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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

生と死の狭間、またの名を重罪人の一日

作者: 東条カオル

 ……とかく、生と死、というのは非常に曖昧なものである。


 昔の我々であれば、何を馬鹿なことを言っているのだ、と嘲笑されただろう。あるいは、オカルト好きな者からは、アカデミックの欠片もない低レベルな賛同を得られたかも知れないが。


 だが、我々が母なる星を巣立って早五百年。我々が、あの狭い星に閉じこもっていた頃の常識というものが、ひどく不確かなものであることは、今や自明の理となっている。


 肉体が死を迎えた後も、新たに意識体としての“生”を始めるア・カドラのカドリアン。

 五千年という気の遠くなるような寿命を持ちながら、八百年を生きた後は死んだように眠り続けるハシのサルバン。

 同族を殺し、その血を全て(すす)ることで寿命を延ばし、擬似的な不死を実現していた過去のあるボゴールのボゴーリアン。


 銀河連邦に属する千を超える種族の中には、我々の生態からすれば考えられないような種族も多く存在するのである。


 そして、それは何も彼らだけの話ではない。我々も、もはや生と死の概念から解き放たれている、と言っても過言ではないのである。


 記憶の摘出と移植が可能になった頃から一部で行われるようになった、クローン体への“若返り”を果たした者。

 体を次々に義体化していき、遂には脳すらも光コンピュータに置き換えることで、完全な機械の体を手に入れた者。

 コンピュータの中の人工知能として産声を上げ、使用者の制御を離れて暴走し、ブレインチップを通じて人間の体を乗っ取った者。


 これらはいずれも銀河連邦成立以前に禁忌とされたことだが、依然として検挙される事例は後を絶たない。

 生の超越は、人類開闢以来、古今東西を通じて希求されたものであるからだ。


 生と死の狭間をたゆたう我々が、今後どこへ向かっていくのか。

 私はその先を見てみたい……




 集中していた意識が浮上する。彼に何らかの外的刺激があったからだ。


「ん? ああ、トゥリスベコブの『生ける死者、死せる生者』か。また、古い本を読んでるな」


 これだけの本は一生かかっても読み切れない。そう感じさせるほどの蔵書に溢れた図書館の中で本を読んでいた紺色のスーツの青年に、黒いスーツを着た青年が話しかけた。

 見た目はどちらも学生、といった感じだが、不自然なまでに老成した雰囲気がある。


「ちょうど読み終わったところさ。ところでどうしたんだ、ウルバーノ?」

「ズーウェン、アラーム、切ってるのか?」


 質問に質問で返すウルバーノ。しかし、ズーウェンは、あっ、と一声上げた直後、目を閉じた。


 目を閉じた(まぶた)の下で眼球が高速移動しているのは、寝ている者と拡張角膜の仮想ウインドウ上に表示された情報にアクセスしている者の特徴、と言える。もちろん、彼は寝ている訳ではない。

 拡張角膜の仮想ウインドウは、本来は目線を動かすことなく必要とする情報を入手することが出来ることを利点としているのだが、その利点を生かしているのは軍人や政治家など、特定の職種に就いた人間に限られる。

 一般人は、ズーウェンのように目を閉じた状態でアクセスすることが多い。


「俺の悪い癖だな。集中しようと思うと、つい切ってしまうんだ。さて、今日の会合は連邦議員の――」

「――ラッセル卿だ。忘れるなよ?」

「忘れてた訳じゃない。名前が出てこなかっただけさ。それにしても、あの爺さんも長生きだよな」


 その言葉に、ウルバーノは、そいつは良いジョークだ、と腹を抱えて笑う。

 置き去りにされた本は、図書館を巡回する回収ロボットが拾い上げ、それを元収められていた場所へと戻した。


 連れだって図書館を出る青年たち。ズーウェンが玄関口と思わしき場所にいくつも設けられたゲートの内、ランプの点灯していないゲートのパネルを操作する。

 すると、煌びやかな粒子が扉のようなものを形作った。二人がその扉をくぐると、そこはたくさんの人が行き交うオフィスビルの玄関ロビーだった。


「おはようございます」

「ああ、おはよう。ラッセル議員はもうお越しになっているかな?」


 ウルバーノが受付嬢に尋ねると、受付嬢は席に設置されたキーボードを叩き、二人の顔の間くらいに浮かんでいるホログラムディスプレイに、ラッセル議員のスケジュールが表示された。


