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歩バイト辞めるって

ジリリリリン!ジリリリリン!ジリリリリン!

2020年、7月俺は何時ものようにバイトの為に朝の8時に目を覚ます。スマートフォンのアラームを毎朝8時に設定している、顔を洗ったり朝ごはんを食べたりとそこそこ健康的な生活を送っているつもりだ。まあ、バイトと言っても大層な物じゃない、コンビニのレジ打ちといった簡素な仕事だ。友達との付き合いもあるしテキトーに始めたバイトだが嫌いじゃない。バイト仲間で同い年くらいの男友達も出来たし、割とスタイルが良くてカワイイ系の女の子ともそこそこ仲良くなれた。今の生活にはそこそこ充実感を持っているし、今更変えるつもりもない。


7月11日、そんな俺、夢原歩をこの“仮想の世界”に落とした。


朝からそんなに手間のかかる料理など作れるわけもなく歩は冷蔵庫にあった納豆と卵を取り出してお椀の中にもられた白米の真ん中に穴を開け、そこに割った生卵を1つ落とす。軽く箸でそれを溶きながら醤油を微量入れ、納豆を突っ込む。そしてマヨネーズに、取っておきの鮭フレークを入れグイングインと掻き混ぜる。

「うーん、デリシャス!朝はやっぱりこれだなあ」

そんな独り言を言いながらいつも見ている「水曜の朝から失礼しません!」という謎のタイトルのコメンタリー番組を付け、ボケーっとしながら朝食を口に運ぶ。テレビで格差社会の話を取り上げられていた。あんまり興味もないけど流し程度に聞くことにした。「知ってますか?今売れているお笑い芸人、卵かけ赤飯ですが、一ヶ月前より月収が50倍は上がったみたいですね。売れなかった時期もありましたから、これで生活も変わるんじゃないでしょうか」

ビクッ!歩は意識してないのに身体が震えた。

下積み時代があったにしろ、50倍はないだろ。たとえ五年間仕事がないにしろ営業にバイトとやれることはあったはずだ。それに比べ、工場でもなんでも汗水流して働いても一定の給料から急激には上がらない。ジワジワ上がっていって役職が就けばやっと報われるくらいだ。こ、コイツら。一ヶ月分の給料を一日、いや、一時間で!?。そういえばこの間結婚した奴も一般人からのラブレター5枚でストーカー被害出したけど同じ芸能人からは40通ラブレター貰っても出さなかったと聞くな。性格ドブス野郎め

「……ゆるせねえ。」歩に嫉妬に似た感情がこみ上げる。考える前までは何も考えていなかったが、子供の役者さえ裏の顔、汚い奴だと思える程に心は淀んで、燻んで見えた。

「冗談じゃねえ。こんな所でバイトしてる暇なんてない。俺が、俺だってこの狭い籠に収まってるだけじゃないんだよ!」

「見せてやる、俺の本気を見せてやる!」

と、熱りたった歩だが、特技なし、資格なし、やる気だけはあるといった典型的な阿呆で何をしても続かない駄目人間だということを思い出した

「このままじゃ話にならんな。とりあえず仲間増やすか」

一応歩はTwitterではそこそこ仲間がいてフォロー600フォロワー1300とそこそこの人気があった。CASをしても50人は見に来るし、ネタツイートも20リツイはくだらない

【俺と一緒に天下取ってテレビ業界の鼻をおろうぜ!】

とりあえず気軽にTwitterに投稿してみる。少し自信があった歩だが、現実は甘くない。こんな台詞に釣られる能天気な奴はいるわけもなく、投稿してから一時間経ったが何も反応が無い。相互フォローされてるbotにすら反応がなかった。

……くっそ、いつもは罵倒リプしてくるbotですら無反応か。正直凹むな。暫く反応のない端末を開いているとバイトの時間にすぐなった。歩は重い足を引きずりながらバイトに向かう。バイト先までは自転車で15分程度で車通りも少ないので時速30kmは出しても問題は無い。シャー!と自転車を飛ばしながらも反応がやたらと気になっていた。運転中に端末を弄るわけにもいかず大人しくバイト先までペダルを漕ぎ続けた。


