第31話 敗北を知りたい妹 〜破門〜 その3
――救国の英雄が、国王に剣を突きつけた――
そんな前代未聞の出来事は、後に剣聖レイラ=バレンティンが国王へ自ら謁見したと言う形に書き換えられて王国の隅々へと伝えられることとなる。
しかしそれは後の話。
レイラが国王に剣を突きつけた次の日の朝。王宮のベランダから、国王と共に顔を出したレイラは、その身に今まで見たこともない様な豪華で華麗な衣装を纏って、ただ言われるがまま不器用に立ち尽くしていた。
眼下に広がる広場に視線を落せば、救国の英雄の姿をひと目見ようと、驚くほど沢山の市民が集まっていた。
しかし、割れんばかりの歓声が全てレイラ自身に向けられていことすら彼女には理解することが出来ない。
「いったい私はこんな場所で何をしているのだろうか……」
今になって考えれば、昨日レイラが国王に向けた剣を下ろしてからというもの、話の全てが国王の手のひらの上で進んでいた様な気がする。
今まさに大歓声の中で高らかに響き渡っている国王の声。そしてその口から『レイラ=バレンティン』と言う名前が叫ばれる度に、広場は一層の歓声に包まれる。
「ただ利用されただけなのだろうか?」自分の名前が叫ばれる度にそんな不安がレイラを襲う。
だが、彼女はその度に自分に言い聞かせるように呟くのだ「違う。あれは確かに取引だった……」と。
昨日、玉座を下りた国王と共にたった二人で別室へと移ったレイラ。その移り際、国王はレイラの耳元で小さく囁いた。
「悪いようにはせぬ。そなたの望みは余が叶えてやる」
もしかしてそれは悪魔の囁きだったのだろうか――
レイラと兄のカイルの二人が、生まれ育った村を抜け出したのは、レイラが第四層『無形式』の体得を始めてすぐ、春の初めのことであった。
「2日と同じ剣を振るな。百日あれば百。千日あれば千の剣を振るえ」
それがレイラに与えられた千年九剣第四層の修行方法である。無形とはそのままの意味、つまりは剣の型が無いことを指す。
レイラは兄が見守る中で、切る、突く、薙ぐ、払う。それ以外にも思いつく限りのありとあらゆる剣の動きを試しし、無形式の体得に精を出していた。
しかし――村に雪解けが近づいた暖かい晴れた日のこと。一人の男が村に国境防衛軍への召集令状を持ってやって来たのである。
だが兄は徴兵を拒んだ。
もちろん戦時下においてレイラの兄カイルが取った行為は大罪である。だからこそカイルは妹のレイラを連れて生まれ故郷のオルマル村を逃げ出したのだ。
しかし――結局は戦争が兄カイルを……たった一人の肉親をレイラから無理やりに奪って行った。
「もしあの時。国王が戦争など始めなければ兄のカイルと離れ離れになる事は無かったのに……」
レイラのたった一つの望み。それは行方不明になった兄カイル=バレンティンを探し出すことであった
国王は言った「余がこの国を上げて、そなたの兄カイルとやらを探し出してやろう」と……そしてその代償として――
レイラは、その身の自由を失った。
今もまだ国王は眼下に集まった国民に高らかに語りかけている。渦巻くような歓声、そして称賛。はたしてそれらは本当に救国の英雄レイラ=バレンティンに向けられたものなのだろうか。もしかしたら、その歓声も称賛も、いずれは全てを国王が持ち去ってしまうのでは無いだろうか。
だがレイラはそれでも構わないと思った。
「兄が戻ってきてくれるなら……」
その日。
国王は英雄レイラ=バレンティンの帰還と、新たに立ち上げた白騎士団の団長の座にレイラ=バレンティンが着任したことを集まった国民の前で高らかに宣言した。




