あめまち
雨のしと降る中、バスを待つ。
そう言えば、この間もこんなことがあったっけ。
良くある、ね。まぁ、そうかも。
何せバスは、ついさっき出たところ。あと30分近くも、ここでこうしてないといけない。
そりゃ、都会って胸を張れはしないよ、この町は。
如何にも寂れた地方都市。その、はずれ。
山の方が何だったら近い。
だから主要駅からほんの二駅だってのに、バス停まで五分も歩かなきゃならない。バスだって、一時間に二本。
それもまだマシで、部活なんかで帰りが遅れて、七時を過ぎたら悲惨。一時間一本になるってんだから。
ボロっちくてもベンチがあって、屋根はある。
5Gは無理でも4Gならいける。
贅沢言うな、って話かも知んないけど。
ああ、悪い。
今日みたいな雨の日の話だったんだ。
その日も、こんな風にバスを待っていた。
こんな風に、って言っても一緒に居たのはおじさん。
俺の伯父じゃなくて、知らない、中年男性。
普通のおじさんなんだけど、普通じゃない。
いやね、香水が凄いのなんの。
シャンプーやボディーソープ、洗剤とか柔軟剤とかさ、そういうんじゃない。
何か、何となく、香水だって分かる。そういう匂い。
分からない、か。
何だろう、シャンプーでも柔軟剤でも、フローラル系って言うのかな?
何かパターンみたいなのあるじゃん。
シトラスとかミントとも違う、複雑で独特な。
まぁ、実際どうだったかは知らないけど、香水っぽい匂いがしてたんだよ。おじさんから、強烈に。
俺?
俺のこれはほら、柔軟剤とか。……フローラル系だろ?
うん、そう。
こういうんじゃないし、これよりもっと強い。
確かに人の勝手ではあるし、おじさんが香水をつけちゃダメとかは思わない。
自由だよ。流石に濃すぎるとむせそうだから、迷惑っちゃ迷惑だけどさ。
スメハラ、だっけ?
密室だと特に、気になるし。
雨だと、なんだろうな。湿度が影響してんのか、より強く感じる気がする。
そうそう、俺のもそうだろうな。
で、そのおじさんが凄くて。屋根だけで、壁が無くて良かったと思ったのは初めてだったな。
待合室みたいになっててみ?
鼻がおかしくなるって。
そのぐらい、強烈な匂いだった。
今思えば、今思えばだけど、微かに変な臭いが混じっていたかも知れない。いや、混じってたんだろうな。
でも、香水の強さで分からなかった。
おじさんが、ヤンチャしてましたって雰囲気の、そういう感じなら違和感なんて無い。単に香水きついな、って思うだけ。
けど遊んでそうに見えないし、若い頃から真面目っぽい、そんなおじさんだったんだよ。
スーツ着て、何と言うか公務員チック?
公務員かはともかく、お堅い仕事してそうな。
電車に乗ったら、何人かいるような、普通のおじさん。何人か並べられてさ、さっきすれ違ったのは誰か選べ、って言われたら困る。
言い方は悪いけど、量産型っておじさん。
あー、まーね。自覚してる。
俺だってどこにでもいそうな高校生、って感じ。
けど、お互い様でしょ。それは。
そんなおじさんが、香水プンプンさせてりゃ、気になるよ。
チラチラ見てたら話しかけてきてさ。まあ、話したよ。無視するわけにもいかないし、バス来るまでスマホいじるぐらいしか、することなかったし。
同じ同じ。こんな空気。
弾んでるかは置いといて、会話は続いてるっていう。
内容、はどうだったかな?
ちゃんとは覚えてない、って言うか当たり障りの無い、いわゆる世間話的な?
言うて同じ学年じゃん?
けど、おじさんは親より上っぽいし。かと言って、おじいちゃんって年齢でも。難しいっちゃ、難しいじゃんか、話題。
向こうもそうだったと思うけど。
そんなだからさ、感じ悪いかも知んないけど、スマホいじりつつ話してたんだわ。
まー、変にジロジロ顔見たりすんのも、それはそれで失礼って気もするし。
何にせよ知らない、恐らく二度と会わない人だし良いや、って。
で、あと5分もすりゃバスが来るってタイミングだったかな。
結果的に最後の会話んなったんだけど、そこだけハッキリ思い出せる。他は何にも覚えてないのに。
いやさ、おじさんもおじさんで別に俺の方見ては無くて。前向いて、と言うか俯いて喋ってたのよ、それまで。
そしたら急に顔上げてさ、こっち見て言うわけ。
「君ね、ゾンビって信じますか?」って。
脱兎。
如く、なんてつけなくても良いぐらいダッシュした。
全力だよ、当然。
見ちゃってさ。
濁った虚ろな目。
ってのは嘘。見なかったんだよ、……その時は。
スマホいじりながらだったからかな。
ここが薄暗いってのもあるか。今日と同じで、雨だったしな。
ハッキリ見たのは停まっている車の、サイドミラー越し。
逃げている最中。
じゃあ、何を見たのか?
……右手が左手で、左手が右手だった。
いやいやいや、マジだから。何でそんな冷めた目するかなぁ。
信じてないな、その反応は。
え、おじさん?
それからは会ってない。どっか彷徨いてんじゃないの?
手?
手が、何?
……何で?
膝に挟んでんの、そんな変か?
え、良いけど。
良いけどさ、もし、もしの話だよ?
……右手と左手が左右逆に付いてたら、どうする?
おいおい、顔怖いってば。
もし、って言ってるじゃん。
「ゾンビって信じてる?」




