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第19話 HERO



真夏の観光地へ向かう人と車の渋滞を避ける様に、一台のワンボックスカーが高速道路を北西へと向かっていた。

都会のビル群や住宅地は次第に姿を消し、変わりに緑豊かな山々が周りを覆い始め、青く晴れた空には大きな雲が浮かんでいる。



「うほほ〜い! 車の窓を空けてみ〜や、メッチャええ風が入ってくるで〜!」


「うわぁ〜、いい風〜! 超涼しい〜!」


「最高やろ、千夏!? ウチと友達なのを感謝せ〜よ!」



私達は夏休みを利用して、翼の父親・新作さんと一緒に郊外のキャンプ場に一日泊まりがけで遊びに行く事になった。

山の奥にあるキャンプ場に向けて、新作さんが運転する車は渋滞に捕まることなくスイスイと順調に走っている。



「翼、気ぃ済んだらそろそろ窓閉めぇや?」


「えっ〜、何でやねんオトン? メチャメチャ風が入って気持ちええのに〜」


「後ろ見てみ、ちっちゃい子」


「……あっ……」



新作さんの言葉を聞いて振り向くと、後ろの座席で航の膝に座っている瑠璃が震えていた。どうやら、車内に入ってくる風が寒いみたいだ。



「すまんなぁ、寒いやろ? 今、窓閉めるさかいに」


「……気づかんですまんなぁ航、瑠璃は大丈夫やろか?」


「…………窓閉まったから、もう大丈夫」


「でも、瑠璃ちゃん鼻水が出てるよー? はい、お鼻をティッシュで押さえてあげるからチーンってして?」



小夜の声に合わせて、瑠璃は思い切り鼻をかんだ。すっかり小夜もお姉さん気分の様だ。



「翼、もうちょい周りに気ぃ配らん様にならんとアカンなぁ? そんな事ではいい女にはなれへんで?」


「おねーたん、なれへんでー」


「じゃかましいわ岬は!? しっかしオトンはホンマに良う周りに気が利くなぁ、こんな気遣いを毎日して貰えるオカンの事がウチは羨ましいわ〜」


「翼も美香ちゃんぐらいかわいい女になったら、俺がいっぱい気遣ってメチャメチャ可愛がってやるで!」


「いや〜ん、そないな事オトンに言われたらウチ困るぅ〜」



後ろの座席に私達がいるにも関わらず、翼は助手席で人目もはばからずにモジモジと体をくねらせながら照れていた。



「……本当、絵に描いた様なファザコンだね……」



高速道路を降り、山の斜面に沿って人気の無い登り坂を車で走って行くと、森の側道の奥にキャンプ場入口の看板が見えてきた。



「ワーイ、到着! 到着したよ、麻美ちゃん!」


「……もう限界なんで早く降りたいです、ウプッ……」


「車で入れるんはここまでや、こっからはちょっと歩いて行くから気合い入れぇよ?」



岬と手を繋いでいる新作さんと翼を先頭に、私達は車の中からそれぞれの荷物を持ってコテージがあるキャンプベースへの山道を登って行った。

しかし、重たい荷物を背負いながら登っていくにはこの山道の斜面が私達中学生には結構キツいものだった。



「……結構、あるね、道……」


「……何よ、翔太君へばったの? アタシは普段から陸上やってるから全然平気よ〜……」


「……ホンマか千夏、オマエちょっと息切れてへんか……?」


「……何言ってんのよ、全っ然平気っ……」



陸上で鍛えている千夏でさえバテてるのだから残りのメンバーはもうフラフラだ。私も翔太ももう結構足にきている。

そんな私達に気づいてか、先頭の新作さんは立ち止まって私達の様子を坂の上から心配そうに眺めた。



「……みんな、大丈夫か? ちゃんとついて来とるか?」



私の真後ろには瑠璃を背中に背負ってリュックを前に担いでいる航がいた。二つ合わせて間違いなく20kgは超えているだろう。



「……航、平気? 瑠璃と荷物をいっぺんに担いで……?」


「…………いつも慣れてるから平気」



その航の後ろには不必要と思えるほどパンパンに荷物を詰め込んだリュックを背負った薫がいた。何か痛むのか先程から右足を随分と気にしている。



「……何、どうしたの薫、足痛いの?」


「……イテテ、ううん全然平気、ピンピンしてまっせ!」


「……まぁ、アンタは少し痛がるか疲れてる方が静かでいいけど……」



後は一番不安な運動神経ゼロでドジっ子なあのコンビ。果たして無事についてきているだろうか?



