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第11話 Simple



近所の家々が綺麗なイルミネーションを窓に飾り付け、サンタクロースが迷わない様に道標を立てている。

しかしサンタクロースだって人間、忙しくて全部の家の子供達にプレゼントをあげられる訳ではない。

だったらいっそ来なくて結構です。プレゼントもケーキも結構。七面鳥より鍋の方がよっぽど温まるしお腹も膨らむ。


クリスマスイブの夕方、ネギを千切りしてちっともクリスマスらしくない夕飯の準備をしていると、頭をガリガリとかきむしりながらお姉がバイトから帰ってきた。何かヤバそうな雰囲気だ。



「うぐあぁ〜、腹立つわぁ〜! チキショウ!」


「……何? どうしたのお姉?」


「明日は一日中お祭り騒ぎしてやろうと思ったら、アタシの昔の舎弟達どもが生意気に『クリスマス予定があって行けません』だとよ! ぐあぁ〜腹立つ!!」



誰がこんな怪物とクリスマスを過ごすというのか? 付き合ったらフォワグラにされるアヒルの様に強引に食べ物や酒を胃袋に詰め込まれるのが目に見えている。



「……まぁ、逃げられるのも当然だと思うけど……」


「何だって? 何か言ったか?」


「……別に、で、お姉は明日どうするの? 私は友達の家に行くんだけど」


「おう、代わりにバイト先の連中拉致して朝まで騒いで来るから心配すんなって」


「……ナイトメアー・ビフォー・クリスマスだね、連れていかれる人たちは……」



……死人が出なければいいのだが。私が出来る事はそのバイト仲間の人達が無事に年を越せる様に祈るだけだ。



「と、いう事で翔太! オマエも付き合え!」


「……いや、俺も友達の家に……」


「オメェもかよぉ! ふざけんじゃねぇよぉ、一発殴らせろ!」


「……イヤですよ……」



とりあえずお姉の予定さえわかっていれば大丈夫。母さんは年内中は帰って来ないみたいだし、後は父さんといづみさんには連絡しておいて各自で食事取ってくれればいいか。



「……クリスマス、か……」



私にはクリスマスの思い出なんてものはほとんど無い。翔太のお父さんが亡くなってからは父さんも母さんも家にいる事が少なくなって、だいたいは小夜の家に行ってパーティーをやったぐらいだ。

ウチでもパーティーをやりたいと思ってた時期もあったが、無理を行って父さん母さんを困らせる様な事はしたくなかったし、お姉に一番迷惑をかける事になりそうだったので我慢してきた。

お姉だって家族みんなで楽しく過ごしたいと思った事があるはずなのに、文句を言わずに私達の世話をしてくれていたのだから。


そんな事を考えていたら、予想もしない意外な人物、いや出来れば帰って来て欲しくない人物が家に帰ってきた。



「いょぉー、お前らメリークリスマスだバカやろう」


「父さん!」


「親父さん!」


「あらら、どうしたの虎太郎ちゃん?」



私も翔太もお姉も父さんが帰ってくるなんて聞いていなかったし、予想もしてない。実際に私は父さん分の食事の準備はしてないし。



「何だぁ? 帰ってきちゃ悪ぃのかぁ? 仕事の目処が付いたからたまには家でゆっくりしようかと思って帰ってきたのによぉ?」



渡瀬虎太郎。私の父親で渡瀬家一番の問題児だ。前にも話した通り、こんないい加減な人でも立派な元2輪ロードレース世界チャンピオンである。

観客を魅了する圧倒的なスピードと強さで一時代を築いた英雄だが、転倒やリタイアも多い両極端なライダーだった。

そのせいか、転倒による頭部へのダメージの蓄積により脳に小さな腫瘍が出来てしまい、それが原因で若くして現役を引退した。

現在はバイク便の経営者をしながら国内のレースチームの代表をしている。翔太もこのチームの一員として父さんの指導を受けている。



「何でこうも年末ってぇのは毎年毎年忙しないのかねぇ? 丸々一ヶ月休み無しのフル回転だぞオイ! こんな事ならいっそまだ現役で走ってた方が健康的なんじゃねぇのかって話だよなぁ!? つーか何で経営者っていう立場にいる俺が必死こいて外回りしなきゃならんのだぁ!? 人手足りねぇ、時間も足りねぇ、やっとこさ仕事終えたらくったくたに疲れて事務所でバタンキュー、朝になって目が覚めたら今日もお仕事明日もお仕事、って毎日やってられるかっつぅんだよバカ野郎!!」