てんてんてんてんてー♪

バイト先の自動ドアを開けると何処のコンビニでも流れるような音楽が歩の来店を皆に知らせる。裏口というのが存在しない為にお客のご来店と間違われるケースもたまにある。

「いらっしゃいませー。ってなんだ、歩先輩ですか」

陳列の仕事をしていたせいか顔を見ていなかったらしく歩とお客を間違ったらしい。

「んだよ。俺じゃわりいか」

歩そう返すと新人の背中を軽く手のひらでバシッと叩いてレジの隣の事務所に向かう。


「おはようございまーす」

歩は元気よくいつもと同じようにマネージャー、バイト仲間が居る事務所に顔を出した。すると三つの声が返ってきた

「おう、おはよーさん。歩」

声をかけてきた中年のおっさんはマネージャー。見た目は何処にでもいるおっさんで趣味はダンスと意外とアクティビティだ。身長もそんなに高くなく、the日本人というあだ名はこの人の為にあるんだなあ、なんて歩は偶に思ったりする。

「おっす、歩」

ラーメンの容器とにらめっこしてる、高身長の厳つい男はバイト仲間の兼本眞平。見た目はスポーツマンだが中身はただのインドアで趣味はアニメ鑑賞に聖地巡礼といった世に言うところのヲタクと呼ばれる部類だ。眞平の携帯ストラップには新旧とわずにアニメのカワイイ女の子のストラップがジャラジャラしている。

「やっほー、歩」

スマホを弄りながら挨拶をしてきたのは風宮美鈴。見た目はすっごく可愛い。その反面天然というデメリットを背負っている。この間も待ち合わせで驚かせようとして十分くらい隠れていたら歩を見失って大騒ぎしていたことも考えると残念、この一言で片付いていしまう。

「おう、眞平。何やってるんだ?

まあ見ればわかるけど」

ラーメンを幾つも並べて思考しているバイト仲間の眞平に訊ねてみた。

「朝飯食ってなくてさ。なーに食べようかって迷ってたらさ、このラーメン“萌え萌え症状魔女っ子ミント”とコラボしててさ。ほら、これがミントちゃん、これがティラミスちゃん、これがマーマレードちゃんでこれがメイプルちゃん。どれから先に頂いちゃおうかなー、と」

ガサガサと取って説明して見せてきたが、何がなんだか分からない。まあ、結論からするとどの女の子から頂くか迷ってるみたいだ。

「はぁ、その子達も可哀想に。眞平に食べられちゃうんだから(意味深)」

「おい、それどういう意味だよ!。知ってるか?魔法少女っていうのはな、大きなお友達の友達だけでなく、小さい子供たち。そして、若者のリビドーを掻き立てる魔法がかけられているんだよ!」

「眞平、うるさい」

歩が言うまでもなく多少引き気味に美鈴が言い放つ。真っ直ぐな言葉なだけあって眞平の精神もノックアウトだ。

「はいはい、トリオ漫才はそれまでにしておけよ。さっさと制服に着替えて仕事せい」

時計を見ると既に9時20分を差していた。歩は直ぐに制服に着替え、その上にエプロンを付けると急ぎ足で事務所を後にした。

平日の朝っぱらという事もあってそこまで客足は無く、一時間の内に10人程度だったので、歩一人でも難なくこなせるレベルだった。夏だから中華まんが出る訳でもなく、フライヤー製品も出ない。「アイスやジュースを購入するお客が多いなあ」くらいの感想しか持ち得なかった。

