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第17話 傘の下の君に告ぐ



5月上旬、ゴールデンウィーク真っ只中で人がごった返す繁華街、夏の気配が近づくこの時期、流行を先取らんとばかりに元気良く街中を飛び回る乙女が2人。



「キャー! このキャミかわいい〜! ねぇ、翼、やっぱり今年の夏はは絶対こういった淡いピンク色が来ると思うの〜、そう思わない? 思うでしょ?」


「……そうなん? 言わせて貰うけどな千夏、ピンクなんていつの時期でも流行っとるがな? 今年は鮮やかな原色系やで!」


「えっ〜、何でよ〜? だってほら、このスカートと合わせたら超かわいくない?」


「せやったら絶対こっちのワンピやで! このフリフリが最高やん!?」



カリスマ店員のオススメも聞かず、ゲリラの様にあちらこちらのお店に顔を出し、服を見漁っては嵐の過ぎ去っていく。そう、彼女達の目的はショッピングではない。



「……つーか千夏、オマエ、結局はさんざん服見て一着も買わんで帰るんやろ?」


「そ〜よ! だってアタシの服はみ〜んなママが作ってくれるもん! ショッピングする必要なんてNothingよ!」


「ほなら、何でいちいち街に繰り出してあちこち店を回んねん?」


「ヤダ〜! 宣伝よ宣伝! コマーシャル!」


「……宣伝?」


「そぉよ、アタシが着ている服はいつもママの最新作なんだから! つまり、アタシが街に出て注目されて、『ヤダ〜、あの娘の着てる服かわいい〜! どこのブランドなのかしら?』って話しになるじゃない? 」


「……歩く広告塔って訳かい……」


「そ〜ゆう事! アタシはママのブランドの専属モデルってところかしら?」



そんなコマーシャルに付き合わさせる方はたまったもんじゃない。お供にされてる翼はふてくされて口を尖らせた。



「ウチはその付き添いかい! ちっとも面白んないがな!」


「じゃあ翼の服もママに頼んであげようかなぁ? 子供服専門モデルって事でね!?」」


「やかましいわ! 今日は帰りにお茶ぐらいおごれや!?」



普段からも翼と千夏はよく一緒に街に出掛ける。千夏のファッションセンスと翼の情報収集力の相性は抜群で、よく私達にも最新の流行を教えてくれたり、人気のグッズをいち早く手にしてプレゼントしてくれたりする程だ。

