを止めたのは新作さんだった。掛けていた眼鏡も外し、ボールを右足で踏みつけ腕を組みゴール前で仁王立ちしていた。



「……なかなかやる様になったやないか翼、正直驚いたわ」



……確か成人は試合参加不可能だったはずだったと思うけど、何で勝手に乱入してるんだろうこの人は。



「しっかり練習しとるんやなぁ、関心関心、わざわざクラブユースに入れてやった甲斐があったってもんや、俺は鼻高々やで」


「……えっ、ホンマに? そないにオトンに誉めてもらえると、何かウチは照れるけどメッチャ嬉しいわ〜!」



もじもじデレデレと体をくねらす翼に対して、新作さんは途端に鬼コーチの表情に変わってピシッと指を差して説教を始めた。



「しっかーし! まだまだプレーに無駄な動きがある、素人相手には通用しても世界を目指すにはこんなんではダメダメや! そないな事ではとても『なでしこジャパン』には選ばれへんぞ、翼!」


「ガーン!!」


「ええか翼、これがホンマもんのサッカーや! 全力で行くから意地でも食らいついてこいや! しっかりと俺の技をその目に焼き付けるんやで!」



新作さんは制御するスタッフを無視してボールを蹴り出し逆側のゴールへと走り出した。だから大人は参加禁止だって言ってるのに……。



「よっしゃ! しっかりとついて行くでオトン!」



新作さんを追って翼は本来攻めるべき方向とは逆方向に走り出していってしまった。突然のトラブルにピッチ内の選手は困惑してグラウンドの外もざわめき立った。



「ちょ、ちょっと! 何をやってんのよあの二人!?」


「何で新作さんが乱入してんだよ!? もう滅茶苦茶だよ!」


「こんなのありえな〜い! 何がどうなってる訳〜!?」


「何で翼まで行っちゃうの!? 攻める方向が逆でしょうがバカー!!」



私達はともかく、同じチームだった彩まで置き去りにして新作さんと翼はあっという間にドリブルで横を通り過ぎていくとOBや現役選手達が集まっている集団に突っ込んで行った。



「おい、何だよあのおっさん!? 真っ直ぐこっちに突っ込んで来るぞ!」


「とりあえず止めろしかないだろ!? プレスかけろプレス!」



ドリブルを仕掛ける新作さんに対して複数の選手が一斉にプレスをかけてきた。、それに対して新作さんは神業とも思えるボールテクニックを私達に見せつけた。



「……早ぇ!!」


「……うわっ!!」


「……何だぁ!!」


「……まさかこの男!?」


「……松本、新作か!?」


「五人抜き! これぞ神の領域や!!」



新作さんはさっき翼がやったフェイント技をいとも簡単に、しかも五人連続で軽やかにやってのけた。その動きは翼よりも速くスムーズで、よくテレビで世界のトッププレイヤーが見せるスーパープレイそのものだった。



「おい、誰か止めろ!」



次々と襲いかかってくる選手達の裏を突き、新作さんはノールックパスで横にいる翼にボールを渡した。



「ワンツーパスで前に出すんや、翼!」


「OK! バッチリお膳立てするでオトン!」



翼が出したスルーパスに合わせてディフェンスの裏に飛び出した新作さんはゴールに向かって思いっ切りシュートを蹴りこんだ。

ゴールまでの距離は二十メートルは離れているだろうか。地を這う様な強烈なミドルシュートだが、その軌道は真っ直ぐキーパーへと向かっていってしまっていた。



「アカンやんオトン、真正面やーん!?」


「……騒ぐな翼、良う見とけ……」



ゴールを守るキーパーはそのシュートをキャッチしようと身構えた瞬間、ボールは物理上有り得ない様なカーブを描いてゴール横隅のネットにズバンッと勢い良く突き刺さった。

とんでもないシュートにキーパーは全く反応する事が出来なかったみたいで、その場に呆然と立ち尽くしてゴールに転がるボールを見つめていた。



「……何だ? 何なんだ今のは……?」


「……まさか、今のってアレじゃないか……?」


「……間違いない、無回転シュートだぜ……」


「無回転! マジかよ!? 俺、初めて生で見た、あんなシュート打てる日本人、プロ以外にいるのかよ……」



現役選手達までもがその光景を見て驚き興奮して喋っていた。素人の私が見たってあのシュートのトリックがわからない。とても尋常ではない、まるで漫画の世界の様なシュートだった。



「……あのさ、さっきから無回転、無回転って何の話?」


「……ボールに回転を与えずにシュートを打ったのよ、それによってボールは空気抵抗や引力の力で通常有り得ない変化が掛かったりするの、でも、私もあんなの初めて見た……」



状況が掴めない私に彩は丁寧に仕組みを教えてくれた。それでも何だか良くわからないけど、彩や選手達の驚いた顔を見るかぎり物凄いプレーなんだという事は理解出来た。



「どうや翼、しっかり見とったか!? これが俺のスーパープレーやで!!」


「オトン、格好良すぎるわ〜! やっぱりウチのオトンは世界最高プレーヤーやで!!」



突然の試合乱入とスーパープレイのダブルショックで会場にいた人達は黙り込んでしまった。そんな事もお構いなしに松本親子は仲良く手を繋いで観客の元へ走り出し手を振ってパフォーマンスをし始めた。



「……伝説の選手、松本新作か、懐かしいな、俺はアイツと同期だったよ、高校の選手権ではコテンパンにされたぜ……」


「国立で見せたあのシュートは凄かったな、それがまたここで再び見れるとは思いもしなかった」


「やはり時代が早すぎたんだな、あと十年遅く生まれていれば、医学も進歩して日本サッカー界を背負っていく存在になれたはずなのにな……」



側にいるOB選手達が新作さんの事を話しているのが聞こえてきた。父さんから昔話を聞いていたけど、やっぱり凄い選手だったんだ。

病気にさえならなければもしかしたらサッカー日本代表に選ばれたかも知れないし、プロ選手として海外のクラブチームでプレーして、今頃はどこかのチームの監督とかやっていたかも知れない……。



「やっぱオトンはスゴいわ! めっちゃ胸がキュンってきたで〜! ウチの事をギュッて抱きしめてチューしてや〜!?」


「……オイオイ、抱きつくなや重いわ、ええか翼、俺の意志はお前がしっかり受け継ぐんやで!?」


「もちろんや! 皆さ〜ん、今さっきシュートを決めたんはウチのオトン、松本新作やで〜!!」



何故か会場全体から大きな拍手が挙がった。呆れてピッチに立ち尽くす私達をよそに二人は周りにいる観客とハイタッチをしてグラウンド内を走り回っていた。



「……新作さん、あんなに動いて体は大丈夫なのかな?」



翔太に言われて思い出した。あの人確か医者から激しい運動止められてるはずなんだけどな……。



「……私の出番ってこれっきりなのかなぁ……?」



彩の再登場は読者様からの反応に任せるとして、バカバカしくなった私達が私服に着替えて車に戻ると中で爆睡する小夜とガキ二人、それと後部座席でエチケット袋を持ってうずくまる麻美子の姿があった。



「……あーぁ、何かもう最悪……」



クリスマスイブの北風は汗をかいた私達には非常に冷たく、ちょっと嘔吐臭かった。



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