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第20話 蘇生



翼の父親・新作さんが連れてきてくれた郊外のキャンプ場。川を渡るのに小夜が怖じ気づいてしまって少々手こずったが、航の活躍で何とかみんな無事に渡り切る事が出来た。少し休憩をとって『さぁ、行くか』と意気込んでみたのはいいのだが……。



「……やっぱり立てないよぅ……」



……やれやれ。結局、小夜は立ち上がる事が出来なかった。置いていく訳にもいかないので、やはりと言うか予定通り私が小夜を背負う事になった。



「……アンタ、結構重くなったね……」


「えー、太ってないよー!? ヒドいよ、那奈!」



太ったって訳ではないと思うが、やっぱり子供の頃におんぶしてたのとは随分と勝手が違う。しかもこの山道。後を追います、なんて軽々しく言ってしまったが、ちょっと後悔している。もう腕が痛い。



「おーい、那奈! 小夜!」



山道の上から翔太が走ってこちらに降りてきた。持っていた荷物が無いので、どうやら頂上に到着してそこに置いてきてからわざわざ引き返してきてくれたみたいだ。



「……那奈、キツくないか? ここからは俺が小夜を背負っていくよ!」


「……いや、大丈夫だよ、これくらい……」


「いいから休めって! 小夜、那奈から降りろ! 俺の背中に乗れ!」



翔太は声を荒げて小夜を下に降ろすと、私から奪い取る様に小夜を背負った。翔太に体力が限界に近かったのを見透かされてしまったみたいだ。



「……よし、小夜、行くぞ!」


「よし、翔ちゃん号発進ー!」


「……元気があるなら歩け!」


「前方視界良好ー!」



そういえば翔太はさっきからずっと私の事を気遣ってくれていた。今回も私の事を心配して降りて来てくれたのかな……。

この時の翔太はとても逞しく見えた。たまにこういった男らしい姿を見せられるとどうしていいか対応に困ってしまう。


が、今日はいつも以上に化けの皮が剥がれるのが早かった。異変に気づくには充分な反応を私は見逃さなかった。



「……ねぇ翔太、アンタさ、何でそんなに口元がニヤニヤしてんの?」


「えっ? な、何が?」


「……何かさ、また良からぬ事を考えてない?」


「ハァ? な、な、何をだよ?」



背負っている姿を良く見ると、翔太の背中の上に小夜の胸の部分がピッタリと密着している。なるほどね、原因はこれか。



「……そんなに嬉しい? 従兄妹でも背中にピッタリと『もの』が当たると……」


「は、は、ハァ? な、な、な、何を根拠にそんな……」



焦って首を横に振りまくるのは翔太が目星を食らった証拠。実にわかりやすい反応を見せてくれるのでこの男の嘘を見抜くのは楽勝だ。



「……小夜、あんまり翔太にひっつかない方がいいわよ、コイツやっぱり変態だわ」


「……ほぇ? 変態?」


「ば、ば、ば、馬鹿な事を言うなよ! 何で俺がそんな事……」


「……つーか、やっぱり小夜は私が背負うわ、翔太に預けたら何をされるかわかないし」


「違う、違う、違う! 誤解だってば、那奈!」


「……全く、男ってヤツはこれだから……」



……少しぐらいウットリさせろよ、このスケベ男。私は小夜を翔太から強制的に奪い取り、歯を食いしばって何とか山道を登って行くと木々が開けた広場に出た。

どうやら頂上に到着したみたいだ。木製のコテージが何軒か横一列に並んで立っており、料理をする為のレンガで出来た釜戸もあった。



「おーい! ここやで、ここ!」



翼の声が聞こえた方向を見ると、一番手前のコテージにみんなが集まっていた。周りでは航に掴まりながら岬と遊んでいる瑠璃の姿も見える。



「那奈、お疲れやったなぁ、小夜、もう大丈夫か?」


「はーい、大丈夫でーす!」


「新作さん、色々と心配かけてすいませんでした」



先に到着していた新作さんはすでに薪を割って釜戸にくべ、火を点ける準備をしていた。海外放流生活が長いだけあって、その手つきは手慣れたものだった。



「何を言うてんねん、ちゃんと昨日の山の天気まで確認しなかった俺の責任や、俺らは相当無茶したチャレンジャーやったみたいやな、頂上着いたら他に客が一人もおらへんがな」



