第15話 友とコーヒーと嘘と胃袋
桜の木の奇跡から数日後、私達は無事に中学二年生になった。教室も担任もクラスメイトも一新、私も心機一転で新年度に望もうと思ってドキドキしながらクラス分け表を見たらもうガッカリ。
「……何でこうなるの……?」
「那奈、元気ないよー? どうしたのー?」
まだいまいち慣れなくて違和感のある椅子に座り机に膝をついてグッタリしていると、毎日見慣れている脳天気娘が私の顔を覗き込む。
「……小夜、アンタは別にいいのよ、アンタと同じクラスになるのは毎年のお約束だから、でもね……」
小夜がいるのは想定内。問題は私と小夜以外に名簿に書かれていた残りの名前。
「……何でアンタ達とも一緒のクラスにならなきゃいけないの!?」
見事にメンバー勢揃い。翼、千夏、麻美子、航、薫、翔太……。まだ新学期始まって一日目だっていうのに、私の周りには人の輪が出来上がっていた。
「ええやないか別に、愉快で楽しい一年間になるで〜!」
「ど〜せ帰りはみんな一緒に帰るんだしぃ〜、これならわざわざ待ち合わせしなくて済むじゃな〜い?」
「これからは授業も一緒に受けられるね、小夜ちゃん!」
「やったねー!これからも学校終わったら麻美ちゃんの家に遊びに行っていい?」
「もちろん!……でも小夜ちゃん、井上さんのスタジオに行くのも忘れないでね、何か小夜ちゃん、すでに私のピアノの事を忘れてそうで……」
「ねーねーねー、航クン!またお家に行ったら瑠璃ちゃんと遊んでいーい!?」
「…………どうぞ」
「わーい、やったー!」
「……やっぱり忘れてるよね……」
私の視界の右側で女子軍団のやかましい喋り声。そして左側にはむさ苦しい大、中、小のズッコケ三人組。
「…………天井が狭い」
「…前の教室と変わってないでしょ? 航の背が伸びたの!」
「しかしこういう事って本当にあるんだなぁ、ビックリしたよ」
「……私はガッカリだよ、翔太だけは一緒のクラスになりたくなかったのに……」
「またウマい事言っちゃって! こうなったからには一年間、寂しい思いはさせませんですよ、お嬢!」
「だから誰よお嬢って!? 私の事!? 変なあだ名勝手につけないでよ! つーか何で薫達の話に私がいちいち合いの手入れなきゃいけないのよ!?」」
二年三組、多分世界で一番うるさくて迷惑なクラスだろう。担任になる先生の体調が心配だ。一年間保つだろうか?
ただでさえ帰り道だけでもやかましいのに、これからは授業中まで毎日このメンツと顔を合わせなければならないとは……。
「……特に翔太! もう一度言うけど、よりによって何でアンタと一緒のクラスにならなきゃいけないの?」
「ハァ? 俺? 何でだよ?」
「朝は家で昼は学校で家に帰って夜寝るまで、何で一日中アンタの顔見て過ごさなきゃならない訳? 冗談じゃないわよ……」
「何だそれ! 俺だって同じだよ! こっちだって別に好きで那奈と同じクラスになった訳でもねーし、好きで一緒に住んでる訳でもねーよ!」
「じゃあ出て行きなさいよ!? アンタのウザい顔をこれ以上見たくないの!」
「それは母さんに言えよ!? 母さんがあの家に住むって言ったから俺も一緒にいるだけだよ!」
「じゃあアンタだけ出てけばいいじゃない! いづみさんは別に関係無いんだし!」
「ハァ!? 関係無いって何だよ! だって俺は……!」
私達の口喧嘩を邪魔する様に、翼が後ろで私の髪をクイクイと引っ張る。うっとうしい、一体何なのよ!?
