表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

変革者の女神

歩は意外と淡白な性格をしている。

辞めてしまった事は仕方がない、後悔もしていないし悩むこと自体が柄に合わない。ひっぱたかれたのは納得いかないが、いきなり辞めて、更にその理由が“男の夢”というのだから怒られても仕方が無い。むしろ快く送り出してくれた店長はいい人なのかもしれない。俺なら文句の一つや二つは言うだろうな。


そんな事を考えながら歩は自転車を停めた駐輪場に向かった。

竹を割ったような性格の持ち主である歩は、お世話になったバイト先のコンビニを名残惜しそうに見る、なんて事はせずに停めていた自転車に跨り<変革者の女神>が待っている喫茶seedに向けて自転車を漕ぎ出した。

白神町から南川町まで自転車で全力で漕げば20分、ゆっくり漕げば35分はかかる。距離的にはそこまで遠くはないが、坂道が多く、カーブも多い。当然夏場だから坂道を全力疾走なんてしてしまったらそれこそ汗ビッショリになって替えの半袖が必要になってしまう。

一応エチケット、ということで汗臭いのはNGというのは歩も考えなくてもわかる。制汗剤をしゅー、とひと吹きして坂道を気合をいれてペダルを漕いだ。だが、歩は良くも悪くも普通の19歳。途中でバテるのは当然であって誰もそれで咎めよう者はいない。

歩はハンドルを両手に握り、自転車を押しながら坂道を登る。多少時間はかかるが、仕方ない、と腹を括っている。

そう、ただ一人を除いては。

ピロリン♪ピロリン♪とスマートフォンから通知を知らせる音が鳴る。誰が何のようで送ってきたのは見なくても解ったが、歩は一応確認の意味を込めて指をスライドさせた。


@ayumumu

【遅いわね。何をしているのかしら?今私は身も凍てつく極寒の中で砕氷に剣を突き入れて待っているのいうのに】


(まるで意味がわかんねー!。えっ、つまりはクーラーがキンキンに効いてる店内でカキ氷を食べながら貴方を待っているわ、って事だよな?)


「くっそー、俺が必死な想いをして暑い中チャリを漕いでるってのに。あのヤロー」


歩は理不尽な、と思いながら結局最後まで自転車を歩いて押した。


坂を登り終わると、だいたい真っ直ぐの道に出た。周りを見渡すと田んぼや畑もあちこちにあって、そのせいか水路も多く、民家はそれ程多くはない。

民家が多くないという事は当然人だかりもなく、普通に自転車を漕いでも十分に待ち合わせの時間には間に合うレベルだ。


「さてと、急ぐか」


歩は自らを鼓舞しながら自転車を全力で漕いだ。


10分ほど漕ぎ進めると南川街に着いた。南川街はわりと広く都会と呼んでもいいほど高層ビルは立ち並び、お店や市場も展開されていた。喫茶seedは南川駅の真横にあるため、迷わずにたどり着く事が出来た。



「ここだよな?」


喫茶seedとデカデカと書かれた看板を前に歩は立ち止まり、スマートフォンの操作を始めた。


@world_ending

【着いたぞ、どこの席だ】


到着の報告と、席の確認をする為に<変革者の女神>にリプライを送る。

送り終わって20秒もせずに返信が来た

@ayumumu

【カウンターから見て、右から二番目の席よ。白のワンピースを着ているのが私ね】


返信はやっ


そんなことを思いながら店内に入ることにした。


「いらっしゃいませ、魔王様♪」

「へ?」

歩は耳を疑った

「魔王様じゃだめですか?では、勇者様、賢者様、など呼び方は御座いますが以下がなさいますか?」


歩は冷静に周りを見回した。入口には某ゲームの魔王キャラの絵が飾ってあり外壁もトンネルや何処かのダンジョンをイメージさせる茶色だかの配色を使っている。普通のファミレスでは必ずある電灯も、この店では松明に火を灯してあるように見える加工が施してあり俗に言うところの○○喫茶と呼ばれる専用の喫茶店の類だ。