小夜と麻美子はとても喜んでいるが、ファッションに興味の無い私からすると若干余計なお世話でもある。



「でもさぁ、アタシはママから今の流行とか教えてもらったりするけど、翼はどこから情報仕入れてるのぉ?」


「そりゃもう片っ端からテレビ、雑誌、ネット使ってかき集めやで、ウチは何か気になるといちいち調べんと気が済まんねん」


「えっ〜、部屋に籠もってパソコンとかいじってたりする訳? 何か陰気って感じ〜」


「ウチのどんな姿を想像しとんねんなオマエは! ネットで情報収集は現代生活で欠かせへんアイテムやで!」



あらゆるお店を冷やかして目的の宣伝を終えた二人は、駅のホームで帰りの電車を待っているとさすがはゴールデンウィーク、次第にホーム内に人が溢れかえってきた。



「……何やエラい混んできたなぁ……」


「……ここが日本の一番キライなところなのよね〜、何でこんなに狭い場所にわざわざうじゃうじゃ集まって来るの?」


「それが島国日本って国やねん、日本人ってもんやねん」


「ユナイテッド・キングダムだって島国なのよ? 何よこの文化の違い……?」



人ゴミでいっぱいになったホームに電車が到着した。が、もちろんこちらの中もぎゅうぎゅうの満車鮨詰め状態。



「……ねぇ、これホントに乗るのぉ? どこかでお茶とかして時間潰して待たな〜い?」


「……確かにこれはアカンなぁ、一時非難した方が良さそうやなぁ、千夏、何かおごってや?」



翼と千夏は何とかホームから脱出しようと階段に向かってみたが、そちらからやってくる大量の人波がそれを許してはくれなかった。



「……ちょ、ちょっと押さないでよ! 乗らないから……!」


「全然、前が見えへん、前が見えへん! どこに向かってるかサッパリわからへんって!」



結局、そのまま人波に呑み込まれてそのまま乗車率200%オーバーの電車の車内に強引に押し込まれてしまった。



「イタイ、イタイ、イタイ! 潰れるっちゅーねん! つーかウチの頭の上にカバンを置いとんのは誰や!?」


「暑いし狭いし臭いしもう最悪! 一体何なのよこの国は!?」



一つ大きな駅を越えると乗客も少なくなり、やっとまともに車内で立っていられる様になったが、すでに二人の疲労と不満はピークに達していた。



「もう信じらんない! 何なのよ一体! アタシ達が何したって言うのよ! あ〜、もう! 服もグシャグシャ〜!」


「……千夏、オマエ、ようそんなに怒れる元気あるなぁ? ウチはもうクタクタのヘトヘトやで、あー、気持ち悪っ……」



ストレスで怒りMAX状態の千夏を、心境をさらに逆撫でる出来事が次の到着駅で起こってしまった。



ドンッ!!



「キャッ!」



電車の扉が開いて車内に入ってきたヘッドホンを掛けた若者が、扉側に立っていた千夏を突き飛ばして通り過ぎて行ったのだ。



「……痛ぁ〜い! ちょっとアンタ! 人にぶつかっといて一言も無し!? 謝りなさいよ!!」



しかしヘッドホンの大音量で千夏の声は若者に全く聞こえて無い様で、何事も無く車内の奥にある空席に向かって歩いていった。

この態度がさらに千夏の怒りの炎に燃料を投下する形になってしまった。



「ちょっと待ちなさいよ、アンタ! 冗談じゃないわよ!」


「……オイオイオイ、千夏!」



怒りに我を忘れた千夏はそのまま通り過ぎようとしていた若者を捕まえ、ボサボサパーマの頭にかけていたヘッドホンを無理矢理外した。

もちろん、いきなり外された若者は一瞬驚いたが、すぐに千夏の行動に対して怒りの反応を見せた。



「……おい、何すんだよ! 何だよテメェはよ!」


「アンタさぁ、人にぶつかっといて謝る事も出来ないの!? どういう教育受けてんのよ!?


「……オイ、千夏、やめとけや……」



その若者は千夏よりも体が大きく、身なりはボサボサの頭にだらしない腰パン、いかにもケンカっ早そうな最近の若者だ。

危険を感じた翼が何とか千夏の怒りを治めようと説得するが、一度火が点いた貴高いセレブはそう簡単には止まらない。



「何の話だよ!? テメェが入り口でボケッと突っ立ってるのが悪ぃんだろ!? 変な言いがかりつけてんじゃねぇぞ、コラ!?」


「何、アンタ!? それがレディに対する言葉使い!? これだから日本の男って……!」


「……レディ? 何だ、この女? アタマおかしいんじゃねぇの? チャラチャラした変な服着やがって、気持ち悪ぃ……」


「……何ですって……?」


「千夏、やめれって!」



千夏が最も嫌う日本語言葉『チャラチャラ』。内面的な性格人格を知ろうともせず、外見の見た目だけで人を判断して否定する人間を千夏は徹底的に嫌う。

この若者の発言で、千夏の怒りケージはついにMAXを通り越しリミッターを振り切ってしまい、完全にコントロール不能となった。



「……じゃあ、アンタのそのファッションは何? 変なゴミみたいな髪の毛にボロボロの腰履きジーンズ、それでかっこいいとでも思ってる訳? 勘違いもほどほどにしてよ? バカはアンタよ、アンタこそ気持ち悪い!!」