「……ご両人〜、注目されてまっせ〜」
「……えっ?」
翼に言われて教室内を見渡すと、椅子から立ち上がっているのは私と翔太だけで、クラスメイト全員の視線がこちらに集中していた。
……ヒソヒソ、ヒソヒソ……
「……ねぇ、あの二人って何……?」
「……一緒に住んでるとか言ってるぜ……」
「……付き合ってんのかな……?」
「……中学生なのに同棲ってちょっとヤバくねぇ……?」
廊下からも別のクラスの生徒達が開いている扉や窓からこちらを見ていた。初日からいきなり大量の人間に変な誤解をされてしまった様だ。
「……あ、あの、騒いですいません……」
「……皆さんどうぞ、お気になさらずに……」
私と翔太は真っ赤になって静かに席に座った。周りを見ると、さっきまで私を取り囲んでいた小夜達は何事も無かった様に自分達の席に座っている。薄情なヤツらだ。
始業式も赤っ恥をかいたホームルームも終わり、ドタバタだった中学二年生最初の授業が終わった。半日授業だったっていうのに、すでに私は精魂尽き果てクタクタになっていた。
「……はぁ〜……」
「那奈、大丈夫? 今日一日ずっと元気ないよー? 具合でも悪いのー?」
「……別に、疲れてるだけだから……」
それもこれも全部アンタ達のせいだけどね。グッタリしている私を後目に、残りの連中は楽しそうにこの後の予定について話しあっている。
「ねぇ翼、何かこのまま普通に家に帰るのってつまんなくない? どこかみんなでお茶しない?」
「それ、ええなぁ! せやったら千夏、どっかええ店知らん?」」
「それなら私めにお任せを! 素敵なお店をご紹介いたしましょうぞ!」
「えっ〜? 薫ちゃん、それってどんなお店なの?」
「珈琲と紅茶とケーキが美味しくて、海外情緒タップリの素敵なお・み・せ!」
「いや〜ん! 何かもうそれだけでグラッて来ちゃう!」
千夏が体をクネクネさせて薫の言葉に反応した。
「薫、それだけ言うといて行った先の店のマスコットが舌出してるヤツやったらメチャメチャ怒るで?」
「えぇ〜!?」
「オイオイ、ホンマに『不○家』かい!?」
「うっそぴょ〜ん」
「……腹立つわ、コイツ……」
スイーツとか隠れ家的とかロハス的生活などの女性誌の見出しに載っている言葉が大好きそうな二人は軽々と薫の誘いに乗った。
しかし、私にはこれらのキーワードには全く興味が湧かない。子供の頃から父さんやお姉と一緒に牛丼屋ばかり行っていたからだろうか。
「ねぇねぇ、小夜と麻美子も一緒にアタシ達とお茶しようよぉ〜? ついでに航ちゃんも連れていっていいから!」
「えー? でもあたしは早く瑠璃ちゃんの所に行きたいなー!」
「……小夜ちゃん、今日、瑠璃ちゃんは家にいないよ? この前お家に来た時に小夜ちゃんにも話したでしょ?」
「…………市立病院に入院中」
「あっ、そうだった! 瑠璃ちゃん、病院でお泊まり検査中なんだよね……」
麻美子と航が言った通り、あの日以降の瑠璃の容態は極めて良好で、月に一度大きな病院に入院して医学的検査を受けながら、専門家の教育指導を受けている。
歩く事や喋る事などの基本的な行動の成長はやはりかなり遅れているみたいだが、これからの治療と教育によっては年頃の子と変わらない生活が過ごせる様になれるらしい。
「たまには小夜も瑠璃ちゃんの事を忘れて自分が楽しまなきゃダメよ? 薫ちゃんオススメのお店がステキだったら、今度は小夜が瑠璃ちゃんを連れて行ってあげればいいじゃない?」
「うん! じゃあ、あたしも千夏達と一緒に行くー! 麻美ちゃんも航クンも那奈も一緒に行こうよー!」
「……何よ、私も?」
