第18話 言わせてみてぇもんだ
夏休みも間近になった頃、翼から予想もしないお誘いがあった。
「ウチのオトンがな、来週の休みにみんなを連れて郊外のキャンプ場へ泊まりがけで遊びに連れて行ってあげたいって言うてんねん、せやから特別にオマエらも誘ったるわ」
いつもの女仲良し軍団だけならともかく、俺ら男連中にも声が掛かるとは思っていなかったが…。
「……さて、どうしたもんかなぁ……?」
えっ? いつもと進行の言葉口調が違うって? それは今回は俺、風間翔太が進行担当だからね。つーか、今回の話はあまり女子には知られたくない話なんだけど……。
「お悩みご無用!これは行くでしょ、行くしかないでょ!?せっかくのお誘いですよ、翔太の旦那!」
この話を聞いて一番最初に食いついてきたのはやはり薫だった。もうすでに登山服や歯ブラシなどのお泊まりセットまで用意しているとか……。
「……って言ってもなぁ、何か俺達さ、面倒くさい仕事を押し付けられて終わりって気が……」
「な〜んてネガティブシンキングな生き方なんでしょう! そんな事を言っていたら、あなたに幸せは一生訪れませんよ! なぁ、航!」
「…………断るのは失礼」
「何だよ航、お前まで行く気満々かよ?」
「………瑠璃も同伴で構わないと言ってくれている、色んな場所に連れて行って色々と経験させてやりたい、みんなが一緒なら瑠璃も喜ぶ」
「……そっか、瑠璃ちゃんか、なるほどな、そういう事なら俺も一緒に行った方がいいのかなぁ……?」
「多少の雑用係りも何のその! 行きましょう、行きましょう! あなたについてどこまでも、家来になって行きましょう!」
「……俺ら、犬、キジ、猿か?」
一度、小さい頃に翼のお父さんには今回の様なキャンプに連れて行って貰った事があるが、あの時は最悪だった。
途中で小夜がヘタっておんぶするハメになったり、翼には食事の用意を全て押し付けられたり、挙げ句は那奈にわざとではないのに着替えているところを目撃してしまい殴られて蹴られてスケベ呼ばわり……。
「今回は我々がもっと楽しい思い出をあなたにプレゼントフォーユー!」
「……それが一番不安なんだよ!」
まぁそれはともかくとして、今日は一学期最後の体育の授業で体育館を二つに分割して男子はバスケット、女子はバレーボールをやる事になった。
俺達三人はすでに一試合やり終わって、体育館の端に座って他の試合を見ながら一休みしていた。
「何で休み前の体育の授業っていつもお遊びみたいになっちゃうのかねぇ? まぁ楽しいからいいんだけど〜」
「薫はバスケットをやると本当に楽しそうにやるよな?」
「そりゃ俺ってこれでもバスケットボール部員なんだぜ? まぁ、全然部活動に出てないけどね」
「でもさ、お前、スリーポイントシュートばっかり狙うなよ、たまにはこっちにもボール渡せよ」
「だってスリーポイント失敗したって間違いなく航がリバウンド取ってくれるしぃ〜」
「…………ゴール下しか仕事が無い」
「……確かに、航のデカさは反則だよな、お前がバスケットやればいいのに」
「…………興味ない」
隣のコートでは女子がキャーキャー声をあげながらバレーボールを楽しんでいる。それを見た薫は、ニヤニヤしながら俺にヒソヒソと小声で話しかけてきた。
「……ちょっと昔の頃って女子生徒は体育の時間、『ブルマ』って物を履いていたらしいでっせ、翔太の旦那?」
「……何だよ、急に、何の話だよ……?」
「しかしこうしてじっくり観察すると、女子は同じ年齢でも人それぞれ体つきのあちこちに違いがあるもんですなぁ、ウヘヘ」
「……また、何か変な話に俺を巻き込もうとしてるだろ?」
「何をおっしゃいますか、そんな変な話が大好きなクセしてイヤらしい」
「大好きじゃねーよ! 変な言いがかりつけんなよ、お前はいつも……!」
「そんな事言いながら、目線は飛び跳ねてる女子のある身体の一部に釘付けなんじゃありませんか旦那? グヘヘ」
「見てねーっつーの!!」
イヤらしいのどっちだよ、女子の体つきとか体の一部とか、そんな事を言っている薫の方がよっぽどイヤらしいじゃねーかよ! まぁ、俺も全然興味がない訳じゃないけど……。
「本当に素直じゃないねぇ、旦那は、この時期に男子が女子に対して色々興味を持つ事は自然の成り行き、つまり第二次成長期、当たり前の事なんだせぇ?」
「だからってお前みたいにエロ丸出しになれる訳がないだろ!」
男女でお泊まりキャンプの話に触発されたのか、今日の薫のエロ話はどんどん加速していく。今度は俺と那奈の関係に踏み入ってきた。
「それとも旦那はすでに那奈お嬢とあんな事やこんな事をやり済ませて、今更他の女子には興味無いとでもおっしゃりますか?」
「バ、バ、バカかお前! そんな事してる訳ねーだろ! 何で俺が那奈と……!」
「えぇ〜、じゃあ旦那は女子より男子の体に興奮するんですか〜!? ヤバぁい! 俺ピーンチ!!」
「お前、本当にバカじゃねーの!?」
ピッ―!!
