チャプター7 交流戦
両校校長の話合いの結果、ローウェル魔法学院とライラント魔法学院の交流戦は、年も開けた二月に決まった。前回はライラント開催だったので、今回はローウェルでの開催となる。
お祭り事の開催が決まれば、若者たちの動きは早い。文科会系のクラブでは活動展示や研究発表の準備が進められ、体育会系のそれでは交流試合に向けて練習にも熱が入る。
ジュノたちの「よろずお悩み相談部」は顧客の機密保持が最優先される活動だったから、展示や発表をするようなものはない。だが、一年生最強の六人である彼らは、当然のように学年対抗交流魔法戦の代表に選ばれたので、交流戦最大の見せ場を担うことになった。
交流魔法戦ではシングルス戦、ダブルス戦、三対三で戦うトリプルス戦の三試合が行われる。それぞれの出場者を決める必要があるが、シングルス戦は、当然、ジュノとレシュマーが決着をつけるためにある。
問題はダブルス戦だが、これは、本人のたっての希望でヴェルが出場することになった。
となればトレスが黙っていないが、魔術師のヴェルと神官戦士のトレスという組み合わせはバランスも悪くないので、これもすんなりと決定された。残ったレルグ、カナ、ルシアの三人がトリプルス戦を戦うことになるが、これも精霊使いのレルグ、神官戦士のカナ、神官と精霊使いの二刀流であるルシアで、バランスが良い。
往生際の悪いジュノに対してずっと怒っていたヴェルだったが、ジュノが中途半端ながらもティンシアに想いを伝えたことをフィアリスから聞いて、一応は怒りを収めている。
さらにティンシアの事情を知った彼女は、今度は卑劣なレシュマーに対して怒りだしてしまった。そいつらをギッタンギッタンにしてやると息巻いて、戦闘訓練に精を出すようになった。
ヴェルに引っ張られるようにして、他の五人もまたハードな訓練の日々を送っている。その合間には、クローの指示で旧校舎の「良からぬもの退治」にもあたっていたので、実戦経験も十分であった。
進路指導室から出られないクローには、直接戦闘訓練を見てやることはできない。だから、魔力錬成の訓練や魔法戦術のシミュレーションなどを親身になって指導した。
そのおかげだろう、六人は、「大陸最強の魔術師」と言って過言ではないエルシズが直々に訓練をつけてくれたときでも、彼に引けを取らない戦いを見せるようになっていた。さすがに一対一は無謀だったが、三対一はもちろん、二対一でも。
ティンシアを賭けて、ジュノがライラントのアルシア公子レシュマーと決闘するという、交流戦開催の経緯はすでに学生たちに知れ渡っている。
男子も女子も、それを知って落胆した者の数は知れなかったが、ジュノとティンシアは確かに似合いの二人である。ライラントの男にジュノが敗れたり、ティンシアを取られたりするくらいならと、二人の仲を応援する声は日増しに高まっていた。戦闘訓練に勤しむ六人に、激励の声をかける者も多くなっている。
そんなこんなで訓練にも励みがつき、寒い冬が訪れ、新年を迎えるころには。
六人はもはや、腕利きの冒険者グループ顔負けの実力を身に着けていた。
◇◇◇
ついに、待ち望んだ二月がやってきた。
はるばるライラントからお客様を迎えたローウェル魔法学院は、両校の学生で賑わっている。校舎校庭のそこかしこで交流試合や研究発表、活動展示が行われ、食べ物などを販売する屋台なども出店されて、行き交う人々とその笑顔が絶えない。
ジュノと仲間たちにとっては絶対に負けられない戦いであるが、それ以外の学生にとっては、交流を楽しみ親睦を深める、ただ楽しいだけのイベントなのだ。交流魔法戦は、五日間ある日程の最後に行われるので、それまでは、ジュノたちも皆に混じって交流戦の雰囲気を楽しんだ。
「せっかくのお祭りなんだから、ティンシアちゃんを誘って遊んできたらいいのに。気持ちは知られているのに、まだ恥ずかしいだなんて、ホント、バカよね」
学生たちが運営する模擬店で買ってきたホットドックを頬張りつつ、ヴェルがジュノをくさした。いよいよ明日に迫った交流魔法戦。その前に進路指導室に集まった彼らは、飲み物や食べ物を持ち寄って、ちょっとした決起集会を開いている。
「そんな体たらくで、決闘が終わったら、本当に告白できるの?」
ルシアにまでジトっとした目で見られてしまったジュノだったが、「うう……」とうなだれるばかりである。
結局、ジュノの想いが彼女に知られてからもう四か月も経つのに、二人の仲は一向に進展していなかった。
