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宇宙人

「はい、どーも。ご無沙汰しております、宇宙人です」

 玄関開けたら変な奴がいた。

 ……と言うのならば、まだしも。

 部屋のドアを開けたら、いた。自室。自分の家の、自分の部屋。久々に実家に帰ってきたら、これ。

 何なんだこれは?

 青年は、そのように思った。

 青年の名は、金田(きんだ)(かなた)

 そこそこ珍しいが故に、身元特定が容易である。検索すれば簡単に、彼にぶち当たる。

 ソコラノ事情ヲ類似案件ホ号等ト鑑ミ、仮称ヲ用ヰル事トスル。

 仮にカナダとしよう。カナダ青年は大学進学を機に、地元を離れた。

 憧れの一人暮らし。それなりに充実した学生生活を送ってはいるものの、たまに地元が恋しくなることもある。

 そんなわけで長期休暇に帰省したところ、先のような目にあったのであった。

 一度、ドアを閉めよう。

 そこで、一呼吸。気持ちを落ち着かせる為の、僅かな動作。

 その余計な行為によりカナダは一手、遅れた。

 キュッ、と体が前方に吸い寄せられる。そう感じた時には、宇宙人を自称する不審者の目前。ともすれば、色々と触れてしまう距離。

 背後で、風にでも吹かれたようにドアが閉まる。いやに静かなのが、自然現象らしくなく、気味が悪い。

 カナダは、後ずさった。とにかく、少しでも離れたい。

 宇宙人を名乗る侵入者から。

「そう、怖がることは無いだろう。キンちゃん」

「っ!? ……やめろ、小学生ん時のあだ名で呼ぶな」

 一瞬怯んでしまったが、どうにか立て直す。

 宇宙人だか何だか知らないが、何なんだ。

 見た目は普通の人間。それも日本人、少なくとも東アジアの人間に見える。

 しかし年齢も性別も不詳。外見からは判断がつかない。改めて声を聞いても分からなかった。歳上の男性と言われればそう見えるだろうし、歳下の女性と言われればやはりそう見えるだろう。

 中性的と言えば良いのかも知れないが、特に美しいと言う訳では無い。普通。ごく普通の、アジア系の、人間。

 AIで出力したみたいな、人工的に作られたような印象。どこと具体的に指摘こそ出来ないが、どこか自然さに欠けている気がする。

「小学生? 中学でも呼ばれていたろ」

「中学? ……呼んでた奴もいたかも知れないけど、だから何なんだ」

「何、って。正確に思い出してもらいたいだけだよ、キンちゃん」

 平坦な声色、動かぬ表情。感情が読み取れない。

 と言うよりも、感情が存在しないのでは無いか。

 カナダには、そう見えた。

「だから、お前にキンちゃんなんて呼ばれたくない」

「……みんな仲良くしましょう」

「は?」

「小学校の廊下に貼られたポスター。そんな言葉が書かれていた。人権週間、みたいなイベントだったかな?」

 記憶を辿る。確かに、そんなポスターを描かされたような。

 選ばれた子のものが、貼り出される。

 どこの小学校でも、似たようなことは行われていたのだろう。

 きっと、こいつの通っていたところでも。宇宙人どうこうは置いておくとして。

 人権。宇宙人にもそういう意識みたいなものは、あるのか?

