龍のネックレス
「お姉ちゃん、本当に行くの?」
「行くよ。だってひいひいお婆ちゃんの大事な人の命がかかってるんたから。」
千鶴は着物の女性と小さな女の子が小学校の校門の前で撮ったモノクロ写真の前にある龍のネックレスをかける。
「お姉ちゃん、いつ帰ってくる?」
妹の芳美が心配そうに尋ねる。
「分からない。でも全部終わったら帰ってくるから。」
1947年11月中国大陸
「被告人金壁輝を死刑に処す」
北京の軍事裁判所で1人の女性に死刑判決が下された。彼女の名前は金壁輝、またの名は川島芳子、本名愛新覚羅顕シだ。中国大陸は長い間戦争をして来た。
愛新覚羅顕シとして中国の王家に産まれ日本人川島芳子として育てられた彼女は日本軍に身を置き諜報活動に携わっていた。自身が生まれた清王朝復活を条件に。
1932年芳子は満州国建国に成功させる。清王朝は復活に見えたように思えたが実態は日本軍の偶像国家であった。戦後芳子は中国人を裏切った反逆者として国民党に捕らえられた。裁判は芳子にとって苦しいものだった。弁護士は付いたが形だけ。芳子を助けようとする証人はいなかった。国中の全ての人間が芳子の敵となったのだ。
「おい、裁判官!!ふざけるな!!こんなのでたらめだ!!」
芳子は裁判長の胸腹を掴む。
「金壁輝!!離れろ!!」
芳子は看守に取り押さえら牢獄に戻される。
死刑判決を受けた3日後芳子の独居房に看守がやって来た。
「出ろ」
「僕を死刑にするのか?」
「違う、面会だ。」
看守が扉を開ける。芳子は看守に連れられ面会室へと向かう。そこには白いブラウスにジャケット、スカートの女性が待っていた。
「お兄様」
「千鶴子ちゃん?!」
彼女は千鶴子。かつては芳子の秘書で一緒に暮らした中だ。新京で挙式もし芳子は雑誌のインタビューで自分の妻だと答えた。
「千鶴子ちゃん、どうしてここに?家族は?」
「夫は出征した。子供は隣の家に預けてきました。お兄様を助けたくて。私司法試験を受けたの。」
夫は出征し届いたのは戦死の知らせ。子供を育てるため司法試験を受け弁護士になったという。
「それでお兄様の弁護は私が引き受けようと思う。」
「ありがとう、でも僕の刑は確定した。近いうちに僕は死刑になる。君は僕の事等忘れて」
「お兄様!!」
急に千鶴子が立ち上がる。
「でしたら控訴しましょう!!」
「控訴?」
「1度判決が出た裁判をやり直すのです。お兄様の死刑を帳消しにできるかめもしれません。」
「千鶴ちゃん、君の気持ちは嬉しい。だけど漢奸になって助かったのはヨコちゃんだけだ。」
「香蘭ちゃん助かったのね。」
ヨコちゃんとは芳子が中華料理店東興楼を経営した時に出会った少女だ。山口淑子といい中国名李香蘭として女優デビューした。満映が製作した映画「支那の夜」で主演になった。終戦後は日本の映画に出演したとして芳子と同じ漢奸で捕まった。しかしロシア人の親友の証言で日本人だと証明され無罪になり日本に帰国したという。
「僕は日本人の養女になったものの戸籍は移してなかったからな。だから日本人川島芳子だと言っても証明できるものはない。」
「いえ、戸籍で戦うのではありません。」
千鶴子は鞄から大量のノートを取り出す。
「お兄様が書いていた日記です。これがあれば助けられるかもしれません。」
翌日
芳子の二審が行われた。
漢奸裁判で二審は異例であり再び法廷には多くの傍聴人が押し寄せた。
「1930年6月10日
上海のバーで田中さんと出会った。彼は関東軍の諜報員だと言った。僕の事は清朝の男装の王女として知っていたようだ。日本軍の仕事を協力してほしいと言ってきた。ただとは言わない、成功すれば清王朝の復活は約束すると。僕は彼に賭けてみる事にした。僕の夢、いや僕の一族のために。」
千鶴子は日記を読み上げる。