ティンシアの方はもうことさらにジュノを避けることはなく、むしろ戦闘訓練を手伝うなど一同とも積極的に関わるようになっているのに、肝心のジュノの方がまだよそよそしいのだ。当初に比べれば会話もするようになってきたが、回りから見ればヤキモキする状況が続いていた。
世話を焼いたヴェルとルシアは、二人の仲を取り持とうと、なにくれとなくティンシアに話しかけている。
彼女たちの見るところ、ティンシアがジュノを憎からず思っているのは明らかだったが、彼女は彼女で、なにか心に引っ掛かりがあるらしい。ジュノがはっきりしないのにかまけて、現状を留保しているようなところが気にかかっていた。
「オレたちみんな、おまえの恋のために戦うんだからな。しっかりしろよ!」
そう言ってカナが、バン!とその大きな手のひらでジュノの背中を叩いた。鋭い女性陣に比べて、男性陣は単純である。
「ま、おまえのおかげで、オレはヴェルさんと肩を並べて戦う機会を貰えたからな。それには感謝しているよ」
同じく模擬店で調達してきたホットワインを皆に配りつつ、トレスはすっきりしたように破顔した。その笑顔をまぶしそうに見つめたのは、レルグだ。
「悪いが、ジュノ。明日の交流魔法戦、私は、自分のために戦うからな」
いつもは仲間思いの彼が、突然そんなことを言い出したので、皆は驚いた。無言で続きを促されて、彼は素直な気持ちを吐露した。
「ジュノは、ティンシアさん。トレスは、ヴェル。カナには、幼馴染のルシア。きみたちだけ、好きな人、守るべき人がいて、私は今、心底恨めしい……じゃない、うらやましい。明日は私が一番に活躍して、素敵な彼女をゲットしてみせるからな!」
グッと拳を握ったレルグの姿は、仲間たちが初めて見るものだったので、皆そろってクスクスと笑い出してしまった。
クローやエルシズの厳しい訓練を耐えてきた彼らは、自らの強さに静かな自信を持っているが、学院の代表としての緊張感は消えるものではない。レルグは別にわざとおどけてみせたわけではなかったのだが、それは確かに、彼らの緊張をほぐすのに一役買ったのだった。
そんな教え子たちの姿を、クローがいつもの穏やかな微笑みで見守っている。
◇◇◇
学年対抗交流魔法戦は、ダブルス戦、トリプルス戦、シングルス戦の順番で行われることになった。予定通り、トリのシングルス戦にはジュノとレシュマーがエントリーされている。
「じゃあ、ちゃちゃっと片付けてくるわね」
戦いの邪魔にならないよう、その燃えるような赤い髪をポニーテールに結んだヴェルが、魔法杖を手に取り立ち上がった。いつもと違う髪型の彼女にドキッとさせられたトレスだが、黙ってその横に並んだ。
「ケガするなよ」
ジュノが短く声をかけた。その隣にはティンシアが来ていて、心配そうな顔でヴェルのことを見つめている。
「ケガさせるなよ、の間違いね。大丈夫、わたしは負けないわ」
ジュノはともかくティンシアを安心させるべく、ヴェルは、意識してクローを真似て微笑んだ。
笑みを収めると、トレスとともに戦いの舞台となる校庭の中央へと向かう。今日、ヴェルは魔法杖に軟皮鎧。トレスはジュノと決闘したときと同じ、戦槌に鎖鎧といういで立ちだ。
いつもの戦闘訓練室だと狭くて観客が入りきらないので、今日は校庭で魔法戦闘が行われる。交流戦最大の見せ場だけあって、校庭には両校の、ほとんど全てと言っていい学生が集まっていた。もちろん、両校の教官たちにより、訓練室と同じように剣と魔法のダメージを軽減させる特殊な魔術が施されている。
「おやおや、ローウェルは女とチビが代表か」
ライラント一年の代表は、大剣を手に板金鎧をまとった屈強そうな騎士と、ヴェルと同じく魔法杖と軟皮鎧で武装した魔術師だった。騎士はもちろん、魔術師もそれなりに体格のよい男性である。
「これじゃ、戦う前から結果は見えてるな」
「六分もいらない、半分の三分で十分だ」
男たちは、嘲るように高々と笑った。彼らの背後では、観客たちに混じって、彼らのボスであるレシュマーもニヤニヤと笑っている。ジュノやフィアリスから伝え聞いている通り、とても好きにはなれそうにない男だった。
なお、今日の魔法戦闘も、ローウェルの魔法戦闘訓練と同じく一ラウンド十秒の三十六ラウンド、つまり六分間で行われる。
男たちの態度にムッときたトレスが一歩前に出ようとしたが、ヴェルがそれを制した。だが、その手は怒りで小刻みに震えている。
「……前言を撤回するわ。ケガさせない、っていうのはムリかもね」
ヴェルのつぶやきに、トレスも黙ってうなずいた。背中の戦槌を手に取り、構える。ライラントの男たちはヴェルとトレスを舐めきっているのか、ろくに構えもとっていない。
カーン!
