モルモット男子
青年、盛元男子は今日も今日とて、イカとタコの選別作業に勤しんでいた。
時給、千百五十円。
眼前、と言うか眼下のコンベアを流れ行くイカの中に、タコが混じってはいないか。それを目視検査し、然るべき処置を施す。
ちなみに盛元男子と言うのは、彼のプライバシーに配慮した仮名であるのであしからず。
イカとタコの選別。状況、条件によっては確かに難しいだろう。
しかし、彼が従事している作業は、さして難度は高くない。
まるごと一本茹でられ、クルリ丸まったタコの足。
かたや、根元から数本纏まった状態で茹でられた、イカゲソ。
それらが入っているスチロール製のトレーこそ共通規格だが、パッと見で区別することは難しくない。と言うか、ハッキリ言って簡単だ。
目で見ずに、となると話は別だろうが。
この仕事を始めて二ヶ月程。気を抜くと彼は、この仕事の意義について考えてしまう。明らかに、完全な機械化も難しくないと思えたから。
素人だから、そんな単純に考えてしまうだけなのだろうか?
そもそも、タコとイカは別の場所で加工され、パック詰めまで成された状態で搬入される。
Why?
そう聞きたくなって当然としか言えない。
元々仕分けされているものを無駄に一緒くたにし、再度分別する作業に何の意味があると言うのか。新手の罰か何かであれば、まだ納得出来るかも知れない。
これは、れっきとした仕事。きちんとした求人広告だって、出されていた。
彼も応募し、採用されて勤務しているわけで。それが余計に彼を悩ませていた。
目の前を、パック詰めされたイカが、ボイルされたゲソが流れる。何百、何千。
午後二時から午後六時まで、四時間。ひたすら眺める。
週に、三日。月曜日から水曜日まで。
それ以外の時間、盛元男子は何をするわけでもなく、部屋でゴロゴロ。スマホをいじったり、寝て過ごしていた。
彼は大学生だが、一年半程通ったあたりで飽きてしまった。この二ヶ月、授業もサークル活動も参加していない。
何となく良い雰囲気だった女子とも、会わなくなって久しい。おせっかいな友人が、その子に彼女が出来たと報告してきたが、彼は何とも思わなかった。
心が、あまり動かない。良くも、悪くも。
最初からそうだったわけでは無いが、気付いた時にはそのような状態に陥っていた。
理由、原因。彼自身、何も思い当たることは無い。
そんな中でも、自分の仕事がどういった意味を持つのか、は妙に気になってしまう。
そこに何か、無気力気味な理由についてヒントが隠されている、とは微塵も考えなかった。それはそれ、これはこれというやつだ。
何でもかんでも、間に線を引いて繋ぐ。そんなことをしていると、いつか壊れてしまう。
彼がそのような行為、あらゆるものを関連付ける行為に、どこか怯えている原因は明確だった。
陰謀論にドハマりし、父方の叔父が失踪したからだ。
ついでに、父方の伯母も夫婦揃って失踪。
母方の従兄弟は、一番下の妹を除いて失踪。
彼らが同じ村に住んでいた、なんてオカルティックな事実は存在しない。皆それぞれが違う場所で、概ねそれなりの都市で暮らしていた。
むしろそちらの方がオカルティックと言うか、恐ろしいことに思えるのであるが。
彼は、理由の分からない失踪はあまり気にしていなかった。怖くないわけでは無いが、考えても仕方が無いように思えたから。
問題は、血縁関係にある叔父が、陰謀論にドハマりしたこと。幼い彼が目にした、正気を失いつつある叔父の姿。トラウマとなるには充分過ぎた。
政治に経済、自然災害に事故。有史以来、この世で起きた全ての出来事の背後には奴らがいる。語り続けた叔父。
どこか、ここでは無い遠くを見つめながら。顔こそ目の前の盛元少年に向けていたが、叔父は彼を見ていなかった。
もはや叔父は、彼の知る叔父ではない。
暗くぽっかりと口を開いた闇。洞窟とか、ブラックホールとか、そういったものをイメージしたことまで思い出せる。
虚無、と今なら呼ぶだろう。
そんな過去が、彼を怯えさせた。気を抜けば、自分もああなってしまうかも知れない、と。
無心になりたかった。
イカとタコを選別していれば、無心になれた。
……最初の数日は。
今では無心とは程遠い。
ラップをかけられた、パック。ボイルされた、頭足類の足。値段やバーコードの印字されたシール。コンベアの稼働音。
それら全てが、特別な意味を持つような気がしてくる。
自分にだけ向けられた、メッセージ。世界の裏側へと繋がる、真理に導く門。
違う。
そんなもの、有りはしない。
ビーッ。
ブザーの音と共に、コンベアが停止する。
15分の、休憩時間を告げる合図。
俯き加減で、流れていくパックを眺めているせいで、首や肩周りの筋肉が凝っている。食品を扱う関係上、室温が低いせいもあるだろう。
盛元は軽くストレッチをするように、頭をゆっくりと左右へ傾けた。これだけでも、何もしないよりかなり楽になる。
その時、隅にあるカメラと目が合った。
目が会うも何も、カメラは固定されているのだが、何だか見られている気がした。モニター越しの、視線。
ハッとして、目をそらす。
危ない、思考が飲まれるところだった。叔父のようになってしまう。今でも社会からドロップアウトしそうな気配があるのに、ああなれば完全に終わりだ。
これからどうするにしても、せめて正気は保たなければ。
休憩終わりのブザーが鳴り、コンベアが再び動き始める。
あと2時間足らず。流れ行く、ボイルされたゲソに集中しろ。まともに人間らしくあり続ける為に。
それが人間、盛元男子の最後の記憶になると、彼は想像もしていなかった。