「……あ〜ぁ、もうウチ知らんで〜……」


「……て、て、テメェ、いい加減にしろよコラァ! 言いたい事言いやがってこのクソ女!!」



千夏の挑発に若者も完全にアタマにきてしまった様だ。しかし、それでも千夏の勢いは全く止まらない。



「何、殴んの? やれるもんならやってみなさいよ! 女を暴力でねじ伏せる事しか出来ないクソ男!!」


「……テメェ!!」


「……コレコレ、二人とも、ケンカは止めなさいよ……」



事の一部始終を見ていた車内にいたお婆さんが、見るに見かねて仲裁に入ってきた。しかし、ここまで来てしまったら火に油を注ぐ様なもの。



「何だ、ババア! 勝手に入り込んでんじゃねぇよ! 引っ込んでろ!!」


「アンタ、目上の人に対して何て言葉使いよ! どれだけ常識が無いのよこの男は!?」


「……なぁ、お婆はん、引っ込んどいた方がええって、怪我するがな……」



止めに入ろうとした翼に老婆はニコリと笑うと、車内で迷惑を省みずに怒鳴り合うダメな若者二人を諭す様に話し始めた。



「……先にぶつかって迷惑かけたのはお兄さんの方でしょ? 確かにこの娘の言葉も悪かったかも知れないけど、お兄さんは男の子なんだから、女の子に優しくしてあげないとダメだよ」



正に正論。お婆さんの言い分はごもっともだが、それで納得するほど最近の若者は賢くはなかった。



「うるせぇんだよババア! テメェは引っ込んどけよ!!」


「ヒャァ!!」



若者は力加減無くお婆さんを突き飛ばした。その勢いで、お婆さんは電車内の長椅子と角に腰を打ちつけてうずくまってしまった。



「……ちょっと何すんのよ!? ホントにアタマおかしいんじゃないのアンタ!?」


「ちょっとちょっとちょっと、これはアカン! 誰か人呼んできて!!」



怒り狂った若者は見境無く暴れ回り、止めに入った乗客達も押し飛ばして千夏に突っかかっていった。



「テメェ、タダで済むと思うなよ! 女だろうと関係ねぇぞ!!」


「……!!」



若者は千夏に掴みかかろうとしたその時、突然、若者の体がクルンと180度回転し千夏に背を向けた。いや、強引に向けさせられたのだ。



「……何だ!?」


「……えっ……?」



千夏の若者を挟んだ向こう側に、一人の学生服を着た体の大きな男子学生がドンと立っていた。



「それくらいで止めておけよ」


「……な、何だテメェはよ!?」


「……誰!?」



若者は男子学生に喰ってかかろうとしたが、体が動かない。男子学生が若者の胸ぐらをガッチリと大きな右手で掴んでいたからだ。若者はすぐにその手を振り払おうとしたが、その握力は半端なものではなかった。