フィアリスが、戦いの開始を告げる鐘を鳴らした。審判は、両校の教官たちが二人ずつ務めることになっている。
「行くぜっ!!」
開始と同時に、トレスがダッシュして相手の騎士に迫った。そのスピードは予想外だったらしく、男はあわてて大剣を構えた。魔術師の男も、呪文の詠唱を開始する。
右手で戦槌を大きく振りかぶり、今にも打ちかかろうとするかに見えたトレスだったが、彼がやったのは別のことだった。
「鉄と炎の母なるキブラの神よ!その輝ける恵みを今、我に与えたまえ!『聖閃光』!!」
短く祈りの言葉を唱えた彼の左手から、次の瞬間、まばゆいばかりの光がほとばしった。それは、校庭を囲む観客たちが思わず目をつぶったほどの輝きだったが、至近距離でそれを浴びせられた男たちはたまらない。目がくらんで、その動きを止めてしまった。
その時までに。
「アルパウ・リーニョス・クルカード……世界の根源たる万能の魔力よ……ルーヴェン・ラステルハイド・ルーヴェルセン、我が右手には冷たき鎖、我が左手には荒々しき縄!そは天空を駆ける龍をも捕らえ、その大いなる翼を束ねて、この大地に繋ぎ留めん……我が心のままに!」
ヴェルは、渾身の魔力を込めた魔術の詠唱と、魔術陣の構築を終えていた。
「行っくわよ~!『縛鎖』!!」
ヴェルの体から放たれた見えざる魔力が、男たちに向かって飛んだ。
そして、それは過たず二人を捕らえ、ヴェルの魔術の支配下に置いた。指一本をも動かすことができないほど強力に締め上げられた彼らは、立っていることもできず、ドウッと横倒しに倒れ伏した。
「勝負あり!」
フィアリスが高らかに告げた。
ローウェルの学生からは歓声が、ライラントの学生からは嘆きの声が上がる。
ヴェルは、学年の代表に選ばれるほどの男二人を、同時にその魔力で捕らえたのだった。恐るべき魔術の冴えである。
集中を解き、男たちを魔術から解放したヴェルは、まだ地面に倒れたままの男たちのところにツカツカと歩み寄った。彼らを見下ろしつつ、冷たく言い放つ。
「かわいそうだから、やっぱり、ケガさせないようにしてあげたわ。それと、三分どころか、一分もかからなかったわね」
男たちには返す言葉もなく、目を伏せたまま強張った体をさすることしかできない。ヴェルは彼らにくるりと背を向けた。割れるような拍手の中、トレスを後ろに従えて仲間のところに戻った彼女は、ジュノに言葉をかけた。
「あんたのマネさせてもらったわ。屈強な男を拘束して足元にひれ伏させるのって、けっこう気持ちいいわね」
なにかに目覚めちゃいそう、とちょっと変態っぽく笑ったヴェルは、言葉を続けた。
「わたしはわたしの仕事をしたわ。次は、あんたの番よ。さっさとアイツをぶっ倒して、ティンシアさんにきちんと想いを伝えなさい」
ほんのちょっとだけではあったが、好きだった男の、得意とする魔術。
未練を断ち切るつもりで、最後にそれを使って戦いに勝ったヴェルは、今度は、晴れ渡る青空のような笑顔を浮かべた。なにかを感じ取ったのか、ルシアが友の肩にそっと手を置く。
ヤバい、カッけぇ……。
そう口の中でつぶやいたジュノは、ヴェルの言葉に直接は答えなかったが、その傍らのトレスに向かってしみじみと語りかけた。
「なあ、トレス。ヴェルって、いい女だな」
それを聞いたトレスは、まるで自分が褒められたかのように満面の笑みを浮かべると、こう言葉を返した。
「今さら遅いぜ。もう、譲らないからな!」
◇◇◇
第一試合のダブルス戦はヴェルとトレスの完勝で幕を閉じたが、それだけでは終わらなかった。
敗れてボスのところに戻った二人を、レシュマーが激しく罵り、打擲したのである。
「この恥さらしめ!女とチビ相手になにもできず、おめおめと国に帰れると思うなよ!」
そう叫ぶと、手にした乗馬用のムチを二人に向かって振るう。たちまち男たちの顔や手にはみみず腫れができ、血が流れ出したが、大貴族の跡取りであるレシュマーに逆らうことはできず、二人は黙って打たれたままだ。
その凶暴性に、ローウェルの学生だけではなくライラントの学生たちまで引いてしまっているが、レシュマーは止めない。さんざんに打ちすえて、ついに息が上がってから、彼はようやくその手を止めた。