「被告は日本軍に協力をしたのは事実です、しかしそれは国を裏切ったからではありません。清朝の復活。かつての栄華を大陸に取り戻すためでした。被告は漢奸でも売国奴でもありません。彼女は日本軍に騙された被害者と言えるでしょう。」
千鶴子の陳述は堂々としていた。
「ふざけるな!!」
「こいつのせいで夫は殺されたのよ!!」
傍聴席からは野次が飛び交う。
「黙れ!!お前らの中に1人でも日本軍と戦ったやつはいたのかよ?!」
芳子が傍聴人に向かって問いかける。しかし傍聴人は誰も返答しない。
「どうせ、お前らは逃げてただけだろ?!」
「お兄様」
千鶴子が芳子を静止する。
「被告人、許可のない発言は控えるように。」
芳子は黙って着席する。
「まだあります。」
再び千鶴子は日記帳を読み上げる。
「1932年6 月10日
視察で地方に遠征に行った。村人達に集団で襲撃にあった。話を聞いたら彼らは日本軍に土地を奪われ途方に暮れていた農民だと分かった。たまたま持っていた財布のお金を全て渡した。今の僕にできる事はこれだけだ。
1932年6月11日
朝一で軍の上層部に直訴した。しかし田中さんは日本の土地にして生産率を上げるためだと言ってまともに取り合ってくれなかった。これではまるで日本の土地のようだ。」
千鶴子は再び日記を読み上げる。
「被告は日本軍の上層部の言動に大変心を痛めていました。被告1人ではできる事も限られ力が及ばなかった。ただそれだけの事です。関東軍に属していても中国人を助けたいという気持ちはあったと思います。私は無罪を要求します。」
千鶴子が陳述を終える頃には法廷は静まり返っていた。その流れで検事による反対尋問へと移った。
「被告人、弁護人とはどういったご関係ですか?」
最初の質問はあまりにも意外な質問であった。
「異議あり!!本件とは無関係です。」
千鶴子が検察官に喰ってかかる。
「関係あります。弁護人の発言の信憑性に関わります。」
検察が裁判長へと向き直る。
「異議を却下します。」
「ではお聞きします。貴女と弁護人のご関係は?」
芳子は口を開かない。
「聞こえなかったか?!それとも答えられないような関係か?」
「千鶴子ちゃん、いや弁護人は僕の内縁の妻でした。」
数秒の沈黙の後芳子は答える。
「聞きましたか?かつての内縁の妻、つまり身内を庇っている。そして彼女は日本人です。被告は中国ではなく日本側の人間。これが何よりの証拠です。違うか?!」
検察は芳子が立っている証言台を叩く。その日はそれで閉廷した。
「日本軍の犬!!」
「とっととくたばれ!!」
芳子が退廷する時も傍聴席から再び野次が飛び交っていた。
「お兄様」
閉廷後の面会室で千鶴子が声をかける。
「見ただろ?中国人は僕の事を恨んでる。日本人の君だってこのままじゃただではすまないよ。」
「私は大丈夫です。」
「気持ちは嬉しいが君の証言だけじゃ信憑性に欠ける。君は今すぐ日本に帰った方がいい。」
「分かりました。」
千鶴子さんは立ち上がり面会室を後にする。
あれから2週間後芳子の第2回公判が行われた。しかし弁護人である千鶴子の姿はない。
「裁判長、弁護人が来ない以上裁判は続けられません。判決を出しましょう。」
検察官が裁判長に進言する。
「待ってくれ。列車の事故かもしれない。」
「被告人、彼女は逃げたのですよ。貴女を庇っても勝ち目はないと。これで貴女の味方は誰もいません。裁判長、漢奸には極刑を求刑します。」
「そうだそうだ!!」
「死刑にしろ!!」
傍聴席からは芳子に求刑する声が聞こえやがて会場は死刑コールに包まれる。
「静粛に」
裁判長が木槌を鳴らす。
「判決を言い渡す。被告人を」
「待って下さい!!」
法廷の扉が開く。そこには千鶴子と中国人の男性がいた。
「裁判長、証人尋問をさせて下さい。」