「痛っ! 何で俺を叩くんスか親父さん!」


「……で、言いたい事全部言い切ってスッキリした?」


「まあね!」


「……あー、うるさい……」



読者の皆様にもわかって頂けただろうか? このおっさん、何しろうるさい。父さんに比べれば小夜も翼も薫もお姉も可愛いものだ。



「虎太郎ちゃんド疲れちゃ〜ん、今年もいっぱいお仕事頑張ったねぇ、優歌ちゃんがいい子いい子してあげようか?」


「だが断る」


「……可愛くねぇなぁ、オイ」



するとまた玄関のドアが開く音が聞こえた。あと帰ってくるとしたらいづみさんだろう。たまに帰ってくるタイミングというのはみんなピッタリ合ってしまったりする。



「ただいま〜って、アララ? 虎太郎じゃない、どうしたの? 仕事クビになった?」


「俺ったら社長だもん」


「あら、そうだったっけ?」



いづみさんまで帰ってきて、一気に家の中が騒がしくなってきた。これでもし母さんまで帰ってきたらサンタでさえ裸足で逃げ出す程の大祭りになるだろう。



「翔太、父さんもいづみさんもいるし、明日の予定話しておいた方がいいんじゃない?」


「あぁ、そうだな、母さん、親父さん、俺と那奈は明日……」


「二人で外泊など許さんぞ」


「違うっつーの! 話聞いてよ父さん!」


「友達の家にクリスマスパーティーに行くから、夕飯それぞれで済ませてくれるかな?」


「えっー、聞いてなーい」


「お姉にはさっき話したから」


「そうだっけ?」


「えっー、聞いてなーい」


「父さんには今話したから!」


「そうだっけ?」



あー、相手にするのが面倒くさい。血の繋がりも無いのに何なんだこのコンビネーションは?本当はお姉が実子で私の方が養子なんじゃないだろうか?



「……このバカ二人は放っておいていいわよ、わかったわ、行ってらっしゃい、楽しんで来なさいよ」


「ありがとう、母さん」


「それじゃ、いづみさん宜しくお願いします」


「……あっ、そうだ、私も仕事終わったら姉さんの所に遊びに行こうかな〜? ついでに夕飯ご馳走になっちゃおうかな〜?」


「うん、たまには母さんも遊びに行ったっていいんじゃない?」



せっかく話がまとまったのにそれをまた散らかそうとするガキのおっさんが出しゃばってきた。



「何だ、俺達を置いてお前らだけで美味いもん食いに行くのかコラ」


「だからクリスマスパーティーだって……」


「えっー、聞いてなーい」


「……もういい……」



食事と片付けを終えた後、自分の部屋に戻ってふと思った。やっぱり我が家でクリスマスパーティーなんてやらない方がいいかもしれない。何かヒドい事になりそうなのが目に見えている。



「……まぁいいか、明日から学校も休みだしゆっくり寝よう、って、何よこの布団のふくらみ……」



バサッと布団をめくるといつの間に入ってたんだよこのバカ二人は!?



「メリークリスマス那奈ちゃ〜ん! パパサンタの登場だよ〜ん!」


「お姉トナカイさんもいるよ〜ん!」


「今すぐ出てけっー!!」



……昨晩の騒ぎのせいか寝起きが悪い。何か頭痛がする。まぁいいや、どうせパーティーは夕方からなんだし、準備は麻美子や翔太に任せてもう一眠り……、なんて思ったのもつかの間。