シーンとしてしまった観客たちだったが、最悪の雰囲気の中、第二試合であるトリプルス戦の準備が進められる。出場するレルグはいつもの両片手剣に硬皮鎧。カナは重連接棍を手に板金鎧で身を包んでいる。ルシアは、矢の代わりに石や鉛の弾丸を飛ばす「弾弓」の使い手だが、副武器として小剣を腰に帯び、硬皮鎧をまとっていた。
ライラントの方は、戦士、神官、魔術師と思われる三人組だ。それぞれ、一年生というには少々大人びた顔立ちをしている。ヴェルたちと戦った二人とは違い、彼らはこちらを嘲ることもなく、落ち着き払って、静かに闘志を燃やしているようだった。
このトリプルス戦に備えて三人は、ジュノ、ヴェル、トレスの三人を相手に戦闘訓練を積んでいたし、三人だけで旧校舎の「良からぬもの退治」に何度も挑戦していたので、チームワークに不足はなかった。クローやエルシズたちですら、彼らが同じ一年生を相手に遅れを取ることはないだろうと、教え子の強さに自信を持っていた。
ところが……。
激しい戦いと判定の末ではあったが、彼らは、惜しくも敗れてしまったのである。
◇◇◇
「すまない……」
しょんぼりと肩を落として戻ってきたレルグを、皆が出迎えた。ヴェルやティンシアが、タオルをかけてやったり、手当のための救急箱を取り出したりしている。
「いや、いいんだ。ケガがなくて、なによりだった」
ジュノには、それくらいしかかけてやれる言葉がない。だが、あれだけ激しい戦いだったにも関わらず、三人が大きなケガを負うことがなかったのは不幸中の幸いだった。
「それにしても、まさか、おまえたちが負けるだなんて……」
トレスもそこで言葉を失ってしまった。
少し遅れて戻ってきたカナとルシアはお互いに顔を見合わせていたが、そろって小さくうなずくと、カナが口を開いた。
「言い訳になってしまうのが情けないんだが……アイツら、学生じゃない」
「えっ、どういうこと!?」
カナの言葉に、そう問いを発したヴェルだけでなく、聞いていた全員が驚いた。
「あたしたち、ライラントの出身だから知っているんだけど、彼らは、帝都でも有名な冒険者グループのメンバーよ。若いのは若いけど、さすがに、もう二十歳は過ぎているんじゃないかしら」
ルシアが、悔しそうに声を絞りだした。二人は、彼らが信仰する神であり、カナの父が司祭を務めるザチャ女神の神殿にお参りに来た対戦相手の姿を見かけたことがあったのだ。
「金で買ったか……」
ジュノが、ボソリとつぶやいた。「おそらくね」とルシアもうなずいている。
「呆れた。ホンットに卑劣なヤツね」
ヴェルが、遠く校庭の反対にいるレシュマーを睨みつけた。自チームの勝利で少し留飲を下げたのか、彼はいつものニヤニヤ笑いに戻っていて、腰に剣をたばさみ、鎧を身に着けて戦いの準備を進めている。
レシュマーは、金で買った冒険者を学生と偽り、交流戦に出場させたのだ。これはもちろん重大なルール違反であり、事実が明らかになれば没収試合となってレルグたちの勝利となるが、それを立証するのは難しいだろう。レシュマーの力をもってすれば、仮にでも学院に入学させて、学生の身分を与えることくらいは簡単なことだからだ。そうなれば、二十歳を過ぎていても一年生は一年生である。
「ま、いいさ。オレがヤツに勝てば、それで終わりだ」
立ち上がりつつ、ジュノは腰の剣帯に愛用の洋刀を結んだ。次に軟皮鎧を身に着けようと手にとったが、そこでティンシアと、はたと眼が合ってしまった。そのままお互いにうつむいてしまった二人だったが、ジュノが鎧の背中の紐に手を伸ばしたところ届かずにいたので、ティンシアが手を伸ばして結んでやった。
「無事に戻ってきて……」
背中から、ささやくようにそう言われたジュノは、とたんにガチガチになってしまった。
心配したルシアが、眼でカナを促した。黙ってうなずいた彼は、その大きな手のひらでバンとジュノの背中を叩き、気合を入れてやった。
その勢いで、ジュノは弾かれるようにして皆の輪を飛び出した。顔を上げたその碧い瞳には、ひときわ強い光が宿っていた。
「ジュノくん、がんばって!」「ジュノ、絶対勝てよ!」
観客席を埋めつくす学生たちから声が飛ぶ。それを浴びながら、ジュノは闘技場たる校庭の中心に向かってゆっくりと歩み出した。
◇◇◇
「久しぶりだな、平民。逃げ出さなかった勇気だけは褒めてやろう」