確かに周りを見ると頂上まで来たお客は私達だけみたいだ。経験豊富なのに面倒臭がって確認をしない、これも新作さんの特徴。昔、お酒の席でも良く父さんに『詰めが甘い』って言われていたっけ。



「まぁ、丸々貸し切りやと思うてみんなでノビノビとさせて貰うかなぁ? 釜戸も流しも風呂も便所も使いたい放題やで!」



新作さんと話をしていたその時、木々に止まっていた野鳥達が一斉に羽ばたいて飛んで行った。そして、



「キャアアアァァァ!!」



女性の悲鳴が聞こえてきた。場所はどうやらさっき翼がいたコテージの中、この声は千夏か!?

悲鳴に合わせて中から翼と麻美子が飛び出してきて、悲鳴の主である千夏は尻餅をついて部屋の中を見て真っ青な顔をしている。



「何や翼、どないした!?」


「た、た、た、大変やでオトン!!」


「何だよ、どうしたんだよ麻美ちゃん!」


「……あわわわわ、翔太君、大変です……」


「何よ千夏、何があったのよ!?」


「……Oh my god,oh my god,oh my god……!」



狼狽する千夏の前に、コテージの中から薫がビックリした顔して飛び出してきた。まさか何か変な事でも仕出かしたのか!?



「何だよ千夏ちゃん、どうしたの!?」


「か、か、薫ちゃん、アンタ、アンタ、アンタだってば!!」



千夏は震えながらコテージから出てきた薫の右足指差していた。それを見た瞬間、私達は驚愕した。



「うわあああぁぁぁ!!」



絶対に有り得ない光景。何と薫の右の足首が真後ろ、つまり180度回転しているではないか!



「どうしたんやその足! 骨折か、脱臼か!? どちらにしろ終わったぁ、俺は終わったぁ! 家族の方々に何てお詫びしたらええんやぁ!?」



新作さんは膝を落とし頭を抱えてしまった。そりゃそうだ、全員無事に到着出来たって思ったのに、こんな酷い結末……。

が、しかし、当の本人である薫は慌てふためく私達とは対照的に非常に落ち着いている。痛がる素振りすらない。まさか、もう足首の感覚すらも無くなっているのでは……?



「……やっぱりダメか〜、木の枝をストッパー代わりに差し込んでみたけど、補修にもならないや」


「……ハァ? 補修?」



薫は床に座り込んであぐらをかくと、平然とした顔をして手でその足首を掴んで360度クルクル回転させ始めた。常識で考えられないビックリ仰天映像に私達は絶叫した。



「うわあああぁぁぁ!!」


「あーぁ、みんなにバレちゃったよ、今まで隠してきたのに参ったなぁ〜」



……えっ、バレた? 何が? 何の事かサッパリわからない私達の顔を見て、薫は申し訳なさそうに頭を掻いて苦笑いした。



「脅かしてごめん、これさ、義足なんだ」


「……ぎ、義足?」


「……じゃ、じゃあ、怪我したとちゃうねんな!? 違うねんな!? フゥ、心臓止まるかと思たわ……」


「何をかましとんねんな薫! オトンの心臓止まったらどないしてくれんねん!?」


「……いやいや申し訳ない、失敬、失敬」



突然の話で言葉だけでは理解するのに苦労したが、みんなで恐る恐る靴下を脱いだ薫の右足を見てみると、確かに足首から下は金具やプラスチックなどで作られた義足になっていた。普段あまり見慣れない器具を見た私達は唖然とした。



「昔、小さい時に爆発事故に巻き込まれちゃってね、その事故で俺の両親は死んじゃって、一緒にいた俺も右の足首から下を爆風で吹っ飛ばされちゃったんだよ」



爆発事故とか両親が死んだとか足を吹っ飛ばされたとか、結構衝撃的な過去を薫はケロッとした顔をして話し始めた。しかもその話の最中も壊れた右足をクルクルクルクル回している。見てて怖いから止めてよ……。