「那奈、那奈!ねーねー、早く起きてー!早く麻美ちゃん家に行こーよー!」


「……なんで、小夜が、ここにいんの……?」



誰だ、こんなやかましい小怪獣を放し飼いにしてるのは……。ベッドから叩き起こされた私は、半分眠りながら小夜に家の外へと引きずり出された。



「いつまでウトウトしてんのー? もうお昼になっちゃうよー?」


「……アンタさぁ、冬休みの初日ぐらいのんびりさせてよね……」



玄関に座り込んで、頭を押さえて眠たそうに突っ伏している人間がもう一人いた。



「……那奈、お前も叩き起こされたのか……」


……翔太、アンタも小夜に無理やり叩き起こされたみたいだね……」


「さぁー! みんな元気よく麻美ちゃんの家に行ってクリスマスパーティーの準備しよーう!」


「……はぁ……」



今日の小夜の元気っぷりはいつも以上でそのテンションは半端では無い。この前までの落ち込んでいた様子がまるで嘘の様だ。



「……もう、航や妹さんの事はわすれちゃったのかな?」


「……でもまぁ、落ち込んでるよりマシだろ? いい方に考えようぜ」



しかし私は一つ気になる事がある。小夜がパンパンのリュックを背負っていて、中には何か入っているみたいだ。



「……小夜、そのリュックは何なの? 何か入ってるの?」


「あっ、これ? みんなへのクリスマスプレゼントだよー! サンタさんみたいでしょ?」


「……山でも登るつもり?」



麻美子の家に向かう電車の中で、電車の振動でふらふら揺れる小夜のリュック。みんなへのプレゼントと言っていたから、もしかしたら航やあの子の分も用意してきたのだろう。



「麻美ちゃん、こんにちはー!」


「小夜ちゃん、いらっしゃい! で、そのリュックは何? 危ない物じゃないよね……?」



麻美子の家に到着すると、さっそく小夜は背中からリュックを下ろしてジッ〜っとチャックを開いた。パンパンのリュックから色々とモコモコした物体が飛び出てくる。



「エヘヘッ、みんなへのプレゼントなんだよ! ちょっと待ってね……」



そう言うと小夜はリュックの奥を弄り白い物体を一つ取り出した。それは動物の姿がデフォルメされた可愛いぬいぐるみだった。



「はい! 麻美ちゃんには羊さんのぬいぐるみ!」


「……えっ、私に? 小夜ちゃん、どうしたの? このぬいぐるみ……?」


「エヘヘンッ! あたしが作ったんだよー!」


「えっ、本当に? これ小夜が作ったの!?」



私は小夜の意外な才能に驚いた。こんな物も作れる様になったんだ。なるほど、終業式の日の手の傷と寝不足はこれを作っていたからか。まぁ多分、ほとんどはあづみさんに手伝って貰ったんだろうけど……。



「那奈と翔ちゃん、航クンと瑠璃ちゃんの分もあるよー! 那奈がライオンさんで、翔ちゃんがシマウマさん!」


「……私、ライオン……?」


「……ライオンとシマウマって、俺が喰われちゃうじゃん……」


「……とりあえず、ありがとう……」


「エヘヘッ、どういたしまして!」



しかし、まだこれからパーティーの準備をするというのに、今ここでみんなにプレゼント手渡してどうするんだろう。普通はパーティーの最中に渡す物だと思うのだが。



「ねーねーねー、ちゃんと良く出来てるでしょ? ねっ?」



まぁいいや、小夜の嬉しそうな顔を見ていたらそんな事はどうでもよくなってきた。


せっかく早い時間に麻美子の家に来た訳だし、お邪魔するだけでは失礼なので私達もパーティーの準備を色々手伝う事にした。



「ごめんなさいね、那奈ちゃん、この前に続いて色々迷惑かけちゃって……」


「いえいえ、お母さん、思いっ切りこのヘタレ男をこき使ってやってください」


「……俺の話!?」



美代子さんに翔太をレンタルさせて、私は廊下にあるクリスマスツリーに飾りをつけながら、居間にいる小夜には聞こえないように麻美子に話し掛けた。



「……麻美子、昨日、航に話はしてみたの? 反応はどうだった?」


「………………」


「……やっぱりダメ?」


「……すいません、断られました……」



話すらも聞いてくれなかったらしい。途中で遠藤先生までも介入して航を説得してくれたらしいけど返事は貰えなかったそうだ。

そして今日、航は私達が麻美子の家に到着する前に朝早くに瑠璃を背負って外に出て行ってしまったそうだ。



「……アンタのせいじゃないよ麻美子、航達が帰ってきたらもう一度私達と一緒に誘ってみようよ」


「……はい、そうですね……」



気を取り直して居間の掃除とパーティーの飾り付けの準備をしに行こうとしたら、なぜかその居間の中から寝息が聞こえてくる。



「……くかー」


「……小夜ちゃん、寝ちゃってますけど……」


「……どんだけ寝るの、この娘?」



しかも大事そうにさっきのリュックを抱いて丸くなっている。この前来た時に初めて触った畳の感触が余程お気に召したのか、ちゃぶ台をズラして居間のド真ん中でスヤスヤ眠っている。