前に会った時と同じように、レシュマーはその身を反らせると、上から見下ろすようにしてジュノに声をかけた。呆れたような声音で、言葉を続ける。
「だが、そういうのを『匹夫の勇』というのだ。身の程をわきまえ、指をくわえて予とティンシア嬢との婚儀を眺めているだけなら、あたら命を散らさずともよいというに。そうそう、遺言があるなら、今のうちに残しておくとよいぞ」
ねばりつくような目でククク……と笑ったレシュマーを見やって、ジュノは低くつぶいやいた。「黙れよ」と。
「なに?」
いぶかしげに聞き返したレシュマーだったが、ジュノは輝くような笑みを向けると、「黙れっつったんだよ!」と怒鳴り返した。高貴な身分であるレシュマーが、絶対に言われたことはないであろう言葉使いで。
「戦いの前に、ベラベラベラベラうるっせぇな。いいから、かかってこい。今日、オレが、おまえをぶちのめして、彼女の悪夢を終わらせてやるぜ!」
明るくそう言い放つと、ジュノはいつものように、ごく自然な動作でスラリと洋刀を抜いた。その凄みを帯びた美しさに、ローウェルだけでなくライラントの学生たちからも、感嘆の吐息が漏れた。
まるで恐れを見せないジュノの言葉に、レシュマーはこめかみをピクピクとひくつかせている。だが、さすがにそれ以上はなにも口にせず、自分も腰の幅広剣を抜き放った。左手には、ピカピカに輝く銀色の盾を構えている。
カーン!
戦いの開始を告げる鐘が鳴った。と、同時にレシュマーは大地を蹴ると、幅広剣を振りかぶりつつ、ジュノに迫った。平民に挑発されて、大貴族の矜持が許さなかったに違いない。
ギン!
ジュノの洋刀が、レシュマーの幅広剣を受け止めた。刃鳴の音が校庭に鳴り響く。
レシュマーは貴族のたしなみとして剣技を学んでおり、その腕前はけっして侮っていいものではなかった。だが、すでに歴戦の冒険者に引けをとらない実力と経験を備えたジュノにしてみれば、たいしたことはない。太刀筋もよく見えるし、特段、膂力に優れているわけでもない。
だが、ティンシアは「あの男は強い」と言った。であれば、魔術、魔法に秀でているのか。相手の様子を観察しつつ、レシュマーの斬撃の隙を窺って、ジュノは逆撃しようと洋刀を振るった。それはレシュマーに躱されてしまったが、そのとき、ジュノは自分の洋刀の動きになにやら違和感を感じた。相手に向かって振り下ろした太刀筋が、わずかな抵抗とともに、彼が意図したものと違って動いたのである。
様子見のため、次にジュノは攻撃魔術を放ってみることにした。洋刀を鋭く突き出してレシュマーを退けさせ、わずかに距離を取る。すかさず左手を彼に向け、短く「純粋なる言葉」を唱えた。
「『雷撃』!!」
無詠唱で放たれた一条の雷は、空気を切り裂いてレシュマーを貫くやに見えた。
が、彼が左手の盾を眼前にかざすと、あろうことか。雷はその盾の表面で勢いが削がれ、くるりと回転すると弾き返されてしまった。
自らが放った雷撃が、バリバリと音を立てて、今度はジュノを襲った。観客、特に女子の間から、「キャアー!」という悲鳴が上がった。
「ぐっ!!」
様子見のための無詠唱だったので、威力が弱かったのは幸いだった。それでもジュノは、少し弾き飛ばされてしまった。かろうじて転倒はせず、踏みとどまる。
その唇の端から、ツツーと真っ赤な血が垂れた。
「ジュノさん!」
彼のことを心配して叫んだ、ティンシアの声が聞こえた。
ジュノは、そのティンシアが以前、レシュマーが「不思議な力で相手を倒してしまった」と言っていたのを覚えていた。おおかた魔道具――魔術の施された武器や防具を使っているのではないかと想像していたのだが、どうやら御明察だったようだ。おそらく、相手の打撃を反らしてしまう鎧と、相手の魔法を弾き返してしまう盾なのだろう。
「そんなこったろうと思ったぜ……」
からくりがわかれば、後は、それを打ち破る方法を考えるだけだ。
「おもしろくなってきた――」
ニヤリと笑うと、ジュノは舌を伸ばして、唇の端からつたう血をペロリと舐めとった。
そのしぐさが妙に艶めかしくて、見ていたヴェルはつい、「エロいケガ……」とつぶやいてしまった。ひそかに同じことを考えていたのか、隣でティンシアが顔を真っ赤にしている。
満場の観客からも、「あれはいいのか?」「汚い……」と、交流戦に魔道具を持ち込んだレシュマーの行為を疑う声があがっている。
