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モルモット男子 5

 新人。……新人?

「……新人、と?」

「ああ。新しい人と書いて新人だ」

「あ、あー。そうですか」

「何か、納得のいかないことでもあるのかね?」

「いえ」

「嘘は良くないぞ、青年。まぁ、そうした態度を取れるのもあと僅かだがな」


 あるところに加虐趣味のある少年がいました。

 少年は加虐趣味のある青年になり、加虐趣味のある中年になりました。

 彼はある組織に見初められ、才能を発揮し出世をします。

 しかし、加虐趣味は組織からしても懸念の種でした。

 彼のそうした悪癖により、幾人もの新人候補が潰されたからです。

 それでも何のお咎めも受けずに来たのは、補って余りある成果を上げてきたと言う一点のみ。

 そして、それがその組織では何よりも重要だったのです。

 新人は補充すれば良い。原料たる人間なぞ、いくらでも調達出来る。


 加虐趣味を持つ男が、最も楽しみとする瞬間。

 変わり果てた己の姿を新人候補自身に見せつけてやる時、だ。

 身体能力を強化しているのは事実だが、人の身のままで耐えられるはずも無い。限界を超えるには人ではない生物の、野生の力が必要だ。生命力と言い換えても良い。

 結果として副次的なものではあるが、容貌も人のそれからは逸脱することになる。特に顔は何故か最も影響が出てしまう。

 改造に用いた生物に酷似するのである。

 人の姿に戻ることは出来るが、そうした変身は訓練して身につけなければならない。必然、術後の新人は見慣れぬ動物頭の人間を、自己として再認識する必要に迫られる。

 しかし、それもまた手術によって克服可能であった。

 脳に刻まれた記憶、記録を改変してやれば済む。

 ところが、そこに加虐趣味の男はワンクッション挟み込む。

 認識の改変手術前に、人外と化した姿をわざわざ本人に確認させるのである。

 そこにはオブツの意図は何ら介在していない。加虐趣味以外の何物でも無かった。男が自己の欲求を満たすためだけに行う、不必要な工程でしかない。

 かくして、今回もまた同様のプロセスを経ることとなっていた。


 キュイイイーッ。

 人には拾えぬ音を盛元(もるもと)男子(おのこ)は聞いた。視線を音のした方に向けると、カメラがある。

 ピントをこちらに合わせた、そんな感じがした。

 正解だった。カメラは盛元(もるもと)青年の顔を、ハッキリと中心で捉えている。

「さてさて、君はとても、良い具合に不安定だ。そうした人間は往々にして容易にパニックに陥るんだが、君はちょっと例外らしい。段々と落ち着きを取り戻していると言うか、何ならこれまでに我々が見てきた君よりもずっと、落ち着いている」

