悪役令嬢ですが当て馬令息がメロくて沼りそう
「こんなにつらいの、正月にインフルエンザにかかった時以来だわ。……イ・ン・フ・ル・エ・ン・ザ?え!え!えええ!わたくし、生まれ変わっている!しかも悪役令嬢のエルヴィーラ・グーテンベルクーー!」
流行病で三日間高熱にうなされた私に、突如前世の記憶が戻った。
私は日本のJK――女子高校生だった。なんで死んだのかはよく覚えていない。母子家庭育ちで、節約節約の毎日だった。
前世の母には申し訳ないが、今世はパラダイスだ。何たって、両親は健在で、弟が超絶かわいい。しかも我がグーテンベルク公爵家は、国内有数の大貴族だ。とにかく資産がやばい。
でも良くないことにも気づいた。多分ここはスマホで読んでいたラノベ『不幸令嬢の私が王子様に見初められるまで』の世界だ。私はその悪役令嬢であるエルヴィーラ・グーテンベルクに生まれ変わっていた。
「このままでは、わたくしジークハルト殿下に婚約破棄されて、修道院に入れられてしまいますわ!」
玉の輿もののラノベが好きで読んでいたけど、実際に浮気されて婚約破棄される側になるとたまったもんじゃない。せっかく親ガチャで大勝利したというのに!
「ああ、どうしましょ。どうしましょ。」
ジークハルト殿下との婚約はもう決まっている。よほどのことがないと、こちらからの婚約辞退は難しいだろう。
「わたくしたちの学園入学は来年……。そこで殿下は男爵令嬢であるヒロインと恋に落ちる。」
あ、そういえば私、断罪されるんだっけ?ヒロインをいじめたとか言って。階段から突き落としたとか、教科書を破ったとか、そんな話だったと思う。うん?浮気の方がよっぽど重罪じゃん!?
その時、部屋をノックする音が聞こえた。
「お嬢様~!目を覚ましたんですね。本当に良かったです。随分うなされていたんですよ。今からお医者様を呼びますね。」
この侍女はアメリー。幼いころから私に仕えている忠実な『しもべ』だ。ふわふわの茶髪を揺らしながら駆け寄ってくる。人懐っこい茶色の瞳が、今にも泣きそうに揺れている。
「アメリー、心配させたわね。お医者様を呼ぶ前に、顔を洗いたいのだけど。」
「分かりました。今、用意しますね!」
アメリーはすぐにたらいたっぷりの水を用意してくれた。水面に映る自分の姿を凝視する。見慣れた顔のはずなのに、日本人だった前世の記憶が戻ると、金髪に潤んだ紫色の瞳なんて、だいぶ新鮮だ。吊り目で若干気が強そうだが、美少女過ぎる!
医師からは、熱が下がり、峠も過ぎただろうと言われた。医師が帰った後、アメリーに告げた。
「アメリー、わたくしは熱にうなされて、未来を視たのです。」
「えっ未来ですか!?お嬢様!」
自分でもかなり突拍子もないことを言っていると自覚はあった。でもアメリーは戸惑いながらも真面目に聞いてくれた。
「わたくしは『真実の愛』に目覚めたジークハルト殿下に断罪され、婚約破棄されます。」
「ええ!お嬢様まさか。ほら、ジークハルト殿下からお見舞いのお花も届けられていますよ。熱でそんな悪い夢を見られていたんですか?」
「いいえ。あれは夢ではありません。未来です。あの王子は不誠実な男です。男爵家に引き取られた庶子を『真実の愛』と言って寵愛するのです。」
「確かにジークハルト殿下とお嬢様の婚約はどちらかというと政略的な意味合いが強いものですが、もしそうだとしてもお嬢様が断罪など、ありえません。」
「ではアメリー、フリーゼ男爵家を調べて頂戴。最近、シャルロッテという名の娘が庶子として引き取られたはず。彼女が殿下の『真実の愛』のお相手になるの。」
「それで、お嬢様が安心なさるのであれば、私喜んで調べて参ります。」
「ええ、よろしく頼むわ。」
アメリーが部屋から出た後、ペンを片手に、覚えている設定を書き出す。舞台はシュトラール学園。ジークハルト殿下、シャルロッテは、生徒会室で逢瀬を重ねていた。
あとそうそう、当て馬令息のヘルムート。彼はメービウス公爵家の嫡男で、私たちより一つ年上。生徒会では書記をしている。面倒見のいい彼は、ヒロインに勉強を教え、ヒロインの前向きでひたむきな姿に恋をする。でもジークハルト殿下と彼女の仲を知って、静かに身を退くのだ。