「小夜、麻美子! 二人とも大丈夫!?」



薫から遥か離れた後ろに二人の影が見えた。車酔いの影響も響いてか、あっという間に麻美子がバテた。その麻美子を小夜が一生懸命後ろから背中のリュックごと押している。



「……麻美ちゃーん! ほら、ガンバレ、ガンバレ!」


「……ハァ、ハァ、ハァ、ごめんね、小夜ちゃん……」



……こりゃダメだ。このまま二人を置いていったら間違いなく遭難する。仮に坂道を登ってこれたとしても、誰かが見張っていないと絶対に道に迷う。この二人なら100%あり得る。



「新作さん、私は小夜達と後からついて行きますから、みんなで先に行ってて下さい」


「おぅ、承知した、気ぃ付けろよ那奈、ゆっくりでええからな」



私はせっかく登ってきた坂道を下って小夜と麻美子の元に向かった。一方、上の方では新作さんとまだ少し元気な翔太が列を引っ張っていた。



「……新作さん、体は大丈夫ですか? 少しは良くなったって聞いてますけど……」


「おう、大丈夫や翔太、無理やったらここまで来ぇへんて、任せとけ、少なくともお前らの足手まといにはならんつもりやで」


「当ったり前やないか翔太! オトンはそんなヤワな男とちゃうで! 世界のあちこちで命を削って真実を報道してきたジャーナリストやぞ! こんな所でくたばるかいな!」


「……何で心配しただけなのに怒られんの? しかも何で翼に……」



すると、新作さんを困らせる様に、おんぶして貰っている瑠璃を見て岬が駄々をこね始めた。



「パパー、もうつかれたよー、あるけないよー!」


「……しゃあないなぁ、ホレ岬、パパが抱っこしたるわ」


「わーい、抱っこ抱っこー!」


「……えっ、ちょっと無茶やろオトン? オイ岬! オマエ、オトンに無理さすなや!」


「大丈夫や、後ろで中学生が同じ事をやって登って来てんねん、俺が音を上げられるかいな! さぁ、行くで翼!」


「……きったないわぁ岬、ええなぁ……」



指をくわえて羨ましがる翼の後ろから、ニュ〜っと怪しい人影が迫っていた。



「……どうしたの〜翼ちゃ〜ん? 抱っこして欲しいのぉ〜?」


「やっかましいわ、千夏! オマエはさっさと登らんかい!!」


「キャハハ! 翼ってホントにお子ちゃまね〜!?」



新作さんはさっき翼が話した通り、世界中を飛び回り様々な事件や事故を記事や映像にして、マスコミを通じて全世界に報道するジャーナリストの仕事をしている。


見た目こそは元気そうな新作さんだが、実は若い頃から心臓を蝕む難病に犯されていて、医者からは長くても三十歳までは生きられないと診断されていた。

それでも持ち前のタフな精神力と家族の支えで医者の余命宣告を遥かに越えてすでにもう四十三歳になる。本当にスゴい人だ。

現在はジャーナリスト活動を休業して、日本で奥さんの美香さんや娘の翼、岬と共に穏やかな日々を過ごしている。


私達も小さい頃、良く互いの親達と一緒にあちこち色々と旅行に出掛けていた。しかし、最近は新作さんの体調が優れなくて、みんなで出掛ける事はほとんど無くなっていた。

今回は新作さんの体調がかなり良好になってきたので、久し振りに私達、それと中学から知り合った千夏達も一緒に連れて行ってあげたいと新作さん直々のリクエストがあって実現したキャンプなのだ。



「那奈、良かったね! 翼のお父さん元気になって!」


「そうだねぇ、一時期は本当に危なかったらしいから回復してくれてホッとしたよ、私だけじゃなく父さんも随分心配してたしね」



小夜と一緒に坂道を登りながら新作さんの話をしていたら、ついつい自分達の父親の話になってしまった。私と小夜と翼、この三人には切っても切れない縁が親の世代からあるのだ。