 ちなみにこのスケジュール、表示させることは誰にでも出来るのだが、その内容を確認するのは当然ながらパスワードを持った人間にしか出来ない。

 ホログラムディスプレイに表示された情報を暗号化し、それを見た人間の拡張角膜がパスワードでその暗号を解除し、網膜に映し出される際には復号化された情報となっている、という仕組みだ。


「ふむ。どうやら軍事理事会の審議が長引いているようだな。少し時間があるか……」

「腹が減ったな。何か食べに行かないか?」


 ズーウェンの提案に、ウルバーノは、そいつは良い考えだ、と賛同する。

 二人は入ってきたゲートのランプが点灯していないのを確認し、先ほどと同じようにパネルを操作すると、煌びやかな粒子が形作る扉をくぐった。


 再び、景色が一変する。そこは高級レストランが多数入っている、商業ビルのフロアだった。


 そう。彼らがくぐったゲートは、瞬時にあらゆる場所へ移動することが出来る転移ゲートだったのだ。

 量子テレポーテーションと、同時に任意の二点に存在する、という極めて稀な特性を持ったドッペルゲンガー粒子の応用によって結実したこの技術は、銀河連邦という莫大な領域を治める国家と、そこに生きる市民にとって欠かせないものとなっている。


「さて。ここに来るのは、俺は初めてだ。何かオススメはあるのか?」


 ウルバーノの問いに、ズーウェンは腕を組んで考え始めた。


「そうだな…… 他種族料理で言うなら、ダラム料理の店で食べたヴォークスのソテーは美味かったな。後は微妙だよ」

「ヴォークスは苦手なんだ。どうもあのコリコリした食感が駄目でな」

「だったらソリシアンの店だな。俺の先祖が作ってた、っていうダーハン料理はなかなかだったぞ」


 じゃあそれにしよう、というウルバーノの一言で昼食が決定する。


 ズーウェンの先導で歩いて行くと、エスニックな雰囲気の漂う店構えのレストランが見えてきた。

 普通の扉の隣には、転移ゲートがある。パネルには、白虎餐庁中心店、など、ここが展開している全てのレストランが、空席有無の情報付きで表示されていた。


「どうせなら、本店の方が良いだろう?」

「もちろんだ」


 ウルバーノがそう言うと、ズーウェンはパネルの、中心店、という表示をタッチする。


 転移ゲートをくぐると、そこは全ての座席が個室、という高級レストランだった。

 少し広めの会議室ほどの空間に、今入ってきたゲートと受付、従業員用と思われる受付後ろの扉、そして右側に伸びる廊下の奥には個室に繋がるゲートが十個ほど設けられている。


