模造
ピュンピュン、ピュピュンッ。
軽い軽い軽い、軽薄そのものってくらいに軽い音。オモチャの銃にしても、あまりにも安っぽ過ぎた。
けど、残念。
オモチャじゃあないんだな、これが。
分かりやすく光みたいなものの軌跡は見えないが、レーザーみたいなものが発射されてるらしい。そいつが当たった、と思われる物体は砕けたり穴が開いたり燃えたり……。
だからこそ、俺は振り向きもせず必死に走ってるわけ。
心臓は破れそう。息は、もう荒いなんてもんじゃなくって。呼吸して取り込んだ酸素が、即座に消費されてく感覚。
「ッハァ、ハァハァ、ハァ、ハッ、ウッ、ッハッ、ハァッ、ハァ、ハァ」
「ムホホホホッ、ライクアドーッグ。俺らしからぬ息切れっぷりだ」
「ヘッ、ヘッ、ンナッ」
変な笑い方すんな、と言ってやりたかったが無理。
本当に苦しい。ずっと全力疾走なんて、人生初。
それにしても俺らしからぬ、だなんておかしなことを。
だが、少なくとも俺は信じてしまっていた。
このイカれた追跡者も、俺らしい。
今から何分前のことだか分からないが、ヤツ自身が俺に言ったように。
見た目が同じ、或いはほぼ見分けが付かない。なら簡単に信じられるだろう。
残念。そいつは俺と、見た目は似ていない。全く。悔しいことにヤツは、俺よりずっとイケメンに見える。
本当に、そこは残念だ。
しかし良く良く良く良ーく見比べれば、共通点がある。パーツパーツは割と、いや、ほぼ同じなんじゃないか。
つまりは俺は凄く惜しいらしい。配置と輪郭とその他様々な要素が、俺と追跡者の違い。
……余計に残念だが。
「さ、いい加減統合されようぜぇ、俺よぉ。俺だって俺になりたい、だろー?」
「ッ、ハァ、ハッ」
いつの間にか目の前には階段。駆け上がるしかない。止まれない。
コンカンコンカン。
金属のそれは俺のステップに合わせ、やかましい音を立てる。
全力でダッシュしてんのに、息も切らさないイケメンな俺。
対するは息切れしてヘロヘロの、この俺。
そりゃあ誰だって、俺じゃない俺を選ぶ。俺だって、意識が俺のまんまなら、あの見た目が欲しい。
でも、俺は嫌だ。この俺が消えるなんて。
「分かれよぉー、なぁ俺。俺が俺なんだよ。高天ヶ原航路なんだ。本当の、な」
違う!
航路は、俺だ!
「やぁ、高天ヶ原航路」
学校から帰ると、家の前に男が居た。ウチの制服だが、知らない人だ。少し俺より背が高いし、先輩だろうか。
「えぇと、ごめんなさい。誰ぇ、……ですか?」
「ムホホ、俺だよ俺」
「…………え?」
ムホホ?
笑い方だけで察した。
こいつはヤバい。とんでもないのとエンカウントしてしまった。
初見ではイケメンだな、とか思ったけど、冷静になれば目が何かイッちゃってるような気も。
「俺、分からない? 高天ヶ原航路だよ」
「あ、はい。高天ヶ原航路、ですけど?」
「ムホホ、違う違う違ぁーう。俺が高天ヶ原航路なの。今日、この瞬間から唯一の」
俺に近づいてきた男が、懐から何か取り出した。銃だ。
しかし、モデルガンですらなく、オモチャ丸出し。水鉄砲だろうか?
プラスチックっぽさ全開の青いボディーのてっぺんに、クリアーレッドのタンクみたいなものがくっついている。指がかけられたトリガーは、蛍光色気味な派手なイエロー。
どこからどう見ても、オモチャ。なのに、本能だろうか。
見た目とは裏腹に何か危ないと感じ、俺は手にしたカバンを掬い上げるように振った。これまでの人生でこんなに素早く動いたことなんて無いぞ、というレベルで。
銃は空に向かって撃つ格好になり、ピュンという軽い音がした。と、思うと背後から爆発音。
驚いて振り返れば、向かいの家の屋根が一部吹き飛んで、煙を上げている。
「お、おおっ、なっ、何で」
うっかり危険人物に背を向けたことに気付き、慌てて向き直る。目は当然、銃というか銃口に。
プスプスと白い湯気のようなものを吐き出している。
「同じ人物が二人もいたらさ、おかしいだろ? 高天ヶ原航路は、この世に俺一人居れば良いんだな」
「お、俺が!」
「ああ、そうだね。高天ヶ原航路だ。確かに。確かに。お前はそうだよ。けどねぇ、俺も高天ヶ原航路なんだな」
「ど、どういう……」
足から頭まで震えまくっている。とにかく話をしていれば撃たれないんじゃないか、って必死に会話を続けたが、実際に気になる内容でもあった。
この目のイッたイケメンが俺とは、どういう意味だ。
「プフフフ、シンプルなこと。クローン。俺は高天ヶ原航路のクローンなんだよぉ」
「クローン……、くっ、クローンっ!?」
クローンって。
どういうことだよ、おい。何でだ。何で普通も普通な俺のクローンを?