「ん?シャルロッテ嬢って平民出身よね?この時期に引き取られても、勉強が追い付かないはず。どうして生徒会に入れたのかしら?」
生徒会には大切な入会条件が二つある。成績と生徒会役員の誰かからの推薦だ。
「ははーん。王子が王族特権で成績が足りないシャルロッテを無理やり生徒会に入れたのね。ふふ。それなら、わたくしにも考えがあってよ。」
私は当て馬・ヘルムートに手紙をしたためた。
***
「お、お嬢様!フリーゼ男爵の件ですが、全てお嬢様のおっしゃっていた通りでした。シャルロッテ嬢は、元々男爵家でメイドをしていた母親のもとに生まれた庶子です。彼女の母親は妊娠をきっかけに正妻から屋敷を追い出され、市井で花屋を営み、生計を立てていたようですが、昨今の流行病で亡くなったそうで。形見のネックレスを持って男爵家に門を叩いたと。――どうしてお嬢様がご存じだったんですか?」
「だから、未来を視たと言ったでしょ。」
アメリーは、私が知る由もないフリーゼ男爵家のいざこざを言い当てたことにえらく感心し、お嬢様が未来視に目覚めたと、私の作戦を全面的にサポートしてくれるようになった。
***
月日はあっという間に過ぎ、今日はシュトラール学園の入学式。私は入学試験で本気を出して、首席合格した。ジークハルト殿下のエスコートで学園へ向かう。殿下はいかにもラノベにありがちなヒーロー――銀髪で碧眼のイケメンだ。
「まさか、エルヴィーラが首席とはね。生徒会にも入るのか。」
「ええ、既にメービウス公爵令息から推薦状ももらっております。妃教育についても、学園での奉仕活動のため、免除頂けるよう王妃様にお願いして、快くご了承頂けました。生徒会の一員として、皆様のお役に立てるように邁進していきますわ。」
妃になれない可能性がある以上、妃教育を受けるのは究極の無駄だ。慈悲深い王妃様には悪いが、損切りさせて頂く。
メービウス公爵令息であるヘルムートは小説に書いてあったように面倒見のいい令息だった。一年生から生徒会に入りたいと手紙に書いたところ、大変丁寧なお返事と、私が入試でいい成績を残せるように、過去問と近年の出題傾向をまとめた資料を送ってくれた。気が利き過ぎる。もしかして彼は神なのか?
「そうか。将来の妃が勤勉で、しかも慈愛に満ち溢れた人間でうれしいよ。」
言葉に感情がこもっていないと思ったけれど、貴族らしい笑みを浮かべて、礼を言った。入学式では、私が首席だったので私が新入生の挨拶をした。そこは、王族の殿下に花を持たせてやれよと思ったけれど、意外と学園は実力主義らしい。
入学後、すぐにヘルムートが話しかけてきた。公爵令息のはずだが、野暮ったく伸ばした黒髪に隠れて、顔が良く見えない。さすが当て馬男子という風貌だけど、声色は少し低めでかっこよかった。ヘルムートは、私が学園入学前から、生徒会に関心を持っていたことをえらく感心したようで、生徒会の役割やその仕事について丁寧に説明してくれた。私は無事生徒会に入り、新入生ながら広報の任を得た。
***
学園に入学してからというもの、自邸でアメリーと作戦を立てるのが日課になってきている。
「アメリー、大変よ。『未来』がずれてきているわ。」
「お嬢様、どういうことですか?」
緑茶と似た香りのする東方原産のお茶をすすりながら、私は告げた。
「ジークハルト殿下が生徒会に入らなかったの。今年の入会者はわたくし一人。わたくし一人なのよ。」
大事なことなので二度言う。アメリーが目を丸くしながら答えた。
「それはお嬢様が生徒会に入ったからですか?」
「直接の因果があるかは分からないわ。でも浮気現場を徹底的にぶち壊してやろうと思ったのに、とんだバタフライエフェクトね。」
「……バタフライエフェクト?」
「つまり、わたくしの行動が変わったから、波及効果で『未来』も少しずつ変わってきているってこと。この先どう転ぶのか、わたくしにも分からないわ。」
「なんと!でもシャルロッテ嬢は入学されたのですよね?」
「入学したわ。彼女、平民出身だから、立場を弁えず高位貴族に話しかけるそうよ。下品だと噂されていたもの。」
「殿下は生徒会に入らず、学園生活は何をなさるのですか?執政や帝王学に専念なさるのですか?」
「いい質問ね。アメリー。殿下は騎士部に入って、身体を鍛えると張り切っていたわ。とにかく今は様子を見るしかないわね。」
