ダイブ
「ハッチ、オープン」
あまりにも無機質過ぎて不自然と言うか、却って非現実的な感すらあるアナウンスに続いて、機械音。
宣告どおり、ハッチが開き、外気が流れ込む。いや、正確には加圧されていた機内の空気が、機外に出ているのだろう。
入り込んできたのは冴え冴えとした、殺気にすら思える冷気。一気に季節が冬に戻ったかのよう。
目につく位置にある温度計は壊れているらしく、何の役にも立たなかった。
機内は赤いランプに照らされ、通常の待機状態では無いことが一目で分かる。
ダイブしろ、と言うことか。
言いたいことを口にするため、息を吸い込んだ。
「ちょお待て、ちょお待てて、おい!」
「……何ですか?」
ノイズ混じりでも、生の、肉声じゃなかろうと、距離を隔てていようとも、不快感と言うものは伝わってくるのだと知る。
相手がいるのは管制塔。
ここと比べれば、ずっと、ずっとずっと、地上に近い場所。高度も考慮したら、どれだけ離れているだろう。
高性能の送受信器ですら、ノイズが混じってしまうのだから、数キロメートルどころではない。
そんなことを考えていて、閃く。
ああ、そうか。一人、得心。
高性能過ぎるから、感情も余さず伝えられるのか。なるほど。
……んなわけあるか。
「何ですか、やあらへん。それはこっちのセリフや。アイドルやぞ? うちアイドルやねんぞ? なあ?」
「……知ってますが?」
「な、アイドルこないなとこから飛ばすか? フツーは飛ばさん」
「ミッションの性質上、仕方ありません。それに、アイドルだからこそ出来るんです。いえ、アイドルにしか出来ません」
手慣れた対応。そりゃ、そうだ。
管制塔にいるということは、優秀な人材。優秀な人材ということは、大規模任務経験者。大規模任務経験者ということは、アイドルの扱いに長けていると言うこと。
だからって、何も言わずに高高度ダイブなんてしてたまるか。
「わーい、ってなるかぁ! そない煽てられても嫌なもんは嫌やねん」
「煽ててなんていませんが?」
「あ、素ぅね。素で言うてたんやね。単に事実述べただけっちゅーことね?」
「え? はい。他に何があるんです?」
でしょうね。分かってるってば。
このやりとりも、無駄でしかないと思っているに違いない。
そう、いくらゴネてもアイドルは飛ぶ。だって、それがアイドルやから。
しかし、何でもハイハイイエスで安請け合いする、都合の良い存在と思わせるわけにはいかない。後輩たちの為にも、ウザい奴と思われるぐらい噛みつかねば。
「かーっ、ちゃうやんちゃうやん。そうやないやんか!」
「すみません、ノイズが酷くて良く聞こえなくて」
「殺す気か、言うてるんや!」
「ふふ」
「おい、今、アンタ笑たな? 笑たやろ、おい!?」
「すみません。ふっ、ふふ。……アイドルがそんなことで死ぬわけないのにな、ってつい」
その通りだ。
この程度で死ぬアイドルなんて居ない。
死ねなくて困っている元アイドルが、どれだけいるかも知っている。
不老不死。正確には遅老遅死と言ったところか。
例外はアイドル同士による死合くらい。
そう、アイドルならアイドルを殺せてしまう。
そして、降りた先には恐らくアイドルがいる。
「死ぬとしたら、降りてからやもんな?」
「……可能性の話なら、そうです。でも、無いです、それは」
「何でや? 言い切れることやないやろ。データ的なアレか?」
「違います」
「ほな、何でや?」
「……あなたが、あなただからです!」
ノイズも距離も何もかも、無視して伝わってくるものはある。
この人は、ファンだ。確認する必要なんてない。
きっと公私混同しないよう、必死に色んなものを抑えていたのだ。
それが、分かった。何故なら、私が私だから。
「……さよか。この仕事が終わったら、直接そっちに行くわ。サイン書いて欲しいもん、用意しときや?」
「……ありがとうございます」
「礼はサインの後や。ほな、行ってくる」




