はらいますよ
「ひぃえええぇえぇっ!!!!!!」
絶叫しているのが自分だと気が付くまでに、数秒要した。
とんでもないタイムラグ。
いくら心霊スポットだとは言え、まさか本当に本物がやって来るだなんて思わなかった。軽い、幽霊の体重よりも軽い気持ちで、心霊スポットに顔なんて出したばっかりに。
ずっと前から噂には聞いていた。霊が霊を呼ぶらしく、もはや大半が場所とは無関係に引き寄せられてきた霊だとか。
きっかけ自体はありがちで、事故だの何だの。偶然に偶然が重なって、複数の霊が居着くようになり。興味本位で心霊体験しに来て、お仲間になってしまうパターンもあったらしい。実際にそこに霊が関与したかどうかはともかく。
何にしても、ここはそういう場所で。
ごみごみと霊で混み合い、さながらフェス会場めいている。或いは朝の通勤ラッシュか。
これが生身の人間同士ならぶつかったり、足を踏んだりなんかでトラブルになるのだろう。幸か不幸か、いや不幸は不幸なのか、霊なのでそのような心配は要らないが。
ここまでの心霊スポットともなれば、容易にお祓いなんて真似も出来なくなる。仮にそれなりの力を持つものが頑張ったところで、焼け石に水。一時的に数が減るだけ。
そりゃそうだ。
何せここに集まってくるのは、様々なところで成仏し損ねた霊達なのだから。全てを祓い、場を浄めない限り、永遠に心霊スポットであり続けるに違いない。
つまり全て祓って清めれば良いだけとも言える。
そんな真似が出来る人間がいるとは思えなかった。
それは突然だった。
如何にも、な風体ではなく。ごく普通のサラリーマン。どこにでもいるスーツ姿の青年。
右手の人差し指を立てて、何やら空を切る。字を書いているようだった。梵字だろうか。
一文字書くごとに、男から何かが放射される。熱波のような何かが。
何文字目だったろうか、男は両手を合わせ、拝むような姿勢をとった。
目を閉じ、何か呟き始める。
瞬間、悲鳴が響き渡る。霊達の悲鳴だ。
何を隠そう、自分も絶叫していた。
体、正確には霊体が内側から沸騰するような感覚。電子レンジに入れられたなら、似た状態を味わえるかも知れない。
痛覚なんてあるはずもないのに、痛い。あまりにも。こうなる時に経験した痛みよりもずっと上だ。何故、こんな目に合わなければならないんだろう。
心霊スポットなんて、来なければ。
痛みの中、視界におさまる範囲だけでも、同類が次々と消えるのが見えた。蒸発するように、ジュッと音を立てて消えていく。
ああ、自分もじきにああなるのか。
そのように思ったのと、ほぼ同時。呆気なく消滅した。
心霊スポットに居た数万にも及ぶ霊は、もういない。全てが祓われた。
スーツ姿の青年は手慣れた様子で、小瓶に入った液体を垂らしながら歩いて回る。淡々と、いつもの仕事といった風に浄めていく。
しばらくして足を止めると、ひとしきり確認し、頷いた。
作業が完了したという事らしい。
内ポケットからタバコを取り出すと、一本くわえて火をつけた。
先程までの動作とは異なり、どこかぎこちない。顔に浮かぶ表情も不快そのもの。
煙を吸い込まぬよう、ひたすらふかしている。
青年は愛煙家ではない。霊の警戒心を少しでも抑えるため、香のような匂いをタバコで隠したいだけだった。
効果があるのかは分からないが、師匠の指示と言うか、もはや命令めいたものがあるため仕方ない。スーツもそう。こうした山の中のホテル跡地なんて、むしろ合わないだろうと思いつつ、師匠の言葉に従っている。
青年の腕は確かではあったが、独り立ちして二年。この狭い業界で食い扶持を稼ぐには、師匠と揉めるのは得策ではない。
いずれは自分のスタイルで、と思っているが、まだ早いだろう。
律儀にフィルターギリギリのところまで吸いきると、携帯灰皿に執拗に吸い殻を押し付けた。
そして、ミント味の錠剤をザラザラと十数粒まとめて、口内に放り込んだ。ガリガリと音を立てて噛み砕く。
何気なく、腕の辺りを嗅いでみた。
香とタバコの混じり合った、何とも言えない妙な臭い。顔を少ししかめると、青年は元心霊スポットに背を向けた。