お茶請けとして、シェフに作らせたせんべいを一枚かじった。
生徒会は新入生が私一人しか入らなかったせいで毎日忙しい。小説では男女問わずもっと人が多かった気がしたけど、あれは殿下目当てだったのか。
広報として、ポスターを作っては、校舎内の掲示板に貼っていく。こうして校内を歩きまわっていると、殿下の良からぬ姿が目に入ることがある。
「まーた、令嬢を侍らせているわね。」
ポケットから取り出したメモにその様子を記載していく。例えばこんな感じだ。
〇月×日 午後三時
ノイマン伯爵令嬢と校庭脇のベンチで談笑。肩に手を回し、親密そう。
△月□日 午後五時
ディートリヒ子爵令嬢と裏庭のガゼボで抱擁、キス。
殿下との仲は決して険悪と言う訳ではなく、会えば世間話くらいするには交流がある。だが彼には王族という自覚が足りないようで、この通り割と堂々と浮気している。殿下と関係を持った令嬢たちが、ことあるごとに突っかかってくるのも厄介だった。
それにしても学園入学前はもう少し真面目だった気がするが、いかんせん殿下はラノベのヒーローだ。こういうものなのだろうか。
公爵令嬢としてのハッピーライフを維持するために、断罪だけは回避したい。だから変に絡んで嫌がらせされたと因縁をつけられるのは困る。何一つやり返さずに、粛々と浮気の様子を記録するにとどめた。
「記録完了。」
メモ帳を閉じて、ポスター貼りを再開しようとした時だった。勢いよく風が吹いて、屋外の掲示板に貼りかけのポスターが飛んで行ってしまった。
「きゃ!ポスターが。」
「大丈夫かい?グーテンベルク公爵令嬢。」
飛ばされたポスターを拾って、ヘルムートが駆け寄ってきた。その瞬間、風でふわっと髪の毛が舞い上がり、彼の顔面を初めて見た。真っ赤な瞳に、中性的な整った顔立ち――思わずドキリとする。
「ありがとうございます。――メービウス公爵令息って、瞳が赤いんですね。」
「ああ、ごめん。見苦しいものを見せたね。」
また前髪で顔を隠してしまった。ルビーみたいにきれいなのに隠しちゃうの?なんともったいない。
「今日は部活動紹介のポスターを貼っているのかい?俺も手伝うよ。」
「ありがとうございます!」
優しい先輩ヘルムートは私が持っていたポスターを代わりに持ってくれた。「次は校庭脇の掲示板です」なんて話していると、突然ヘルムートが血相を変えて私の片手を引いた。
「グーテンベルク公爵令嬢。早くここを移動しよう。」
そのまま手を引かれ、屋内の人気のない階段まで連れて行かれた。
「急にどうしたんですか?メービウス公爵令息?」
「君は見なかったのか?」
「え!あ、もしかして殿下のことですか?」
「どうしてそんなに冷静なんだ。まさか殿下は、いつもああなのか?」
「あら、噂をご存じないんですか?取り巻きの令嬢が十人近くいますわ。騎士部の練習に群がっておりますの。さすがに全員は側妃に迎えられないので、少し絞って頂きたいですわね。」
「――君はそれでいいのか?」
「良い訳がないです。ですから、このように殿下の浮気は見かける度にメモにまとめています。しかし、残念ながら、王族に側妃を認めているこの国で、殿下の浮気はわたくしから婚約を破棄する理由にはならないんですよ。」
「それはそうだが。」
「――わたくし、王族に嫁げなくても何の未練もありませんの。他の令嬢が良ければ、殿下から婚約破棄してくれるといいんですけどね。」
「彼は少しプライドが高いと聞いたことがある。もしかすると、学年首席で生徒会でも頑張る君が、気に食わないのかもしれないな。」
「え、そんなことで?器が小さすぎません?」
「それ以外に、君のような素晴らしい婚約者を放って別の令嬢と睦み合う理由がないだろう。」
「素晴らしいなんて、お世辞でもうれしいです。でも多分、令嬢たちにちやほやされて浮かれているんですよ。わたくしちやほやしないんで。――そんなことより!メービウス公爵令息、絶対に前髪あげた方がいいですよ!」
さっと手を伸ばし、長く伸びた彼の前髪をその耳にかける。ヘルムートは何が起こったのか分からず一瞬混乱したようで、真っ赤な瞳をまん丸にしてこちらを見ていた。