「いらっしゃいませ。白虎餐庁中心店にようこそ。お客様のご予約はありますでしょうか?」


 上品な黒のスーツを着た受付の男性が、にこやかに尋ねてくる。


「予約はないが、レヴカ・フリート・システムズのズーウェン・リーだ」

「少々お待ちください」


 受付の男性が手首に埋め込んでいるホログラムデバイスを操作する。十秒ほどで、男性の笑みが大きくなった。


「お待たせいたしました、リー様。ただいまお席にご案内いたします」


 受付の男性がそう言うと、その後ろからスリットの入ったドレスを着た女性が現れた。


「お席までは私がご案内させていただきます。どうぞこちらへ」

「ありがとう」


 ウェイトレスに案内され、廊下へと進む。ゲートとゲートの間には窓が設置されており、それぞれが違う惑星の、とても美しい風景を映し出していた。


「こちらになります」


 こちらを振り返り、にこやかに微笑んだウェイトレスが手で示したゲートをくぐる。

 そこは二人用の円卓が置かれる個室で、外には奇妙な岩の柱が立ち並ぶ、壮観な風景が広がっていた。


「ただいま支配人が参りますので、少々お待ちくださいませ」


 ウェイトレスはそう言うと、退室した。

 残された二人の内、ウルバーノは興奮した様子で外の風景を眺めている。


「こりゃあ、すごいな! ここはどこだ?」

「ムアンの自然保護区だ。この風景は俺の先祖が住んでたところの風景に似ているらしい」


 ズーウェンの言葉に、ウルバーノは笑いながらこう言った。


「お前の先祖ってのは物好きだな。何もこんなところで暮らさなくても良いだろうに」

「こんなところばかりじゃないさ。こんなところもあった、ってことだよ」


 肩をすくめながらズーウェンが答える。


 風景鑑賞もそこそこにして席に着くと、ちょうどそのタイミングでスーツを着た初老の男性が現れた。ウェイトレスが言っていた支配人だろう。


「ようこそおいでくださいました。支配人のインチウ・フーでございます」

「フー支配人、久しぶりですね」


 ズーウェンが話しかけると、フー支配人は嬉しそうに笑って答える。


「ご無沙汰しております、リー様。今日も商談でお越しになられたのでしょうか?」

「いや、今日は普通に昼食をね。こちらは、ウルバーノ・マストランジェロ。私のビジネスパートナーですよ」


 ズーウェンがウルバーノを紹介すると、フー支配人の笑みがさらに深まった。


「これはこれは。レヴカ社最高責任者のお二方に揃ってご来店いただけるとは、白虎餐庁にとってこの上なく喜ばしいことでございます」


 見え透いたお世辞ではあるが、言われて悪い気持ちはしない。わざわざ場の空気をかき回すほど、彼らも子どもではなかった。


「それでは、ご注文はいかがいたしましょうか」

「いつものように。全部持ってきてください」

「かしこまりました」


 ズーウェンが全ての料理を持ってくるように、と注文したが、フー支配人もウルバーノも、それに何ら反応しなかった。

 なぜならば、それが彼らの日常だったからである。




「ふう。食べたなぁ。あの料理、よく分からないがずいぶんと食が進んだぞ」

「そうだろう?」


 食事を終えた二人は、ゲートをくぐりぬけてオフィスビルの玄関ロビーに戻ってきた。


 ズーウェンが頼んだ大量の料理は、当然ながら全てが彼らの胃袋に収まるはずもなく、大量の食べ残し――中には手をつけていない料理もあった――を残して、店を後にしている。