「そう言えば去年、学校の音楽室であたしのおとーさんが那奈や翼のお父さんに『よろしく』って言ってたよね、覚えてる?」


「……そう言えばそんな事があったね、すっかり父さんに伝え忘れてたな……」



私の父親・渡瀬虎太郎と小夜の父親・真中、いや婿養子入り前だから仲田啓介、翼の父親・松本新作の3人は同じ幼児施設で青春時代を過ごした『家族』なのだ。

それぞれ幼い時に親を亡くしていたり、親から捨てられたりして集められた孤児で、寂しかった少年時代を共に手を取り合って生きてきた。

外でも学校でも施設内でもいつも三人は一緒に行動していて、子供の頃からその絆はとても強く幼なじみと言うよりもほとんど兄弟に近い。

三人が社会に出て、それぞれの仕事を成功させた後もその関係は決して途切れる事はなく、こうして私達二代目世代にもその絆は続いている。



「……本当に面白い関係だよね、私達の父親って」


「本当だよねー!」


「……ハァ、ハァ、ハァ……」



さっきから私と小夜の会話の間に聞こえてくる息切れ声。そうだった、昔話に夢中になってすっかり忘れてた。



「……ごめん麻美子! 荷物重くない? 大丈夫?」


「……あっ、そうだ、麻美ちゃんごめんね! 麻美ちゃんの前でお父さんの話とかしちゃって……」


「……大丈夫だよ小夜ちゃん、私も今は素敵なお父さんがいるから気にしないで……」


「……そうだね、遠藤先生みたいな素敵なお父さんはそうはいないもんね……」


「……それより那奈さん、ハァ、ハァ、目的地、まだですかぁ? ハァ、ハァ……」


「まだまだ半分も行ってないわよ! ほら、ちゃんと顔を上げて歩け、歩け!」


「麻美ちゃーん、ガンバレ、ガンバレ!」


「……ふぇ〜……」



ヘロヘロの麻美子を二人で引っ張りながら山道を登って行くと、先に行っていたはずの新作さん達が足を止めてその場に立ち尽くしていた。何かあったのだろうか。



「ちょっと、どうしたの? みんな、何でここで止まってんの?」


「あれのせいだよ、アレアレ」



翔太が指差す方向を見てみると、この先にあるはずだった橋が川に流されてバラバラに崩れてしまっていた。



「……そういや昨日、山の方に大雨が降ったとは聞いとったけど、まさかここまでヒドかったとはなぁ、大失敗やわ……」



さすがの新作さんも被っている帽子に手を当てて困り果てていた。おまけにかけている眼鏡を何度もかけ直して二度見三度見しているが、見えている現実が変わる訳がない。新作さん、横山や○しじゃないんだから……。



「……なぁ、オトンどないする? ウチら引き返すしか方法ないんかなぁ?」


「まぁまぁ、落ち着きやキー坊、ここはワシに任しときや」


「誰がキー坊やねん、ウチは出目金とちゃうで、やすしクン!」


「ほら見てみぃ、向こうからヤッコさんが歩いて来とるで!」


「……あっ、お客さん、すいませーん!」



私達が崩れた橋を眺めて立ち尽くしていると、キャンプ場の名前が入ったウインドブレーカーを着たガイドさんらしい人がこちらに近づいてきた。



「お客さんすいませんね、昨日の大雨でここの橋が流されて通れなくなっちゃったんですよ」


「えっ〜、じゃあどないすんねん? ここまで登ってきたのに来た道を引き返すんかい!? あんまりやで、金返せや〜!」


「キー坊、お前はちょっと黙っとれ」



新作さんは翼が被っている麦藁帽子を上からギュッと押し付けてやかましい口を黙らせた。



「……お兄さんよ、他に向こう側に渡れる道は無いんかいな?」


「……まぁ、ある事はあるんですけど……」


「……けど?」



ガイドさんに案内されて到着した場所は、私達の予想を超えたスリリングでアクロバティックな所だった。



「……昔、あそこの橋が出来る前はここの岩場を川を渡る通り道にしていたんですよ、ほら、落下防止のロープが張ってあるのが見えますか?」


「……これはまたステキな岩場やな、風雲た○し城みたいや……」



言われてみれば確かにここだけは川が浅く、足場になりそうな岩がゴロゴロ転がっている。滑らない様に足場には金具も取り付けられており、確かに落下防止用のロープも張ってある。