戸惑う彼の顔を見て、思い出した。ヘルムートはずっとこの瞳がコンプレックスで、唯一瞳のことを褒めてくれたヒロインにコロっと落ちてしまう。生徒会にヒロイン・シャルロッテが現れる気配はないが、彼女に落とされる前に先手を打ってやろう。
「せっかくきれいな瞳なんですから、隠していたら、もったいないと言っているのです。」
上目遣いでヘルムートを見つめながらそう言うと、ヘルムートは思いっきり顔を上気させた。そして、そっとそのまま、目を逸らした。伏し目がちの赤い瞳を長いまつ毛が覆う。年上の男性に使うのが正しい表現か分からないが、かわいい。かわいすぎる。
「これは呪われた瞳だぞ……。君は怖がらないのか?恐れないのか?」
「あなたの目が赤いから、あなたのお母さんが亡くなったなんて、とんだ迷信ですよ。信じている方が愚かです。」
昔からこの国には赤い瞳は魔女の目、その目は呪われているという迷信がある。ヘルムートの実母は彼の出産が難産で産後すぐ亡くなった。メービウス公爵は夫人の忘れ形見であるヘルムートをかわいがっているが、母方の親族からは呪われた目と忌み嫌われている。ヘルムートは人と距離を置くようになった。
「ありがとう、君は……強いんだね。この瞳のことをそんな風に言ってもらえたのは生まれて初めてだ。――これからは、俺のことをヘルムートと呼んで欲しい。」
「では、ヘルムート様。わたくしのことは、エルヴィーラとお呼びください。」
「もし殿下のことで僕に何か手伝えることがあったら、何でも言って欲しい。」
「ふふ。ありがとうございます。」
ヘルムートの父親、メービウス公爵は宰相。内政のメービウス、外交のグーテンベルクと言われている、この国の双璧だ。私は心強い味方を得た。
ヘルムートは私のアドバイスに従い、すぐに前髪を切った。これで紛れもなくイケメンだ。伏し目がちに何かを考えている時なんて、めちゃくちゃメロい。一緒に歩けば、あまりの色気に令嬢たちがこちらを振り返るのが分かる。
それでも赤い瞳を恐れられて、避けられることもあるらしい。だから見た目で態度を変えるような奴は、所詮その程度の人間だと言ってやった。ヘルムートもうれしそうに笑ってくれた。
こうして私がヘルムートを味方につけた頃、ヒロイン・シャルロッテにも動きがあった。騎士部の女子マネージャーになったのだ。――殿下が入部したあの騎士部だ。
騎士部が練習している校庭の隅を通りかかると、シャルロッテはピンクブロンドをハーフアップにして、甲斐甲斐しく騎士部の学生の世話をしていた。うむ。あれが噂に聞くシャルロッテ特製手作りレモネードか。騎士を目指すような学生は、基本素朴で純朴なものが多い。平民出身の彼女の親しみやすい仕草に、皆メロメロだ。
そして夏休みが明けたころから、一気に雲行きが怪しくなった。シャルロッテと殿下の距離が妙に近い。あれだけ侍らしていた取り巻き令嬢も次第にその数が減り、遂にシャルロッテ一人になった。時を同じくして、シャルロッテや他の騎士部の部員たちから、私が彼女の教科書を隠したとか、制服を破ったとか、おかしな言いがかりをつけられるようになった。先生たちに相談すると、まさか私がそんなことをするとは思わないけど、学園内では極力注意して、決して一人にならないようにと言われた。
私はその忠告を守り、常にクラスメイトか、生徒会の誰かと一緒にいるようにした。一学年違いのヘルムートは勉強を教えてくれるし、どっかの誰かと違って見識が広く、話も面白い。引き寄せられるようにヘルムートの傍にいた。
現在、生徒会の目下の懸案事項は年度末に開かれる創立記念パーティーだ。私はその企画書の原案を推敲中だ。時たま、オペラグラス片手に、校庭の殿下たちの様子を伺う。生徒会室は三階。ここなら怪しまれずに騎士部の動向を観察できる。
「あの、シャルロッテ嬢のレモネード。元気が出るとか言って、部員たちに人気だそうですよ。おいしいんですかね?」
「俺は甘い飲み物は好きじゃない。」
ヘルムートがそっけなく答える。
「まあ!殿下がシャルロッテ嬢を抱き寄せたわ!!顔をあんなに寄せて、キスかしら。」
「エルヴィーラ嬢、相変わらず物好きだな。メモだけじゃ何にもならないと君も言っていただろう。あんな汚らわしいものを、君の瞳に映すくらいなら。――もっと俺のことを見て欲しい。」