「那奈も一緒に行くのー! 一緒に行こう! ねっ、ねっ、ねっ!」
小夜は疲れている私の体を掴んで右へ左へブンブン振り回してくれる。さすがに今日は頭をひっぱたく気力すらない。
「……はいはい、わかりました……、翔太、アンタも付き合いなさいよ、一人だけ逃げるなんて許さないわよ?」
「……マジかよ? 瑠璃ちゃんがいないとわがままな子供に逆戻りだな、小夜は……」
駅で二番目に安い切符を買って、私達は薫の案内に従い電車に乗った。すると、翼が疑問を感じて千夏に尋ねた。
「……なぁ、千夏、これってウチらがいつも帰るコースとちゃうか?」
「……そうよねぇ、こっち側の駅の周辺にどこか有名なお店なんてあったかしら?」
「まぁまぁまぁ、お二人とも期待は裏切りませんから、安心しなされ、ウハッ!」
薫に説得されるがままに電車に揺られて目的の駅に着いたが、駅の名前を見てまたも翼と千夏は首を傾げた。
「この駅、いつも薫が降りる駅やろ!? ここの周辺なんか古い喫茶店しか無いやないか!?」
「ねぇ〜、ホントに美味しくお店なんてあるの〜? これで薫ちゃんがウソついてたらロープで縛って逆さ吊りにするわよ?」
「だからビリーブミーって言ってるじゃないですか!? ……つーか、千夏ちゃんって女王様タイプなんですねぇ……」
駅を降りてしばらく道なりに歩いていくと、レンガ舗装の細くて長い上り坂が現れた。その長い道のりを見て、疲れている私と歩くのが嫌いな小夜は坂を登る前から音を上げた。
「もう結構歩いたよー? 疲れて来ちゃったよー!」
「薫、本当にこんな所にお店なんてあるの? 周りを見た感じ一軒家しか無いじゃない!?」
「大丈夫、大丈夫! きっと皆様満足して頂ける事をお約束いたしますよ!」
徐々に重たくなっていく自分の足を引きずりながら渋々と坂道を登っていくと、薫はまるで約束の地を見つけた預言者の様に坂の上を指差し大声で叫んだ。
「……皆の者、あれを見よ! あれこそが我らが目指してきた目的地なるぞ!」
やっと着いた! と私達が薫の指差した方を見上げると、お店どころかゴルフ打ちっ放し場の大きなネットがデーンと建っているだけだった。
「航、このアホを坂の下に思いっ切り投げ落としたれや」
「…………了解」
「ちょちょちょ、ちょっと待って! 翼も航も話を最後まで聞いてよ! この打ちっ放し場の裏にお店があるの! 見えてきたって言ったのは目印の事だって!」
とりあえず逃げなられない様に航に薫を捕まえさせておいて、私達は薫の言う通りその打ちっ放し場の裏の道をグルッと回ってみた。
すると、他の家の間の細道の奥に木造の小さい喫茶店らしき建物がに隠れて地味にちょこんと建っていた。
「……確かに何かお洒落っぽいけ感じはするけどねぇ〜?」
「……入り口に看板すらもあらへんで? 商売する気あるんかいな、このお店?」
予想していたお店の外見とは違っていたみたいで、千夏と翼は文句を言いながら口を尖らしていた。
「隠れ家的喫茶店って感じでしょ? さぁさぁ、皆さんどうぞこちらへ〜!」
「……お店の雰囲気といい、薫の人格といい、何かどれもこれも胡散臭いんだよなぁ……?」
「……お嬢、それってもう思いっ切り名誉毀損ですよぉ、ショボーン」
薫の誘導に従い、私達は恐る恐る喫茶店のドアを開けてみた。とても外目からでは営業している様には見えないのだが……。
キィ〜、カランカランコロン♪
「……いらっしゃいませ〜、って何よ、薫じゃないの?」
「ハーイ、ただいまユリア!」
店の奥にあるカウンターの内側に、背が高くスタイルの良い外国人の女性が立っていた。しかし、それ以上に今の薫が言った一言、翼も千夏もまずそこに食いついた。