こちらに向かって笛が鳴らされた。あまりのくだらない話についつい大声になってしまい、喋っているのが先生にバレてしまったのだ。
「そこ、うるさいぞ! 喋るんだったら外に出て喋ってろ!!」
「……すいません……」
俺達が体育館の端で先生に怒られてるのを、那奈達はバレーボールのコートの中でプレーをしながら見ていた。
「……おいおい、何か怒られとるで、アイツら……」
「……ヤダ〜、何かカッコ悪〜い……」
「……何をお喋りしてたのかなー? ねっ、麻美ちゃん?」
「……さ、さぁ……?」
「……どうせあの二人だったらスケベな話か何かじゃないの? よく飽きないよね、全く……」
全く持って那奈の予想通り。薫は怒られたのも懲りずに先生に気付かれない様にまた俺にヒソヒソと小声で話しかけてきた。
「……ちなみにさ、翔太は誰がいいんだよ、あのメンバーの中で……?」
「……えっ、何がだよ?」
「……だから、いつものあのメンバーの中で付き合うなら誰がいい? って事だよ」
「ハァ? 何を言い出してんだよ、お前は?」
「だって那奈お嬢とは付き合ってる訳じゃないんだろ? じゃあ、誰が一番なんだって話だよ」
薫はさらにニヤニヤと笑いながらウザくてクドいスケベ顔を俺に近付けてきた。俺が相手では無くて女性だったら完全にセクハラだ。
その間、航は俺達の話を聞いているのかいないのか、足元にあるバスケットボールを床の上でクルクルと回している。
「別にそういうつもりでみんなと一緒にいる訳じゃねーよ! ただの友達って事で……!」
「シッー!声がデカいって! また怒られるぞ!」
興奮する俺をなだめると、薫は軽く咳払いをしてゆっくりと静かに話し始めた。
「……いいか、翔太? 『例えば』の話だよ、もしあの女子メンバー全員から告白されたら誰を選ぶかって事さ」
「……想像つかねーよ……」
「……何でよ、決められないって事? 本当にあなたって人は何て優柔不断な御方なんでしょう……」
「……いや、だからそうじゃなくってよ、あのメンバーから告白されるって話自体が……」
「よし、じゃあ消去法で行こう!」
困惑する俺を置いて、薫は容赦なくズカズカ話を進めていった。人の話なんぞちっとも聞いちゃいない。
「じゃあ、まずはキミが良く知っているであろう那奈お嬢から! 翔太から見てお嬢はどうなのよ?」
「……だからよ、どうだって言われてもな……」
「いくら双子みたいに育てられたって言っても、旦那は男でお嬢は女、何も感じないって事は無いでしょが?」
「……うーん、そうだなぁ……」
薫の言葉に上手い事乗せられて、俺も次第にその気になってこのくだらない話に付き合ってしまった。
「……みんなには気が強くて暴力的だけどさイメージだろうけど、那奈はああ見えても優しい所があって、責任感が強くて、でもそれが逆に俺としては何か心配だったりするんだよね、頑張り過ぎちゃってるって言うか……」
「……いやいやいや、そういう事を聞きたいんじゃなくってさ、女性としてどうなんだって事なんだけどなぁ?」
「……女子として、って?」
「つまりルッキングフェイスやボディプロポーションの事さ!」
アホか、何がボディプロポーションだ、このスケベ野郎が!