「そうですか」

シッ、と音を出して人差し指を立てた。

「二度目は無いよ? 静かに、聞いていてくれたまえ。私はね、君にサプライズを仕掛けたいんだよ。驚いて欲しいのさ。素直に、人間らしく、ね」

 そう言うと笑うのを堪えた。

 人間じゃない相手に、人間らしくと言うなんて。男には面白くて仕方なかった。これから、まざまざ見せつける。

 分からせる。

 自分が化物と成り果てたことと、オブツが持つ技術力の凄まじさ、の両方を。

 泣くだろうか喚くだろうか。茫然自失、と言ったタイプか。

 喜ぶのだけは勘弁して欲しい。

 あれは最悪としか言いようが無かった。別の支部で支部長にまで上り詰めたと聞いたが、あの反応ならそうなるだろう。

 顔がフクロウになったことを喜べる神経は、流石に男にも分からなかった。人間態になれないわけではないくせに、ならないのも理解不能だ。

 さて、この青年はどんな反応をしてくれるか。

 パチンッ。

 指を鳴らした。


 男が指を鳴らすと、モーター音が上から降ってきた。

 モーター音だけじゃなく、目の前にモニターが下がってきている。

 画面には、モルモットのような生物の顔。ドアップのそれは、不思議そうな表情に見えた。

 口ひげが口元と連動してヒクヒクと蠢く。

 一体、これは何の映像なのか。

 モルモットの顔を見せられ、どう反応すべきなんだ。

 そう思って、視線を男の方に向ける。

「ふっ、ふふっ。ふふ。……気付かないのか?」

 固定されている為にあまり動かせないが、盛元(もるもと)青年は首を傾げた。

 モニターに映るモルモットも、首を傾げたように見えた。

「ふふふ、ふっ、ふふふ」

 何が面白いのか、男は笑うのを堪えている。堪えきれず声は漏れ、目尻には涙の粒。顔は赤らんでさえいた。

 これもまた、本能だろうか。直感、か。

 盛元(もるもと)男子(おのこ)は、察した。

 これは、自分だ。このモルモットが、今の自分なんだ。

 正確にはモルモット頭の人間。それが、自分。

 何故だか、ショックは受けなかった。全く何とも思わない訳ではなかったが、スッキリしていたかも知れない。

 これまで彼は、人間性の喪失を恐れていた。常にそうした精神でいたからだろうか、変化した今の外見は相応しく感じられた。

 これがもっと違う生物だったらどう感じたかまでは、想像もつかなかったが。

 その時、モニターの端に自分のシルエットのようなものが映し出されていることに気付いた。充電率云々との文字も見える。

「これは……」

 思わず漏れた声は、軍服のようなものを着た男を喜ばせた。

 どうやら新たに得た情報に対する盛元(もるもと)男子(おのこ)の驚きを変化に対するもの、モルモット頭になってショックを受けたのだと勘違いしたらしい。

「ふふ、どうだね? 気に入ったかい? その、その……、モルモットそのものの顔は! ふっ、ふふふ、ふふっ」

「ああ、悪くはない」

 そう答えると、男の顔は曇った。

「……ガッカリだな。……まあ、良いか。楽しくは無かったが、あくまでもそっちはオマケ。君が完全なる新人となることを、モルモット男となることを楽しみにしておくよ。さ、諸君。彼の手術を再開したまえ」

 モニターは上へ引き上げられ、男は去っていく。

 固定されている台が水平方向へ傾いてゆくのが分かる。

 この台は手術台だったのか。盛元(もるもと)青年はモルモット男に改造されることも、既にどうでも良かった。

 とは言え、このままあの男の想定どおりに進むのは気に入らない。

 あの男を貶めてやりたかった。

 盛元(もるもと)男子(おのこ)は人間性を喪失したことにより、却って人間らしい希望のようなものが自身に芽生えるのを感じた。人間らしい怒りも生じた。

 オブツに崇高な目的があろうが何だろうが、不同意のもと勝手に手術を行って許される筈がない。

 かつて見たテレビのヒーロー。そんな存在に、近づけるかも知れない。

 モルモット顔なのは締まらないが、今や可愛いは正義だ。

 正義のヒーローが可愛くて、何が悪いのか。

 あの画面表記が正しければ、奴らはミスを犯した。指示したのが奴だから、奴のミスか。だとしたらなおさら素晴らしい。どうやら新人は電気をエネルギーとするみたいだからだ。

 今、自分の充電率は最大。あの拷問、電流責めは大して意味が無かったばかりか、こちらにとってはチャンスそのものをくれた。

 充電が足りていなかったから、拘束を抜け出せなかった可能性がある、ということ。

「ずあっ!」

 想定以上だった。

 気合を込め、力を入れる。それだけで全ての枷が砕け散った。

 いつの間にか集まってきていた手術を担当する連中の体を、破片が貫く。悲鳴を上げる間もなく、四名が倒れた。

 倒れる瞬間、半数である二人は、首から上が無かった。残りも似たようなものだろう。

 非常警報か、けたたましくベルがなり始める。

 三名が呻きながらうずくまっていた。とても手術出来そうな状態には見えない。放置してこの場を去ろうとしたが、一人が何やら取り出したのを見つけてしまった。

 難なく取り上げると、それは強烈な催眠ガスだった。手榴弾に似た形状で、ロックを解除して投げればガスが吹き出す仕組みらしい。

 頭の中にこうした兵器を含めオブツ関連のデータが埋め込まれているようで、見ただけで分かってしまう。これはヒーローになるにあたり、オブツと戦う上で便利な機能だ。

 部屋を出る際、振り向きもせずに催眠ガスを出す手榴弾を投げ込む。

 背後から聞こえる苦悶の声に、今まで感じたことのない喜びをおぼえた。


「アニキ、いよいよですね?」

「ああ」

 オブツ本社と隣接する工場を見下ろす。

 長かったような、短かったような。モルモット男にされて、三年近い歳月が流れた。仲間や協力者との出会いと別れを何度繰り返したか。

 今、隣にいる男とは、もう一年以上の付き合いになる。コンビを組んで、各地の拠点を破壊してきた。

 出会いの経緯が経緯だけに、アニキと呼んでくるのはおかしくは無いのかも知れないが、未だ気恥ずかしい。

「どうしました? 何か、ボーッとしてたような」

「バカ、物思いに耽るって言うんだよ。こういうのは」

「……最後、ですもんね?」

「……そうだ」

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