第22話 剣聖への道 〜真剣〜 その3
俺達兄妹が住んでいるウルマルと言う村は冬が早い。特に今年は例年よりも冬の訪れが早いような気がする。
妹はというと、冬支度の合間に暇を見つけてはようやく手に入れた自分用の木刀を好き勝手に振るっていた。「まずは手に馴染むまで好きに振るっているといい――」と言う俺の言葉を真に受けてのことだ。
しかしそれも、実際のところはただ単に剣の振り方を知らない俺が、苦し紛れに言った一言に他ならない。
「エイッ!ヤーッ」
今も家の外からはそんな妹の一生懸命な声が聞こえてくる。
もちろんそれは俺がこれから始める修行とは一切関係の無いただの遊びだ。しかしあえて今は妹の好きにやらせてやっている。なぜなら次の『千年九剣第三層』の修行は――技の進歩が非常に分かりづらく言わば自分との戦いとなるからだ。
だから今は剣を手にした喜びを好きなだけ味あわせてやろう。時はもう目の前。俺はその時をじっと待っている。
まだ夜も開けきらぬ早朝。雪のしんしんと降り積もる冷たい空気の中へと俺はまだ目の覚めきっていない妹を連れ出した。
確か、にこのシチュエーションは『格好良い』『絵になる』っていうのもあるけれど、ほんとのことを言うと単にそのような俺だけの都合っていうわけじゃ無い。
もしも妹の進む道が、本当に『剣聖』や『剣豪』への道ならば、そこには必ず精神的鍛錬というのも必要になって来るはずなのだ。つまりこの『三層』の修行で俺は、それを身に着けさせようというわけ。
そう。それは『水面の様に静かな心――そして研ぎ澄まされる感覚――』
と、まぁ。言ってる本人がなんのこっちゃなのだが――いわゆる剣聖達が行き着く最高領域に必要なのは、いつだって『禅』の精神なのだ。
だが、残念な事に俺は禅宗の開祖達磨大師や、『五輪の書』の宮本武蔵ではない。だがと言って方法が無いわけでは無い。
俺はとことん考えたあげく、その『禅』の精神を妹に経験から学んでもらうことを思いついた。。
降り積もった雪は音を消し、そして大地からその色を奪う。まさに冬は、自分と向き合い精神鍛錬を行うには絶好の季節なのだ。
我が家の裏山に、頃合いの良い岩がある。大きさは現代日本で言うところの軽自動車くらいはあるだろう。もちろん無闇に剣を振るったところで切れるものではない。
「次の第三層の修行はレイラに、この岩を切ってもらう」
そう言って俺はその小さな手に、古ぼけた剣を一振り手渡した。修行を初めてから既に二年。突然手渡された本物の剣に妹は一瞬その顔をほころばせたが、直ぐに自分がこれから向き合う試練の大きさに気が付いてその顔を呆然とした表情に変えた。
「どうやって……」
小さく溢れた妹の声に、俺は居住まいを正して、さも意味ありげに答える。
「それを考えるのが第三層だ。だが力技ではどうにもならないぞ。答えは考えて考え抜いた先にある、自分が信じたここぞという場所に剣を振るえ!」
「でも……。この剣じゃ石の真ん中までも刃が通らないよ。本当に出来るの?」
珍しく弱気を見せる妹に、俺は敢えて厳しい言葉を投げかけた。
「無理だと思うならば止めればいい」
「…………」
妹は何も言わない。
修行を始めてから今まで、俺は今回の様な妹を突き放す言葉を使ったのは初めてだった。もちろんそれは今まで甘やかせてばかりだった妹には辛いことだろう。
しかし。剣を学ぶ者が、ひとたびその手に剣を掴んだなら、もはや甘えは許されない。
『その剣は人の命を容易く奪う事が出来る』今、俺はその覚悟を妹に伝えなければならないのだ。
そして、それはおそらく妹に剣を手渡した俺自身も同じだ。
俺の突き放す様な言葉を、妹がどの様に受け取ったのかはその表情から推し測ることは出来なかった。しかし手にした剣をひたすら見つめる妹の瞳は、曇っていない。
妹は、挫けそうになる自らの弱い気持ちを断ち切るかの様に――頭上へと持ち上げた剣を勢いよく真下へと振り下ろした。
しかしまだ十歳の妹には重すぎるその鉄の塊は、振り下ろされたのと同時に妹の身体を道連れにしながら、その手から零れ落ちる。
重たい剣につられて雪の中に顔から埋もれてしまった妹と、その横に放り投げられた錆びかかった剣。
「フフフッ…」
俺は、その不格好な妹の姿に思わず笑ってしまった。
――やっぱり俺は決まらない。こんな時に笑ってしまうなんて……。
そして、それにつられた妹も、雪だらけになった顔をそのままに「キャハハ」と顔全体を笑顔に変えて無邪気に笑った。
だが、それがまずかったかと言えば、そうでも無いだろう。詰まるところ俺理論では、この世界では信じる力がなによりも大事なのだ。
だからこそ、俺が妹に対してやってやれる一番の事は、絶対に妹を信じ続けさせてやる事なのだ。厳しくすることだけがこれからの道ではない。
俺は、妹の体を雪の上から引っ張り上げると、横に落ちていた剣を拾って手渡した。再び剣を構える妹に、俺は頭を振る。
「違う、そうじゃ無い。もっと相手を知ろうとするんだ。お前は何処に剣を振るう?そしてその剣は振り下ろすのか?それとも切り上げるのか?」
妹は物分りが良い。
俺の言葉を聞いた途端。手にした剣を下ろして精神を目の前の巨岩に向けた。
それは第一層の『絶対空間認識』
今、この世界で妹ほど『見る』という事に長けた人間はいないのでは無いだろう。
そしてその『絶対空間認識』は妹に決定的な一つの事実を突きつけることとなる。
何かに気が付き慌てて巨岩の側面へと回り込む妹。そこで妹は目を疑う光景を目にする。それは彼女にとって、巨岩に刻まれた一つの奇跡のように見えたに違いない。
「岩が2つに割れてる……これってもしかしてお兄ちゃんが……」
そんな詰まる言葉とは裏腹に、その時の妹はその大きな瞳を今まで以上にランランと輝かせて――俺を見つめていた。