「……あのなぁ、俺はそんな所に注目なんて今まで一度も……」
「一緒に住んでいて、風呂に入ってるのを覗きたいとか思わないのかよ? 男としておかしくね?」
「ねーよ! ある訳ねーだろ!!」
「お互い男女の付き合いになったらあんな事そんな事したいとか思わないの? 別に血縁がある訳でも無いのに一緒に生活出来るって余程の好意がないと苦しくねぇ?」
「そんなんじゃねーっつーんだよ! 俺は那奈に対してエロ目線もねーし、ましてや個人的な好意なんて……」
「んじゃ、顔も見たくないほど嫌いって事? そういう事でファイナルアンサー?」
「……あのなぁ、そんな極端な話……」
……じゃあ、何て答えりゃいいんだよ。薫のマシンガンの様な質問攻撃に俺は自分の耳が熱くなってきてるのが自分でわかった。
「……ふむふむ、どうやら旦那にお嬢の事を聞くのは愚問だったね、こりゃ失礼、失礼」
「……何だよ、どういう意味だよ、それ!?」
「さてさて、じゃあ次の話にいきますかね〜」
薫は俺の心の底を見透かす様に横目でこちらを見てニヤリと笑い、さっさと次の話を続けた。
「んじゃ、次は小夜ちゃーん! 翔太の旦那はどう見ますか、小夜ちゃんの事は?」
「……俺と小夜は従兄妹なんだけどな……」
「だーかーら、『例えば』って言ってんだろがこのムッツリスケベ」
「お前……!」
「普通に1人の男として素直に考えろよ、俺は小夜ちゃんは可愛いし優しいし純粋だし最高だと思うぜ? そういう事だよ」
こんな頭の悪い話をあっけらかんとした顔でペラペラ喋る。桐原薫、コイツは筋金入りの女好きの様だ。しかし、マジで小夜が最高なのか?
「えっ、何? お前、小夜の事を狙ってんの?」
「た・と・え・ば」
……例えばねぇ、まぁ、そりゃそうだろう。本当にそんな事になったら間違いなく薫は那奈に殺されるだろう。
「航さんはどうですか? 小夜ちゃん、可愛いと思うだろ?」
「…………じゃない?」
突然の薫の無茶な質問に航ははっきりと答えた。正直驚いた、聞いていない振りしてしっかり話を聞いてやがる……。
「……航、マジで?」
「…………ルックスなら普通にそう思う、けど」
「……けど?」
「…………そんな事とは別に、小夜ちゃんには瑠璃の事とか色々と感謝している」
「……じゃあ、航だったら小夜を選ぶって事かよ?」
「…………例えば」
「そうそう、『例えば』なっ?」
「………………」
……また例えばかよ、何て便利な言葉なんだろうか。何か妙に変な緊張をしている俺の両肩を後ろから揉みリラックスさせて薫は質問を続けた。
「もっと肩の力を抜いてさ、気軽に考えればいいんだって」
「……気軽に?」
「そうそう」
「…………そうそう」
……何か、上手く二人に乗せられている感じがするが、まぁ、いいか。別に本人達に聴こえる訳では無いし……。
「……まぁ、あくまで『例えば』だけど、小夜は確かに俺も見た目は可愛いと思うよ、しかしなぁ……」
その頃、バレーボールをしている女子コートでは、
「小夜! ボールそっちに行ったよ!」
ボカーン!!