「足首から下だけで済んだ、って事もあるんだけど、医学や補助器具の進化でかなり最近の義足は性能が良くてね、おかげ様で一般男子並みに歩いたり走ったりと通常生活が出来るんだよ〜ん」


「……だよ〜ん、じゃねーよ!? そんな足でキャンプ場に来るなんて自殺行為じゃねーかよ!?」


「……翔太の仰る通りだよ、やっぱり山登りはちょっと無謀だったね、実は山道の途中ですでに足首のストッパーがが壊れちゃってて、バレない様に歩くのがしんどかったんだよ〜、トホホ」



……言われてみれば、さっきから右足をしきりに気にしていたのはそのせいか。学校や外ではいつも靴下を履いているから外見からじゃとても区別がつかなかった。

でも今になって良く考えると、学校の水泳の授業を休んだり、夏なのにサンダルなどを履かないで蒸しそうな靴を履いていたりと怪しい点はいくつかあった。


薫が事故に巻き込まれて義足をつける事になったいきさつは良くわかった。でも、そんな事はどうでもいい。私にはどうしても納得いかない事が一点ある。



「……つーか、何でそんな大事な事を今まで私達に黙ってたのよ? いきなりこんな事になったらビックリするし、もしアンタに何かあったらどうすんのよ!?」



私の言葉に翔太も続いた。



「そうだぞ薫! 新作さんが言ってた通り、お前の義足が壊れて川に落ちたなんて話になったら家族に謝るどころじゃ済まないんだぞ!?」



すると薫からニヤニヤした笑顔は消えて、普段あまり見せない真面目を顔をして静かに語り始めた。



「……障害者みたいに思われたくなかったんだよね、特別扱いされたり、行動制限されたりするのが……」



薫が初めて私達に話してくれた本音。確かに薫の気持ちはわからない訳でもない。でも……。



「隠したままだったら、アンタが本当に困った時に誰も助けてあげられないじゃない! 私達に話してないって事は学校や周りの人達にも話してないんでしょ?」


「……知っているのは俺の祖父さんとユリアとこの義足を作ってくれた先生ぐらいだよ、後は誰にも話してない」


「俺達は別に特別扱いとかひいき目なんて絶対にしないぜ? だって実際に薫自身は毎日こんなに元気で生活してんだから何も問題ないじゃないか?」



私と翔太の言葉を否定する様に薫は口を真一文字に結んでうつむいた。そして、下を向いたまま元気なく私達に語った。



「……そうもいかないんだよ、社会の中で生きていくにはね、ハンデがあるだけで出来ないスポーツや入る事さえ出来ない場所、そして、学力や知識があってもなれない職種だってあるんだ、どんなに普通に体を動かす事が出来ても、それがあるだけで人生そのものを制限されてしまう……」



『バリアフリー』なんて言葉が一時期流行語みたいに有名になったが、まだまだ全ての場所や規則にその思想が行き渡っている訳ではない、と何かのテレビ番組で見た記憶がある。

何不自由ない健康体の私にとってはあまり関係の無い事だと思っていたが、まさか私の周りに実際にハンデと戦っている人がいるとは全く考えてなかった。



「……他にもちょっと言い出せなかった理由があるんだけど、とにかく、みんなの俺を見る視線が変わってしまうのだけはイヤだったんだ、みんなと一緒に走り回って、バカやって、楽しく過ごしていきたかったから……」