 カナダに分かることは、目の前にいるのが異常者だということだけだった。

「あったかもな。でも、それがどうした?」

「みんな、とは誰なのか。地球人? 日本人? 友達? 家族?」

「知るかよ。どうでも良いから出てけよ。通報するぞ」

「少なくとも、宇宙人は含まれないようだね。……大人になれば何かが変わるかと、ちょっぴり期待したんだけど、残念だよ」

「何の話……」

 言いかけたところで、頭の中に大量の映像が流れ込んできた。

 目の前にいる、宇宙人が何かやっているに違いない。抵抗しなければと思ったが、金縛りにあったように動かない。目を閉じることすら出来なかった。

 仮に目を閉じようと、どうにもならないのではあったが、カナダはそのようなことは知らない。

 流れてくる映像は、過去に体験した実際の場面だった。

 カナダたちが、中学生の頃の。

 誰かの机を倒して、中身をぶちまける。ドブにカバンを投げ捨てる。

 忘れていた記憶。

 違う、普段思い出しもしないだけ。忘れているわけじゃない。

 忘れようとしたわけでもない。

 何故なら、過ぎ去ったことでしかないから。思い出なんて呼べはしないが、汚点とも考えてもいなかった。

 とは言え、まるで当時に戻ったかのように、リアルにまとめて見せつけられると酷い。良くも平気でこんなことをしていたなと思う。

「思い出せたかい? キンちゃん」

「あ、あ……」

 そうだ、こいつ。

 何だか気味が悪くて、いつの間にか。皆でいじめるようになって。

 中学三年の夏あたりに、転校していった気がする。

 カナダははっきりと思い出せた。目の前にいる自称宇宙人を、自分たちが当時いじめていたことを。

「思い出せたらしいね、その反応。じゃあ、どう呼んでいたかは?」

「……宇宙人」

「正解」

「だ、だから宇宙人なんて名乗ったのかよ!?」

「どうやら、罪悪感みたいなものはあるらしいね。或いは単純に、報復を恐れているのか。反省なんて今更必要ない。謝罪も要らない。復讐しに来たわけでも無い。だから、安心して」

「だったら、何で!」

「会いに来ただけだよ。長かった視察も、もう終わりってことさ」

「宇宙人みたいな言い方するなよ、気持ち悪い」

 強がりも多少はあったが、相手が何もしないと分かった途端、カナダは優位に立ったような気分になった。いじめられていたヤツだ、あの宇宙人だから、と言うのも大きな理由である。

「みたい、じゃなくて宇宙人なんだよ。本物の」

「本物? プハハ、馬鹿じゃねーの? いる訳無いだろ。どうやって入ったんだか知らないけど、お前さっさと出てかないとぶっ飛ばすぞ?」

「宇宙人、なんて呼ばれた時は驚いたな。何故バレたんだ、って。何にしても、バレたなら仕方ない。迫害されるのも、想定していたよ。良くも悪くも地球人では無いから、特に気にはしていなかった。残念だな、とは思ったけれど」

 カナダを無視するように、宇宙人は話を続けた。

「残念?」

「このレベルなのか、と。色んなものが満たされ、文化的に発展を遂げたと言うのに、未だ人権意識の欠片も無い。全てのケースでこんな結果では無かったものの、ごく稀という訳でも無かった。あれから後も、まぁ似たようなものさ」

「……もう良いっての。宇宙人ごっこは」

「信じたくないなら構わない。じゃあ、さよなら」


 スッ、あっさり過ぎる程あっさり消えた。

 閃光を放ったりもしなかった。

 何らかのトリックだと疑うより、宇宙人だと信じる方が楽な気がして、カナダはそうすることに決めた。

 宇宙人は本当に、ただ会いに来ただけだったのか。カナダには分からなかった。

 自分をいじめていた人間に会って、復讐どころか怨みごとさえ口にしない。諦観のようなもので、満たされていたようだった。

 多分、そのどこか超然として人間味に欠けた部分が、当時の自分たちには受け入れられなかったのだろう。未だにどこか恐怖じみたものが、あったのではないか。

 知らず握りしめていた拳を解くと、びっしょりと手汗。湿っているどころか、濡れていた。


 長男ノ(カナタ)ノミヲ残シ、他ノ家族ハ全員失踪シタ。捜索願ヲ出シテ三ヶ月後、帰宅。ソノ頃ヨリ(カナタ)氏ノ精神二変調、特病研ヘト収容サレタ。


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