「那奈、痛いよー」
「頭でボール受けてどうすんのよ! バカッ!!」
……やっぱりなぁ、こうなるよなぁ……。
「……実際さ、小夜と付き合ったりしたらムチャクチャ苦労するぞ? 色々と……」
「……全くもって同意見、やはり見る所はちゃんと見てますなぁ、旦那? じゃあ次、翼は?」
「……全員言うのかよ? 面倒くせーな、翼?」
その頃、バレーボールをしている女子コートでは、
「翼!足でボールを蹴るなっつーの!」
「ブロックしてもネットまで手が届かへんし、スパイクしようにもやっぱり届かへんし、もうつまらへんねん!」
……やっぱりなぁ、こうなるよなぁ……。
「……翼は論外だよ、あの喋りにしろ態度にしろ、正直彼女って考えると俺にはキツいな……」
「……ふ〜ん、そう?」
「……何だよ薫、何か文句あんのかよ?」
「いや別に〜、じゃあ次、千夏ちゃん!」
「……サクサク行くなぁ、千夏ちゃんかぁ? 確かに可愛くてオシャレで男子にも人気あるよなぁ……」
「おっ、キタキタ、キマした好印象!」
その頃、バレーボールをしている女子コートでは、
「いやん、ボール怖〜い!」
「千夏! ちゃんと真面目にやれっつーの!」
……でもね、真の姿はね……。
「たださぁ、この前の電車内でのあの一件を見ちゃってからさぁ……」
「……コワいっすよねぇ、千夏ちゃん……」
俺と薫が震え上がっているその頃、バレーボールをしている女子コートでは、
「今のって絶対にアウトでしょ〜!? こんな不公平なジャッジありえないんだけど〜!?」
「千夏! いちいちキレるなっつーの!」
……やっぱりなぁ、こうなるよなぁ……。
「じゃあ最後、麻美ちゃんは?」
「……うーん、一番おとなしくて女の子らしいけどさ……」
その頃、まだバレーボールをやっている女子コートでは、
「……あのさ麻美子、何でアンタさっきからずっと私の真後ろに隠れてんの?」
「……だ、だ、だ、だって、ボール怖いんですもん……」
……やっぱりなぁ、こうなるよなぁ……。
「……怖がり過ぎだよね、下手に近寄るとどこかへ逃げて行っちゃいそうで……」
「……うーん……」
だから想像なんてつくかって言ってんだよ、『例えば』もクソもあるもんか。まぁ、とても本人達の前では言えないけど。
一通り話を聞いた薫は、あごに手を当てて真面目な顔をして黙り込んだ。コイツがこういった仕草をする時は大概ろくな事を考えてはいない。
「つまりは旦那、キミはあそこにいる女子全員、自分の彼女にするには不適切と言いたい訳か、この贅沢者めが」
「……何でそうなるんだよ……?」
「でもそんな事言っちゃって、誰かが『翔太クン、好き』なんて言われたら有頂天になっちゃうクセしてコノコノ!」
「あー、うっとうしい! ほっぺプニプニするな! だから何が言いたいんだよお前は!?」
「……風間!!」
俺の声が大きすぎて、再び先生に怒られてしまった。周りを見ると生徒全員が静まりかえっていて、その視線は俺一人に集中していた。
「……風間、お前、本当にいい加減にしろよ……」
「……すいません……」
俺は残りの体育の授業中、ずっと体育館の隅に立たされる羽目になった。その姿を見て、那奈達が指を差して笑っている。
「翔ちゃん、また怒られてるよー、麻美ちゃん!」
「……そ、そうみたいだね……」
「ヤダ〜、翔太君ったらカッコ悪〜い!」
「ホンマにやかましい男やな、アイツは」
「……バーカ」
そんな笑い者の俺の横には、卑劣な罠にハメてくれた心優しい親友が両端に寄り添ってくれた。
「興奮しすぎですぜ〜、翔太の旦那! ウハッ!」
「…………私語は厳禁」
「……お前ら、覚えとけよ……」
その日、家に帰ってから非常にヤバい状態になった。あれから教室に戻ってからも薫がイヤらしい話ばかりをするから、俺は変に那奈を意識してしまった。
「じゃあお姉、今日夕飯いらないの?」
「おーう、この前の試合の勝利のご褒美に代表が美味いもんご馳走してくれるらしいからよ、腹一杯食ってくるわ」