「……ウチらの見方が変わる、って、そんな訳ないやろ!? 義足つけとったって、別に何か危ないもん持ってる訳でもないし、化けモン扱いする訳でも……!」



薫の話を聞いて黙り込んでしまった私達の代わりに、今度は翼が前に出て薫に詰め寄った。翼の隣にいる新作さんは、ただ黙って私達の話を聞いていた。



「……でも、みんな正直言って俺のこの足見てビビったろ? 翼だって逃げたし、千夏ちゃんなんて悲鳴をあげたし……」


「……そ、それはアレやで、ウチら何もその話を聞いてへんかったから……」


「……ふぅ……」



言葉に詰まる翼を横目に新作さんは深く溜め息をつくと、さっきまでいた釜戸に戻って薪に火を点ける準備をし始めた。



「……なかなか、面白い事を言うてくれるなぁ、オマエさんは」


「……オトン?」


「……面白い、事……?」



釜戸の前に座りこちらに背を向けている新作さんの言葉に、薫はピクリと反応した。



「ひいき目されるのが嫌か、そうかそうか、せやなぁ、障害持ちやってカミングアウトしても最初はみんな『大丈夫、大丈夫?』な〜んてチヤホヤしてくれるかもしれへんけど、火事やら地震やらが起きたら結局みんな一目散に逃げてもうて助けてくれる人なんておらへんかもしれへんもんなぁ?」


「……そうですね……」



薫は床に座ったまま新作さんの話を返事をした。しかし、その言葉に不快感を感じたのか、その表現は冴えない。



「せやったらアレやで、自分、どうせやったら義足だけやのうて、いっそ全身改造人間になって手も首もクルクル回せたりロケットパンチやビームライフルとか撃てる様になったら、差別も気にならないもっと素敵な人生になったかもしれんなぁ?」


「……!」


「……オトン、それはアカンて……!」



中学生の私達でも感じ取ることが出来た。さすがにこの新作さんの発言は薫の心境を逆撫でする、あまりに酷すぎるもののではないかと。


確かに新作さんは私の父さんの様にふざけたりおちょくったりする事が好きな人で、たまにはキツい冗談も言う。

しかし、仮にも世界中の不都合な真実を自分の眼で見てきたジャーナリスト、そんな人が言うには余りにも軽率な発言だと私は思った。



「……俺、別に強くなりたくて義足つけてる訳じゃありませんから……」



薫は明らかに不快な顔をしてボソッと言い捨てた。こんな笑えない冗談では楯突く様な返事になってしまうのも当然だろう。



「ほ〜ぅ、そうかい、でも自分の身体が好きな様に改造出来たらええなぁ、って想像した事とか無いか? そしたら差別も制限もな〜んも無いのになぁ、ってな?」


「……何が言いたいんですか? 俺の事、バカにしてるんですか? 面倒臭い人間を連れてきてしまって、それで俺を……!?」


「まぁ、まぁ、まぁ、最後まで話を聞けや、なっ?」



床から立ち上がり怒りを露わにして突っかかる薫をなだめて、新作さんは火のついた釜戸に薪をくべながら話を続けた。



「……俺はな、考えた事があるで、この体を自由気ままに改造出来たらええなぁって、そしたら、好きなサッカーを思いっ切りやる事が出来たし、毎晩眠りにつく度に、俺は明日ちゃんと目が覚めるんかなぁ? もしかしたらこのまま死んでしまうんやないかなぁ? な〜んて思わんで済むやろ?」


「……!」



そうだった。新作さんだって大きな障害を抱えてここまで生きてきた人だった。いつ死ぬかも知れない難病に身体を蝕れながらも、今まで一生懸命頑張ってきたんだった……。



「俺も昔はお前さんと一緒でな、人からひいき目で見られんのは常識イヤやったわ、純粋に助けてあげたいって思ってくれている人の優しさも、どうせ上っ面だけの同情だって疑ってひねくれて突っぱねてしまったりなぁ?」


「………………」



薫から怒りの表情が消えた。黙って新作さんの前に立ち、その話に聞き入っていた。

ふざけている事が多い二人の普段見せないシリアスな雰囲気に、私達も息を呑んで静かにその会話を聞いていた。



「俺もな、お前さんがさっき言った通り、やりたい事とか叶えたい夢とか、そういった人生の選択肢を自分で決められんのがイヤやったし腹立ってなぁ、あれダメですよー、これダメですよー、それやったら死にますよーってな、そんなんの繰り返しばっかりでもう嫌気がさしてもうてなぁ……」



新作さんの言葉を聞いて思った。もし薫が私達に初めてあった時に足の事を話してくれていたとしたら、果たして私達は薫を特別扱いせずに接してあげる事が出来ただろうか。

新作さんの話みたいに、薫の意志も考えずに危険だと判断したものから強制的に遠ざけ、その先にある無限の可能性を根絶やしにしてしまっていたかもしれない。今回のこのキャンプだって……。



