第17話 敗北を知りたい妹 〜死神〜 その3
観客は全て去り、女二人だけが不自然に少年を見つめているのだ。『第一層』が使えるこの少年ならレイラとアイシアの二人の姿に気が付かないはずがない。
しかし、少年は二人の存在を無視でもするかのように地面に落ちた硬貨を拾い集める。
「銀貨5枚。小銀貨38枚。銅貨六十枚。それに小金貨1枚だ」
少年が硬貨を拾い集めるよりも早く、レイラはその数を少年に伝えた。この程度なら絶対空間認識を使うまでもない。
ただ彼女は、少年と会話をするきっかけを作りたかったのだ。そして、先程少年が使用していた『絶対空間認識』の技をいつ何処で誰から教わったかを彼から聞き出したかったのである。
もちろんそれは、彼のもたらす情報が、突如レイラの下から去って行った兄カイル=バレンティンの行方へ繋がると期待しての事である。
「へぇ~凄いね。姉ちゃんも一瞬で数えられるんだ。でもさ、小金貨ってのはちょっとからかいすぎでしょ。そんなの誰も投げてくれるわけないじゃん」
「すまない。実は小金貨というのは私からなのだ。君の芸があまりにも見事だったから――。でも今日は、あいにく財布を忘れてしまってな。もし出来れば明日、改めて君に手渡したいのだが……。明日もこの場所に来る予定はあるかい?」
それは単なるきっかけだった。もしこの少年が兄の修行を受けていたのなら、レイラは彼から聞かなければならないことが山程ある。
しかし、そんな彼女の当ては、見事に外れてしまった。
「そりゃ金貨が貰えるんだったらもちろん来るよ……って言いたいところなんだけど……。ごめん。有り難いけど遠慮しておくよ。俺、明日はどうしても用事があって駄目なんだ」
少年は無邪気に言った。
普通ならばあり得ない。レイラが手渡そうとしているのは小金貨である。小金貨と言えば一般的な家庭がひと月は食うに困らない大金。それをこの少年は断るというのだ。
唖然とする二人の娘を前に、少年はその表情の意味を構いもせずに再び無邪気な表情を見せて、こう言った。
「だって俺。明日の試合に出なきゃならないから」
今まで黙ったままだったアイシアがすかさず口を挟んだ。
「それは、もしかして武術大会の事?」
彼女も明日の予選には参加する。思わず声が出たのも無理はない。
しかし……
その後の少年の言葉が、場の空気を一変させた。
「うん。俺さ、おっさんから頼まれてるんだよね。死神にお前の技を見せつけて来いってさ――」
聞き捨てならない。レイラの表情が突然険しいものに変わった。
「死神だと?」
レイラはその忌まわしき言葉を、あえて口にして少年に聞き返す。
死神などと、尋常でない二つ名である。今まで様々な死線をくぐり抜けてきたレイラであったが、その様な忌まわしい二つ名など、彼女は今まで一度も聞いたことがなかった。
ましてや……その二つ名が自分を指しているとは、この剣聖とうたわれたレイラにどうして想像することが出来ただろうか。
英雄、剣聖……。それ以外にも様々な賛辞の言葉で讃えられてきたレイラ=バレンティンにとって、それはあまりにも想定外であり、そして屈辱的な言葉であった。
その時、確かに少年はこう言った。
「あぁ。死神だよ。死神レイラ=バレンティン……」




