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第三話・正義の運命者(前篇)

最後にこの少年がこの家に来たのは、どれくらい昔のことだっただろうか――


鏡子きょうこちゃん、お誕生日おめでとう」


真っ先に思い浮かんだのは、そういって微笑む幼い黒曜こくよう雪利ゆきとしの姿だった。

その日は鏡子の10才の誕生日だった。雪利は、隣町の彼の家から、歩いてお祝いにやってきたのだ。


お人形さんのように整った顔を上気させて、雪利はリュックサックをごそごそと探る。その動きが、やがて止まった。


「……あうう」


どうやら、探し物が見つからなかったらしい。

彼の顔がみるみる泣きそうになっていくのを見て、鏡子はなんて可愛いのだろうという感想を抱いた。


「プレゼント忘れてきちゃった……」


見るも哀れな、今にも泣きそうな顔をする少年に、鏡子は微笑みかけた。


「じゃあ、プレゼントの代わりに今日一日わたしの弟になって」

「え……」


少年がきょとんとする。そして見る見るうちに、嬉しさと恥ずかしさが入り混じった様子で顔を真っ赤に染める。


「い、いいの?」

「えへへー」


鏡子は雪利の頭をよしよしとなでた。少年はおとなしく頭をなでられている。

そこで、さらに幼い子供の声。


「今日は雪おにいちゃんが本当のおにいちゃんになるの?」


ひょこん、と横から顔を出した泉人せんとが目をキラキラさせるのを見て、鏡子は首を横に振る。


「ううん。今日の雪利はわたしたちの弟になるのよ」

「えっ、ぼく一番下なの」


雪利が目を丸くした。泉人は、それはそれでとてもうれしいのか、歓声を上げて雪利に抱き付く。


「えへへー、なでなでしてあげるよー」

「や、やめてよう」

「弟は何されても嫌がっちゃいけないのよ?」

「あううう」


きゃっきゃっと三人でじゃれあうのを、鏡子の両親が少し離れたところで見守っている。

本当に楽しかった、遠い思い出――




「――鏡子ちゃん?」


怪訝な声が、鏡子を追憶から引き戻した。


ここは十六夜家の門前。だが目の前にいるのは堂々と成長した高校生の黒曜雪利だ。

いつの間にか鏡子よりも背が高くなっており、スーツのような大人びた服装が見事に似合っている。

美青年と言っていい立ち姿だが、鏡子にとっては、なぜこんな変わり果てた姿に……という感想しか浮かばない成長ぶりだった。


「……ごめん、ぼうっとしてた」


謝りながら、鏡子は状況を思い出す。


ここは十六夜流の道場、兼、鏡子たちの家の正門。

門の内側にいるのは鏡子、泉人、そして『花の運命者』あおい葉月はづき。そして門の外側にいるのは黒曜雪利と一人の少女――『正義の運命者』と『孤独の運命者』だ。

彼らは、何らかの組織に鏡子たちを迎えに来たのだという。


「とりあえず拠点にしてる場所まで案内する。俺たちがここに来た時のタクシーは帰らせちゃったから――」

「あなた、自分のこと『ぼく』じゃなくて『俺』っていうようになったのね」


鏡子は思わず雪利の言葉をさえぎっていた。仲良しだった頃の思い出がふっと遠ざかったような、不思議な寂しさを感じる。

一瞬、雪利の顔にもどこか昔を懐かしむような表情がよぎる。


「……そりゃあね。とにかくタクシーでも呼ぶから一緒に」

「いかない」


唐突に拒否したのは、鏡子ではない。その横で黙っていた泉人が、不意に幼いほっぺを膨らませて、ぷいと横を向いたのである。


「まさかこの子、イヤイヤ期に?」

「そこは反抗期って言ってあげるべきじゃないの?」


首をかしげる鏡子に、惰性で突っ込むのは葉月である。

ともあれ、弟はほっぺを膨らましたままこんなことを言った。


「おなかすいた」

「……あ」


その一言で、鏡子は思わず天を仰いでいた。

既に夕食の時間は大幅に過ぎているというのに、弟にごはんを食べさせることをすっかり忘れていたのである。

そんなことはこれまでに一度もなかった。


「……ふふっ」


鏡子の口から不意に笑いが漏れた。

自分自身では油断なく思考を巡らせているつもりだったのに、実際には完全に平常心を失っていたことに気づいたのだ。


「ごめんなさいね。この子にごはんもあげなきゃだし、それに明日学校なのよ」


当然といえば当然の話だが、明日学校があることすら今まで忘れ去っていたのだった。


「じゃあ、明日の放課後迎えに行くよ」


雪利は優しく微笑んだ。昔から、鏡子の意向を最大限尊重してくれる少年なのだ。