細かい所にまで手が込んでいる内装だが、それより目を引くのはなんといってもこの店の制服だ。

猫耳ならぬ魔獣の角に、マントを羽織り目にはカラーコンタクトを入れ。設定すら無視をするような斬新な格好の前ではツッコミを入れる気も無くなるというもの。

歩は苦笑いしながらウェイトレスさんと向き合った。


「すみません、えっと俺この店の初めてなんでよく分からないんですが、普通の呼び方とかありますか?」

「普通と言いますと……どの様な呼び方がご所望でしょうか?」

可愛らしくウェイトレスさんは首をかしげて聞いてきた

「そうですね……。○○君とか、○○さん、とかお兄ちゃん。とか……ですかね」

「すみません。当店ではその中ではお兄ちゃん、しか対応しておりません」

「えっ、してるの!?本命過ぎてビックリしたよ、逆に。えっと、じゃあそれで。あっ、因みに名前は歩です」

「了解したよ♡勇者歩お兄ちゃん♡」

(くっそ、可愛いな)

「それはそうと待たせてる人がいるんで、すみません」

そう言って歩は一礼して立ち去ろうとすると後ろから袖をキュッと摘まれた

「勇者歩お兄ちゃんよ、それ以上進みたかったら私の屍を超えていくのだな」

自信満々に仁王立ちするウェイトレス。不敵、という言葉が似合うその表情はまるでゴゴゴゴと後から効果音すら連想させる。

(えっ、ナニコレ。どういうこと?)

硬直する歩に構うことなく、妖艶?なダンスをし始めた。暫く見ていると後ろのフロントからウェイトレスBウェイトレスCという札をした人たちが現れてきて歩を囲んだ。

「ちょっ、これ何ですか!?」

いまいち状況を理解出来ていない歩は聞いてみることにした。お店流のおもてなしかもしれないと考えていたからだ。

(これおもてなしだったらすっごく迷惑だな。改善要求しないと)

「さあ、私たちを倒していきなさい」


(倒せって言われても……って、なんだこれ!)

歩は目を疑った。ウェイトレスさんの顔の横あたりに何処からかレベル、属性、HPと書かれたものが浮かんできた。

他の二人も同様に顔の横あたりにレベル、属性、HPと表示されている。他にも何か装備しているみたいだが、どうやら相手の装備は見れないらしい。

レベルとはこのウェイトレスさんの強さをさす。この数値が高ければ高いほど手強く、逆にこの数値が低いほど弱いという事だ。

因みに属性はその人が持つ、体質に値する。

HPとはヒットポイントを指し、この数値が高ければ高いほど耐久力が高い、という事だ。


歩はゆっくりと頭の中を整理し、じっくりとウェイトレスさんを観察した。


(レベルは2で属性は妹、耐久力は7か。数値的には大したことないけど、どうするか)


1 普通に倒す

2 スルーする

3 帰る


普通であれば耐久力が視えているという事は戦闘で突破しろという事だというのは誰が考えてもすぐに分かる。RPGでいう所の始まりの村、それが此処に当て嵌る。ゲームの中なら今頃チュートリアルが始まっていてそれに沿って戦闘での流れが懇切丁寧に説明されているだろう。

ただ、現実はそんなに優しいものではなくリセットも利かなければ説明書なんてない。手探りで一つ一つ覚えていく他に手段がない。ゲームのような事に客観的に自分を第三者として考える事が出来れば話は変わってくるが、実際自分を主観に置くと色々な固定概念や雑念に襲われる。

例を挙げるとすれば“女性には手を出さない”という正義感だ。

実際に男と女では力の差は歴然で歩が鍛え抜かれたガッチリ体型の男でないにしてもそれは変わらない。一度力を加えてしまえばそれっきり。まず純粋に考えて歩が力負けすることはほぼ有り得ない。

