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二人
赤銅色の髪を汚れた風がなぶるに任せた。
後で洗えば、それで済む話。
しかし、この煤けた臭いは鼻にこびりついたまま離れそうにも無い。
マスクなんてもの、最初から一度も着けていなかった。
私の顔を、見せなくちゃならないから。
あの子に。
「今日はあの丘まで進むつもり。そう。最低でも、ね」
独り言。
あの子はもう、いない。
幻覚や幻聴は、無縁だ。
いっそ見えたなら、聞こえたなら。そう考えたことは何度もあった。
見栄を張るのはやめるか。
日に、何度もある。今でも、今、この時も。
あの子が私を呼ぶ時の、じわじわと温かなものが体中に広がる感覚。
もう思い出の中にしか、私の中にしか残っていない。
「でも、鮮明なまま」
そう、まるで摘みたての花のように。
あれは、カモミールだったっけ。小さな白い花。ほのかな甘い香り。
ハーブティーにすると、何だか普通の草っぽくて。二人で笑いながら飲んだな。
カモミール、あれから一度も見ていない。植物を目にする機会そのものが、今では無くなったに等しい。
思い出の中のカモミール。思い出の中のあの子。
私たちはいつだって二人だった。
きっと今だって。