雪利の連れてきた少女が、何かもの言いたげな視線を向けてくるが、それでも意義は挟まなかった。


「ただ、簡単な説明だけはしたいから、家に入れてもらえないかな?」


鏡子はちょっと考えて、頷いた。ここで話を聞いておいて損はないだろう。


「いいわよ。……父さんたちの仏前にも、挨拶していきなさい」




その、十数分後。


鏡子が泉人にオムライスを作ってあげている間、雪利は仏壇の前に正座し、鏡子の両親の遺影に対して一心に何かを祈っていた……あるいは、誓っていた。

弟が歓声を上げてオムライスを食べ始めたころ、ようやく雪利は立ち上がり、周りを見回しながら鏡子の方へ歩いてくる。


「この家、こんなに小さかったっけ……」

「あなたが大きくなったんでしょ。ほら、そこの柱のそこの傷、8歳の時につけたんじゃなかった?」

「本当だ。懐かしいなあ」


今の雪利の腰くらいの高さにある柱の傷を見つけて、雪利が微笑む。


「……あの、そんなほのぼのな雰囲気を見せられても居心地悪いんだけど」


居間から、葉月の抗議の声が飛んだ。テーブルの周りには『孤独の運命者』の少女も座り、無言でこちらを見つめてくる。


「別に仕事を忘れてたわけじゃないよ……」


雪利はコホンと咳ばらいをして、テーブルについた。きりり、と表情を引き締める。


「さて、何から話そうか」

「運命者はどういう存在で、どういうことができるか」


同じくテーブルについた鏡子が即答した。いかにも武術の家の娘らしい明快な質問だった。


「運命者がどういう存在かはわかってない」


雪利の回答も、また明快だった。


「どんな人間にも素養があるのか、それとも特別な人間にしか素養がないのか。あるいは力を与えている存在がいるのか。全て不明だ」

「その能力に一番適した人間が覚醒する、っていう線は?」


これは葉月の問いだ。鏡子を手で示し、


「例えば『弟萌えの運命者』ってのに、彼女以上にふさわしい変態なんてそうそういないと思うけど」

「私は変態じゃないからね」


鏡子が突っ込む。だが、雪利は微妙な表情を浮かべた。


「確かに鏡子ちゃんの泉人を可愛がる様子はだいぶ過激になってた。ほっぺをかじるなんて昔はしてなかったよね?」

「今はそのことは関係ないでしょう」

「……まあいいけど」


表情を全く動かさずに鏡子が返すと、雪利は首を横に振った。


「ただ、条件があるっていうのも仮説の段階だ。鏡子ちゃんは『弟萌え』のひょっとして世界一かもしれないけど、例えば俺は……」


と、なぜか自嘲気味に首を振る。


「正義の運命者、ということになってるけど、正義なんて誰が一番とか決められるものじゃないだろう」


妙に実感がこもった物言いだった。

そのような言葉を実感を持って言えるからこそ、正義という言葉がふさわしいのではないかと鏡子は思った。


「そもそも運命者という存在自体、5年前にはじめて出てきたんだ。俺が目覚めたのもそのころだ」

「そうなの」


鏡子は大きな反応をしないよう努めた。彼女の弟が、『我は死の運命者!』と叫んだのは、まさに5年前のことだ。

だが、その反応の薄さを見て、雪利はこの話は十分だと判断したらしい。彼は次の話題を切り出した。


「さて、運命者が何ができるかってことだけど」


話を変えられて鏡子はちょっと残念に思ったが、これはこれで聞いておきたい話だと思い、気持ちを切り替える。


「運命者は、自分と他人に力を影響させることができる」

「私がヒーローになれたり、その子が他人の認識を操作したりということ?」


鏡子が『孤独の運命者』を指さすと、なぜかその少女は顔を赤くしてうつむいた。


「ああ。典型的なのは、自分に作用させたら『自己強化』、他人に作用させたら『浸食』だけど、いろんな種類がある」

「私がヒーローに変身できるのは、『自己強化』ってわけね」

「そうだ。だけどそれ以外に、他人に力を作用させることもできるはずだ」

「……うーん」


と、鏡子はいまだにオムライスを夢中で食べている弟を見る。

話が長くなるのを見越して作った巨大オムライスを一心に食べている姿はひたすらに愛くるしい。


(可愛い……)


その姿を可愛く思うごとに、自分の中に『力』が漲るのを鏡子は感じていた。

そして、その力を他人に作用させることができると知らされた時、その方法が自然と理解できた。切れていたスイッチが急にオンになったように。


鏡子は雪利を指さし、叫んだ。


「弟ビーム!」


鏡子の指先から光線が迸り、雪利に直撃する!


