第二話・孤独の運命者
夕暮れの町は、人々の悲鳴と破砕音が響き渡る地獄絵図と化していた。
市街地の地面に突如として生じた大穴。それは、あらゆるものを底知れぬ暗闇へ飲み込みながらゆっくりと拡大を続ける蟻地獄であった。
さらには、昆虫じみた風貌の黒い怪物どもが次々と大穴から現れ、逃げ惑う人々を襲い始めたのだ。
怪物どもは奇怪な多関節の腕で逃げ惑う人々を打ちのめし、倒れた者たちをずるずると大穴へと引きずっていく。
そして、一番体の小さな少女を怪物は多関節の先でひっかけるように掴んだ。そのまま大穴へと投げ込むつもりなのは明らかであった。
「あ……ああ……」
怯えて涙を流す少女を見て、怪物はカツカツと昆虫の顎を鳴らす。それが嘲笑であるのは明らかだった。
そして、怪物は大きく腕を振り回した。哀れな最初の犠牲者として、少女の体は簡単に大穴へと投げ込まれる……はずであった。
「?」
怪物は不思議そうに首をかしげて、自分の腕を見た。第一関節で見事に切り落とされた己の腕を。
「虫けらどもめ。所詮我が炎の糧であると知るがいい」
静かな怒りに燃える声。そして振り下ろされた炎の大剣が、怪物を振り返らせもせず一瞬で灰塵へと変えた。
怪物の後ろにいつのまにか立っていたのは、真紅の鎧武者であった。
彼は燃え盛る大剣を存分に振り回し、周囲の怪物を次々と切り伏せ、焼き尽くしていく。
「あ……あなたは、まさか」
獅子奮迅の戦いを続ける鎧武者を見て、へたりこんでいた少女が呟いた。
「天剣の、イカロス――」
周囲の怪物を一掃したイカロスは、何も答えない。ただその通り名の由来となった大剣を肩に担ぎ、大穴へ向けて高々と跳躍した。
蟻地獄の暗闇に飲み込まれたかと見るや、猛烈な火炎が穴から噴きあがった。
闇など跡形もなく消し飛ばす煌々とした業火の中、穴に潜んだ昆虫型怪物どもが絶叫とともに塵と化してゆく。
そして、ひときわ巨大な昆虫が絶叫とともに穴から飛び出した刹那、同時に穴から飛び出したイカロスが天剣『白夜』を存分に振るい、見事に両断したのだった。
やがて炎が収まった時には、イカロスの姿もまた陽炎のように消えていたのだった――
そして、世界に響き渡る声。
「次回予告!」
軽快な音楽とともに来週の放送のカットが流れ始めた。
「お姉ちゃん、もういちど最初から!」
「はいはい」
画面に夢中の少年と、その少年を膝に乗っけてうれしそうにしている少女とを、『花の運命者』こと葵葉月は呆れ顔で眺めていた。
ここは地獄絵図の街中ではなく、平穏なリビングルーム。決闘を終えた運命者たちの、ひと時の休息の時間であった。
「……何か?」
葉月の視線に気づき、姉の方が首をかしげる。
「いや、何かって……」
葉月は言葉を濁しながら、その少女を観察した。
名前は十六夜鏡子、またの名を『弟萌えの運命者』。今見ていた番組のヒーローに変身し、葉月と戦った少女だ。
女性から見ても羨ましいほど綺麗な髪と肌を持ち、顔立ちもスタイルもいかにもお姉さんと言った感じの美人だ。
それでいて、凛とした立ち居振る舞いは、時代劇に登場する武家の娘のような印象を受ける。
もっとも今は、再びテレビに見入り始めた弟に頬ずりするのに夢中になっているのであるが。
「えへへー、赤ちゃんぷにぷにほっぺー」
もとが美貌なだけに、恍惚として頬ずりし続ける様子はいろいろとやばいものを感じさせる。
葉月は頭を抱えて、なぜこんな事態になったのかを思い出そうとした。
『花の運命者』と『弟萌えの運命者』の決闘が決着した後、町の人たちが重症でないことを確認して、葉月たちはその場を離れた。
葉月は町の人々を襲ったことで警察に自首しようとしたが、鏡子がそれを止めたのである。
そして三人は、町はずれにある鏡子たちの家へと移動したのだった。
「あのね……。確か今後どうするか検討しようってとこだったでしょう。なんでテレビなんてつけてるの」
「知らないんですか」
きりり、と表情を引き締めて鏡子が葉月を見る。