が、そうした武器防具の使用は、交流魔法戦のルールで明確に禁じられているわけではない。事前に装備の検査を要求しているわけでもなかったので、運営側もうかつと言えばうかつである。そもそも、今まではそのようなことをする者がいなかったからだが、ジュノも、今さらそこを騒ぎ立てるつもりはない。相手がどんな手を使おうと、ティンシアのために、全力で叩き潰すだけだった。
とはいえ、打撃は鎧で反らされ、魔術は盾で弾き返される。つまり、ほぼ鉄壁と言っていい防御を誇るレシュマーにダメージを与えるのは、極めて困難だ。鎧か盾か、どちらかを奪わない限り、勝負にならない。
ジュノは再び迫ってきたレシュマーの斬撃を避けつつ、考えた。レシュマーの斬撃は、動きのクセさえ見切ってしまえば、ジュノにとって避けるのはそう難しくない。彼には今、考えるだけの余裕があった。
まあ、単純な方法がいいか。
そう決したジュノは、幅広剣の攻撃を洋刀でさばきながら、小声で呪文を詠唱した。
「カイム・カーフ・ヘニキー……世界の根源たる万能の魔力よ……アンドハージ・シャリフ、空より出でて万物を創造せる、金龍の顎よりこぼれしささやかなる炎をこの先に灯せ……」
そして、レシュマーの斬撃を大きくかわして空を斬らせたジュノは、次の刹那、剣を持つその横に身を滑らせた。彼の衣服の袖に軽く触れて、最後の「純粋なる言葉」を唱える。
「『発火』!!」
すると、レシュマーの豪奢な服が激しく炎を上げて燃えだした。接触によって発動させたので、彼の盾では弾き返すことができなかったのである。
「うわわっ!」
情けない声で叫んだレシュマーは、左手の盾を放りだした。あわててその衣服を叩き、消火しようとする。すかさずジュノは、足元の盾を蹴り飛ばしてレシュマーから遠ざけた。
魔術で攻撃する準備が今、整った。
◇◇◇
しかし――。
呪文の詠唱を開始したジュノだったが、すぐにそれを中止した。ようやく消火に成功したレシュマーが、不意に左手をジュノに向けて、こう叫んだからである。
「平民め、喰らえ!」
不吉な予感を覚えたジュノがあわてて距離をとると、レシュマーがその手にはめた指輪から、燃え盛る火球がほとばしった。警戒していた分、その攻撃はすんでのところでかわすことができたが、火球は着弾したところで大きな音をたてて爆発した。地面には大きな穴が空いている。
「どこまで汚いんだ!」
観客席で、憤ったレルグが大きな声を上げた。魔法の鎧と盾、火球の指輪と、剣技を除けばレシュマーは自分の力で戦っていない。あまりの卑劣さに、ローウェル側だけでなく、ライラント側の一部の観客からも非難のブーイングが上がっている。
やっかいなのは、その指輪には魔力に限りがあるのかないのか、いくらでも火球を生み出すことができるようなことだ。火球を放ち、次の火球を生み出すまでにはある程度の時間が必要なので、回避に全力を注げばなんとかなる。
だが、レシュマーの懐に迫ったり、魔術を繰り出したりするほどの余裕はない。
「ハハハハハハハハ!」
気分がハイになったのか、レシュマーは狂ったように高笑いしつつ、指輪から次から次に火球を放った。時折、狙いがそれて観客席に向かって飛んでいく。守護の魔術があるので、それに触れるとバチバチバチと弾けて消滅するが、そのたびに観客の悲鳴が上がった。
さっきから回避のために走り回っているので、さすがのジュノも息が切れてきた。このまま足が止まれば、やられる。
「ジュノさん、がんばって!」「ジュノくん!」「ジュノ、あきらめるな!」
絶体絶命に見えるジュノに、ティンシア、ヴェル、レルグ……仲間たちから声援が飛ぶ。その声はいつだって、彼の背中を押してくれるのだ。
「あきらめてなんて、いないぜ」
低くつぶやくと、ジュノはある目的のもとにジリジリと動きつつ、反撃の機会を待った。
そして、レシュマーがとどめを刺そうと、指輪に己の魔力を込めて、ひときわ大きな火球を作りだそうとしたとき。
ジュノが待っていた、隙ができた。
◇◇◇
全力で走り出したジュノは、目指す物のところに向かうと、地面に体を投げ出した。その背中を追って、レシュマーが大きな火球を放つ。
ジュノは、地面に放り出されたままになっていた、レシュマーの魔法の盾を手にした。火球と自分との間にそれを立てると、その背に隠れる。
バーン!!