「夢も希望もズッタズタに引き裂かれたわ、それでもな、それでも俺は今まで楽しい人生を送ってこれたで、可愛い嫁さんを貰うて、子供も二人恵まれてなぁ」



新作さんは膝の上に乗ってきた岬の頭を撫でながら話を続けた。



「しかしや、その幸せは自分の力だけで手にしたもんと違う、愛する人や、友達や、仲間が俺を支えてきてくれたからや、俺が自分の力だけでは越えられない障害を、みんなが力を分けてくれて助けてくれたからや」



みんなとは父さん達の事だろうか。確かに父さんは新作さんの病状が悪化した時も決して動揺する事は無かった。『アイツはそんな簡単に死ぬ男じゃない』と言って、心の底から新作さんを信じていた。



「自分が持ってしまったハンデがあるなら、それを話さな、素直にならな、助けてくれって言わな誰も助けてくれへんねん、助けられへんねん」



中学生の子供達に体調を心配されながら山を登るなんて新作さんとしては本当は本望ではないだろう。もしかしたらとても失礼な事だと怒られてしまうかもしれない。

それでも、新作さんは私達の気持ちを突っぱねる事なくしっかりと受け止めてくれた。それは、ちゃんと自分の限界をわかっているから。人の優しさを素直に感じる事が出来るから……。



「ハンデあったってええやん、助けてもろたらええやん、足が痛いから助けてくれって先に言うてくれてればその義足かてそこまで壊れんでも済んだやろうに」



新作さんの言葉は心のこもった、私達の胸に突き刺さるものだった。本当に苦しんだ人だからこそ言える、重みのある言葉……。



「助けて貰うのは悪い事とちゃうねん、その分、今度は自分が出来る事があればそれで困ってる人を助けてあげればええねん、なっ?」


「……はい……」



薫の返事を聞いて、新作さんは振り向いてニコッと微笑んだ。薫の薫にも笑みが戻ってきた。



「……わかってくれればええねん、これからはそないに気ぃ張らずにみんなを信じてキツかったら助けて貰えや、ええな?」



そうだ。私達が全てを受け止める気持ちが無ければ薫は心から頼る事が出来ない。



「……そうだよ薫、これからは意地張らないでちゃんと話してよ!」


「俺ら何かあったら助け合おうって約束しただろ? ヤバい事があったら相談してくれよ!」


「そーだよそーだよ! みんなで薫ちゃんの事を助けてあげるよ! 今度はあたしが薫ちゃんをおんぶしてあげる!」


「…………翔太と同意見、それに瑠璃の時の借りもある」


「……らしくないわよ薫ちゃん! 元々はいい加減キャラなんだから真面目に考え込むなんて似合わないわよ!」


「……私もどれだけ力になれるかわからないですけど、出来るだけ頑張りますから……」



翔太、小夜、航、千夏、麻美子、みんなの気持ちも私と同じだった。良かった……。でも、まだ薫に声をかけていない人間が一人いる。



「……ホンマに、とことんアホやなコイツは……」



最後の一人、翼は薫や新作さんがいる釜戸の方に歩いていくと、腰に手を置いて照れ隠しする様に胸を張って偉そうに喋り出した。



「ええな薫、オトンの顔を立ててウチも色々と手助けしてやるわ! オマエの為やないで、オトンの為や! オトンに心から感謝せーよ!?」


「……みんな、ごめん、ありがとう……」



薫がいつもの笑顔に戻った。翼の言葉を聞いた新作さんもとても嬉しそうに私達を見つめていた。


事故で失った足と病気に犯された心臓、障害を抱えている場所は違くても、それと向かい合って戦いながら、でもそれと共存しながら生きていかなければならないのは薫も新作さんも一緒なのかもしれない。その点、この二人は良く似ている。


