表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/30

けのもの

「モコモコしているから、モコモコ」

 先のモコモコは説明で、後のモコモコは名前。理解するのに、数秒かかった。

 なるほど、シンプル。ベストじゃないか。

 綿みたいだ。毛玉、と言うのか。

 ニット帽のてっぺんについた、玉にも似ている。

 ポンポン?

 ボンボリ?

 とにかく、帽子の先っぽの丸いの。

 あと、タンポポの綿毛。

 それと、ケサランパサラン。……だっけ?

 伝説の生き物だか、精霊か何かだったか。

 ああいったものにも似ている。

 だとしたら色が、ちょっと変か。ペールブルー、淡い水色。

 それがファンシー感を増している気がする。

 目でもくっつけたら、子供向けのオモチャになりそう。

 実際、弟は夢中だ。まあ、何にでも興味を持つタイプだが。

 好奇心旺盛、ってやつ。

 昔の俺も似たようなものだったと両親は言う。自分では、そんなこと無かったと思うのだが。

 弟は先月、3歳になったばかり。休みの日には、こうして俺が面倒を見ている。

 今日も、マンションの周りをぐるぐる。

 ウォーキング用に歩道が広いので、ありがたい。目を離せるわけでは無いが、随分楽だ。

 なんて、保護者目線。

 17歳も下だから、仕方ないと言えば仕方ないか。

 6つ下の妹には、流石にそんな風に思わない。普通に、妹。

 何せ、生意気なんてもんじゃない。年々酷くなっている。

 ……妹も小さな頃は、素直な良い子だったのに。


 ヒトの幼体に捕獲された。

 いや、捕獲させた。捕まってやったのだ。

 いざとなれば目を盗んで逃げ出さねばならないことを考えれば、幼体の方が好都合だ。情報によればヒトの子も飽きっぽいらしい。

 何にせよ、踏まれたり引きちぎられたりしなかっただけで、感謝せねばなるまい。

 ……きっと今回も多くの同胞が、ヒトによって殺される。

 滑り出しは悪くない、と言ったところ。

 毛玉のような何かは、満足げな笑みを浮かべた。

 むろん、ヒトには彼の表情など分かるはずもない。


「モコモコー」

 ぬいぐるみの山の中に埋もれた毛玉を、引きずり出す。

 最初は一緒に眠るつもりだったが、親に反対された。いくらぐずっても折れてもらえず、妥協案として出されたものを受け入れたのだった。

 それが、ぬいぐるみたちと寝かせてあげること。

「それなら、モコモコちゃんも寂しくないでしょ?」

 母親はそう言っていたが、本心では拾ってきた毛玉を汚いと思っていることは分かっていた。

 勿論、そこまで言語化し、理解していたわけではない。流石に3歳児には難しい。

 それでも、感覚的に。声色や表情、あらゆる情報から感覚的に察した。

 自身の母がモコモコを疎んじている、と。

 あくまでも感覚的な話で、言葉にすることは出来ず、したがって母も子の考えには気付けなかった。もしも末っ子に本心が見抜かれていると知ったら、穏やかではいられないはずだ。


 見積もりが、甘かったと言わざるを得ない。

 生きてはいる。欠損も微々たるものだ。

 とは言え、成体の警戒心を侮っていたと認めよう。

 こと幼体が関わることとなると、時に常軌を逸することすらある。同族とて、そうではないか。

 我らでさえ、例外でないのなら、ましてやヒトなど。

 それにしても幼体が眠った隙に、あんな目に合わされるなんて。

 アルコールらしき液を散布され、温風にさらされた。かと思うと紫外線を照射するランプに、一時間。乾燥に強いとは言えど、毛にダメージがないわけじゃない。

 恐らく、色も抜けただろう。折角任務を果たして帰ったとて、見た目が悪くなっては意味がない。

 毛玉、通称モコモコはモテたかった。

 モテたい一心で、このような危険に自ら身を投じた。

 後悔先に立たず。

 確かそんな言葉があったはずだ。

 それはともかく、今後どうするか検討せねばなるまい。

 なんて考えながら、彼は子供に振り回されている。文字どおり、ブンブンと。


「モコモコドカーン!」

 弟の手に握られた毛玉は、色が薄くなっているしボサボサに傷んでいる。

 たった二日で、自然にこんなことになるはずがない。母が何か下のだろうな。長男には容易に想像出来た。

 大方、消臭剤でも吹きかけて乾燥機コース。

 もしかしたらハンドクラフト用に買ったUVライトでも浴びせているかも知れない。そんなことするぐらいなら、天日干しした方がずっとマシな気がするが。

 可哀想な毛玉。

 だが、せいぜい後数日のことだ。どうせ弟は飽きて、放置する。

 そうすればオモチャ達と薄暗い箱の中で、静かな余生が過ごせるさ。

「あ、にーちゃん!」

「ん」

「あそぼ」

「悪い、今日は大学」

 そう言ってカバンを掲げた。

「そっか……。いってらっしゃい!」


 あの目。気の毒にでも思ったか。

 が、気の毒なのは君たちヒトの方。

 何も知らずに、良くもまあ呑気に暮らしているものだ。

 知らないから呑気でいられるのか。知れば、今頃はパニックだろう。

 ヒトと言うものはとても脆いらしい。あの巨体の割に肉体的にも大した強度が無いらしいが、精神はと言えば脆弱も脆弱。

 個々の死を未だ恐れると言うではないか。

 恐怖に類するものが無いでは無い。自己の喪失を回避したいとは思っている。

 しかし、そんなものはどうしようもないことだ。

 来る時には来る。いつか、必ず。

 死に怯えるヒトが、あんなことを知ればどうなるか。

 受け入れられずに、取り乱すに違いない。

 騒ぎに乗じて犯罪を犯すヒトも出るだろう。エラい連中がそう語っていたことを思い出す。

 まさか、と疑っていた。仮にも地上を支配していると言うのに、未だそんな領域にあるはずが無い。引きこもっているから、現実と乖離するのだとさえ考えた。

 間違っていた。

 現実を何も知らなかったのは、自分だった。

 実際にヒトを目にして、彼らの予測は正しいと感じざるを得ない。

 愚かだ、と切って捨てたくはないが、あまりにも愚か。モテたい、なんて理由で飛び込んできた自分でも、ヒトの愚かさには呆れる。

 道があるのに、見ようともしないなんて。

 遠くに寝息を聞きながら、毛玉はそっと立ち去った。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