ヘルムートがオペラグラスを持った私の手を握った。
「ふふ。わたくしも美しいヘルムート様のお顔だけを瞳に映していたいです。でもいつか、殿下がわたくしとの婚約破棄をしたいと本気でおっしゃったら、なるべく穏便に事を進めたいじゃないですか?きっとそんな時にこの記録は役に立つはずです。」
「それもそうか。女神は常に準備している者だけに微笑むと言うしな。そうだ、エルヴィーラ嬢、君に確認したいことがある。最近殿下から何か品物を頂いたか?」
「いいえ。昨年の誕生日にペンダントを頂いたのが最後ですかね。それがどうかしたんですか?」
「父に聞いたんだが、夏過ぎから、殿下が君へのプレゼントという名目で、たくさんの宝石やドレスを購入している。」
「え?入学当初は会えば世間話ぐらいしましたが、最近はすれ違っても挨拶すらないですよ。公の場のエスコートはして頂いてますけど。」
ヘルムートに手渡されたリストを見て愕然とした。ダイヤモンド、エメラルド、ルビー、それに有名店のオートクチュール。私は何一つ頂いていない。
「これじゃ、わたくし、とんだ強欲令嬢じゃないですか。」
「やっぱり。そんなことじゃないかと思ったんだ。うちの父から、そちらの家にこれらの物品が実際に贈られた物か確認するための書状を送る。返事を頼む。」
「分かりましたわ!ヘルムート様、ありがとうございます。」
「あとそれから、またシャルロッテ嬢が君に嫌がらせされたと訴えているらしい。」
「いい加減にして欲しいですわ。あんな小娘に構う時間なんてありませんのに。」
「学園長もあきれているよ。この前たまたま廊下ですれ違って、君の様子を聞かれたから、生徒会長と君のアリバイを証言しておいた。」
「助かりましたわ。ヘルムート様。」
「そういえばあの女狐、実家も怪しいぞ。最近妙に羽振りがいい。内偵が入っているんだが、違法取引の可能性がある。君の実家は外交のグーテンベルクだろう。君の父上の伝手でフリーゼ男爵家を調べてもらえないだろうか。」
「シャルロッテ嬢の実家ですか?分かりました。先ほどの件と一緒に父に相談しておきます。」
ヘルムートは、私を軽く抱き寄せ、じっと私のことを見つめた。――いつもと様子が違う。
「ヘルムート様、どうかしました……?」
「……エルヴィーラが、俺の婚約者だったら、こんな思い絶対させないのに。」
そのままヘルムートは私のおでこに軽く口づけを落とした。えええ!どうしたの?ヘルムートってこんなキャラだっけ?感情がごちゃごちゃになる。
「ヘルムート様、これではやっていることが殿下と一緒ですよ。」
「ふふふ。それもそうだな。――でも、殿下と違って俺は本気だ。」
柔和に微笑む口元と対照的に、ヘルムートの眼差しは熱っぽかった。
***
私はその日の内に、ヘルムートに言われたことを父に報告した。
殿下が複数の令嬢と良からぬ関係にあったこと、その中の一人、シャルロッテ嬢と最近は懇意にしていること、シャルロッテ嬢が私にいじめられていると吹聴して歩いていること、殿下が夏過ぎから私の名前を使って宝石やドレスを購入していること、彼女の実家、フリーゼ男爵家が妙に羽振りがいいこと。父は頭を抱えながらも「分かった。調査してみる。」と言ってくれた。
ヘルムートはあのキスの後も、私と二人きりの時だけ甘くて、切なげで、超絶メロかった。私が落ち込んでいるとそっと抱きしめてくれたり、たまに揶揄うようにほっぺにキスをしてきたり。――もう沼りそう!
もちろん、いけないことをしているのは分かっている。婚約破棄まで秒読みと噂される関係でも、私はジークハルト殿下の婚約者だ。でもその背徳感がスパイスになって、どうしようもなくこの恋心を燃え上がらせた。誰もいない生徒会室で、壁ドンをされて「早く俺のものになってくれ、エルヴィーラ」と、うるんだ赤い瞳で言われた時には、もう理性が崩壊するかと思った。
数か月経ち、遂に父からフリーゼ男爵家に関する調査資料を渡された。資料を片手に、早速アメリーと作戦会議だ。シェフに試作させたコーラもどきとポテトチップスを用意させる。
「アメリー、ヘルムート様の言う通り、フリーゼ男爵家は真っ黒だったわ。」
アメリーに資料を見せる。
「うわあ。お嬢様も随分厄介な相手に目をつけられましたね。」