「……どないしよか? 一人でも怖くてイヤやって言う人間がおったら止めとこや、俺も大事なお子さんを預かっておいて危険な目にあわせたくないしな」



ただ、ここまで来て引き返すのも何かかったるい。危なそうな人間が二人ほどいるけど……。



「こんなん楽勝やん、金具付いてる所を渡ればええんやろ? ウチは渡るで!」


「アタシも全然大丈夫! 陸上で鍛えた脚力を見せてあげるわ!」



まぁ、私も全く問題は無い。男子も大丈夫だと思うが、瑠璃を背負っている航とさっきから右足を気にしている薫が気がかりだ。



「航、薫、大丈夫か? 瑠璃ちゃんは怖がってないか?」


「お任せあれ旦那! 俺なんてぜーんぜん……」


「…………瑠璃は俺がこのままおぶって行くから大丈夫」


「そうか、じゃあ大丈夫だな、新作さん、俺達OKです!」


「……俺の答え聞かないの? ねぇねぇねぇ……」



男子チームは翔太がまとめてくれた。後は大問題のお荷物コンビ。



「麻美子、大丈夫? 覚悟は出来た?」


「……ふぇ〜、これ渡るんですか〜?」


「大丈夫だよ麻美ちゃん、下を見なければ怖くないよ!