「弟に頬ずりしている時、お姉ちゃんは最も無心になり、冷静で的確な判断ができるようになるということを」
「いや知らないけど」
「ああ、テレビに夢中の無防備ほっぺ……」
「ラリってるようにしか見えないんだけど……」
弟に頬ずりを再開した鏡子を見て、葉月は再び頭を抱えた。鏡子が正気に戻るまではやることもなく、周囲を見回す。
十六夜姉弟の家は、道場に併設された日本家屋だ。鏡子は確か十六夜流という奇妙な剣術を使っていたから、その道場なのだろう。
家屋の部分は、十人以上が住めそうなほど大きい。おそらくは家族以外に弟子も住まわせるためだろうが、今のこの家はまるで人の気配がなかった。
居間などの限られたスペース以外から感じる寒々しい気配は、この姉弟だけで長いこと暮らしてきたのだろうと思わせる。
逆に、居間部分は想像以上に近代的なキッチンがあり、テレビやソファのある今風のものだった。
壁際には大きな本棚があるが、入っている本が全部アルバムにしか見えないのがちょっと怖い。
そして、テーブルの上にはコップに入った一輪の薔薇。『花の運命者』たる葉月にとって命よりも大事な一輪だった。
「がぶー」
「いたい……」
さすがに聞き捨てならない感じの声がしたので再び姉弟に目をやると、鏡子が弟のほっぺにかみついているところだった。
「いや、何してんの!?」
「ただの甘噛みですけど何か?」
「あうう……」
弟(確か泉人と言ったか)は、ほっぺにくっきりと健康的な歯形をつけられて涙目になっている。
「いや、歯型ついてるって!」
「すぐ消えるから。それに泣きそうなときのこの子ってすっごく可愛いと思いません?」
「ドS!? っていうか虐待!」
「虐待じゃないです! 児童相談所の人たちも最後にはわかってくれました!」
「通報はされたのね」
もうこの姉には何を言っても無駄なのだろうと、葉月は諦めとともに心に刻んだ。
「さて、一段落したことだし話の続きをしましょうか」
「ほっぺを噛んだら一段落なんだ……」
弟を抱いたまま向き直ってきた鏡子に、葉月はジト目で向き直る。ともあれ、話を続けられるならありがたい。
「で、どうして警察に自首するのを止めたわけ?」
葉月は、最も疑問に思っていたことから聞いた。
あのような超常現象が警察の管轄であるのかどうかはわからない。
警察としても、花のつぼみを飛ばして町中の人間から生気を吸い取りました……などと言われたら困るだろう。
だが、あの時点で一番倫理的に『正しい』選択肢は、警察への自首であることに間違いはあるまい。
ましてや、正義の味方として町を守った鏡子が、警察への協力を一切考えずに身を隠すことを提案したのは意外だったのだ。
それに対する鏡子の答えは意外なものだった。
「私は、過去に『運命者』を名乗った者を見たことがあります」
一切の内心を読み取らせない静かな口調で、鏡子は話を続ける。
「それがどういう意味なのかは、わかっていませんでしたが。そして、私たちのような『運命者』が昔からいたとしたら……」
「一般人が『運命者』の存在を知らない理由は、誰かが情報を消しているからだということ?」
葉月が言葉の後を継いだ。同時に、鏡子の危惧をおおよそ理解した。
『運命者』の力は強大だ。その存在を完全に隠すなら、殺してしまうのが一番手っ取り早いだろう。
あるいは、葉月の『花』や鏡子の『弟』のような、何より大切な存在を抹殺することでも、『運命者』を無力化することは可能だ。
いずれにしても、どのように情報が消されているのかの見当もついていない段階では、どんな危険があるかもわからないのだ。
「そして、私が自首するのを止めた理由は……私だけが、『弟萌えの運命者』の正体があなただと知ってるということね」
「そこまでわかってくれるなんて、気が合いそうね」
鏡子はにこりとしてうなずいた。
葉月と鏡子の戦いの際、鏡子は真紅の全身鎧を身に着けていた。顔も隠れていたので、変身するところさえ見られていなければ、正体はばれない。