「ほんと王国始まって以来の由々しき事態よ。――ところで、アメリー。」
「はい。」
私はポテトチップスをバリバリ食べながら、アメリーに言った。
「遂に、殿下が学園の創立記念パーティーで私をエスコートしないって言い出したわ。」
「え!今までは公の場ではエスコートはしていましたよね。」
「そうなのよ。さすがにまずいじゃない?一応、婚約者なんだから。一度お話し合いをと、声をかけてみたけど、睨みつけられて、シャルロッテ嬢とどこかに行っちゃったわ。」
「お嬢様の未来視の通りですね。」
「ヘルムート様の掴んだ情報では、シャルロッテ嬢が私に階段で突き落とされて、足を怪我したと言っているらしいわ。それで殿下はパーティーでわたくしを断罪するつもりなんですって。でもどうして、これだけ状況が変わったのに、そこだけは一緒なのかしら。」
「ひぇええ!断罪。で、お嬢様はどうするんですか?」
「もちろん。このエルヴィーラ・グーテンベルク、返り討ちにしてやりますわ。」
「さすがですお嬢様!エスコートはどうなさるんですか?」
「一人で行くわけにいかないから、ヘルムート様にお願いしたわ。」
「ヘルムート様!」
「もう当てつけで真っ赤なドレスを着て行ってやるわ。」
「それでは、お嬢様が浮気しているみたいでは……?」
「向こうはどうせ『真実の愛』が~とか言ってくるのよ。『真実の愛』には『真実の愛』で対抗してやるわよ。」
「やっぱりお嬢様って、敵にまわしちゃいけない人ですよね。おそろしいです。」
「あら、なんのことかしら?ふふーん。」
私は上機嫌にコーラもどきを飲み干した。
創立記念パーティー当日。開宴までのひと時を、会の最終準備のため、ヘルムートと生徒会室で過ごした。
「……エルヴィーラ、もしかしてそのドレスは俺を意識してくれたの?うれしい。きれいだよ。」
彼が耳元でささやく。今日は決戦の日。深紅のドレスに身を包み、戦闘モードだ。
「――今日、必ずエルヴィーラを俺のものにするから。」
「はい。」
そして私たちは先輩から任された受付の仕事に就く。来客を一人ひとり確認し、リストにチェックを入れていく。
「あら、ジークハルト殿下。そちらのご令嬢はどなた様でしょうか?」
殿下はわざと嫌味っぽく言ったのが効いたのか、怒気を強めて言った。
「どなた様とは、随分な言いようだな!シャルロッテが優しくても、俺はお前を絶対に許さないぞ。」
殿下の顔をマジマジと見るのは久しぶりだが、目つきがどこかおかしい。完全に目が据わっている。
「ああ、シャルロッテ様ですね。」
シャルロッテは、水色の瞳を揺らしながら、殿下の後ろに隠れた。おそらく殿下にもらったのだろう、男爵令嬢に不相応なダイヤモンドのイヤリングとネックレスを身に着けている。ふむ。そのブルーのドレスは、オーダーメイドかしら?初めて見るデザインだが、幾重にもレースが重なっており、いかにも高そうだ。
「睨むな、エルヴィーラ。シャルロッテが怯えているだろう。この性悪女め。」
睨んでいないし、どっちが性悪だ。メモメモっと。
「――受付は終わりましたので、どうぞ会場内にお入りください。」
そう言って私はわざとらしく微笑んだ。
それから、遅れると予め連絡があったカップルを待ち、私たちはゆっくりと会場に入った。ちょうど生徒会長の挨拶が終わったところだった。ヘルムートにエスコートされた私を見て生徒たちがざわついている。そりゃ、この国の第一王子とその婚約者がそれぞれ別の相手を連れて、入場しているのだから、ひそひそ話をしたくなるのも分からないでもない。
その時だった。殿下が生徒会長を押しのけ、無理矢理、壇上に躍り出た。
「やっと現れたな!エルヴィーラ・グーテンベルク公爵令嬢!お前の悪行の数々、もはや見過ごすことはできない!」
「殿下、声を荒げないでください。繰り返しそちらの令嬢が学園長に私の素行について申し立てされていることは、存じ上げておりますが、その都度、私は何もしていないこと、そしてその証人がいることを、学園長からご説明されているはずです。」
「極悪人め。どうせ学園長や、その証人とやらを買収したのだろう?学園長は頼りならん。今日はこのジークハルト自ら貴様を裁いてやる。エルヴィーラ!今月初めの金曜日の放課後、嫉妬に狂い、階段でシャルロッテを突き飛ばし、足に怪我させたな!ここに証人もいる。」