「……人を殴ってボコボコにKOして勝ってご馳走、もうたまんないでしょ? お姉……」
「全くだな、天国だぜ、カッカッカ!」
「……相手、いなくなりそうだよね……」
那奈と優歌さんが喋っている間も、俺の頭の中はモヤモヤしていた。
(……彼女とか男女交際とか、あまり真面目に考えた事なんて今まで無かったなぁ……)
なんて事をテーブルの椅子に座ってボッーと新聞を読みながら考えていたら、
「……何をボッーっとアホな顔して考え込んでんだ、コラ?」
「……うわっ!」
いつの間にか俺の真横に優歌さんが立っていた。驚き慌てふためく俺の顔を見て優歌さんはニヤニヤしている。
「何だよ何だよ、真面目な顔して考え込んで、悩み事か、オイ?」
「……いや、別に、これといって悩みは……」
「そんな訳ねぇだろ? 新聞読むフリして何か考えてたろ、オイ?」
「……いや、本当に別に……」
俺は優歌さんの鋭い突っ込みから気を紛らわす為に、テーブルの上のコップに入った冷たいお茶を口に含んだ。
「……ズバリ、言い当ててやろうか? おめー、今、メチャクチャエロい事を考えてたろ?」
「ブホッ!!」
反応してしまった俺は口に含んだお茶を吹き出しそうになった。
「ウッヒャッヒャッヒャッ! 翔太、おめーは本当に素直だなぁ!? あー、おもしれぇ」
「……勘弁して下さいよ……」
「……で、どんなエロい事を考えてたんだよ? この優歌様に話して御覧なさい?」
「……いや、その、それは……」
「あれ? お姉、集合時間って六時じゃないの? もう五時半だよ?」
「あっ、やべぇ!」
俺が優歌さんにまた強制尋問されそうになった時、風呂場で制服から私服に着替えてきた那奈が部屋に入ってきた。
すると、那奈の一声で時間に気づいた優歌さんは、俺を放っぽりだして急いで出発の準備をし始めた。……何とか尋問は避ける事が出来た様だ。
「んじゃ、行ってくるわ、留守番よろしくな」
「行ってらっしゃーい、お姉」
「……い、行ってらっしゃい……」
「あー、そうだ、おい翔太、耳貸せ」
「……な、何スか?」
「……二人っきりだからって那奈を押し倒すなよ?」
「なっ……!」
「んじゃな〜、バイバーイ!」
優歌さんは俺に余計な事を耳打ちして出掛けて行った。もちろん、那奈には話の内容が聞こえてなかったみたいで、物凄く軽蔑する様な冷たい目線で俺を見ている。
「……何の話? 今の……?」
「……い、いや、別に大した事じゃ……」
「……大した事じゃ、ね、ふーん……」
何か納得しない顔をしながら那奈は台所に入って行った。とりあえずは優歌さんもいなくなったし一安心。
「……今日さ、私と翔太といづみさんだけだから、夕飯、簡単にチャーハンにしちゃうけど文句無いよね?」
「……あ、あぁ、いいんじゃない?」
「文句あっても聞かないけどね」
「……じゃあ、聞くなよ……」
「いいなぁ、お姉、何をご馳走になってくるのかな? 羨ましいなぁ……」
俺は新聞を読んでいるフリをしながら、横目で台所に立つ那奈の後ろ姿をチラチラと見ていた。
俺のモヤモヤしている気持ちを後押しする様に、那奈の格好はTシャツにショートパンツとかなりの軽装でちょっと目のやり場に困る。……じゃあ見るな、って話だが……。
(……那奈の姿を改めて見ると、小学生の時より明らかにスタイルとか変わってきてるよなぁ、何か大人っぽくなってきたっていうか……)
……イカン、完全に頭がエロモードに入っている。ちょっと深呼吸して落ち着こう。俺は気持ちを切り替えて邪念を取り払おうとした。が、その邪念をさらに加速させるものが視線に入ってしまった。
(……あれ? ブラ、透けてる!?)
白いTシャツの下にうっすらと『それっぽいもの』が透けて見えた。那奈が後ろを向いてるのを良いことに、俺はドップリとその『それっぽいもの』に見入ってしまった。
(ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい! 完全に思考回路が暴走してる!)