「どうだ、動けるか?」


「……な、何なんだよ、テメェ……?」



それでも何とか若者は必死に掴まれた手を振り払おうとしたが、男子学生の腕はビクともしない。そのガタイのいい体は若者よりも遥かに大きく、完全に圧倒していた。



「どうする、やるのか? 加減はしてやるが、怪我をしても保証は出来ないぞ?」


「……わ、わかったよ! もういいから離せよ……!」



その声を聞いた男子学生はゆっくりを掴んでいた右手を離した。車内のお客の視線を一斉に浴びた若者は、バツが悪そうに別の車両へと逃げていった。



「………………」


「……はぁ〜、一時はどうなるかと思ったわぁ……」



千夏は唖然とし、翼は力無くヘロヘロと座席に座り込んだ。助けてくれた男子学生はその二人を無視して倒れたお婆さんに手を差し伸べて起こしてあげた。



「大丈夫ですか? どこか痛い所はありませんか?」


「……イタタタ、ごめんなさいねぇ、ちょっと腰が悪いもんでねぇ……」


「次の駅で降りて救急車を呼びましょう、俺が外までおぶっていきます」


「……ごめんなさいねぇ本当に、ついついでしゃばっちゃってね……」



男子学生は軽々とお婆さんを担ぎ上げ背中に背負った。その勇敢で優しい姿に車内のお客さんからは自然と拍手が挙がった。



「……ねぇ、ちょっとアンタ……」


「何だ?」


「……とりあえず、ありがとう、助けてくれて……」



千夏は自分を助けてくれた男子学生に向かって軽く頭を下げた。しかし、次にその男子学生から出てきた言葉は千夏の予想外のものだった。



「お前の為じゃない、俺はこのお婆さんを助けたかっただけだ」


「……ハァ?」


「そもそもお前があの男に大声を出して突っかからなければ、こんな馬鹿みたいな事は起こらなかった」


「……ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 元々はあの男がアタシを突き飛ばして……!」


「散々喧嘩文句を並べるだけ並べて、結局自分で収集出来ずに関係の無い人が痛い目を見た、このお婆さんの怪我はお前のせいだ」


「何よそれ! 全部アタシが悪い訳!? アタシが黙っていればこんな事にならなかったって事!? 冗談じゃないわよ!!」


「そもそもそんなふざけたチャラチャラした格好をしてるのが悪い、もっと清楚で大人しい格好をしていればあの男の態度も違ってかもしれない」


「は、は、ハァ!? あ、あ、あ、アンタアンタアンタ……」



千夏の口から出てくる言葉はもう言葉になっていなかった。怒りのあまりに呂律が全く回っていない。そうこうしてる内に電車は駅に到着した。



「恥を知れ」



男子学生は千夏にそう言い残し、お婆さんを背負って電車を降りていった。



「……Oh,shit! ピー(禁)!!」



怒りの余りに千夏の口から出てきた汚い英語の数々、申し訳ありませんがここでは文章にする事が出来ません。悪しからず。



「……これはまた、面白い事になったなぁ、ウヒヒッ」



連休が終わろうと千夏の怒りは収まらない。怒りの発散口は学校にいる私達に向いた。



「こんな失礼な話ありえると思う!? 何で見ず知らずの人間にここまで言われなきゃいけないのよ!!」


「……いや、それはねぇ、まぁねぇ……?」



特に集中砲火を受けているのは男子陣。ヘタレな翔太は言われたい放題になっている。



「でも、千夏も翼も怪我がなくて良かったー! そのお婆さん大丈夫だったのかなー?」


「……私だったら震え上がってます……」


「小夜や麻美子の言う通りだよ千夏、頭にきてカッーっときたかも知れないけどさ、その時、もし助けが入んなかったらアンタどうするつもりだったのよ?」



負けず嫌いは結構だが、周りの巻き込まれる人間はたまったもんじゃない。



「ホンマやで! 隣にいたウチの小っさい小っさいピュアハートはもうバクバクもんやったで!?」


「これぞ正に身長が縮む思いだね!」


「寿命やアホ! また逆さ吊りにするでこの変態メイドが!」


「ご主人様ぁ〜!」


「翼も薫ちゃんも真面目に聞きなさいよ! 那奈の言ってる事もわかるけど、だからといって許せるものと許せないものがあるでしょ!? 言いたい事を言えないで泣き寝入りなんて冗談じゃないわよ! アタシは絶対に間違ってなんかない!!」



……はいはい、これだからセレブってヤツは……。とりあえず私達は千夏の頭から噴き出す火山灰を払いながら、その噴火が治まるのを待った。


授業中終始愚痴をこぼしまくっていた千夏だが、少し気が晴れたのか放課後の時間にはすっかりいつもの様なご機嫌なハイテンションに戻っていた。



「……でねぇ〜、この新作のバックが超かわいいのぉ〜! 絶対チェックよね、マジでヤバいから!」


「新作、新作言うなや! ウチのオトンの名前『新作』やねん! オトンの皮で出来たバックみたいやないか!」


「翼はパパの話になるとホントにうるさいわねぇ〜、じゃあ『おニュー』ならいいかしら? って、いぅ〜かぁ、もうこのキラキラ感がたまんな〜い! 持ち歩いてたら絶対注目の的よ! 超チェキ、チェキ、チェキよ!」