彼女が見せた剣術の動きは特徴的だったが、思い返せば、鏡子が『十六夜流』を使ったのは余人の目の届かないビルの屋上だ。葉月しか見ていない。
だから、『弟萌えの運命者』と十六夜鏡子との関係を知るのは、葉月だけなのである。
「で、どうするの? 私を始末する?」
「その気なら最初から助けたりしない」
鏡子が冷静に言ったので、葉月は少し安堵した。
「ただ、今後どうするかについて明確な方針もないのよね。父さんが生きていれば、警察関係の人脈もあったんだけど……」
「ここの道場、警察官も通っていたの?」
「全盛期は大したものだったのよ、うちも」
鏡子はどこか遠い目をして、追憶の中の声を聞いているようにも見えた。そんな表情をしていると、いかにも儚げな美少女という風情だ。
そんな鏡子を、いまだに抱っこされたままの弟が、目を潤ませて見上げている。そして、意を決したように口を開いた。
「ねえ、雪おにいちゃんに相談してみようよ」
「雪って……雪利?」
鏡子は目を丸くした。そしてもの問いたげな葉月の視線を受けて、静かに話し始める。
「黒曜雪利。隣町にある剣術道場の跡取りよ。昔は家族ぐるみで付き合いがあって、幼馴染みたいなものなんだけど、5年前に父さんが死んでからは急に疎遠になって」
「その剣術道場も、警察関係の人脈があるわけ?」
「殺人剣……というと現代じゃ誤解されるか。相手の攻撃を封殺しながら制圧する技に長けた流派だから、うちより警察の人多いかも」
鏡子は立ち上がると、壁際のアルバムがびっしりと並ぶ本棚へ歩き、迷いなくその中の一冊を抜き出す。
「ああ、あった。この写真」
あなた、アルバムの中身全部記憶してるの? と葉月は疑問に思ったが、怖いので口には出さなかった。
「この右の子が雪利よ」
鏡子が差し出した写真には、鏡子と泉人、そして気弱そうな小柄の男の子が仲良く並んで映っている。
だが、その男の子のことがほとんど意識に入らないほどの驚愕に、葉月は息をのんでいた。
「……おかしい」
「え?」
「なんでその子の外見が変わっていないの」
葉月が信じられないと言って見つめているのは鏡子の弟、泉人である。
写真の中の鏡子と雪利という少年は、まだ小学校高学年~中学生くらいの幼さだ。5年前というなら当然である。
だが、写真の中の泉人と、目の前にいる泉人は、全く何の変化もないように見えるのだ。
小学3~4年くらいの子供が、5年も外見が変わらないなんてありえない。
だが、鏡子はのんびり微笑んでいる。
「みんなそういうけど、この子もちょっとずつ成長してるのよ? 背もちょっと伸びてるし、顔も大人っぽく」
と言って、弟の顔を覗き込み、ほっぺをむにょ~~~んと引き延ばしてから首をかしげる。
「大人っぽくはあまりなっていないかな」
「あうあう」
「まあいいけど……」
もはや突っ込む気力も失くしてしまう葉月であった。
「で、その雪利って子は信頼できるわけ?」
「どうかしら。泣き顔があまりに可愛いのでついつい泣かせようとしちゃってたから、恨まれてるかも」
「だからドS!? っていうか、いじめ!?」
「いじめじゃないです。ちゃんと後でよしよしって頭をなでて慰めてあげてたし」
「あ、そういうことされると子供はどんどん虐待から逃げられなくなるってテレビで言ってた……」
いわゆるダブルバインドである。やはりこの鏡子という娘、虐待の気質があるのではないかと葉月は本気で疑った。
そして、もう一度写真の雪利を見る。なるほど、端正な顔立ちに妙に弱気そうな表情で、泣き顔が可愛いというのもなんとなく想像できる少年だ。
泉人が子供っぽい愛くるしさに満ちた弟なら、こちらは従順で何でも命令を聞いてくれそうなタイプの弟である。
実際には今頃は、葉月たちと同じ高校生に成長しているのだろうが……
「じゃあ、とりあえず正体を隠しながら、警察関係の情報を集めるということで……」
と、葉月がまとめかけたところで、不意に間の抜けたチャイム音が居間に響き渡った。