が、しかしフェミニストという訳ではないが、歩は女性をなるべく大切に扱う紳士的な面を併せ持っている。だから迂闊に手を出すことが出来ない。

仮に倒してしまったとしても後に必ずと言っていいほど起こりうるであろう悲劇が待っている。誹謗中傷だけならまだしも、痴漢やセクハラだと因縁をつけられて警察沙汰になるのは勘弁であってなるべくは穏便に済ませたい、というのが本音だ。

かといってスルーしても場違い感に苛まれ寛ぐことも出来なくなる。郷に入っては郷に従え、という言葉もあるようにその店にはその店なりのルールやしきたりが存在し、これがこの店のおもてなしだとしたらスルーするという行為はそれに反する。周りに座っているお客さんも珍しがったり騒ぎ立てたりしておらず平然と会話を楽しみ、デザートの苺が沢山乗ったチョコレートのパフェを何食わぬ顔で頬張っているところを見るとこの店員の悪ふざけは一種のおもてなしだと考えられる。

とりあえず歩はスルーは無しの方向で、つまり「戦う」のコマンドに従った。

その前に自分がこの場ではどの様な役職でどんなステータスをもっているかの確認に入る。この確認は脳内にある経験に基づき、決してソレをする為に時間はかかったりはしない。言ってしまえば自分の名前、出身地を一々思い出したりしないのと同じ、このバーチャリティなエフェクトに切り替わったら自動的に脳内からデータが送られるという簡易的なシステムだ。

どれどれ、と歩は自分のステータスの確認に入る。脳内で記録されたデータが射影機などありもしないのに空中に、目の前に情報として投射される。

名前 アユム

レベル 1

HP 25

属性 兄 勇者

回避 12

防御 8

攻撃力 11

装備 私服 防御+1 追加効果なし

と丁寧に情報として提示された。さっきのメイドの時は名前、レベル、HP、属性しか表示られなかったがどうやら自分のステータスだけはその他の数値まで見る事が出来るらしい。


「げっ、絵に書いたかのような初期値だな。つーか兄属性ってなんだ、兄属性って」

歩は苦笑いしながら一人でツッコミを入れる。

歩はRPGゲームは触った程度でしかない、チュートリアルもない、やり直しも利かないこのリアルタイムを凌ぐ方法を思いつく訳もなくただ呆然と立ち尽くすだけだった。

むしろ何もしないで相手に倒されたっていいんじゃないか、素人なんだし仕方ないよな、などという逃げの発想が頭をよぎる。

(そもそも武器が無いのがおかしいだろ、明らか勇者じゃなくて武道家だよな、これ)

歩はこの手のゲームの詳しいことは知らない、ただターン性なのは分かった。

歩の攻撃→ウェイトレスAの攻撃→ウェイトレスBの攻撃→ウェイトレスCの攻撃とチェーンを繋ぐかのように攻撃行動は一周していき、敵の攻撃が終わればまた歩の攻撃から始まる。

(つまり、態と攻撃を外してしまえば良いって訳だな)

考え方一つで何でもなる、歩はウェイトレスAに向かって攻撃を仕掛けた。すると、何も無かった装備の欄から勇者の剣、勇者の盾、勇者のローブ、勇者の鎧といった勇者出張セットが飛び出してきた。

装備を整えればステータスも変わる、それがRPG。

攻撃は始まってしまった以上は止めることも出来ず空を一閃する。魔王を退けた剣、勇者にしか使いこなすことが出来ない剣、聖剣と謳われし伝説の剣の一太刀、当たれば低レベルの敵であれば一撃KOのドリームパンチ。

しかし、間合いの見極めも出来るわけもなく素人勇者アユムの攻撃はウェイトレAに届かなかった。

歩の攻撃は不発に終わり、ターンがウェイトレスAに回ってくる。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