……切り替わりが早過ぎ。どこまで本気で怒ってるのかサッパリわからない。でも、まぁいいか、機嫌よくなってくれた訳だし。



「麻美子もそんな地味なヘアスタイルとかしてもったいな〜い! せっかく髪が長いんだから、もっと可愛くすればいいのに〜?」


「……えっ? いや、その、私は、私は別に……」



今度は上機嫌で他人にお節介。目立たない様に隠れていた麻美子を引っ張り出して色々といじくり始めた。



「ねぇねぇ、今度アタシにコーディネートさせてよ? 麻美子にぴったりの可愛い服を用意して、アタシ行きつけの美容室行って、も〜うメチャメチャかわいく変身させてあげるから!」


「……いや、ホントいいですから! 私なんて……」


「麻美ちゃん、やってもらいなよー! 麻美ちゃんだったらきっと可愛くなるよー!」


「よ〜し! じゃあ小夜も麻美子と一緒に可愛く大変身させてあげる!」


「わーい! 麻美ちゃん、一緒に大変身しよー!」


「む、無理ですぅ〜!」



今日も全員、放課後には予定がなかったのでみんなでまた薫の家の喫茶店に行く事にした。



「……うわぁ……」


「……何よ? アイツら……」



私と翔太は絶句した。駅から電車に乗ると、いかにも質の悪そうな若者達が床にベタ座りをして車内の一角を占拠していた。

周りのお客も迷惑そうな顔をしていたが、怖いのか誰も注意出来る人はいないみたいだ。この電車の車掌は何をしているのか?



「……もう、ホント、ああいうの最っ低!」


「今日はやめてな千夏、突っかかって行かんでくれや?」


「別にアタシに迷惑かけないなら関係ないわよ、最初からあんなバカみたいな連中なんて相手にする気ないもん」



それならいいのだか……。私も前に小夜と麻美子を助けたあの日から、先生達の監視が厳しくなってるのであまりもめ事は勘弁してほしい。



「そうそうそう、触らぬ神に祟り無しと言うからねぇ、日本語とは実に奥深い」


「……薫君の言う通りですけど、それでも何か怖いです……」


「大丈夫だよ、麻美ちゃん! 今日は那奈も翔ちゃんも航クンもいるもん!」



遠目から恥知らずの若者連中を眺めていると、電車が次の駅に到着した。すると、ホームから帽子を被った子供達三人が車内に乗り込んできた。私立の小学生だろうか。



「あっー! ひとがいてとおれないよー!」


「このひとたちいけないんだー! ゆかにすわってるよー!?」


「どけよー、みんなとおれないだろー!」


「……空気読めやガキどもが……」



翼が自分の頭を押さえてポツリと呟いた。翼だけでなく、この車両に乗っていた乗客全員がそう思っただろう。

確かに子供達の言い分は正論でごもっともなのだか、そんな事でキッパリと改心するほど最近の若者達は人間が出来上がっていない。



「あぁん? 何だコラくそガキ!」


「生意気な事言ってるといじめちまうぞコラ!」


「さっさ消えろ! 家に帰ってママと遊んでろよバーカ!」



言葉の内容はまるで同レベル。余りのヒドさに聞いていた私は一瞬笑いが吹き出しそうになったが、何とかこらえて下を向いていた。



「う、う、うわーん!!」


「あっー! なかしたー!


