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シュゼリア王国から花束を

私だけの宝物

作者: 紫音

「出て行ってください。あなたなんかにこの店の敷居をまたいで欲しくありません!!」

「アイリスさん、話を聞いてください」


『アイリス=フォスター』は騎士鎧を来た青年の話など聞かずに彼を店の外に追い出した。

追い出された青年はシュゼリア王国(この国)の聖騎士団の中でも生え抜きが集まっていると言われている第1聖騎士団の部隊長の1人『ロゼット=パルフィム』だ。

ロゼットは最年少で騎士団の部隊長にまで上り詰めた男ではあるのだが、その男が1人の娘に頭が上がらない。

彼を追い出したアイリスは25才とまだ若いのだが、小さくはあるが冒険者が集まる酒場兼宿屋の店主である。


聖騎士をただの娘がないがしろに扱うのは本来、有ってはいけない事なのだが、この光景はこの店ではすでに見なれた光景になっており、いつものように追い出されているロゼットを見て、常連の冒険者達は良い酒のつまみだと言って酒をあおっている。


「嬢ちゃん、そろそろ、あの騎士様を許してやったらどうだ? それにそんな風に頬を膨らませていたら、可愛い顔が台無しだぞ」

「……絶対にイヤです。それにお昼からお酒を飲んでいる人達にいろいろ言われたくないです」

「でもよ。騎士様だって悪気があったわけじゃないだろ」


ロゼットが視界から消えても怒りが治まらない私はカウンターの中に戻る。

私が怒っている事には気が付いているようだけど、怒りは買いたくないのか、みんな少し腰が引けているようにも見える。


そこまで、怖がられる事はしていないと思いながらも、作りかけていた料理を再開する。


……悪気がなかったからと言っても、許せない言葉はある。

このお店は元々、私とお父さんで営業していた。

5年前にお父さんが流行り病で死んでしまうまでは……


この店を始める前にお父さんが借りたお金があって、お父さんの死でこの店が差し押さえる事になりそうだった。

路頭に迷うしかなかった時、常連だった冒険者達と友人達がこの店が無くなっては困ると言って少しずつお金を出して私を助けてくれた。


悲しくて苦しい時もあったけど、みんなが私を助けてくれたから、5年間、私はこの店を続ける事ができた。

そんな思い出が詰まった私の宝物。


何も知らないくせにあの男はこの店をバカにした。

誰だろうとそんな人間を許せるわけがない。


「だけどさ。あの後から毎日、あの騎士様は謝りに来ているんだろ? それを謝罪の言葉を聞かずに追い出すのはどうかと思うぞ」

「それは……違う。だいたい、何も知らないのに何を謝りに来るんですか? 気持ちの入ってない謝罪をされても頭に来るだけです」

「いや、知っていると思うぞ。この間、ミルアちゃんと話していたのを聞いたから、なんか、あの騎士様、ミルアちゃんの雇い主と友達らしいぞ」


……ミルアちゃん、何、余計な事を言っているの? と言うか、あのレクサス家の当主様って友達いたんだ。


怒っている理由も知らないであろうロゼットに謝られても怒りが治まるわけはない。

しかし、ロゼットは私の友人である『ミルア=カロン』から、情報を得ていると聞いて小さくため息が漏れるが他の人間から情報を聞き出すと言うのも気に入らない。


「……いや、嬢ちゃんが聞く耳を持たないんだから仕方ないだろ。それに元々はこの店をバカにしたのはあの騎士様じゃなくて、部下の騎士だろ」


……それを言われては反論の余地がない。


元々、酒場兼宿屋の一人娘である私が聖騎士団の部隊長であるロゼットと知り合う機会などはあまりない。


そんな私とロゼットがどうして知り合ったかと言うと話しは1カ月ほど前にさかのぼる。


1カ月前にこの国の中で窃盗団が暴れまわっていた。

警備強化など国は対策を立てたのだが、窃盗団はそれをあざ笑うかのように犯行を繰り広げて行く。

捕まらない窃盗団にしびれを切らした国はついに聖騎士団まで投入したのだ。

それに駆り出されたのがロゼットの部隊だった。


ロゼットは夜間の巡回の強化を行うだけではなく、聖騎士団の中では1対1での戦いや模擬戦ではかなりの強さを発揮するものの、相手が複数だったり、キレイな戦い方に徹しない者だったりすると実力が発揮できずに逃げ出してしまう者も多い。

相手は窃盗団であり、聖騎士が1人で戦う事になっては後れを取る可能性もあると考えたロゼットは冒険者に協力して貰うためにこの店のドアを叩いた。

この店に集まる冒険者達は気の良い者達も多く、治安を守るためならと無償で協力をすると名乗り出たのだが、聖騎士達の中では冒険者風情と組めるわけがないと言う不満が上がって行った。


アイリスも協力しようと巡回に来た聖騎士達に夜食を出したり、仮眠場所を提供したりと協力をしたのだが、結果の出ない見回りや寝不足など不満がたまっていた聖騎士達はこんな小さくて汚い店で用意された食事など食えないと言い放った。


