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キジキジ  作者: 伊佐神丈
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伝説の怪盗

「茶を一服もらうとするか」

 桃太郎が突然そう言ったのは、山道の右手に、茅葺きの小さな家が見えてきたときだった。

「茶屋には見えんがな」

「茶屋にしか茶がないわけではあるまい」

「なるほど、ずうずうしい」

 山道脇の細い道を少し入ると、竹林に囲まれた場所に、その家はあった。

 軒下には、服が干してあり、大根が数本、紐で吊るされている。

「御免」

 桃太郎は、無遠慮に戸を叩いた。

 返事はない。

「空き家のようだな」

「いや、どう見ても住んでるだろう」

 桃太郎は、がらりと戸を開けると、ずかずかと中に入っていった。

 やはり、中には誰もいなかった。どうやら留守らしい。

 桃太郎は、土間に置いてある壺やら棚やらを、勝手に漁りだした。

 白犬は、何を興奮しているのか、家の中を駆けまわり、猿のほうは、土間から板間へ上がって、ごろりと横になった。

「うっ、くさい! なんだこれは!?」

 突然、桃太郎が、鼻をつまんでのけ反った。

 と、あたりに、クチバシを締め付けるような強烈な酸っぱい臭いが広がってきた。

ずしだ。早く蓋を戻せ」

 俺は、たまらず板間から外へ避難した。

 臭いが消えるのを待って、家の中に戻ると、

「お、なんだこれは」

 桃太郎が、大事そうに布に包まれた一口の刀を発掘してきた。

 粗末な家に似合わず、なかなか立派な装飾が施されてあった。

「ふむ、これはなかなか」

 桃太郎は、当然のような顔で刀を腰に差して、家探しを続けた。

「物盗りとは恐れ入った」

 俺が言うと、桃太郎は悪びれもせず、

「知らんのか。勇者は他人の家の物を無断で拝借してもおとがめなしという不文律があるのだ」

「それはすごろくの話だろう」

「なんだ、銭はこれっぽっちか。お、茶があったぞ」

 桃太郎は、かまどに火を入れて、湯を沸かし出した。

 俺は、呆れ果てて言葉もなく、囲炉裏のそばに羽を休めた。


「茶菓子のひとつも置いていないとは、気がきかんな」

 文句を言いながら、桃太郎が漬物を食べ、茶を喫し終えたところで、俺は、気になっていたことを聞くことにした。

「そちらの……イヌカイといったか」

「むっ、俺か?」

 その場でぐるぐるとコマのように回転していた白犬が、ぴくんと顔を向けた。

「ちょっと待ってくれ。俺の後ろに、白くてモコモコしたへんな奴がついてきているのだ」

「安心しろ、それはお前の尻尾だ」

「なんと!?」

「それより、聞きたいことがある」

「おう、なんでも聞け」

「なぜ、この男に付き合うことにしたのだ。まさかキビ団子につられたわけでもあるまい」

「決まっている!」

 と、イヌカイは誇らしげに胸を反り返らせた。

「犬は、忠節をもって尊ぶ。ご主人である桃さんに付き従うのは、当然のことだ」

 どうやら、もともと桃太郎に飼われていたらしい。

「飼い犬なのにイヌカイか。ややこしいな」

「そうだろう。俺も、ときどき自分が、飼っているのか飼われているのか、わからなくなるのだ」

 犬は飼い主に似るというが、不幸なことに、この白犬も例外ではなさそうだった。紛うことなき馬鹿だ。

「では、そちらの……ササモリだったか。お前さんは?」

「俺かい」

 猿は、横になったまま、片目だけ開けて、

「ただの暇潰しさ」

「暇潰し? 命がけでか」

「生き物の一生など、所詮死ぬまでの暇潰しよ」

 と、皮肉な笑みを浮かべた。

 こちらは阿呆というわけではなさそうだが、あるいはもっとタチが悪いかもしれない。

「要約すると、俺の徳に惹かれてついてきた者たちということだな」