玄関のチャイム、つまり来客である。葉月と鏡子は黙り込んだ。
「……私の見通しも、甘かったかもしれないね」
鏡子の声は、不吉な響きを帯びていた。
十六夜家にはインターホンがついていない。ただチャイムが鳴るだけだ。
家屋と道場のさらに外を塀が囲んでおり、その門まで出迎えに行かなければならない。
葉月と泉人を居間に残して、鏡子は一人で門まで向かった。戦うなら自分一人でだと、心に決めていた。
「なんでしょうか……」
意を決して門を開ける。すると、門の外に立っていたのは、居間にいるはずの泉人だった。
「あら。どうしたの?」
「おねえちゃんだいすきー」
不思議に思って見つめると、泉人はぎゅっと抱き付いてきた。
「あらあら。自分から甘えんぼに来るなんて珍しいね」
胸に顔をうずめてくる弟の頭をなでて、鏡子はにこにこと微笑んだ。
全身から戦いの緊張が霧散する。自分が門まで来た目的も忘れ、弟が帰ってくるのを出迎えに来たのだとなんとなく思い始める。
「よちよち。ぷにぷに」
「ああ、お姉さま……。わたし今とっても幸せです……」
ごろごろと鏡子の胸に甘えながら泉人が言う。鏡子はその頭をなでながら、そっと唇を相手のほっぺに寄せた。
「がぶー」
「ギャーッ!」
ほっぺにかみつくと、その相手はとんでもない絶叫を上げた。驚いて、鏡子はさらに力を入れて噛んでしまう。
「ギニャーッ!」
「うわっ、不味っ、なにこれ!?」
思わず口を話した鏡子の前で、その少女はのたうちまわった。
そう、少女である。のたうち回るのが収まった後も、ほっぺに手を当てて、信じられないという顔で鏡子を見つめている。
「う……うわあああああーーーん!」
とうとう泣き出してしまった。鏡子は途方に暮れて少女を観察する。
見たところ鏡子より年下、中学生か高校生かわからない程度の年ごろ。
ほっぺに歯型がついているうえに顔をくしゃくしゃにいて大泣きしているが、そうでなければお人形さんのように整った顔立ちの美少女だったろう。
およそ日常でお目にかかれないようなお洒落なドレス姿で、どう考えても弟と見間違える要素はない。
だが、鏡子はこの少女が弟だと信じ込み、一切の疑問を持たなかったのである。
弟にいつもしているような甘噛みをしたら、相手が勝手に悲鳴を上げたという、偶然の出来事だったのだ。
(催眠術……? 洗脳みたいなもの……?)
これほど恐ろしい能力もない。もしもこの少女に殺意があれば、鏡子は抵抗もできずに殺されていただろう。
(今のうちに始末しておくか……?)
そんな危険な思考が芽生えた時、不意に別の気配を鏡子は感じ取っていた。
「……お見事」
「誰っ!?」
顔を上げると、門の外に別の少年が立っていた。
こちらは鏡子と同年齢程か。180センチを超える長身の、息をのむような美しい男だった。
端正だが強い意志を感じさせる顔立ちは、英雄の相と呼ぶべきか。
武術家としての鏡子の目から見て、一目で尋常でない手練れと感じさせる、絞り込まれた体つき。
竹刀袋を左手に持っており、中にどのような武器があったとしても取り出すのに時間はかかるだろうが、いつ攻撃を仕掛けても即応されるイメージしか湧かない。
常在戦場の心得など観念的なものだと思っていたが、実際に戦いの中に身を置くものとはこういう気配をまとうのかと、鏡子はわずかに目を瞠る。
だが……少年が鏡子に向ける瞳は、驚くほど純粋な尊敬の念を宿していた。
「あっというまに相手に心を開かせて無防備にし、一撃で心を折って戦意喪失させる。十六夜流の恐ろしさ、目に焼き付けたよ」
「それは……どうも」
「いったいどうやって彼女の正体を見破ったの?」
「ええと」
まさか、日常的に弟のほっぺを噛んでるんですというわけにもいかず、鏡子は目を泳がせる。
同時に、少し不思議にも感じていた。この少年の言葉には、親しみが溢れている。そして十六夜流のことも知っているようだ。
(ひょっとして、こいつも誰か別人の幻を……?)