新聞の記事に目を落としてみたものの、文字の内容など全く頭に入らない。すぐに目線はチラチラと那奈の後ろ姿に向いてしまう。
(……でも、那奈もそういう物を着ける様になったんだな……)
そんなバカな事でノスタルジックな気分に陥っていたら、
「……翔太!」
「は、ははははは、はいっ!?」
突然、那奈に名前を呼ばれて返事の声が裏返ってしまった。
「……何、今の声?」
「いや、いや、いや! 何でもない、何でもない、何でもない! で、何か用?」
「……あのさ、いづみさんもお昼に暑い中を汗かいて仕事してるんだろうから、シャワーよりもお風呂を沸かしてあげた方がいいかな、って思ったんだけど……?」
「はい、はい、はい! 風呂掃除だね! 俺に任せてくれよ!」
「……本当に大丈夫? 何かあったの?」
「全っ然、何にもない! じゃあ、掃除してきまーす!」
「……?」
ちょうど良かった、一度部屋から離れて頭を冷やそう。何でこんなバカな事に思考が支配されてしまっているのか……。
「……薫と優歌さんのせいだな……」
一つ深呼吸をして邪念を振り払い、気持ちを切り替えて脱衣場に入った。すると、一番見てはならない物が洗濯機の上に置いてあった。
「……!!」
綺麗に畳まれた服の間に白いブラジャーが一つ、まるで俺を待ち受ける様にそこにあった。
(……そういえばさっき、那奈がここで着替えて……)
いけない事とはわかっているが、頭も体も言うことを聞いてくれない。思考回路は全て焼き付き、頭の中は完全にブラの色と同じ真っ白になっていた。
(……落ち着け! 落ち着け翔太! こんなところを見られたら、俺は本当にスケベライダーになっちまうぞ……!)
しかし男の本能が軽く理性を上回ってしまっていた。俺の手は為すがままに次第に白いブラに伸びていった。あと1cmで手が届く、その時だった。
「ただいま〜」
「……!!」
家に帰って来た母さんの声で俺は我に帰った。危ない危ない、もう少しで取り返しのつかない事を仕出かすところだった……。
「いづみさん、お帰りなさい、汗だくでしょ?」
「暑いわねぇ〜、もうベトベトよ」
「シャワーだけじゃ疲れ取れないでしょ? 今、翔太がお風呂洗ってくれてるから後で湯船に浸かって?」
「サンキュ〜、気が利くじゃない? じゃあ、後でお風呂沸いたら入らせて貰うわ」
しかし、こんな物が置いてある近くでノロノロしていたら変な誤解を生みかねない。俺はさっさと風呂場を掃除して二人がいるリビングに戻った。
「翔太、ただいま〜、お掃除ありがとね〜」
「……う、うん、お、お帰り、母さん……」
「……何よ、どうしたのアンタ? 随分と疲れてるみたいだけど大丈夫?」
母さんが息切れしている俺を見て心配そうに言った。そりゃ全力で急いで掃除しましたから、邪念を振り払う為に……。
「……何か、翔太のヤツ、さっきからずっとおかしいの、ちょっと怖いんだけど……?」
「……まぁ、この時期の男の子は色々あるからねぇ、なんかあったらキッチリ相手をしてあげてよ、那奈?」
「何よ、何かって! 変な事を言わないでよ、いづみさん!」
「……ハ、ハハハ……」
俺は苦笑いをしてやり過ごした。しかし、母さんの冗談でおかげで少し気が紛れ、何とか自分の理性を取り戻す事が出来た様だ。一時はどうなるかと思ったが…。
「……あっ、そうだ、いづみさん?」
「ん? 何?」
「いづみさんの服とか下着とか、洗濯して脱衣場の洗濯機の上に置いておいたから、後で持っていってね」
「あっ、そう、サンキュ〜!」
……えっ? じゃあ、さっきのブラの持ち主は、俺が赤ん坊の時に母乳を飲ませてくれた女性の物なの?
「……何よ、翔太? 何をそんなにガッカリしてんの?」
「……いづみさん、やっぱり翔太、何かおかしいでしょ? 病院連れて行く?」
「……いや、何でもない、何でもないです……」
思春期とは実に苦く、甘酸っぱい物だと痛感した一日だった。トホホ……。