「えっ? 薫ちゃん、ただいまってどういう事よ?」
「もしかして、この店って薫が住んでる家なんか?」
「ピンポーン、大正解! 二人には景品としてこのお店のストローあげちゃう!」
「そんなもんいらんがな!」
「へぇ〜、薫ちゃんの家って喫茶店やってたんだぁ〜?」
店内をグルグルと眺めていると、先程の女性が薫に近づいてきた。ピチッとしたボディラインくっきりのTシャツにローライズジーンズ。間近で見るとさすがは外国人といったプロポーションだ。
「……薫、学校のお友達、よね?」
「うん、そうだよ〜、美味しいお茶とお菓子が食べたいって言っていたからここに連れてきたんだ」
薫と話している女性は、私よりも背が高く白い肌に青い瞳、金髪の長い髪を後ろで一つに束ね、見た目こそは正に外国人だが、ビックリするほど日本語が達者である。
「いらっしゃい、皆さん、薫がいつもお世話になっているみたいね」
「……あっ、いや、お世話だなんてそんな……」
「……何で照れてんのよ、翔太?」
鼻の下をベロ〜ンと伸ばして真っ赤な顔をしているスケベ男。翔太の目線はこの女性の胸元に行っているのが見てるだけでも良くわかる。
「そんでもってこのジンガイのチャンネーは何やねん? 薫とどういう関係なんや?」
「……まさか、薫ちゃんのお姉さん、じゃないわよねぇ……?」
翼と千夏が不思議そうにその女性を見つめていると、薫は自分の前髪をスッと手で掻き上げ、格好つける様にその手を額に置きポツリと渋い声で呟いた。
「……実は、彼女は僕のフィアンセなんだ……」
「えっーーーー!!」
突然の薫の告白に私達は一斉に驚いたが、
「はい!うっそぴょ〜ん!」
そのヒドいオチに驚きは鋭い殺気に変わって店内全体をあっという間に呑み込んだ。
「航、やっぱりコイツを坂の下にノーバウンドで投げ捨てたれや」
「…………了解」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってって!そんな事されたら死んじゃうから!暴力はんた〜い!」
どうしようもない嘘つきバカを逆さにして店の柱に縛りつけ、私達は改めて彼女に挨拶をした。
彼女の名前は『ユリア』と言って、ポーランドの出身らしい。年は二十四歳でお姉よりも年上だ。十代で来日してからずっと日本に住んでいて、その為か日本語がペラペラで庶民文化にも詳しい様だ。
「俺の両親はすでに死んでしまって、今は祖父さんが俺の保護者をしてくれているんだけれど、その祖父さんが普段は外国にいるんだよね〜、生活費だけはしっかりと日本に送って来てくれるんだけどね」
ちゃんと真面目に語っていますけど、今、喋っている男はまだ逆さ吊りのままです。悪しからず。
「……そこで、お祖父様と昔から縁のある私が薫の後見人としてお世話をしている訳よ」
「千夏ちゃんが言った通り、ユリアが俺のお姉さんって言うのはあながち間違っては無いかもね」
なるほど、やはり人によって色々と事情があるものなんだなと改めて気付いた。だからといって薫を許して下に降ろしてやろうという気には全然ならないけど。
「……で、せっかくなんだからみんなご注文は? 薫の友達なら代金は結構よ」
「えっ? それはさすがは申し訳ないですから……」
私が困った顔をして断ると、ユリアは慣れた手つきでチッチッチッと人差し指を横に振った。やはり外国人がやるジェスチャーは何か格好いい。
「ちゃんと薫のお小遣いから引いておくから大丈夫よ、気にしないで注文して」
「えっ〜! そりゃね〜よユリア!?」