 彼らはそのことに何の罪悪感も覚えていないし、フー支配人もそれを当然と受け止め、むしろ、帰りにわざわざ料理長を連れて見送りに来るほどだった。


「さて。そろそろラッセル卿も仕事を終えた頃じゃないかな?」

「聞いてみよう」


 そう言うと、ズーウェンが受付嬢に近づいていく。


「ラッセル議員はもうお越しになったかな?」

「はい。最上階の特別応接室にご案内しております」

「ありがとう」


 受付嬢からラッセル議員が到着していることを聞いたズーウェンは、ウルバーノを連れ立って玄関ゲートとは受付を挟んで逆方向に設置されているゲートに向かった。


 取締役専用、と書かれたゲートのパネルに手を重ね、ちょうど目の高さに設置されたカメラに目線を合わせる。指紋認証と網膜認識、虹彩認識を組み合わせた認証システムだ。

 認証が終わると、パネルをタッチしてゲートをくぐる。そこは取締役専用となっている、オフィスビルの最上階フロアだった。

 転移ゲートから数えて左側四番目の扉を開くと、中にはダークグレーのスーツの上に、茶色のローブを重ねている青年が立っていた。


「お待たせしました、ラッセル卿。少し商談が長引きましてね」

「いやいや、こちらこそ軍事理事会の審議が長引いておりましたからな。それほど待ちませんでしたよ」


 にこやかに微笑むラッセル議員。三人は少し談笑した後、部屋に置かれたソファーに腰を下ろした。


 上質なファーモットの羽毛をふんだんに使用した革張りの一人がけソファーは、それぞれの体にフィットするように形を変える。

 宙に浮いたソファーがゆっくりと動き、三人がちょうど三角形の頂点を形作るような構図となった。


「さて、ラッセル卿。軍事理事会に例の案件は通していただけましたか?」

「……ふふふ。ずいぶんと他人行儀じゃないか、ウルバーノ。俺とお前たちの仲だろう? もっと気楽にして良いさ」


 ラッセル議員が苦笑しながら言うと、他の二人も同様の笑みを浮かべた。


「それもそうだ。それで、ローラン。例の案件はどうなった?」

「俺を誰だと思ってる? しっかり通したさ。マタのナイラティがうるさかったが…… まあ想定の範囲内だ。委員の三分の二を押さえている俺に勝てるはずがない」


 皮肉を込めた笑顔を見せるラッセル議員。だが、ズーウェンの表情は険しい。


「ナイラティか……。少し邪魔だな。思わぬところで障害になるやも知れん」

「……殺すか?」


 笑顔を引っ込めたラッセル議員が小声で問う。三人の他には誰も聞いていないはずだが、自然と声が小さくなった。


「……今は止めておこう。それよりはスキャンダルをでっち上げた方がリスクは少ない」

「リターンも少ないぞ?」

「匂わせるだけでも十分さ。ナイラティは清廉なイメージで通っているからな」


 ウルバーノの言葉に、ラッセル議員は、それもそうか、と言って納得した表情を見せた。


「結論としては全て順調。そういうことだな」

「ああ。今まで通り、な」


 重要な用件が終わり、自然と会話は雑談へとシフトしていく。


「そろそろ引退じゃないのか、ローラン。老化防止処置を言い張るのも、そろそろ限界だろう?」


 ズーウェンがそう言うと、ラッセル議員は笑いながら答える。


「もう次の体と名前は用意してある。頃合いを見て移るよ。そういうお前たちもそうだろう?」

「俺たちも準備してあるさ。この案件が落ち着いたら、移ろうと思っていたんだ」


 ウルバーノがズーウェンに同意するように頷く。


「うっかり前の名前で自己紹介しなきゃ良いがな」

「何、記憶を弄っておけば問題ない。記憶がなければ、ボロが出るはずもないさ」


 ラッセル議員がそう言うと、三人はお互いに笑い合った。


 ズーウェン・リー。ウルバーノ・マストランジェロ。ローラン・ラッセル。三人は、どうやらかつて同じ惑星で生まれた友人だったらしい。

 らしい、というのは、そのことは三人の記憶から抜け落ちているからだ。


 彼らは永遠を生きるため、クローン体に記憶を移植する手術をこの何百年間か繰り返している。

 彼らは個人登録を抹消された身元不明人のクローンを用意し、プロフィールを偽造することで、違法となっているこの手術が発覚することのないようにしていた。

 そして、どのタイミングで行ったのかは分からないが、いつ頃からかプロフィールと記憶の矛盾を来さないように、自分の生まれに関する記憶を操作し始めたのである。


 彼らが今、何体目のクローンで、何人目の名前を名乗っているのか。それすらも記憶から消し去っている。

 覚えているのは、銀河で絶大な力を持ち続ける、というその一点のみである。


 ――果たして、これを永遠の命と呼べるのか否か。


 もはや当人たちも答えを見失ったまま、これからも彼らの“生”は続いていく。

 今の“生”を、“死”に変えながら。

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