そう言うと、騎士部の部員が数人前に出た。シャルロッテがわざとらしく足を引きずり、目を潤ませる。
「いいえ殿下、私が悪いんです。私が殿下を独り占めにしているから。エルヴィーラ様が私に嫉妬するのは仕方がないことです。」
「ああ、いいんだ。シャルロッテ。全部あの性悪が悪いのだから。――公爵令嬢という立場を笠に着て、学園内で弱い者をいたぶるなど、未来の王妃としてあるまじき振る舞いだ。よってこの場で、お前との婚約を破棄する!そして『真実の愛』を持ってこのシャルロッテを新たな婚約者とする。」
高らかに殿下が叫ぶ。事前に聞いてはいたが、あまりの茶番に興ざめだ。私はにっこり笑って、殿下に告げた。
「婚約破棄、承りました。」
「お、おう。どうした?やけに素直だな。素直にシャルロッテに謝罪するなら、命だけは助けてやる。」
拍子抜けした様子の殿下が言う。
「いいえ。先程の断罪に関しては、全く承服できません。こちらとしても、いくつか反論をさせて頂きます。まず殿下、今月初めの金曜日の放課後でしたっけ?その日の放課後は、こちらにいるヘルムート様と、生徒会室で本日の参加者名簿を作っておりました。夕刻に学園長先生に認可の署名を頂いております。ヘルムート様と学園長がその証人です。」
「その男、メービウス公爵家の嫡男か。前もエルヴィーラの証人になっていたな。ん?なんで貴様らはいつもいつも一緒にいるんだ?よく見れば、深紅のドレスまで身にまとって。……まさか浮気じゃあるまいな?」
距離感は近いとは言え、私とヘルムートは清き関係。散々浮気しておいて、どうして人の浮気を疑うのだ。
「浮気?人聞きが悪いですね。私たちの関係は、プラトニック。まさに殿下のおっしゃる『真実の愛』ですよ。アメリー、あれを持ってきて。」
会場設営の手伝いに連れて来た侍女のアメリーが、すかさずメモの束を渡す。
「殿下こそ、この一年間、わたくしという婚約者がありながら、浮気三昧でしたね。これがその記録です。」
「何を?まさかお前、見識を広めるために、いろいろな令嬢の意見を聞いたことを浮気と言っているのか。」
会場からくすくす笑う声が聞こえたので、遮るように大声でメモを読み上げる。
「▲月□日午後五時、裏庭のガゼボでディートリヒ子爵令嬢を後ろから抱擁し、キス。胸を揉みしだく……。■月〇日午後五時半、ノイマン伯爵令嬢と裏庭で抱擁、そのまま深い口づけ、騎士部の部室へ消えていく……。●月▲日午後四時、フリーゼ男爵令嬢と」
名前を読み上げられた令嬢が顔を真っ赤にしながら、会場を飛び出していく。心当たりがないなら、私のように反論すればいいのに、全部事実だからその余地すらないのだろう。殿下は違う違うと小さくつぶやいていたが、シャルロッテのメモを読みあげようとすると、大声で止めに入った。
「もうよせ!お前は令嬢たちの名誉を傷つけたいのか。」
「いいえ。このメモを新聞社に売ろうと思ったんですが、内密に陛下にお渡ししただけで済ませましたの。」
「お、お前!」
「だって、大切な側妃候補の資料ですもの。後からお子ができたと言われても厄介ですし。ああ、そうだ。ヘルムート様、あれを。」
ヘルムートが胸にしまっていた例の会計資料を取り出す。
「エルヴィーラ嬢からご紹介に預かりました、メービウス公爵家令息のヘルムートです。恐れながら、告発させて頂きます。ジークハルト殿下は、婚約者であるエルヴィーラ・グーテンベルク公爵令嬢へのプレゼントと称して、いくつものドレスや宝石を購入していますね。こちらがそのリストです。しかしこれらの品々を、グーテンベルク公爵家もエルヴィーラ嬢本人も受け取っていないと証言しています。おや、シャルロッテ嬢が今日身に着けているのは、リストにあるダイヤモンドのネックレスとイヤリングですかね?あれ、もしかしてそのドレスも?――これは横領の動かぬ証拠ですね。この件も事前に陛下にご報告済みです。」
「ぐぬぬ。貴様ら!……お前のような性悪とは婚約破棄して、妃にシャルロッテを迎えるつもりだったのだから、何も問題ないだろう。」
青ざめている。青ざめている。さっきまで『真実の愛』だ『断罪』だと意気込んでいたのはどうしたのかしら?
