第65話 徴兵官殺し その1
10日以上にわたって王都中が湧いた武術大会も、この日とうとう決勝戦を迎えた。
早朝からコロシアムの前にずらりと並んだ観客たちの長蛇の列は、正午になって打ち上げられた花火の音を合図に、ようやく少しずつ前進をはじめる。
今回の大会でまず注目が集まったのは、新たな勢力である冒険者ギルドの参加である。しかし魔物たちとの戦いとは勝手が違ったようで……本戦第3試合にて冒険者特有の馬鹿力で会場を破壊するという爪痕こそ残したものの、結局は予選通過止まり。正直なところ観衆にとっては期待外れの結果であった。
しかしそんな中、当初優勝候補と予想されていたベテランたちが次々に敗れ去るという波乱が巻き起こる。それも、今までまったく名前すら知られていなかった若い二人の武芸者によってである。
その卓越した技術、そしてスピードは、どれを取っても規格外。その華麗なる戦いぶりで、ひたすら会場を沸かし続けた二人の武芸者。それはまさに新時代の幕開けと呼ぶにふさわしい出来事であった。
黒き長身の麗人ドーマ=エルドラドと、砂漠の民の少年エデン=カスピによる決勝戦は、もちろん3年前にこの大会が始まって以来の最高のカードであることは言うまでもない。
そんな決勝戦の火蓋が切って落とされるまであと数刻。否が応でも王都全体がその行方に沸き立つ。
入口のゲートが開くと同時に、ぞろぞろとコロシアムの入場口へ押し寄せる観客たち。当初は規則正しく並んでいた人々も、あまりにも進まない行列にしびれを切らし、結局その列がいつの間にか意味を持たなくなってしまうのも毎度のことである。
そんなコロシアム入口の前で、混乱した観客たちを捌く大会運営の職員とは別に、慌ただしく四方を駆け巡る数名の騎士団員の姿があった。
しきりに何かを探している様子の彼ら。迷子だろうか? いや、そうではない。彼らは今大会において最も重要な役割を果たす人物を、必死になって探しているのだ。
そんな喧騒を少し離れ、このコロシアム前広場のシンボルとも言える噴水の縁に腰掛けながら、ぼんやりと人混みを眺める一人の少女の姿があった。彼女の名前はレイラ=バレンティン。ご存知の通り、この国を救った英雄であり剣聖。そしてこの大会の発起人である。
そんな超有名人の前に、慌てて駆け寄ってきた若き女騎士。少し息を切らせた彼女は、呆れたような声でレイラに声をかけた。
「団長。まだこんな所にいらしたのですか」
「ああ、アイシアか……」
「もうお時間ですよ。皆が探し回っていますので、早く席にお戻りください」
「すまない。ちょっと人々の姿を眺めていたんだ」
それはあまりにもぼんやりとした、緊迫感のない言葉だった。事実、アイシアはレイラが今なにをしていたかなど一切尋ねてはいない。必要なのは、今すぐにこの噴水の縁から少女が腰を上げ、主催者である国王と共にその隣の席へ並ぶことなのである。
ふと後ろを振り返れば、コロシアムの入場ゲートの前には、まだまだ黒山の人だかりが見えている。さすが決勝戦、いつもより観客の導入に手こずっているようだ。
しかしそれは、アイシアもまったく同じこと。
彼女は今、目の前の剣聖という名の重要人物をゲートの中に入れることに、呆れるほど手こずっているのだ。
そんなものは放っておけばいい。
そう言う者もいるかもしれない。しかし、これだけはどうしてもレイラ本人でなくてはならない。これから執り行われる決勝戦の試合開始の合図をするのは、この心ここにあらずの白騎士団団長レイラの役目なのである。
もちろんアイシアにもレイラの気持ちは分かっている。はっきり言って、彼女はイジケているのだ。
彼女には、会いたくて会いたくて、しかしいくら待てども姿を現してくれない人物がいる。そんな人が一瞬でも同じ場所に立っていたというのに、なぜ会いに行ってやらないのだろうか。
「どうせお人混みの中に兄様をお探しになられていたのでしょう?」
そんなアイシアの言葉に、レイラは少し寂しそうに頷いた。
しかし、いかなる理由があったとしてもこれ以上待つことは許されない。いくらレイラが救国の英雄だったとしても、国王と満場の観客を待たせるわけにはいかない。
そして――
そんなレイラのすぐ横を、慌てる様子もなくコロシアムへ向かう一組の男女の姿があった。カップルと言うには少し歳が離れすぎ、姉弟と言うにはあまり似ていないこの二人。
もちろんこの不釣り合いなコンビは、メイドのエイドリアンとその主人であるショーン=ロゼット少年である。
しかし彼らは、なぜか入場ゲートの人混みには混じることなく、その横を悠然と素通りしていく。
ショーン少年はそんな人だかりを見て、慌てて隣のエイドリアンに尋ねた。
「ねぇ、エイリン。僕たちも早くあの列に並ばないと、座れなくなっちゃうよ」
「大丈夫ですよ坊ちゃま。今日の我々はVIP席ですから。入場は別の入口です」
エイドリアンは余裕の笑みを少年に向けてそう言った。
「な〜んだ、良かった。僕ちょっと焦っちゃったよ。だって立ち見だったら僕は背が低いから……」
「まさか主様に、私が立ち見なんてさせるわけないでしょう?」
得意げなエイドリアンの言葉に、少年はにこりとほほ笑みを返した。
VIP席の入場口は、もちろん混雑などしていない。それどころか入口にて待機している案内役が一組一組を丁寧に席まで案内するため、広い観客席で自分の席を探す必要もまったくないのである。
そして席に着けば、今度はドリンクのサービスが待っている。このようにVIP席では何もかもが至れり尽くせりなのだが、少年には一つだけ困ったことがあった。それはエイドリアンがお酒を頼もうとすることである。
もちろん少年は主の命令として、それだけは阻止しなければならない。先日のようにまたエイドリアンが暴れ出してはたまったものではないのだ。
少し残念そうな表情を見せるエイドリアンであったが、それでもやはりこのVIP席は最高である。
「さあ。エルドラの剣士ドーマさんが、あのエデン君に圧倒的な力の差を見せつけて勝利する姿を見せてもらいましょうよ」
少年はなぐさめるように、そうエイドリアンに声をかけた。