巨大な爆発音が校庭に鳴り響く。とともに、火球は盾に弾き返されて、明後日の方向に飛んで行った。
「なにいっ!?」
予想外の方法でその攻撃を躱され、レシュマーはパニックに陥ったようだった。また火球を生み出すとそれを放ったが、ジュノは次々と盾で弾き返していく。その一つはレシュマーに向かってまっすぐ飛んだが、かろうじて彼の目の前で地面にぶつかり、爆発した。
形勢は完全に逆転し、絶体絶命に陥ったのは、今やレシュマーの方だった。
「くそっ、くそくそっ!」
地団太を踏んだレシュマーは、冷静さを失って貴族らしからぬ汚い言葉を使った。背後の観客席にいる、彼の手下たちに呼びかける。
「貴様ら、来い!!交流戦など知ったことか!こいつをやってしまえ!」
その声に応じて、十数人に及ぶ手下たちが武器を手に取り駆け寄ってくる。それを止めるべく、レルグ、ヴェル、トレス、カナ、ルシアの五人も走り出した。
乱戦となり、激しい切り合いが始まったが、レシュマーは卑劣にも手下たちの背に隠れた。
そして、指輪に己の全ての魔力を注ぎ込み、じっくりとそれを錬成していく。魔法の盾でも防ぎきれないような、特大の火球を作りだそうというのだ。
そして彼が作り出したそれは、あまりにも大きかった。この闘技場では特殊な魔術でダメージが軽減されるといっても、人に当たれば死者が出るのは避けられそうになかった。
「死ねえぇぇぇっ!!!」
絶叫したレシュマーは、ついに、ジュノに向けて必殺の火球を放った。
「アルハ・オービ・オビンナー……世界の根源たる万能の魔力よ……マスタル・ルーアン・トゥルーズ……我が鎧、我が盾、そはけして砕けることなき、天をも覆いし巨龍の鱗なり!『防護』!!」
レシュマーが火球の指輪に魔力を込めている間、ジュノもまた呪文を詠唱し、魔術陣を描いていた。レシュマーが意図したとおり、魔法の盾ですら弾き返せるかどうかが怪しかったので、盾に「防護」の魔術を施して防御力を高めたのである。
ババーン!
先ほどにも増して巨大な爆発音が炸裂した。
火球は盾にぶつかると、幸いなことに、見事に弾き返された。魔術の甲斐があったのかどうかはわからないが。
そしてそれは、校庭に施された守護の魔術を打ち破ると、かなたに向かって飛んで行った。
しかし――。
「あ、ヤベっ!」
火球の行方を眼で追ったジュノは、その陶磁のような白皙の顔をさらに白くさせた。
ズガアァァァーン!!!