千鶴子が裁判長に懇願すると中国人の男が証言台へと向かう。
男の名前は王林北という。地方で妻と子供と農業を営んでいるという。
「私が妻と畑を耕していると突然日本軍がやってきて畑を自分達の土地だと言い張りました。開拓を理由に多数の日本人がやってきて野菜の栽培や収穫を始め自分達の利益にしようとしました。それから1週間後再び視察で日本軍がやって来ました。その時に1人の軍人さんが自分達の話を聞いてくださり自分が何とかするから今はこれで凌いでくれと言って財布の中にあるお金を全額渡してくれました。そのおかげで子供を新しい服や靴を買ってあげられる事もできました。違う土地に引っ越して新しい仕事も見つかりました。」
「王さん、その軍人さんは今ここにいますか?」
千鶴子が王に質問する。
「はい、彼女です。」
王は芳子を指差す。
「それはいつの事でしたか?」
「1932年6月10日です。」
それは芳子が地方に視察に行ったと日記に書いた日であった。
「お聞きになりましたか?被告は確かに日本軍に属していました。しかし魂まで日本軍に売り渡した訳ではありません。もしそうであれば土地を取り上げら収入源を失った中国人を助ける事はしないでしょう。彼女は中国人として中国人を助けたのです。日本軍に協力したのも中国のため、かつて潰えた王朝を再び復興させるためです。彼女は被害者です。裁くべきは彼女ではありません。彼女を利用した日本軍です。」
千鶴子が最終弁論を終える頃には法廷内は静まり返っていた。
「判決を言い渡す。」
静まり返った法廷で裁判長の声が響き渡る。
「はっはっはっは、何んだよそれ?!マジ受ける。」
「ただいま。」
千鶴が家に帰ってきた。
「姉ちゃん、終わったのか?」
「全て終わったよ。」
千鶴は棚に飾ってあるモノクロ写真に目をやる。
「良かった。」
「それにしても芳美はひいひいおじいちゃんそっくりね。」
千鶴は両足を広げて片手でポテチを食べながら男言葉
で電話していた妹の芳美を笑う。
「何言ってんだよ?ひいひいおじいちゃんは男だろ?」
「女だよ。」
千鶴は棚に飾られた写真を芳美に見せる。着物をきてネックレスを付けた女性と小さな女の子とそれからスーツ姿の青年が写っている。
「千華お婆ちゃんの両親か?」
千華お婆ちゃんとは千鶴と芳美の曾祖母である。2人が幼い頃よく子供時代の話をしてくれたが2年前に亡くなった。
「千華お婆ちゃん言ってたよな?本当のお父さん戦争に行ったって。」
芳美は写真を棚の上に戻す。
「そういえば姉ちゃん、ネックレス持ってかなかったのか?」
写真の前に龍のネックレスがあった。
「持っていったよ。ひいひいおじいちゃんにあげた。」
1948年東京。
「お母さん!!いずみちゃん家行ってくるね!!」
「行ってらしゃい、千華。遅くならないうちに帰るのよ。」
千鶴子は玄関で娘の千華を見送る。妊娠が分かった時には夫は出征し1人で育てていた。
「千鶴子ちゃん」
千鶴子は聞き覚えのある声を聞き振り返る。そこにはスーツにトレンチコートを着て帽子を被った人物がいた。その人は帽子を取る。
「お兄様」
そこにいたのは千鶴子がかつて一緒に暮らした人だった。
「お兄様、死刑判決を受けたのでは?」
「君とそっくりな女性弁護士が僕を助けてくれたんだ。」
千鶴子は背後からネックレスをかけられる。清朝を象徴する龍のネックレスだ。
その様子を物陰から千鶴は見ていた。
「千華お婆ちゃん、これでもう大丈夫だよ。」
千鶴は腕時計を2048年に合わせボタンを押す姿を消す。
FIN
千鶴子さんの子孫が芳子様を救って千鶴子さんと復縁する話は以前から書いてみたいと思ってました。
千鶴子さんはなぜ他の人と結婚したかは歴史上は明かされてませんが芳子様以上のイケメンがいたのかなとか思ってます。




