けのもの
「モコモコしているから、モコモコ」
先のモコモコは説明で、後のモコモコは名前。理解するのに、数秒かかった。
なるほど、シンプル。ベストじゃないか。
綿みたいだ。毛玉、と言うのか。
ニット帽のてっぺんについた、玉にも似ている。
ポンポン?
ボンボリ?
とにかく、帽子の先っぽの丸いの。
あと、タンポポの綿毛。
それと、ケサランパサラン。……だっけ?
伝説の生き物だか、精霊か何かだったか。
ああいったものにも似ている。
だとしたら色が、ちょっと変か。ペールブルー、淡い水色。
それがファンシー感を増している気がする。
目でもくっつけたら、子供向けのオモチャになりそう。
実際、弟は夢中だ。まあ、何にでも興味を持つタイプだが。
好奇心旺盛、ってやつ。
昔の俺も似たようなものだったと両親は言う。自分では、そんなこと無かったと思うのだが。
弟は先月、3歳になったばかり。休みの日には、こうして俺が面倒を見ている。
今日も、マンションの周りをぐるぐる。
ウォーキング用に歩道が広いので、ありがたい。目を離せるわけでは無いが、随分楽だ。
なんて、保護者目線。
17歳も下だから、仕方ないと言えば仕方ないか。
6つ下の妹には、流石にそんな風に思わない。普通に、妹。
何せ、生意気なんてもんじゃない。年々酷くなっている。
……妹も小さな頃は、素直な良い子だったのに。
ヒトの幼体に捕獲された。
いや、捕獲させた。捕まってやったのだ。
いざとなれば目を盗んで逃げ出さねばならないことを考えれば、幼体の方が好都合だ。情報によればヒトの子も飽きっぽいらしい。
何にせよ、踏まれたり引きちぎられたりしなかっただけで、感謝せねばなるまい。
……きっと今回も多くの同胞が、ヒトによって殺される。
滑り出しは悪くない、と言ったところ。
毛玉のような何かは、満足げな笑みを浮かべた。
むろん、ヒトには彼の表情など分かるはずもない。
「モコモコー」
ぬいぐるみの山の中に埋もれた毛玉を、引きずり出す。
最初は一緒に眠るつもりだったが、親に反対された。いくらぐずっても折れてもらえず、妥協案として出されたものを受け入れたのだった。
それが、ぬいぐるみたちと寝かせてあげること。
「それなら、モコモコちゃんも寂しくないでしょ?」
母親はそう言っていたが、本心では拾ってきた毛玉を汚いと思っていることは分かっていた。
勿論、そこまで言語化し、理解していたわけではない。流石に3歳児には難しい。
それでも、感覚的に。声色や表情、あらゆる情報から感覚的に察した。
自身の母がモコモコを疎んじている、と。
あくまでも感覚的な話で、言葉にすることは出来ず、したがって母も子の考えには気付けなかった。もしも末っ子に本心が見抜かれていると知ったら、穏やかではいられないはずだ。
見積もりが、甘かったと言わざるを得ない。
生きてはいる。欠損も微々たるものだ。
とは言え、成体の警戒心を侮っていたと認めよう。
こと幼体が関わることとなると、時に常軌を逸することすらある。同族とて、そうではないか。
我らでさえ、例外でないのなら、ましてやヒトなど。
それにしても幼体が眠った隙に、あんな目に合わされるなんて。
アルコールらしき液を散布され、温風にさらされた。かと思うと紫外線を照射するランプに、一時間。乾燥に強いとは言えど、毛にダメージがないわけじゃない。
恐らく、色も抜けただろう。折角任務を果たして帰ったとて、見た目が悪くなっては意味がない。
毛玉、通称モコモコはモテたかった。
モテたい一心で、このような危険に自ら身を投じた。
後悔先に立たず。
確かそんな言葉があったはずだ。
それはともかく、今後どうするか検討せねばなるまい。
なんて考えながら、彼は子供に振り回されている。文字どおり、ブンブンと。
「モコモコドカーン!」
弟の手に握られた毛玉は、色が薄くなっているしボサボサに傷んでいる。
たった二日で、自然にこんなことになるはずがない。母が何か下のだろうな。長男には容易に想像出来た。
大方、消臭剤でも吹きかけて乾燥機コース。
もしかしたらハンドクラフト用に買ったUVライトでも浴びせているかも知れない。そんなことするぐらいなら、天日干しした方がずっとマシな気がするが。
可哀想な毛玉。
だが、せいぜい後数日のことだ。どうせ弟は飽きて、放置する。
そうすればオモチャ達と薄暗い箱の中で、静かな余生が過ごせるさ。
「あ、にーちゃん!」
「ん」
「あそぼ」
「悪い、今日は大学」
そう言ってカバンを掲げた。
「そっか……。いってらっしゃい!」
あの目。気の毒にでも思ったか。
が、気の毒なのは君たちヒトの方。
何も知らずに、良くもまあ呑気に暮らしているものだ。
知らないから呑気でいられるのか。知れば、今頃はパニックだろう。
ヒトと言うものはとても脆いらしい。あの巨体の割に肉体的にも大した強度が無いらしいが、精神はと言えば脆弱も脆弱。
個々の死を未だ恐れると言うではないか。
恐怖に類するものが無いでは無い。自己の喪失を回避したいとは思っている。
しかし、そんなものはどうしようもないことだ。
来る時には来る。いつか、必ず。
死に怯えるヒトが、あんなことを知ればどうなるか。
受け入れられずに、取り乱すに違いない。
騒ぎに乗じて犯罪を犯すヒトも出るだろう。エラい連中がそう語っていたことを思い出す。
まさか、と疑っていた。仮にも地上を支配していると言うのに、未だそんな領域にあるはずが無い。引きこもっているから、現実と乖離するのだとさえ考えた。
間違っていた。
現実を何も知らなかったのは、自分だった。
実際にヒトを目にして、彼らの予測は正しいと感じざるを得ない。
愚かだ、と切って捨てたくはないが、あまりにも愚か。モテたい、なんて理由で飛び込んできた自分でも、ヒトの愚かさには呆れる。
道があるのに、見ようともしないなんて。
遠くに寝息を聞きながら、毛玉はそっと立ち去った。