火球は、校舎の端にぶつかった。そしてその刹那、大爆発を起こした。
「クローくん!」「クロー!」
フィアリスとエルシズが共に叫んだ。
そこは、北校舎三階の奥……進路指導室のある場所だった。
◇◇◇
大爆発を起こした校舎は今、壁にも天井にも大きな穴が開いている。
ガラガラと大きな音をたてて建材が崩れ落ち、白い煙、黒い煙と土ぼこりがもうもうと立ち上った。
それが風で流され、晴れたとき。
白く輝く強大な魔力の障壁が、進路指導室を丸く包んでいた。ゲホゲホと咳き込む音が、かすかに聞こえてくる。
「なんなんですか、もう!」
障壁の中に、クローの姿が見えた。
進路指導室で、「遠見の水晶球」を通して交流戦を見守っていた彼は、大火球が迫るのを感知すると、咄嗟に「防護」の魔術を発動させたのである。彼の声を耳にし、およそ三年ぶりにその姿を眼にしたフィアリスとエルシズは、ほっと息をついた。
クローもこちらに気づき、大穴の開いた壁の隙間から外に身を乗り出すと、校庭を見下ろして手を振っている。師の無事を確認して、ジュノもまた胸を撫で下ろした。
「ええい、こうなったら!」
校庭では、必殺の火球をもかわされたレシュマーが地団太を踏んだ。最後のあがきを見せようと、それまで能力を明かしていなかった最後の魔道具を使用する。空を飛ぶことのできる魔法のマントを翻した彼は、まるで矢のような速さでジュノの脇を飛び去ると、観客席にいたティンシアの元に至った。
そして驚く彼女を無理やり、小脇に抱きかかえた。
ティンシアが悲鳴を上げる間も、周りにいたレルグやヴェルがそれを阻止する間も、なかった。上空高く飛び上がった彼は、そのままライラントに向けて飛んで逃げようとする。
「クロー先生!落として!!」
ジュノが三階のクローに、金切声で呼びかけた。
一瞬、「え!?」という顔をしたクローだったが、すぐにジュノの意図に気づくと、左手を大きく振るった。「解魔!」と一言、「純粋なる言葉」を叫ぶ。
魔法の力を解除する解魔の魔術は、魔道具にとっても有効である。大陸一の大魔術師であるクローの「解魔」は、無詠唱であるにも関わらず、レシュマーのマントに込められた、強力な古代の魔術を見事に解除した。
飛ぶ力を失ったレシュマーは、次の刹那、ティンシアとともに上空から墜落する。
「キャアー!」
墜落したティンシア本人が、そしてそれを見ていた全ての人々が悲鳴を上げたが――。
「『重量制御』!!」
左手で魔術陣を描きつつ、ジュノが落下地点に走りこんでいた。「純粋なる言葉」を声高らかに唱え、かつて師から教わった遺失魔術を発動させる。
と、ともに、ティンシアはまるで羽毛かなにかのように宙をふんわりと舞った。そして、両手を広げて待ち構えるジュノの懐に、ストンと落ちた。
ティンシアはしばらく呆然としていた。
やがて、ジュノがその師を真似て浮かべた優しい微笑みを見て、自分が助かったことに気づくと、その首にすがりついた。
校庭を囲んだ満場の観客たちから、わーっと歓声が上がる。
レシュマーはというと、地面に激突する直前であったが、クローが同じ「重量制御」の魔術でその命を救っていた。魔術の力で音もなく校庭に着地した彼だったが、墜落の恐怖で気絶していた。
【人物紹介】
ジュノ・エスカーズ : ローウェル魔法学院1年1組。「開学以来の天才」と呼ばれる魔術師の卵。
レルグ・コールヴィッツ : ジュノのクラスメート。貴族の子弟で、精贈魔法を専攻している。
ヴェルレーヌ・ファル・ノルティア : 1年2組。「センスの天才」として知られる魔術師の美少女。
トレスデン・クリューガー : 1年2組。半エルフの少年で、キブラ女神に仕える神官。
カナ・クラウナル : 1年3組。ザチャ女神を信奉する鵜神官戦士の青年で、ルシアの幼なじみ。
ルシア・リデル : 1年3組の少女。ザチャ女神の神官であり精霊使いである「二刀流の天才」。
クローディス・サイクロー(クロー) : 進路指導担当教官。とある理由で、進路指導室から出ることができない。
エルシズ : 無表情、不愛想な行動系魔術担当教官。
フィアリス・アーストライト : 美人で優しい探知系魔術担当教官。クローとエルシズの学生時代の先輩。
ティンシア・シルレル : 1年1組の転校生。金髪ショートの凛々しい美少女。
レシュマー・アルシア : ライラント帝国の大貴族の長子。ティンシアをつけ狙っている。
【用語解説】
ローウェル魔法学院 : 大陸西部の古都ローウェルにある、大陸一の歴史と伝統を誇る学び舎。
純語魔術 : 「純粋なる言葉」で人々の内なる魔力を発揮する、古代から続く魔術。魔術師が操る。
精贈魔法 : 万物やあらゆる感情に宿る精霊の力を借りて行使する魔法。精霊使い(エレメンタラー)が操る。
神惠魔法 : 神に祈りを捧げ、その恵みを受けて発揮される神官が用いる魔法。
人見の鏡 : 古代魔術王国時代の遺物。人間の未来を映し出す力を持っているが、未来は変わることもある。
遠見の水晶球 : 千里の距離を越えてその先を映し出す、古代魔術王国時代の遺物。声は聞こえない。