疑問に思って見つめていると、不意にその少年は『しゅん』となった。端正な顔を見る影もなく悲しませて下を向く。
「そっか……俺のことわからないんだ。こんなに体が大きくなっちゃったし……」
その悲しげな顔を見て、鏡子は不意になつかしい気持ちを思い出す。
(この子、泣かせたら凄い可愛い顔しそう)
それはかつて、黒曜雪利という少年に対して抱いたのと同じ思いだった。
アルバムの中にいた幼く弱気そうな子供の面影と、眼前の落ち込んでいる少年の顔がぴたりと重なる。
「鏡子ちゃんの大好きなほっぺも全然伸びなくなったし……こんな図体で昔みたいに接してって言っても気持ち悪いだけだよね……」
ぶつぶつといじけ始める少年の頭に、背伸びをして鏡子は手を当てた。
「よし、よし」
「……え」
きょとんとした顔の少年に、鏡子は微笑んだ。
「あたまのかたちは、あんまり変わらないね、雪利」
ぱあっと、少年の顔が喜色に染まる。
「思い出してくれてうれしいよ」
「そうね。ずいぶんと可愛くなくなっちゃって驚いたよ」
「うう……」
意地悪く告げると、途端に雪利は落ち込んでしまった。
(あー、育児書でこういうの見たことあるかも)
男らしく成長してしまった外見と、まだ子供らしさが残る精神とのギャップに苦しむというやつだ。
鏡子の弟は、そもそも男らしく成長していないので、こんな悩みとは無縁なのだが。
ひょっとして、5年前から急に疎遠になった本当の理由は、雪利にとってどんどん可愛くなくなっていく自分の姿を見られるのが怖かったから、だったりするのだろうか。
「それで、何の用?」
「……迎えに来たんだ」
雪利は、きりっと表情を引き締めた。そうすると実に武術家の跡取りらしい、いい顔である。
「君たち三人を」
その視線の先を見ると、鏡子の家から葉月と泉人が出てくるところだった。
戦闘にならず、事態が収束したと見て出てきたのだろう。葉月の服の胸元には、彼女の大事な花が挿してある。
「迎えに来たって、いったいどこに?」
「『運命者』を保護する組織……としか、今は言えない。信用してもらうのは難しいかもしれないけど」
「……あなたも『運命者』なの?」
「ああ」
雪利は、左手に持った竹刀袋にちらりと目をやった。
「俺は『正義の運命者』黒曜雪利。能力は攻撃力の際限なき強化だ」
やはり、運命者ごとに能力は違うらしい。
しかも『正義』で『攻撃力の強化』とは、いかにもといった感じである。
鏡子も変身後は絶大な攻撃力を持つが、際限なき強化というからには雪利の力はそれを上回るのだろう。
「そして彼女は……ってまだ泣いてるし」
鏡子に噛まれてからずっとへたりこんで泣いていた少女は、その言葉を聞いて顔を上げる。
「『孤独の運命者』です。能力は自分の存在を誤認させること……」
あえて名前を名乗らなかったのは、何か理由があるのか。
自己紹介を終えた二人が何か言葉を続ける前に、鏡子が先に切り出した。
「あなたたちに従わない場合、どうするつもり? 力ずくで連れていく?」
「……そんなことはしたくない」
雪利の苦い顔は、裏を返せば力ずくも辞さないということだ。
「ただ、まずはこちらの提案を聞いてほしい。決して悪い話じゃない」
「……ふうん?」
促すと、まず雪利は葉月に向き直った。
「花の運命者、葵葉月。我々には君の花を生かし続けるためのあらゆる便宜を図る用意がある」
鏡子と葉月は瞠目した。
いきなり本名はおろか、葉月が一番望むことまで言い当てて見せたのだ。
「そして、弟萌えの運命者、十六夜鏡子。我々には……」
一度言葉を切って、雪利はためらいの表情を見せた。だが、苦悩を飲み込んでその先を口にする。
「君の両親の死の真相を突き止めることができる」
「……!」
鏡子も息をのんだ。雪利の顔を見つめ、その真意を――鏡子の両親の死について、どこまで知っているのかを見抜こうとする。
だが、確信はあった。彼は知るまい……仮に知っていれば、こうも言っていただろう。『死の運命者、十六夜泉人』と。
心を決めるのにほとんど時間はいらなかった。
鏡子は動揺を悟られないように気を付けながら、ゆっくりと雪利にうなずいた。
「わかった。とりあえず話だけは聞きに行く」
もしも両親の死の真相が露見するようなら……全てを闇に葬らねばならない。
<第三話に続く>