岬を抱っこした新作さんを先頭に、翼、千夏、翔太と一人ずつ順調に岩場を通って川の向こう岸へと渡って行った。

薫も右足をかばう様な感じながらも無事に渡りきった。



「…………瑠璃、ちゃんと掴まって」


「……う、ん……」



不安だった航と瑠璃も意外にスイスイと岩場を渡ってしまった。その姿は小猿を抱きかかえて木の枝を渡って行く親猿ぐらいの安定感があった。



「麻美子、しっかり前を向いて背筋を伸ばして!」


「……神様、絶対に悪い事しませんから助けて下さい……」



先に背負っている荷物を向こう岸に運び、岩場の途中で翔太に待っていてもらう作戦で麻美子を渡らせる事にした。



「ほら、麻美ちゃん頑張れ! 俺の手に掴まって!」


「……怖いよ〜、翔太君、変なとこ触らないで下さいね……」


「触んねーっつーの!」



麻美子もへっぴり腰ながらも何とか翔太の元まで辿り着き岩場を渡り切った。残りは私と小夜だけだ。



「大丈夫よね、小夜? ふざけたりはしゃいだりしないでよね?」


「うん、大丈夫だよ! 瑠璃ちゃーん、今行くねー!」



私が先行して安全な岩場を選んで通って、その後を小夜に通らせる様にした。これなら小夜が危ない場所を通る心配もない、一番の方法だ。

これでみんな無事に渡る事が出来た、そう思って一息ついた時、それは起こってしまった。



「キャッ!!」


「……小夜、大丈夫!?」



小夜が岩場に躓いて転んでしまった。落下防止用のロープがあったので川に落ちる事は無かったが、怪我がないか心配だ。



「小夜、怪我は無い!? 立てる?」


「うん、大丈夫だよ! 大丈夫、大丈……」



小夜の様子がおかしい。立ち上がる事が出来ずに、岩場の間を流れる川の水を見て顔がどんどん青ざめていっている。しまった、そうだった。すっかり忘れてしまっていた。



「小夜、下を見ちゃダメ! 前を向いて!」


「……あ、あ……」



小夜の最大の弱点、それは水。幼い時に車に跳ね飛ばされて川に落ち、溺れている所を私の父さんに助けられた事があった。

奇跡的に大きな怪我こそ無かったものの、車にぶつかった事よりも川で溺れかけた記憶の方が恐怖として脳裏に刻まれて水の中に入れなくなってしまった。

それ以来、海やプールはもちろん、少し前までは一人でお風呂にも入る事が出来なかった。水で顔を洗う事すらも拒否していた時期もあった。

最近は少しずつ恐怖も薄らいできてお風呂にも入れる様になってきたが、岩場の間を勢い良く流れていく川の水が目線に入って、その時の恐怖心が蘇ってしまったみたいだ。



「……那奈、あたし、ムリ……」


「小夜、下を見ちゃダメ! こっちを見なさい! ほら、私の手を掴んで!」


「……ムリ、ムリだよ、怖いよ……」



小夜は力無くその場にへたり込み膝を抱えて丸まってしまった。麻美子に『下を見るな』って言っといて自分が下見て怖がっちゃうんだから、全くもう……。



「何や、どないした那奈!? 何かあったんか!?」


「オトン、小夜や! 小夜が途中でへたり込んでしもたんや!」



異変に気づいた新作さんが向こう岸から私達の姿を見て心配していた。さっきまでのふざけた空気は完全に消えていた。



「ねぇ、小夜どうしたの? 薫ちゃん、一体何があったのよ!?」


「俺に聞かれてもわかんないよ〜、翔太、説明して〜」


「……千夏ちゃん達は知らないかもしれないけど、小夜は水がダメなんだ、チクショウ、何でこんな時に思い出しちゃうんだよ!」


「小夜ちゃーん、頑張って! 頑張って那奈さんの所まで行って!」



翔太や麻美子だけでなく、航に背負われてる瑠璃も出来る限りの声を出して小夜を呼んでいた。



「……たーよ、たーよ……」


「…………瑠璃?」



向こう岸にいるみんなが一生懸命小夜を励ましてくれているが、この状態では立ち上がってここを渡らせるのはとても無理だ。小夜は震え上がってもう泣き出す寸前だった。



「……怖い、怖いよ、おとーさん、お母さん……」



進む事も出来ない、かといって戻る事も出来ない。ダメだ、このままじゃどうにもならない。私は覚悟を決めて持っていた荷物を向こう岸にいる翔太に預けた。



「翔太、私の荷物お願い!」


「お、おい那奈! お前、何するつもりだよ!?」


「私が小夜を背負ってそっちまで渡る!」



小夜を背負うのは子供の頃から慣れているとはいえ、この岩場を渡っていくのはかなり危険かもしれない。でも、もうそれしか方法が無い。



「アホな事言うなや那奈! そんなムチャクチャ出来る訳がないやろ!? 俺が今そっち行くから待っとれや!!」



心配した新作さんが抱っこしていた岬を下ろしてこちらへ渡ろうと準備しし始めた。

もちろん新作さんの方が女の私より力はあるだろうけど、せっかく体調が良くなってきてるのにここで無理をしたら……。



「アカンてオトン! せっかく体が良くなってきてんのにそないなマネしたら……!」


「翼、そんな事を言うてる場合か!? お前らに何かあったら俺が虎太郎や啓介に合わす顔が無くなんねん! ええか那奈、俺がそっち行くまで待っとれや!」


「……新作さん……」



でも、これでもし新作さんの病気が悪化してしまったらそれは私達のせいだ。そうなったら今度は私達が父さん達に何て言えばいいんだろう……。



「……怖いよぅ、渡れないよぅ……」


「……たーよ……」



岩場の真ん中で震える小夜を見て、瑠璃が心配そうにこちらを見ている。その姿はまるで、小夜の無事を天に祈っている様だった。



「…………瑠璃」



新作さんは手に担いでいた荷物も下ろして、私達がいる岩場の方に戻って来ようとした。



「よし、準備出来たで! 今行くから待っとけや!!」



その時、それを遮る様に長い腕が新作さんの前にスッと現れた。



「…………俺が行きます」


「……航!」



航は一言そう言うと背負っていた瑠璃を翔太の腕の中に預けた。



「おい航、お前、何する気だよ!?」


「…………荷物は薫に」


「……うわっ、結構重てぇ!」



身軽になった航はスタスタと岩場を渡っていった。しかし、誰が小夜を背負ったって危ない事には変わりない。



「ちょっと待てや、君も一緒やで! これで下手に怪我とかされたら君らの御両親に会わす顔が……!?」


「…………大丈夫です、親なんていませんから」



新作さんの制止も軽く受け流すと、航は長い足であっという間に岩場を渡って私がいる所までやって来た。



「……ちょっと航、どうする気……!?」


「…………邪魔だから先に向こう岸に行って」


「……じゃ、邪魔?」



航は邪魔と言われてポカーンとしている私の横を通り過ぎ、小夜がしゃがみ込んで動けなくなっている岩場まで辿り着いた。



「……怖いよ、怖いよぅ……」


「…………もう大丈夫、怖くないよ」



次の瞬間、航の行動を見て私達は開いた口が塞がらなかった。小夜をスッと抱えると、何と軽々と持ち上げてお姫様だっこしてみせたのだ。誰がこんな担ぎ方を予想しただろうか。