「いーけないんだー、いーけないんだー!」



ここでタイミング良く、子供の一人が泣き出してしまった。その泣き声に車内がざわざわと騒がしくなってきたが、やはり誰も止めに入る人はいない。


その時だった。千夏が連中を見ていきなり指を差して大声を出した。



「あっー! アイツ! この前アタシに食って掛かってきたクソ男、アイツだ!」



千夏が指差す先には、ボサボサパーマの汚らしい服をだらしなく着た若者がいた。



「……ホンマや、この前のアイツやで、アレ」


「えっ? さっさ千夏が話してたヤツ?」



私がその若者を見ながら翼と小声で話していると、その私達を押しのけて千夏がズカズカと連中の方向へ歩いていってしまった。



「ちょっとアンタ、いい加減にしなさいよ!」


「ちょ、ちょっと、千夏?」



私達の制止も全く聞かない。すでに千夏のマグマは噴火寸前だった。



「アンタ、まだこんなバカな事やってんの? この子達よりアンタ達の方がよっぽどくそガキじゃない!」


「何だ、テメェ!?」


「あっ、この前のクソ女! テメェ、何の用だよ!?」


「ヒュ〜、かわいいじゃん! なぁなぁ、どこの学校なんだよネーチャン!?」



馴れ馴れしく近づく若者の手をバシッと振り払い、千夏の雄弁はまだまだ続く。



「アンタ達みたいな見た目も性格も汚いクソ男に名乗る訳無いでしょ!? 何を勘違いしてんの、気持ち悪い!」


「何だとコラァ!!」



若者達も全員立ち上がって臨戦態勢になった。さっきの子供達を押しのけて、完全に千夏対若者連中の構図が出来上がっていた。



「……何しとんねん千夏! あのアホが……!」


「ヤバくねー? 千夏ちゃん、超ヤバくねー?」


「翼、薫ちゃん、どうすんのー!? 那奈、千夏が危ないよー!どうしよー!?」


「……全く、もう!」



ここで暴れたら、間違いなく私はまた『渡瀬優歌の妹』の汚名を世間に広めてしまう事になる。しかし、小夜は涙目で私の服を引っ張るし、若者連中も完全にやる気になってるし、どうやらそんな事を言っていられる余裕は無さそうだ。



「翔太! ちょっと手伝って!」


「えっ? 俺もかよ!?」



千夏の救出の為に私と翔太で若者達に歩み寄ろうといたその時、千夏に食い掛かろうとしていたボサボサパーマの若者がクルリと180度回ってこちらに背中を向けた。……いや、またも強引に向けさせられたのだ。



「またお前か」


「……へぇっ?」


「……あっー! アンタこの前の……!」



若者達に立ちはだかった制服姿の背の高いゴツイ男子学生、それは、あの時千夏を助けた後にクソミソに言い潰したあの男子学生だった。

そして相手の若者は、今度は胸ぐらではなくボサボサの髪の毛を右手でガッチリと掴まれていた。



「どうする? このまま毟られたいか?」


「い、い、痛ぇ……!」



突然の巨大な敵の登場に、残りの若者達は驚いて立ち尽くしていた。



「お、おい! 何なんだよテメェは!?」


「……あれ、お前、まさか、澤村一茶か!」



一人の若者が男子学生を見て後退りし始めた。どうやらこの男子学生と面識がある様だ。



「あぁ、先輩じゃないですか、久し振りですね、部活動を逃げ出してから何をしてるのかと思ってましたよ」



その話の間にも、髪を掴まれたボサボサパーマは目に涙を浮かべながら足をジタバタしている。よく見ると少し足が浮き上がっていた。



「痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ! 何だよ、お前この化け物の事を知ってんのかよ!?」