ならば一切遠慮はしない。みんな次々とユリアに飲み物を注文した。
「そうと聞いたらガンガンいくで〜、ウチはカフェオレ!」
「アタシはミルクティーplease?」
「あたしはオレンジジュース! 麻美ちゃんは?」
「……じ、じゃあ、私もジュースで……」
テーブル席に座っている四人が注文を終えた。私も何か注文するかな。
「私はコーヒーでお願いします」
「じゃあ俺も」
「……やっぱり紅茶で」
「何だよ、一緒じゃ嫌なのかよ?」
ただでさえ家もクラスも一緒なのに飲み物まで翔太と同じなんて冗談じゃない。
「…………俺、牛乳」
カウンター席に膝が入り切らない航の呆れた注文。まだカルシウムを採る気なのか……。
「……あのー、トイレ行きたいんでそろそろ降ろして頂けませんでしょうか? もし、降ろしてくれないならいっそここで……」
「あ〜、もう、やかましいわ! もうさっさとトイレでもどこでも行けや!」
「バイバイキーン!」
翼に紐を解いて貰った薫はグルグルと回りながら店の裏に入っていった。何かやらないと動けないのかな、この男は?
薫がいなくなって周りの空気も落ち着いてきたので、出された紅茶を飲みながら店内の見渡してみると色々と珍しい物が飾り付けてある。
「……何か、年期の入った写真がいっぱい飾ってあるね……」
「……どこかの外国の景色かな? ずいぶん色褪せてるけど……」
かなりセピア色にくすんでいる写真。どうやら外国の山の写真の様だがどこの国のものか私も翔太も良くわからない。
「ヨーロッパにある山岳地帯の風景よ、今から四十年ぐらい前の写真なの」
世界の土地勘が全く無い私達にユリアが細かく説明してくれた。四十年前という事は父さん達が生まれた時と同じくらいか。
「みんな薫のお祖父様の置いていった物ばかりよ、ゴミみたい見えるけど大切な物なんですって、だから捨てる訳にはいかないのでこうして店内に飾ってるのよ」
「……でも、アンティークな感じでスゴいオシャレ〜、アタシは何かこういうの好きだな〜」
千夏がテーブル席から立ち上がって店内をブラブラと探索し始めた。すると、一緒にいた翼が透明なガラスボードに入れられて壁に飾られている一枚の紙に注目した。
「……何やコレ? どこかの島の地図かいな? それとも国かいな?」
「……何か書いてあるけど、何語なんだろう? 全然読めない……」
「千夏ハンは学力が乏しいなぁ〜、可哀想なやっちゃなぁ」
「何よ、イタリア語も英語も全然わからないクセして! じゃあ翼はこれが何だかわかるの?」
「……これはアレやで、ズバリ、宝の地図や!」
もちろんそんな訳が無い。こんなくだらない話にもユリアは優しく答えてくれた。
「残念ね、確かに地図だけどそんな夢のある物では無いわ、まぁ、人によってはある意味、宝の地図なのかも知れないけどね」
「全然違うじゃない! ホントに適当よね、翼は」
「何を今更言うてんねん千夏、適当、それがウチの代名詞やで?」
二人の話を聞きながらゆったりと紅茶を飲んでいると、小夜が私の制服の袖をクイクイと引っ張った。
「……ねーねーねー、那奈……」
「……何よ小夜、そんな小声でどうしたの?」
「……麻美ちゃんとも話したんだけど、あっちにいる別のお客さん……」
小夜が言った方向を見てみると、店内の奥のテーブル席に男女ペアのお客さんがいた。
「……あの人達、絶対日本人じゃないですよね……」
彫りの深い顔、ブラウン色の目、大きな体、そして金髪。麻美子が言う通りそのお客さん達が日本人でない事は見て明らかだった。
「……私が日本に詳しいから、よく旅行で来た人達が観光スポットとかに訪ねに来るのよ、このお店は海外のガイドブックにも載っているのよ」