「キャッ!」


「…………大丈夫だよ、絶対に落とさないから」



しかし、いくら軽々と担いでいると言ってもこの岩場を渡っていくのは難しいだろうと思っていた私達は、次の航の行動を見て再び唖然となった。



「……航! アンタ、足が!」



航は小夜が塗れない様に高く抱きかかえ、岩場を無視して川の浅い所に足を突っ込んでジャボジャボと歩き始めたのだ。

確かにこれなら転倒落下する心配は無いが、航の膝から下は完全に水に浸かってしまっている。



「………………」



呆気に取られている私達の元に辿り着いた航は、抱えていた小夜を静かに地面に下ろして茫然とする翔太から瑠璃を受け取り再び背中に背負った。



「………着いたよ、もう大丈夫」



……何、この男、どこのレスキュー隊? 私達は突然の救出劇にしばらく言葉が出なかった。助けて貰った本人である小夜に至っては、何が起こったのかわかっていない様で目がまんまるになってパチクリしている。



「おい、兄ちゃん大丈夫か? 那奈、小夜、お前らも怪我とか無いやろな?」


「…………俺は大丈夫です」


「小夜、小夜!」


「……ほぇ?」



私の新作さんの呼び掛けに反応した小夜だが、いまいち目の視点が合っていない。



「もう大丈夫だよ! 川は通り過ぎたから、怖くないよ!」


「……川?」



小夜はまだ状況を把握出来ていない様だ。しかもそれどころか、



「……小夜、アンタもしかして、腰が抜けてない?」


「……あれ? 立てないよ……?」



立ち上がろうとしても足が震えてしまっているし、腰の踏ん張りも効かない。恐怖心がピークにまで達したのだろう。これはしばらく動けそうにない。



「……新作さん、小夜は私が背負って行きますから、みんなで先に行って下さい」


「……あぁ、承知したわ、でも那奈、無理したらアカンぞ、ゆっくりでええからな」


「翔太、私の荷物を一緒に持っていってくれる?」


「……あぁ、いいけど、大丈夫なのか那奈? 本当に無理するなよ!」


「よーし、コテージまでもうすぐや、みんな、ゆっくりでええからちゃんとついて来るんやで!」



新作さんはそう言うとフゥと一息つき、再び岬を抱っこしながら荷物を背負って山道を登りだした。



「……おーい航、預かってた荷物返すよ、重いよコレ……」


「…………薫、ありがとう」


「つーか、靴もズボンもズブ濡れじゃん、気持ち悪くね?」


「…………歩いていれば勝手に乾くから」



しかし驚いた、航にこんな一面があったなんて。小夜に対しては瑠璃の事とかで色々世話になったという思いはあっただろうが、まさかここまでやるとは……。



「スゴ〜い! 航ちゃんって何か王子様みた〜い! 超カッコ良かったよ!」


「ウチもオトンにあんな風に抱っこされてみたいわ〜!」


「……私は、あの、彰宏兄ちゃんに……」


「えっ〜? 今、麻美子何か言った〜?」


「……何でもないです……」



他の女子メンバーからも高評価だ。この一件で航は一気に男の株を上げたかもしれない。



「航、ありがとう! 本当に助かったよ! ほら、小夜もお礼を言って!」


「……あ、ありがとう航クン!」


「…………別に、どう致しまして」


「たーよ、たーよ!」



素っ気ない航の返事に代わって、瑠璃が嬉しそうに小夜の名前を呼びながら手を振っていた。そんな瑠璃の姿を見て、やっと小夜にも笑顔が戻った。



「……本当、航に感謝しなさいよ、小夜」


「……うん!」



そういえば前にもこんな事があった。遠藤医院から駅までの帰り道、車に轢かれそうになった小夜を救ったのも航だった。

あの時は瑠璃も一緒だったとはいえ、自分を犠牲にしても助けようとしたあの姿勢。もしかしたらこれらの行動は航の小夜に対する精一杯の恩返しなのかもしれない。自分達兄妹に優しさをくれた恩返し……。



「……那奈、本当に大丈夫か?」


「うん、少し休んでから行くから、気にしないでいいよ、先に行ってて」


「……わかった、荷物はちゃんと持っていくから、でも無理すんなよ」



荷物は翔太が持っていってくれたから、少しゆっくりしよう。ちょっと気疲れしちゃった。



「……瑠璃ちゃんに情けないところ見せちゃったなぁ、エヘッ!」



小夜と瑠璃と航の関係、何かスゴくいい感じになってきているみたいだ。航になら、小夜の全てを任せてもいいかな、私はそんな気がしてきた。



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