「え」


目を丸くする雪利の姿が、いきなりぐんぐん縮み始めた。

数秒もしないうちに、そこにいるのは可愛い男の子――鏡子の記憶の中にある、10歳くらいの頃の姿になっていた。不思議なことに服もちゃんと子供服だ。


「……なるほど、相手を可愛い男の子にしちゃうのね」

「いやいやいや、あんた何してんの」


葉月が突っ込むのを無視して、鏡子はルンルン気分で自分より小さくなった雪利を抱き上げた。


「ほらー可愛い。ミニ雪利って名づけましょう」

「待ってよう……」


弱気な瞳で、ミニ雪利が涙目になる。


「ぼくはまだ高校生の自我を残してる。だからそう思ってちゃんとした扱いを」

「がぶー」

「うぇ……」


まったく話を聞かずに鏡子がほっぺを思い切りかじると、雪利は何が起こったかわからない様子だったが、見る間に瞳に涙がたまっていく。


「うえええええええーーー!!」


すぐにミニ雪利は泣き出してしまった。綺麗な顔をくしゃくしゃにして、とめどなく泣き声をあふれさせる。


「どうやら自我はそのままでも精神年齢は幼くなるようね。ある意味、敵を無力化するのに便利かも」

「いや、だからあんた何してんの」


葉月の突っ込みも、そろそろ無視できなくなってきた。


「……でもこの子の泣き方、赤ちゃんみたいで可愛いと思わない?」


そう言ってみたが、葉月は完全にドン引き状態で、変態を見る目で鏡子を見ている。


「ふえええええー!!」

「いいからその子を泣き止ませなさいよ!」

「しょうがないわねえ。ほら、よしよし」


泣きわめくミニ雪利を鏡子は胸に抱きしめた。そのまま頭をなでてあげるものの、なかなか泣き止まない。

が……その姿を見て、これまで沈黙を守っていた少女、『孤独の運命者』が不意に立ち上がった。


「お姉さま……」

「えっ」


いきなり妙な呼び方をされて鏡子がちょっと引く。少女は目を妙な情念にぎらつかせてにじり寄ってきた。


「私にもその能力を浴びせてください。そしてもう一度抱きしめてください……」

「なにこの子」


割と真顔で鏡子は引いた。だが、仮に『浸食』の効果が相手を可愛い男の子にすることなら、女の子に使ったらどうなるかは確認しておいた方がいいかもしれない。

鏡子が指先を少女に向けると、少女はうっとりとした表情になる。


「弟ビーム!」


光線が少女に直撃した。そして数秒が過ぎたが……少女に変化はない。


「あれ?」


鏡子は首をかしげた。少女は顔を上げた。その瞳がギラギラと輝いていた。


「え」

「可愛いいいいいーーーーー!」


猛烈な絶叫を上げて、少女がミニ雪利をもぎとった。そのまま固く抱きしめて、床をゴロゴロと転がりまわる。


「可愛い可愛いかわいいかわいいカワイイカワイイ」


徐々に発言が機械的になると同時に回転も勢いを増し、ついでにミニ雪利の泣き声も大きくなっていくが。


「どうやら女の子に使うと、弟が可愛く思えてしかたなくなるようね。ある意味こっちの方が『浸食』って言葉に近いかな」

「いや……あんたもうほんとどうすんのこれ……」


葉月が呆れ顔で見ている。


「どうやったら解除できるかは、そう言えば考えてなかったわ」


鏡子が首をかしげると、葉月はさらに呆れたようだった。


「流石に変態的行為を始めたら止めるからね」

「大丈夫じゃない? 私、弟とえっちなことしたいって思ったことないし」

「……よかった。弟と一緒にお風呂とか入っているのかと思ってた」

「それは別にえっちなことではないよね?」


そんな会話を続ける合間にも、少女はミニ雪利を抱いたまま押しつぶすようにうつぶせになり、ほっぺに唇を押し当てる。


「えへへー塩味ほっぺおいちいー」

「ふえっ、うええっ」


徐々に変態度が増していくのが気になるところであった。


「……元がきれいな子だけに悲惨ねー」

「いや、それあんたも同じだから」

「私はこんなじゃないわよー」


自覚のない鏡子であった。


「耳の後ろをよだれだらけにしちゃえー」