この店はアイリスにとっては宝物であり、宝物である店をバカにされた彼女は怒りの矛先をなぜか窃盗団へと向けた。

幼い頃から冒険者達が集まるこの店を手伝っていた彼女である。

情報の大切さや情報収集能力や処理能力まで彼女自身も知らない間に身についていたのである。

それをまとめ上げて、懇意にしている冒険者達を集めて、窃盗団を一網打尽にしてしまった。


アイリスがなぜ、そのような行動をしたかはロゼットの耳には届いていなかったようであり、ロゼットは窃盗団捕縛を聞いてこの店を訪れたのだが、彼はこの店を訪れた瞬間にアイリスからの罵倒にさらされ、何も言えずに追い出されてしまったのである。


自分がなぜ、追い出されたかわからないロゼットは部下の行動を聞き、部下の非礼は部隊を預かる自分の責任とその日から、毎日、謝罪のために顔を出している。

そして、追い出されているのである。


「正直、俺達はあの騎士様が可哀そうになってきたぞ」


……確かにそうかも知れない。

冷静に考えれば、ロゼットさんは悪くない。

言ってしまえば……完全に八つ当たりである。


若干、悪い気がしてきたためか眉間にしわが寄るが、今となっては引くのは何か負けた気がする。


「でも、アイリスさん、完全に八つ当たりなんだから、謝った方が良いと思うけど、冷たく蔑ろにされ続けて、ロゼット様が何かに目覚めても困るし」

「……ミルアちゃん、どこから、湧いてくるの?」

「えーと、本日、レスト様が街の中を視察したいって言うので付き添いです」


そんな事を考えていた時、目の前にミルアちゃんの顔が映った。

突然の事に驚くがそれ以上に彼女の背後には今日も不機嫌そうな顔をした『レスト=レクサス』様が立っている。

彼の不機嫌そうな表情を見て、店の中でバカ騒ぎをしていた冒険者達もただならぬ気配を感じたようで1人、また1人と宿屋の部屋に逃げ帰って行く。


……に、逃げそこなった? いや、違うか?


いつのまに店には私とミルアちゃん、そして、レスト様だけが残っている。


「……うちのメイドがいつも世話になっているようだな。礼を言う」

「い、いえ、私の方こそ、ミルアちゃんにはいつもお世話になっています。このお店が他人にわたりそうになった時もミルアちゃんも助けてくれましたし」

「ロゼット、入ってこい。今なら、他人もいないから、話しやすいだろう」


淡々とした感情の無い声で感謝されるのだけど、感謝の言葉を貰っているにも関わらず、背中には冷たい汗が伝う。

声が裏返ってしまうが、レスト様はあまり興味がないのか私の言葉の途中で店の入り口まで歩くとロゼットを引っ張り込む。

彼は申し訳なさそうに頭を下げると有無を言わさないレスト様に手を引かれて私の前まで連れてこられる。


……まだ、居たの? しつこい。


追い出したはずの彼が店の前にいた事にため息が漏れそうになるが、ミルアちゃんが苦笑いを浮かべている事に気づき、この状況は作り上げられた物だと理解する。


「……何を企んでいるんですか?」

「人聞きが悪い事を言うな。私はミルアに街の案内を頼んだところだ。それとミルアがこの店のケーキは美味いと熱弁して案内のお礼としてごちそうに来ただけだ」

「食べたがっているのは……なんでもありません。アイリスさん、私とレスト様、あっちに座るね」


直視しては心臓が止まりそうな気がするため、視線をそらしながらこの場を作り上げたレスト様に聞く。

他意はないと答えられたのだが、ミルアちゃんはレスト様と一緒に逃げるように離れたテーブル席に行ってしまう。

その様子から見て、確実にレスト様の手の上だと思う。


「あの」

「……お食事ですか? お酒ですか? これまでの事もありますから、私の奢りです。ロゼットさんは悪くないのに毎日、話も聞かずに申し訳ありませんでした」

「い、いえ、部下の教育が行き届いてなかったのは私の責任です。そ、それにアイリスさんに名前を覚えていただけて……」


私も少し熱くなりすぎていたと反省して、こちらから謝罪の態度を見せる。

その言葉に続くようにロゼットさんは頭を下げてくれるのだが、なぜだろう耳まで赤い?


「ロゼット様、あれですよ。アイリスさんが今までの態度が悪かった事を盾にデートに誘ったら良いんですよ」

「ミ、ミルアさん、何を言っているんですか!? 確かにアイリスさんは1人でこのお店を回して、料理も上手で器量が良くて美人です。そんな人に俺なんかが……」


彼の姿を見て、首を傾げているとミルアちゃんが楽しそうに口元を緩ませながらロゼットさんに近づき、耳元で何かをささやいた。

何を言われたかわからないか、ロゼットさんの顔はさらに赤みを増して行き、何かをまくし立てるように行った後、逃げるように店を出て行ってしまう。


「……どういう事?」

「そ、そのままじゃないかな?」


状況が整理できない私を見て、ミルアちゃんは苦笑いを浮かべる。

バカにされている気もするけど、考えても仕方ないと思ったところで、レスト様がメニューを選び終えたようで私を呼ぶ。


その日、レスト様はうちのデザートを全種類完食して帰り、後でミルアちゃんからレスト様は超が付くほどの甘党だと知らされた。

他人は見かけによらない物だ。
























後、出禁を解除した後もなぜかロゼットさんは毎日、この店に顔を出します。

料理を大変気に入ってくれたみたいです。常連客確保で売り上げ上がって嬉しいです。


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