 桃太郎が、うんうんと頷きながら言った。

「どこを要約するとそうなるのかわからんが、そうなると、桃の字」

「なんだ」

「お前さんの徳とやらは、獣相手にしか通用しないのか」

「どういう意味だ」

「ここにいるのは、獣だけだ。お前さんの徳に惹かれてついてくる人間は、なぜ一人もいない」

 ふいと桃太郎は表に顔を向けた。

「風が出てきたな」

 沈黙が流れた。

「……もしかして、友達がいないのか」

「桃さんの友は、俺だけだっ」

 イヌカイが、自慢気に吠えた。

「黙れっ!」

「わんっ」

 桃太郎の怒号に、イヌカイはびくりと首をすくめた。

「違う、友がいないわけではない、腕の立つ者がいなかっただけだ」

 名の通り、桃のような色になって否定した。

 その言葉が真実だとすると、この男の友は犬猿以下ということになるのだが……。

「しかし、犬や猿ならまだしも、どうして俺なのだ? 鋭い牙があるわけでもなし、さして戦いの役に立つとも思えんが」

「鳥の目は、斥候としてこれ以上はない」

「ならば、鷹でも連れて行けばよかろうに。目は俺よりいいし、強靭な爪は鬼にとっても脅威だろう」

「鷹が扱えるほどならば、鷹匠を生業にしている」

「なるほど、ではお前の生業はなんだ?」

 桃太郎は、ぐっと顔を固くした。

「……警備の任にあたっている」

「というと、侍所というやつか」

「いやいや……守護といったほうがいいかもしれん」

「では、どこぞの荘園の守護職でも?」

「そう……の、ようなものだ」

 また、煙たい物言いになってきた。そろそろ俺にも、この男がこういう言い方をする時がどういう時か、わかってきた。

「……要するに?」

「桃さんは、自分の家を警備しているのだっ」

 イヌカイが、また首をつっこんできた。得意気に続けて、

「しかも、毎日休みなしだ、偉いんだぞ!」

 今度は、怒号は飛ばなかった。

「……英雄の生家を後世に伝える、重要な仕事だ」

 桃太郎は、重々しく言って、茶をすすった。

「世間でいうところの、穀潰しというやつだな」

 その穀潰しが、鬼の財宝で一獲千金を狙っての鬼退治……いっそ鬼の応援をしたくなってきた。

 そのとき、戸のほうからゴトゴトと音が鳴った。

 見ると、土間に、籠を背負った老婆が立っていた。

「なんじゃ、おのれら。盗人か」

 もごもごと歯のない口が動くと、呪詛に似たしわがれた声が出た。シワの隙間から、刺すような視線を放っている。

 桃太郎は、立ち上がると、

「たわけ、盗人がなんで腰を落ち着けて茶を飲むものか。不用心なこの家の留守番をしてやっていたのだ」

 居丈高に言い返した。

「そうだそうだ!」

 イヌカイが、わんわんと吠え立てた。

 ササモリは、あくびを一つ残して、うるさそうに縁側から表へ出て行った。

「おう、盗人猛々しいとはこのことじゃ。その腰のものはなんじゃ、わしの爺さまの形見じゃないかえ」

 老婆は、籠をおろすと、土間の壁に立てかけてあった鉈を手にとった。

「悪党め、そこへ直れ。成敗してくりょうぞ」

 だだっと意外な勢いで桃太郎に躍りかかった。

 桃太郎は、慌てて老婆の両手をおさえた。

「ああっ、危ないではないかこのクソババア」

「ええいっ、年寄りと思って馬鹿にしくさって……!」

 しばらくもみ合っていたが、

「ていっ!」

 桃太郎が離れざま刀を打ち下ろすと、老婆は棒のようにぶっ倒れた。

 桃太郎は、呼吸を落ち着けてから、刀を鞘に納めると、

「安心しろ、峰打ちだ」

 と言って、老婆が背負っていた籠の中をのぞきこんだ。

「何をしている」

「魚だな」

 桃太郎は、ひょいと籠を担いだ。

「英雄に対する狼藉、手討ちにされても文句はないところだが、俺は優しい男だ。こいつで許してやろう」

「おまえ鬼だな」

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