それから3時間、とくに客足が増えるわけでもなく、休憩上がりの美鈴と暇談義を繰り返していた。

そうしている内に3時間経ち、12時30分になり美鈴に休憩に行く、と一言知らせてから事務所に戻った。

とりわけお腹も空いているわけじゃないので自分でレジを売って1つ105円のおにぎりを購入する。もちろん中身は海老マヨだ。

「おう、お疲れな、歩」

事務所のパソコンを弄りながら店長がねぎらいの言葉をかける

「あざーす」

客の出入りも少ないせいかあまり疲れてもいなかったので適当に歩は返事を返す。

歩はさっき買ったばかりのおにぎりの封を丁寧に開け、片手でおにぎりを持ち、片手でスマートフォンを操作する。

(どうせ何も反応なんて無いだろ)

歩はあまり期待もしないでTwitterを開く。

通知欄にリプライが一件。botが今更になって反応したな、程度の考えで開く事にした。


変革者の女神


@ayumumumu


【面白いことを言うわね。気に入ったわ、私もこの腐った世界に

秩序と鉄槌を、と考えていたのよ】


痛いヤツだ、と歩は端末の画面を見ながら失笑した。

(いや、待てよ。俺のあの発言もそこそこのレベルだったぞ?それに乗ってくれるってことは、俺と同じ種族の奴なのか。たぶんコレで変な対応したら離れていくんじゃないか?……いや、それはアカンな)


@warld_ending

【ふっ、俺と同じことを考えている奴がいるとは。この地上の無能な豚共の中にもまともなのがいたものだ】

@ayumumu

【この現世に産み落とされた穢れの中にもマトモな雄も居たものね。ええ、貴方と私の利害は一致しているみたいね。早速だけど、これから南川町の喫茶seedに来てくれないかしら。報酬なら出すわ?今来てくれたら、貴方の一日分のバイト代以上は保証するわ。どうかしら?】

@warld_ending

【今からか?後三時間待てるか?】

@ayumumu

【無理ね。人間の雄はレディを待たせるのかしら?】

@warld_ending

【ふっ、俺をそんな下種族と一緒にしないでくれ。すぐ向かう】


ふう、端末をテーブルに置き歩はため息をつく。


「店長。突然だけど今をもってバイト辞めます。理由は、男の夢で分かって下さい」

「いやいや、分からんって。とりあえず落ち着け、歩」


くるっと回転する椅子を反転させながら店長は歩を落ち着かせようとする


「考えないでください、感じてください。男の子が男になる時が

来たんです!」

「いやいや、知らんって。って、おい!それは一大事だ、解った。後は俺達に任せて大人の階段登ってこい。なーに、バイトなんて募集すればいいだけの話だ」


店長は右手の親指をピンと立て歩を激励した。早く行け、と目線を事務所の外に向ける。その顔は子供の独り立ちを見送る親のように優しくも寂しそうだった。


「お世話になりました!」


歩は一礼をして事務所を立ち去った。

その姿を見た美鈴は歩を呼び止めた。その顔は少し心配そうに

「どうしたの?歩。何かあったの……?」

帰っていく歩の家族の身に何かあったのではないかと心配そうに歩の顔を覗き込む。

「いや、何でもないよ。ただ、やらなきゃならない事が出来てバイト所じゃなくなったんだ」

「は?何それ意味わかんないから!えっと、冗談だよね?」

嘘じゃないかと聞き返してくる美鈴の目は本気だった。本気の想いには本気で答えるしかない。そう決めた時にはもう遅く、事務所から出てきた店長が言った発言に場が凍りついた。


「歩はな、これから男になってくるんだ。察してやれ」


三秒間たっぷり考えた美鈴は何を考えたのか顔を紅くした。その様子を見て不思議そうに首をかしげている歩に一歩近付き、そして、腰を回転させて手首のスナップを利かせた見事な迄の平手打ちが飛んできた。


「さ、サイテー!変態!歩のばかー!」


歩に平手打ちをした美鈴はズンズンと踵を返して事務所に戻っていった。


「おれ、何もしてないのに……」


謝るにも、誤解を解くのも火に油を注ぐだけだと思った歩は引張たれた頬を擦りながら自動ドアを開けて外に出た


「青春だねえ」


それを見た店長は呑気に笑っていた

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