ユリアは私達が思っている疑問を見通している様に丁寧に答えてくれた。外目は地味なのにガイドブックに載るほど有名なお店だったのか。
「……インターナショナルなんですね、ちょっと驚きました……」
「何かすぐ近くに外人さんがいるってドキドキするね、麻美ちゃん!」
「小夜、アンタ、外国人相手にバカやらないでよ? 日本の恥になるわよ?」
「あら、とりあえず薫だってハーフなのよ? 毎日、国際的じゃないの?」
あっ、そうだった、すっかり忘れてた。確かにユリアみたいな人がいれば毎日新鮮な驚きがあるかも知れないけど、薫が相手じゃつまらないギャグがウザったいだけだ。
「もし良かったらこれも食べてね、私からのお近づきの印よ」
そう言うとユリアは私達のテーブルに丸々一つ分のケーキを持ってきてくれた。
「うわー、まんまるー! 真ん中に穴があっておっきなドーナツみたーい!」
「パウンドケーキっぽいわね? でもスゴく美味しそ〜う!」
「小腹が減ってたからナイスタイミングやで! ほなら、いただきま〜す!」
「ちょっとアンタ達、ストップ、ストップ、ストップ! 一体どれだけご馳走になるつもりなのよ!? 少しは遠慮しなさい!」
私が次々とケーキに伸びてくる手をバシバシ叩いていると、ユリアは再びチッチッチッと人差し指を横に振った。いちいち格好いい。
「いいのよ、これが海外での一般的なお客様へのおもてなしなんだから、これだけ人数がいれば全部食べれちゃうでしょ?」
「えっ? でも、こんな丸々1ついいんですか?」
「おぉ! 美味い美味い! 結構イケるで!」
「あっ、わかった! クグロフみたいな感じね! この食感、超いい感じ〜!」
「ふわふわしてて美味しー! 麻美ちゃん、スッゴい美味しいよ!」
「……じゃあ、すいません、頂きます……」
「コラッー! アンタ達は遠慮ってもんが無いのか!?」
私の言葉も聞かずにケーキをガツガツ食べまくっている女子軍団を叱っていると、カウンター席にも一切れずつお皿に乗ってケーキが置かれた。まさか男子は甘い物なんて興味無いだろうと思ったら……。
「もし良かったらお好みに合わせてジャムがあるからつけて食べてね」
「じゃあ俺はブルーベリージャム頂きます、航は何にする?」
「…………蜂蜜」
……最低、呆れて物が言えない。まるで獲物に食いつくハイエナの様だ。もしくは新宿街の朝方のゴミをあさるカラスか……?
「那奈は食べないのー? あたしが那奈の分もお皿に取ってあげるから食べなよー?」
「……ちゃんと自分の分あるからいいよ……」
ユリアの予想通り、このハイエナ達は軽々とケーキ1つ平らげてしまった。全く、遠慮が無いと言うか、がめついと言うか……。
「あー、おいしかった! ごちそうさまー!」
「いやぁ、満足満足! もうお腹一杯やで!」
「定番のスイーツって感じじゃなかったけど、それが逆に高ポイントよね!」
……この半端ない食いっぷり、他のお客さんにどう思われただろうか? ましてや相手はみんな外国人。切腹ぐらいしないと日本人の名誉は挽回出来ない様な気がする。
「みんな満足して頂けたかしら? だとしたら嬉しいわ」
「……本当にすいません、何か色々とご馳走になって……」
「あなたは謙虚なのね、気にしなくていいのよ、どうせ全部残り物なんだから」
「えっーーーー!!」
「……冗談よ、うちは偽造とかしてないから安心して」
……見事に全員騙された。さすがは薫の後見人を名乗るだけある人だ。冗談キツすぎ……。