「ヤベぇ! コイツ、柔道の全日本王者だぞ! かなう訳が無ぇ、逃げるぞ!!」


「お、おい! ちょっと待てよ! おい!」


「……髪を掴まれてる俺を置いていくなぁ!」



怯んでしまった連中を見て、男子学生は掴んでいた若者の髪をゆっくりと離してやった。



「仏の顔も三度までと言うことわざがあるが、俺は決して仏ではない、次は無いと思え」


「ヒ、ヒィィィィィ!!」



電車が駅に着いて扉が空くと、若者達は車両から飛び出て一目散に改札へと逃げていった。



「どうしようもない奴らだな、子供達、怪我は無いか?」


「うん、だいじょうぶだよ!おにいちゃんって、つよいね!」



泣いていた子供達の頭を撫でながら、男子学生のゴツイ顔が一瞬だけ笑顔になった。



「……澤村、澤村一茶!? お前、一茶なのか!?」



若者連中が言っていた名前を聞いて、翔太が男子学生に向かって駆け寄っていった。



「確かにそうだが、お前は誰だ?」


「風間翔太だよ! 覚えてないか? 幼稚園の時の……」


「翔太? お前、翔太か?」


「そうだよ、翔太だよ! 覚えていてくれたか、久し振りだなぁ!」



どうやら翔太とこの男子学生は古い知り合いの様だ。しかし、私はこの学生の名前に聞き覚えが無いので、まだ翔太が渡瀬家に居候に来る前の話なのだろうか?



「確かに言われてみれば翔太だな、顔にまだ少し面影がある、雰囲気は変わっていないな」


「お前は、……変わったなぁ……、俺と身長とかあまり変わらなかったのにな……」


「それは幼稚園の時の話だろう、今のこの体は毎日の柔道の稽古の成果だ」


「あぁ、そうか、やっぱりお父さんから習っているんだな、柔道を」



柔道やら幼稚園やらというキーワードが出ているが、横で聞いててもよくわからない。悪い人間では無さそうなので少し話して見る事にした。



「……ねぇ、話してるところ悪いんだけどさ、翔太はこの学生と知り合いなの? 何なのか全然わかんないんだけど?」


「あぁ、那奈は知らないだろうけど、幼稚園の時に一緒だったんだ、澤村一茶って言って……」


「そんな事はどうでもい〜い!!」



突然すっ飛んできた千夏は喋っている私と翔太を突き飛ばし、デカい男子学生の前にドン! っと仁王立ちした。



「アンタ、この前はよくもメチャクチャに言ってくれたわね! 柔道王者か何だか知らないけど、アンタ一体何様……!?」


「この歩くやかましい電飾花輪は翔太、お前の連れか? この前からチャラチャラと目障りでうっとうしいのだが」


「なっ、はっ、はな、はなわ、花輪ってアンタアンタアンタ……」


「この前の時もそうだが、お前を助けに来た訳ではない、子供達が泣いていたから助けに来ただけだ、つまり俺はお前に文句を言われる事はしていないし、言われる筋合いも無い」


「……グァッグィグ+−×÷¥$%#*♂♀※〒ガコグギッ……」


「……あーぁ、もうアレは完全に頭の中がショートしとるで、千夏……」


「……あまり近づかない方が良さそうね……」



もう言葉になっていない。千夏の髪が今にも逆立ちそうになっていた。



「ここで降りる、機会があったらまた会おう、翔太」


「……あ、あぁ、柔道、頑張れよ一茶……」


「お前もな」



もちろんこれで治まる訳がない。千夏は周囲に怒りの電磁波を放ちながら鬼の様な形相で男子学生に詰め寄ろうとした。



「ちちちちちちちょっと、ままままままちなさいよおおおおおお!」


「一つ、お前に言い忘れた事がある」


「……?」


「恥を知れ」


「グワアアアアアアァァァァァァ!!!!」



千夏、完全崩壊。周りにいた子供達や他のお客も千夏の周囲5メートル以内から全員避難してしまった。



「……どうすんのよ、コレ? 誰がなだめるの?」


「翔太、あの柔道ゴリラの知り合いなんやろ? 何とかせえよ?」


「何でだよ! つーかもう近寄れないだろ、臨界点突破してるって……」


「ねーねーねー、麻美ちゃん、千夏どうしたの? アタマから煙りが出てるよー?」


「……小夜ちゃん、シッー……」


「…………触らぬ神に祟り無し」


「巧い事言うね、航、正にその通り、日本語とは実に奥深い」



怒りの紅に染まった千夏を、慰めるヤツはもういない。世紀の大噴火の前に人間とは何て無力なものなのだろうか。



「Oh,shit! ピー(禁)ピー(禁)ピ―――ー(禁)!!!!」


「……あちゃー……」



この日から約1ヶ月、千夏の火山灰は延々と私達の頭の上に降り積もり続けた。



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