モルモット男子 3
バイト終わり。普段以上に全身のあちこちが強張っていた。
軽く肩を回せば、聞いたことが無いような音が鳴る。
冬が近づいてきてはいても、この時間なら流石に明るい。とは言え、日が出て間もないだけあって、街は眠っているようで。
ちらほらと会社に向かうらしいサラリーマンや、散歩している老人を見かけるぐらい。人通りはそう多くない。
特に、住宅地を通る路地なんかだと顕著だ。今、歩いているような感じの。
グネグネ曲がりくねる路地を進んでいると、アパートが見えてくる。
朽ちかけのオンボロ。忘れ去られた古代遺産。
大家さんは築二十年と言っていたが、とても二千年代に建てられたとは思えない。
テレビで見る懐かしの映像、みたいな番組に昭和の建造物として出てきても違和感ゼロ。古臭く小汚い。
流行りの昭和レトロだと思うことにしている。
それでいて普通に風呂もあるし、都市ガス。何だかチグハグで奇妙。
一丁前に玄関の鍵がカードタイプなのも含めて、アジトっぽい。
何であれ、我が家は我が家。住めば都じゃないが、やはり帰ると落ち着くもので。
さ、早く帰ろう。
そして、布団にくるまって、昼まで眠ろう。
そんなことを考えたからか、あくびが。
その瞬間だった。
「っ!?」
首筋に何か冷たいものが触れた。振り向く間もなく、ピリッと来て、視界は暗転。
盛元男子の、20年数ヶ月に及ぶ人生はここに幕を閉じた。
ピキューンッ、ピキューンッ。
どこか時代を感じさせる電子音が、鳴り響く。
明滅する様々な色の光。色合いこそケバケバしいが、光量はそんなに大して強くは無かった。目を閉じていてチカチカする程ではない。
それでも光と音の組み合わせは、深く沈んだ意識を浮上させるには充分だった。
自分は今、どこで何をしているのだろう?
身動きを取ろうとして、体が大の字で拘束されていることに気付く。手首と足首だけじゃない、胴体もガッチリ。斜めに立て掛けられた板か何かに、金属で固定されているようだ。
しばらく暴れてみるが、どうにもなりそうもない。
暴れても痛いし、体力を無駄に消費するだけだろう。諦めて、とにかく五感全てで情報を得ることに専念する。
五感と言っても、味覚は関係ない。手が使えないため、触覚も期待出来そうにないが。
幸い、少しぼやけてこそいるが視界ははっきりしている。耳なんかはむしろ、普段よりクリアーかも知れない。鼻も、調子が良い。
背後にどんな空間が存在するかまでは分からないが、5人ばかり何者かがいることは分かる。体臭や呼気で、離れていても複数人の存在が判別出来た。
軽く目線を上に向けた。天井は高い。吹き抜け。
円形の広場みたいな場所だろうか?
2階と思しき廊下がぐるり、囲むように巡らされている。
その通路の少し上。正面の壁面には、金色のレリーフ。こちらに向けて口を開いた犬の顔だ。
片目には眼帯。右目側には何か埋め込まれているらしく、赤い光を放っていた。例の電子音と同調し、点滅している。
何だか、見覚えがある光景。
子供の頃に見たヒーローものの番組で、敵組織のアジトがこんな感じだった気がする。
子供の頃、と言っても当時の番組じゃない。親世代か、もっと上の世代の人たちがリアルタイムで見ていたような、昔の番組。
恐らく、DVDか配信サービスで見たんだろう。或いは、再放送か。
それはともかく、アパートと同じぐらい濃厚な昭和臭。ここもまた、我が家同様に新しかったりするのだろうか。
まあ、アパートに関しちゃ昭和では無いだけで、少なくとも20年ものではあるが。
カッ、コッ、カッ、コッ。
硬質な床を、ブーツでも履いて歩く音。背中の方から近付いてくるが、自分がいる階じゃない。高い位置だ。
2階の廊下は円形じゃなく、どこかから繋がっているらしい。確かなのはこの区画が末端にあり、円筒形をしていること。
そうこうしているうちに靴音の主が、視界に入ってきた。
軍服めいた服装の、一人の男性。
足元を見ると、やはりブーツだった。あの音、かなり硬いはず。蹴られたらきっと、痛いなんてもんじゃ済まない。
男は正面、レリーフの真下まで来ると足を止めた。
固定されている場所が斜めに傾いている為、前を見るだけで自然に目が合った。
数メートル離れているし、あちらが見下ろす形ではある。
影になっていて見えにくいものの、年齢は三十代半ばといったところだろうか。皺は無いけれど、ハリやツヤが二十代には見えない。
「さて、ようこそ。……オブツへ」
男は言った。外見からイメージするよりも、高めの声で。
「…………オブツ?」