気を取り直して紅茶を飲み干し一息ついてふと後ろを振り向くと、さっきまでケーキをパクパク食べていた翼がグラスの下に置いてあったコースターをジッーと見ていた。
「どうしたの翼? 何か気になる事でもあるの?」
「……う〜ん……」
「何よ、黙り込んで気持ち悪いなぁ、何なのよ一体?」
「……いやな、もしかしたらウチ、この文字どっかで見た事あるかも知れんねん……」
翼の意外な一言に私達全員がそのコースターに視線を向けた。何かの建物の様な絵の下に、見た事のない難しそうな文字が書かれている。
「えっ〜、この何語かわからない文字? さっき、宝の地図とか言ってふざけてたじゃな〜い?」
千夏の言葉に答える事なく、翼は腕を組み難しそうな顔をして不思議な文字を見つめている。ふざけている訳でも無さそうだ。
無知な私達が考え込んでも仕方ない。私は思い切ってこの文字の事をユリアに聞いてみた。
「この文字ってポーランド語とかなんですか?」
「……いいえ違うわ、昔にヨーロッパで使われてた古い文字か何かだと思うけど?」
「……そうですか……」
「ほとんどが薫のお祖父様の物だから私もよくわからないの、詳しく答えられなくてごめんなさいね」
「……いえ、そんな、お構いなく……」
「……だから何で翔太が答えてるのよ!?」
「痛ぇ!!」
デレデレと鼻の下を伸ばす翔太の太股に思い切り膝を叩き込んでやった。全く、美人だと国籍関係なく反応しやがって……。
「……どこで見たんやっけなぁ、この文字、あと、こっちのコースターのこの星形模様……」
何かを必死に思い出そうする翼を、ユリアが少し落ち着き無さそうに見ていた。その時、突然カウンター裏の扉が開いて、何か化け物の様な物が突然飛び出してきた。
「お待たせしました〜! いらっしゃいませ、ご主人様〜!」
「……ゲッ!」
勢い良く飛び出してきたのは薫だった。が、制服から着替えたその姿を見て私達は絶句した。
「メイドのかおるでぇ〜す! 今日はご主人様にいっ〜ぱい喜んでもらう為にガンバりんこだプー!」
「Oh,Japanese meidosan!」
「Akihabara,Akihabara!」
一瞬食べたケーキが逆流しそうになった。なぜか他に店内にいた外国人観光客達はカメラを持って薫の恥ずかしすぎる姿をバシバシ写真に撮っている。
「……これってメイド服ですよね……?」
「……しかも猫耳まで付けとるで……」
「……薫ちゃん、最低……」
「でもちょっとかわいいかもー!」
「……小夜、黙りなさい」
「…………帰ろう」
「……そうだな、帰るか……」
私達は何事も無かった様に、何も見なかった様に荷物をまとめて席を立った。
「あれ〜? 皆さーん、物凄く目線が冷たいですよ〜? もっと楽しく盛り上がっていきましょうよ〜?」
「どうもご馳走様でした」
「これに懲りずにまたお店に来てね、みんな」
「ちょちょちょ、ちょっとちょっと、祭りはこれからだぜ? 俺達の冒険はこれからだ! なんちゃって」
手を振って見送るユリアに、私達はペコリと頭を下げて店の扉を開いた。
「いや、そんな、ちょっと、寂しいじゃん! なんか突っ込むとか一緒に悪ノリするとか、ちょっとぐらい付き合ってくれたっていいんじゃない? みんなに楽しんでもらおうと思ってこんな格好まで用意したんだからさぁ? ねぇ、ねぇ、ねぇってば」
「航、このアホを隣のゴルフボールが飛び交う打ちっぱなしのネットの中にブチ込んだれや」
「…………了解」
「だからそんな事したら死んじゃうってば! ヒィィィィィ!!」
キィ〜、カランカランコロン♪
何か胃が重い。新年度早々エラい物を食べた、いや、見てしまった様な気がする。