モルモット男子 2
自分はいずれ気が狂ってしまうかも知れない。
残りの勤務時間は集中しなければ、と思うもののつい思考が奪われてしまう。
彼の恐怖は、それ程までに強かった。
頭の中だか、遺伝子の螺旋の中だか。
タイマーのような、時限式の何かが埋まっている。そんなイメージ。
死ぬまで解除されないそれが、作動するタイミングをひたすら窺っている。
逆に言えば、死ねば解除されると考えられた。そこにほのかな期待と言うか、救いめいたものを感じてしまう。
それもまた、別方向で危険な考えであるとは理解しているつもりだ。理解してなお、惹かれてしまう。
要するにどちらが先か。
死ぬのか狂うのか。自分が知らないだけで自ら幕を引いた者が家系にいても、驚くには値しない。
或いは精神か肉体、どちらかの死とも言える。
本当に余計で、とんでもないものを遺伝させてくれたものだ。
……いけない。こんな風に考えるなんて、危険な徴候じゃないなら何だと言うのか。
たまたま、おかしくなり易い傾向がある。
絶対でも、運命でもない。
どうしても自力での解決が困難に思えるなら、きちんとした場所で治療を受ければ良い。完治は無理でも、軽減することは出来るはず。
そうでなくとも、苦しみを誰かと共有するだけで少しは救われるに違いない。
大切なのは、パターンにはまり込まないこと。視野を、心を広くもつことではないか。
とりあえず、今は集中だ。流れ行くイカに集中しよう。時給だって出ていることだし。
盛元男子は当人の自覚していたとおり、常に不安定な状態にあった。特に、ここ数ヶ月の間は。
絶えず誰かに見られている感覚さえあった。
悩みつつも、壊れる寸前の徴候だと信じていた。そう思い込んでいた。
壊れてしまうことを過度に恐れるあまり、自分の感覚を信じられなくなっていた。
実際には彼は自身が危惧する程、危険な状態では無かった。通院していれば、カウンセリングで大幅に改善するレベル。それも、どちらかと言えば不安について。
何か具体的に解決せずとも相談するだけで、落ち着いて暮らす助けになっただろう。
本人も比較的落ち着いている時には、案外簡単な問題なのではないかと思うこともあった。話せば楽になれる、と。
何にしても、彼はそうしなかった。
かねてから自身の血について悩んでいたため、半端な知識を身につけていたからだ。
遺伝性疾患の類だ、と決めつけていた。いつか取り返しがつかなくなる時が来るのを、遅らせることくらいしか出来ないだろうと。
もしも話して、確定してしまったら。疑惑だから苦しいことは分かっていたが、疑惑だから耐えられる部分もあった。
それらが、彼が普段どおりの生活を取り戻す邪魔をした。
見られている感覚が勘違いでは無い、と言うことにも当然だが気付けなかった。
見られていた、彼は。
生活の、ほぼ全てを。
天井や、壁ごしの視線。気の所為だ、勘違いだ。狂う前触れだ。
彼は一々否定していたが、違う。全てが現実に起きていた。
彼は、監視されている。この数ヶ月、ずっと。
それらはエスカレートこそすれ、弱まりなどしない。日増しに違和感が強くなって当然。
そんなことは露知らず、自身の勘違いだと勘違いして。何も考えぬように意識を、コンベアを流れるイカに向ける彼。
その姿もまた、観測されている。
盛元男子が人として過ごせる時間は、もう一時間を切ってしまった。