そんなもの作る意味が全く分からない。
……って、おいおい。落ち着け、俺。
流石に嘘に決まっている。
「そうそう、クローン。つまり遺伝子的には、同一人物ってことだなぁ」
「へぇー」
「信じようが信じまいがどうでも良いさ」
「俺なんかのクローン作って、何の意味が。目的が分からん」
「それは、俺にも分からん。しかし、どうやったかは聞いた」
「分からないのに、そんな。お前は、信じてるのか?」
「信じるも信じないも無い。……あんな暮らしから逃れられるなら、なんだってするさ!」
そう、一切何も分からぬまま、俺は追われているのである。
何なら、追ってる方も良く分かっていないっぽい。
例えば俺が特別な人間なら、まだ分かる。
でも俺は普通の、何だったら冴えない高校生なの。何か自分でそう言うの、悲しいけど。
クローン作られるのも、そのクローンに命狙われるのも、全くもって理解不能。こんな展開、想定外。
せめて、話し合いさえ出来たら。
けど、どう考えても無理。
それにしても、あの銃、何発撃てるんだ。弾切れしてくれればどうにかなりそうなのに。
「おいおいおーい。粘るね粘るねー、もう一人の俺。何だか、愛着わいて来ちゃったかもだよ」
「だ、だったら撃つな!」
「それは、出来ない相談。ムホホ、だって俺は俺を倒し、俺とならなければならないのだから」
このやり取りの間も、全力疾走。
こんな体力あるなんて、思わなかった。冬の間、授業でマラソンやったのが、良かったのかも。
来年からはもっと真面目に取り組むので、どうか俺をこのピンチからお救いください。マラソンの神よ。
マラソンの神?
……この際、誰でも良い。救ってくれるなら。
頬のすぐ横を、何かが通った感覚。熱い。
ほんと、誰か助けてくれ。
「あ」
間抜けな顔、してるんだろうな、俺。
ここに来て、行き止まり。
屋上への扉が、パッと見て分かるくらい、しっかり溶接されている。どうやったって、開きそうもない。
ダメ元でドアノブを握ってみるが、ガチャガチャと音を立てるだけ。……終わった。
「ムホ、ムホホホ。それ、やったのだーれだ?」
声に、ゆっくりと振り向く。下卑た笑み、なんてワードで検索かけたらヒットしそうな顔。
喋る気にもなれなくて、黙って指さした。
「せーいかーい。おめでとう、これで、ゴール」
向けられた銃口が、奇妙な程にハッキリ見える。極限状況下で能力が云々。そんなヤツだろうか。
と、俺の口が勝手に何かを、話そうとしている。
どうせここで終わりだ、流れに身を任せてみよう。
「せめて、拍手くらいしてくれよ」
もう一人の俺は、不思議そうな顔をした。
恐らく、俺も。今なら、クローンみたいな顔をしているかも知れない。
「拍手か。……良いよ」
パキッ。
呆気ない音を立て、銃が折れた。
「え?」
声が、重なった。クローン同士じゃなくても、こんな反応になりそう。
「お、おいおい、嘘だろ?」
あ、滅茶苦茶慌ててる。パニクってる人見るのって、結構楽しいな。
知らず「ムホホ」なんて声が出た。
「真似するな!」
怒鳴られても困る。真似も何も、クローンなら仕方無いだろう。
向かい合う。素手と素手。
俺は格闘技、未経験。ケンカと無縁。
どうも、相手も似たようなもんじゃないか。
何となく、ぎこちないファイティングポーズを見ていると、そんな気がした。
泥仕合とはどういうものなのか、俺たちは互いに、身をもって知る事となる。
……俺たちの戦いは、これからだ。