「ほら小夜! 起きなさい!」


「……ほぇ?」


「ほぇ? じゃないわよ! 準備するの!? しないの!? どの道ここで寝られたら邪魔なのよ!」



寝ぼけている小夜を叩き起こそうと頬をペチペチ叩いてみたが、座りながらでも目をつぶってしまう。

そんな小夜を気遣って、美代子さんが居間に入ってきて後ろから脇に手を入れて優しく小夜を抱き起こしてくれた。



「小夜ちゃん、もし良かったらおばさん達のお部屋でお昼寝してね? 小夜ちゃんが眠っている間に準備済ませて、パーティー始まったら起こしてあげるから」


「……はーい、お母さん、航クンはゾウさんで瑠璃ちゃんはお揃いのウサちゃん……」



やっぱり寝ぼけてる。自分が誰の家にいるかもわかっていない小夜を、美代子さんは支える様に寄り添って2階の部屋へと連れて行ってあげてくれた。

寝ぼけているにもかかわらず、小夜はしっかりリュックを抱いたままだった。盗む人間なんかいないんだから置いていけばいいものを……。



「……すいません、お母さん、色々お世話になって……」


「いいのよ、那奈ちゃん、いつも麻美子が同じ様にお世話になってるんだから、おばさんからお返しよ」



ますますいいお母さんだ。是非とも我が家にもこんなお母さんが1人欲しい。今度のクリスマスでサンタさんにお願いしてみようかな。



ボーン ボーン ボーン ボーン



麻美子の家にある古い時計が時間を教えてくれた。もう4時だ。窓から外を見ると、すでに日が暮れ始めて風も窓ガラスを揺らすほど強くなってきた。



「……航君達、どこまで行っちゃったのかな……」



麻美子が時計を見て心配した時、玄関の戸がガラガラッと開いた。どうやら、航達が帰ってきたみたいだ。



「航君、瑠璃ちゃん、お帰りなさい! こんな寒い日に外に出て行っちゃったから、おばさん心配したわよ?」


「…………すいません」


「……あらあら、瑠璃ちゃん鼻水出してるじゃない? もし良かったら、下のお部屋で暖まりなさいよ?」


「…………いや、いいです、邪魔になるでしょうから」



そう言うと航は瑠璃を背負ったまま2階に上がり、自分達の部屋に入っていってしまった。それを見た私と麻美子は顔を見合わせてガックリと肩を落とした。



「……話し掛けるチャンスすら無さそうだね……」


「……そうですね……」



とりあえずパーティーの飾り付けの準備も終わり、後は美代子さんが作ってくれる料理を待つだけになった。

一段落ついて私達が居間で休んでいると、診療を終えた遠藤先生がわざわざこちらまで顔を出してきてくれた。



「やぁ、いらっしゃい皆さん、綺麗に飾り付けしてくれたみたいだね、どうもありがとう」


「いえいえ、そんな、お仕事お疲れ様です、先生」


「お父さん、お仕事お疲れ様」


「おや、男の子までいるのか、麻美子は随時と人気者なんだな」


「……あっ、どうも初めまして、風間です」


「……やだ、お父さん、そんな事無いってば……」



先生も混じってしばらく談笑していると、美代子さんが出来上がった料理を持ってきてくれた。



「あら、あなた、お疲れ様です、食事はちゃんと分けて作ってありますから」


「あぁ、ありがとう、さすがに私はパーティーをする様な歳では無いからな。ところで、航はどうした?」



先生の言葉に、私達は答える事が出来ずに黙ってうつむいてしまった。



「……そうか、なら仕方ないな……」



先生までもが無言になって、部屋がシーンと静まり返ってしまった。その時、2階から誰かが階段を降りてくる音が聞こえた。



「……誰? 航かな? それとも小夜が起きたのかな?」



背の高い人影が見えた。航の様だ。どうやらトイレに行ったらしい。



「……ちょっと失礼する……」


「……あなた、どちらへ?」



遠藤先生はスクッ立ち上がると、居間を出て航が向かったトイレの方向へ進んでいった。何やら緊迫した空気になってきた。



「……航、ちょっと待て」



トイレから出てきた航を呼び止め、遠藤先生は説教に近い剣幕て説得し始めた。



「いいか航、私がこの家にお前達を連れてきたのは、出来るだけもっとお前達に多くの人を接触して欲しいからだぞ!? お前達を助けてくれる人達もちゃんといる事を知ってもらいたかったからだぞ!?


「………………」


「なのにお前は、自分から人を避けてしまっている、人の優しさをはねのけてしまっている! どうしてそんな事をするんだ! こんなに優しい友達がたくさんいるのに!?」



私達は居間から壁越しに遠藤先生と航の会話を黙って聞いていた。とても私達だけでパーティーをしていられる様な雰囲気では無かった。



「航、心を開け! 俺達は味方だ、お前達の味方だ! お前達はもう1人じゃない、もうそんなに苦しまなくっていいんだぞ!? その為に俺はお前達をここに連れてきたんだ!」