「シャルロッテ様を妃に?それは難しいですよ。」
畳みかけるように私は言った。
「身分なんてどうとでもなる!」
「違います、殿下。そういうことではありません。我がグーテンベルク公爵家が総力を上げて、調べさせて頂いた本日最大のビッグサプライズ――なんとその娘、シャルロッテは隣国のスパイなのです。」
「……スパイだと?」
会場のざわめきに殿下のつぶやきがかき消される。魂が抜けかけている殿下にすかさず隣にいたシャルロッテが涙の訴えをする。
「全くのでたらめです!!どうして、そんなひどいことができるの?エルヴィーラ様には人の心がないの?」
さすがに焦った様子のシャルロッテが金切声を上げた。
「人の心がないのはどちらですか?人の婚約者を寝取って、散々人に冤罪を着せようとして。」
「エルヴィーラ様がいじめるぅ!」
殿下と騎士部の生徒がシャルロッテを囲むように立ち、こちらを睨みつける。
「はあ~。余計なことをすると、あなたたちも捕縛されますよ。もともとフリーゼ男爵家は急に羽振りが良くなったんで、王宮の予算係に目を付けられていたんです。脱税や違法取引をしているのではないかと。ですから当家が徹底的に調べさせて頂きました。」
「は?グーテンベルク家は関係ないだろう?」
「宰相メービウス公爵閣下からの依頼です。結論から申し上げますと、フリーゼ男爵家は敵国である隣国から違法薬剤を輸入し、この国を内部から腐らせようとしていたのです。違法薬剤の取引現場も押さえています。フリーゼ男爵は娘を使って違法薬剤であなたを懐柔し、政権を掌握しようとしたのです。」
「黙って聞いていれば、なんと荒唐無稽な。」
「ではお聞きしますが、飲むと妙に元気が出る飲み物をシャルロッテ嬢から渡されたことは?」
「飲むと元気……?まさか、あのレモネード……。」
殿下の顔が青ざめる。いよいよ立場が悪くなったシャルロッテ嬢が殿下を突き飛ばした。
「――殿下もシャルロッテのことを信じてくれないんですか?ひどいです!」
「待て、シャルロッテ!」
シャルロッテは目に涙を浮かべ走り出した。――逃がすか。
「はいはい。騎士団の皆さん、出番ですよ。」
ヘルムートの一言で、会場外に隠れていた騎士団が次々と会場に入る。手際よくシャルロッテ、ジークハルト殿下、騎士部の生徒を捕らえていく。
「エルヴィーラ!貴様!」
「これは陛下の命ですよ。私たちの報告に大変ご立腹で『横領容疑でジークハルトを捕縛せよ』と確かにおっしゃいました。殿下、『断罪』には『断罪』を、『真実の愛』には『真実の愛』を、ですわ。わたくしは、わたくしの『真実の愛』をこのヘルムートと貫かせて頂きます。」
すかさずヘルムートが腰に手を回し、私を抱き寄せる。
「エルヴィーラ、愛している!やっと言えた。」
「うれしいわ。ヘルムート、わたくしもよ。」
「くそっ!」
創立記念パーティーは、会の続行が難しいとの生徒会長の判断で、その場でお開きになった。
捕らえられたシャルロッテとフリーゼ男爵は、家宅捜索で次から次へと悪事がばれた。金に目がくらんだフリーゼ男爵が隣国とつながりを持っていたのは随分前からのことで、外患誘致罪でフリーゼ男爵は処刑され、男爵家ごとお取り潰しになった。
シャルロッテは王族に違法薬剤を盛った重罪人であるが、男爵家に引き取られて間もないこと、本人も自分がやったことをよく理解していなかったことから、減刑され、学園を辞めて辺境の修道院に入った。
ジークハルト殿下と騎士部の部員が盛られた薬は、一時的な多幸感と引き換えに、依存性がある薬剤だった。薬物の影響が考慮され、罰を与えるのではなく治療を受けさせるという方針になった。彼らは休学になったが、禁断症状で療養先で暴れまわる者もいたそうだ。
ジークハルト殿下と私の婚約破棄は、シャルロッテが騎士部のマネージャーになる前から浮気三昧で、私を軽んじていたことが認められ、無事破棄された。薬が抜けて少し正気になった殿下曰く、成績のことで私にコンプレックスを抱いた、成績で勝てないならと騎士部に入ったが、練習を見に来る令嬢たちが自分を持て囃すので、つい羽目を外してしまった、と。申し訳なかったと謝られた。
殿下の王位継承権については、このような状況を鑑み、剥奪はされなかった。ただ今回の事件を考慮し、弟王子にも本格的に帝王学を学ばせると陛下はおっしゃった。
***
「ヘルムート様!他の生徒も見ておりますので、さすがに恥ずかしいです。」
「え、どうして?俺はずっと君とこうしたかったのだけど。」
ヘルムートは中庭のテラスで、私を膝の上に乗せて、満足そうだ。ヘルムートはあのパーティーの後、すぐに正式な求婚状をグーテンベルク家に送ってきた。父もメービウス公爵家との縁は当家の商売にも有利だと言って、婚約を快諾してくれた。
「でも!でも!わたくしの心臓が持ちません!」
「じゃあ、エルヴィーラ。早く慣れて?」
まっすぐに赤い瞳に見つめられると、顔面が沸騰しそうなくらい熱くなった。抵抗しようとした次の瞬間、ヘルムートに、唇を奪われた。
「ヘ、ヘルムート様ったら!」
当て馬令息がこんなに甘くてメロくて、悪役令嬢を溺愛してくれるなんて聞いていない!でもこれが彼の愛にドロドロに溶かされる日常のまだ序章に過ぎないことを、この時の私は知る由もなかった。
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