これは何も、障害を持っている人だけではなく、全ての人に当てはまる事なのだと思う。

親切も手助けも相手の気持ちにならなければただのお節介になってしまう。

相手の事を良く理解してその人の身になって行動しなければいけないと改めて勉強させられた。



「すまんなぁ、何かわかった様な口振りで説教臭くなってなぁ、堪忍してや」


「……いえ、こちらこそ色々と迷惑かけてすみませんでした」



でも、薫にとっては良い相談役が出来たみたいだ。新作さんなら薫の良い見本になってくれるだろうなぁ。……なんて思ったのも束の間、悪夢は起こってしまった。



「……しっかし改造人間かぁ、ホンマに出来たら楽しいやろなぁ、なぁなぁ、もしホンマに自由に体の改造が出来るんやったらお前らどうする?」


「……ハァ?」



……あれっ? 何か雰囲気がガラッと変わった。この空気は新作さんと父さんがエロ話をする時に二人が醸し出す妙な空気。新作さんのかけている眼鏡が怪しい光沢を発し始めた。



「俺はアレやな、女になってみたいんや、一度」


「あっ、いいっすねそれ! その気持ちメチャクチャわかりますよ!」


「おぉ、そうかそうかお前さんもか! んでアレやで、メッチャナイスバディのええ女になって、メチャメチャエロい服を着て男を誘惑してみたいわなぁ!?」



薫と新作さんの共通点、もう一つあった。それは周りがドン引きする程のどスケベで女好き。お互いのエロセンサーが見事に同調してしまった様だ。



「イイっすね、イイっすね〜! んで絶対にバストはFカップ以上でぷるんぷるん揺らしたいですね〜!」


「そうや、そうや、そうや! やっぱり女になるからにはおっぱいがデカないと面白んないわなぁ!?」


「そうですとも、やっぱりおっぱいですよおっぱい! おっぱいこそ命の証ですとも!」


「おぅ、そうやそうや!おっぱいこそ文化、おっぱいこそ芸術、おっぱいには男の夢がギッシリ詰まっている! この世の中は全ておっぱいで出来てるんやぁ!!」



ダメだ、もうついていけない。完全にこのキャンプ場はこの二人のスケベ脳御披露目自慢ステージと化してしまった。



「おっぱい最高! おっぱい万歳! あなたこそ、あなた様こそおっぱい大王です!!」


「そうや、俺はおっぱい大王や! そして今日からお前をおっぱい王子と命名する!!」


「ありがたき幸せ〜!今ここにおっぱい王国の誕生だぁ〜!!」


「俺についてこい!おっぱい祭りの始まりじゃ〜! おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!!」


「おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!!」



あーぁ、もう言葉が出ない。さっきまでの大真面目な話は一体何だったんだろう。何か一気に全てがバカらしくなってきてしまった。

呆れる女子をよそに、おっぱいバカ二人は火の点いた釜戸の周りを踊りながらグルグル回っている。



「……何なのよコレ? 翼、アンタこんなパパが好きなの?」


「……違うねん千夏、こんなんちゃうねん、本当のオトンはこんなんちゃう……」



茫然とする千夏にガックリと膝を落とす翼、小夜と麻美子と航に至っては途中から会話を抜け出し他人顔で岬や瑠璃と遊んでいた。



「……言われてみれば、新作さんの奥さんの美香さんも巨乳だった様な気が……」


「あっ〜、大王! ここにも一人おっぱい国民がいました!」


「おぉ、翔太! お前もおっぱい国民やな! 来る者は拒まへんで、ウェルカム・トゥー・ザ・オッパイワールド!!」


「違います、違いますって!!」


「おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!! おっぱいバンザーイ!!」



必死に首を横に振って否定する翔太も巻き込まれ、全員で三人になったおっぱい王国はその誕生を祝って釜戸の火を中心にしていつまでも踊り続けた。



「……これだから男ってヤツは……」



……史上最低のオチだ。さっきまでの良い話が全部ぶち壊し。今日私は、どんなに困った素振りをしててもこの二人だけは今まで通り容赦なく接していこうと心に誓った。


ちなみに、この後は風呂場や寝床を襲われない様にこの三人はきっちりと一番端のコテージに鍵をかけて一晩中幽閉しておいた。男とは何てバカで愚かな生き物なのだろうか。



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