しかし航は、遠藤先生の言葉を避ける様に無言で二階に上がろうとした。それを見た遠藤先生は急いで航の腕を掴みそれを阻止した。



「航、いい加減にしろ! このパーティーはお前と瑠璃の為にみんなが用意してくれた物なんだぞ!」


「…………いりません、そんなもの」


「待て、航! 瑠璃はどうする!? お前はこのまま歩く事も喋る事も出来ない瑠璃をずっと閉じ込めておくつもりか!?」



聞いていて胸が苦しかった。さすがにもう限界、心配になった私達は居間を出て急いで階段へと向かった。



「航!」


「航君!」



私達の声を聞いた航は階段の途中で一度止まりこちらを見た。その目はとても寂しそうで、悲しそうだった。

何て話しかければいいかわからない私の前に翔太が出てきて航の顔を見上げ、なだめる様に優しく話しかけた。



「……航、俺達、学校で約束しただろう? 何かあったら助け合おうぜって、俺と、航と、薫でさ…」


「…………翔太」


「航、信じてくれよ俺達を! 那奈や小夜や翼や千夏、麻美ちゃんとそのお父さん、お母さんを!俺達はお前の仲間だよ! 家族だよ! 友達なんだよ!」



翔太の言葉に、航はうつむいて下唇を噛みじめ、そして、顔を上げでポツリと呟いた。



「…………そんな人間、いる訳が無い」


「……航!?」


「…………心の底から、人を想ってくれる人なんている訳が無い、そんなの上辺だけだ」



航は先生に掴まれた腕を振り払い、再び二階に向かって階段を上がり始めた。



「……航、待って! 小夜もこのパーティーを楽しみにしていたの! プレゼントも航や妹さんの分まで夜遅くまで頑張って作ったの! お願い、小夜の気持ちだけでもわかってあげて!」



私はどう思われてもいい。せめて小夜だけは、小夜の事だけは嫌ってほしくなかった。もう、あんなに苦しんでいる小夜を見たくなかったから……。



「小夜? それはもしかしてこの前の元気な娘さんか? その娘はどこにいるんだ?」



遠藤先生が美代子さんに質問した。そういえば今日は小夜は遠藤先生にまだ挨拶をしていなかった。



「……それが、準備中に眠くなってしまったみたいで、今、私達の部屋で休んでもらっているんですけど……」


「…………!!」



美代子さんの話を聞いた航は血相を変えて階段を駆け上がった。その姿を見た私はこの前のあの出来事を思い出した。



「……小夜、まさか!?」」



航の後を追って階段を上がると、美代子さんが小夜を連れて行った部屋の扉が開いていた。そして、中は真っ暗で誰もいない。



「…………瑠璃!」



航は凄い剣幕で部屋の入り口にいた私を跳ね飛ばし、瑠璃がいる自分達の部屋の扉を壁に叩きつける勢いで開けた。

もしまた小夜がこの部屋に入っていたら、航はまた激怒するだろう。そうなれば、今度こそ私達と航の友情は終わる……。



「いい加減に……!」



部屋に入り、怒鳴りつけようとしていた航の言葉が突然止まった。口を開けたまま、部屋の中を見て唖然としている。何があったのか?



「……小夜!」



起き上がらせてくれた翔太や麻美子と一緒に航の後ろから部屋の中を覗き込むと、そこには、私達も驚く光景、いや、何かとても、心が洗われる様な美しい光景があった。



「……くかー」



怖がって一切人に近づかなかった筈の瑠璃が、白いベッドの上で小夜と仲良く並んで手を繋ぎながら眠っていた。

2人とも似たようなウサギのぬいぐるみを抱いていて、どうやらついさっきまで遊んでいた様な形跡まであった。



「……私達が知らぬ間に、小夜はこっちの部屋に来てたんだ……」


「……瑠璃ちゃん、航君以外の人がいたら、怖がって絶対に寝なかったのに……」



麻美子の驚いている顔を見て、私はあの小夜が私達がどんなに頑張っても出来なかった、何かとんでもない事をやってのけたしまったのを理解した。

麻美子だけではなく、後から二階に上がってきた遠藤先生と美代子さんもその二人を見て驚きを隠せなかった。



「……あなた、これ……」


「……奇跡が起こったかも知れん……」



奇跡、そう言った遠藤先生の表情は大真面目で、決してその言葉が大袈裟なものではない事を物語っていた。本当に、今まで起こり得なかった事が今、この部屋の中で起こったのかも知れない。



「……航、小夜は、俺達は味方だよ、これでわかってくれたか……?」


「…………あぁ」



翔太の問い掛けに航は静かに頷いた。やっと、航の心に私達の声が届いた。穏やかな表情に戻った航を見て、私と麻美子は顔を見合わせてニコッと笑いあった。


この時の小夜と瑠璃の寝顔はとても安らかで、私の記憶に鮮明に残った。まるで、天使の姉妹が雲の上で揃って眠っているみたいだった。



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