「うえええん!」


ミニ雪利をとうとう少女は舐め始めた。完全にラリっているとしか言いようのない顔であった。


「さすがに収拾しなさいよ」

「しょうがないなあ」


鏡子は音もなく少女の背後に歩み寄ると、首の後ろをつまみあげた。


「クエッ」


ニワトリがしめられるような声を出して、少女がぐったりと脱力する。白目を剥いた少女を横に寝かせて、鏡子は満足気にうなずいた。


「これで問題の半分は片付いたわ」

「あんたって……」


ドン引き状態の葉月に、鏡子はぱたぱたと手を振った。


「さすがに悪いと思ったから、可能な限りやさしく落としたのよ?」

「いや、もうどうでもいいけど……」


葉月ががっくりと肩を落とした時だった。


『緊急事態である!』


そんな声が、急に響き渡ったのだ。鏡子と葉月がビクッとひきつるほどのとんでもない大声だった。


『緊急事態である! 緊急事態である!』


野太い男の声が繰り返す。どうやらその声は、気絶した『孤独の運命者』から聞こえていた。


「まさか、エージェントが死亡した際に自動的に作動する爆弾とか」

「いや、死んでないからね?」


葉月に訂正してから、鏡子は少女の体をあさった。すぐに、服の内ポケットからスマートフォンを取り出す。声はそこから出ていた。


『緊急事態である! 緊急事態である!』

「これ着信音? どんなセンスなのよ」


スマートフォンには、『隊長』と表示されている。鏡子はわずかに考えてから、通話のアイコンに指を当てた。


「緊急事態である!」


いきなり響いた声に、着信音が続いているのかと一瞬思った。だがこれは肉声のようだった。

スピーカーモードなのか、あるいは単に大声なのか、耳に当てる必要もなく聞き取れる。


「あ、あの」

「1時間後に『放火の運命者』の犯行を予知! 予測死者50名! 増援は出せない、対処せよ!」


同時に画面が切り替わり、地図を表示した。複数の地名に見覚えがある……鏡子の良く知る街、道場のすぐ近くの地図であった。

その一か所、ちょうど市街地の中心にあたる位置に、大きな赤い丸がついていた。


「あの、ここで放火が――」

「以上である!」


問い直そうとしたが、無情にも通話が切れた。鏡子は茫然としてスマートフォンを見つめる。

電話をかけなおそうとしたが、ロックがかかっており暗証番号を入力しないと操作ができないようだ。


「どうしよう……」


鏡子は『孤独の運命者』を見た。ブクブクと泡を吹いており、これを目覚めさせるのは骨が折れると判断する。目が覚めても会話ができる保証もないが。

次に見たのはミニ雪利だ。こちらはまだしゃくりあげているが、なんとか会話はできそうだった。

鏡子は膝をついてミニ雪利に目線を合わせ、頭をなでて問いかけた。


「ねえ、これの暗証番号わかる?」

「わかんない……」

「じゃあ、あなたのスマートフォンを貸してくれる?」

「いいよ」


雪利が懐からスマートフォンを差し出す。だがそれは、よく見たらプラスチックの箱にそれっぽいシールを貼っただけの子供のおもちゃに変わっていた。

服が子供服に変わってしまったのもそうだが、どうやら持ち物も子供相応のものに変わってしまうらしい。


「他に、あなたの組織の人と連絡を取る方法は?」

「わかんないよう……」


ミニ雪利は再び涙目になった。

高校生のままだったら、ひょっとしたら何か思いつくかもしれないが、幼児化した今となっては何も思いつかないのだろう。


「……困ったわ」


鏡子はぐるりと周囲を見回した。

憮然として腕組みしている葉月、泣きそうなミニ雪利、そして。

巨大オムライスを食べ終えた泉人が、キラキラと期待に満ちた視線を向けてきているのを見て、鏡子は観念して息をついた。


「私が何とかするしかないようね」


(後篇に続く)


後編はバトル回! なるべく早く書くようにします…

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