思い出
大人は皆、子供だったはずなのに。
それとも初めから大人は大人だったのか?
自分が特別、繊細な可能性についても考えないわけじゃない。
相対的に、比較して、自分がどこにいるのか。
クラスの誰かに、相談?
あり得ない。
もしも、自分が弱いだけなら。もしも、それが知られたら。どうなるか想像しただけで憂鬱になる。
弱みなんて見せて得するとは、思えなかった。
小学生に戻りたいだなんて、平気で言える大人が、理解出来ない。今、こんなにも苦しいのに。
楽しいことがないわけじゃない。いや、多分一日ごとに考えてみれば、どんなしんどい日でもプラマイゼロ。マイナスのまま終わる日なんて、きっと年に何日かあるかどうか。
それでも、辛い時は必ずあった。
過ぎ去れば、何もかも思い出。なんて、いつか思えるのか。
何より恐ろしいのは、こんな日々が楽に思えるくらい、大人になると更に大変なのかということ。そんな地獄のような人生、嫌だ。
あんなに苦難に満ちた日々を過ごしてきたなんて、思い返すだけでゾッとする。
鏡の向こう、人が通れる筈のない隙間。床や壁に突然現れた、穴。闇に続く入り口は、いつだって近くに存在した。
過去形。
嘘。
本当は今も時々、見つけてしまう。事前に気配を察知して、回避することが上手くなっただけだ。
見て見ぬふり、聞こえないふり。気付かないふりをして、やり過ごす。
あれが、誰かを傷つける場面にでも出くわさなければ、関わらないと決めた。
誰もが同じような経験をしている。
そんな風に思っていたが、そうではないと、ある日知った。
正確には、ずっと前から薄々感じていたんだろうけれど。
あれは、小学四年生の頃か。放課後、五人で遊んでいた。
……はずなのに、六人いる。自分が知らないうちに、混じってきた可能性もある。
わけがない。
だって、知らない奴だから。体中、全身にビッシリ目玉がある友人なんてクラスどころか、学校でもどこでも見たことがない。
ただ、誰も何も言わなかった。
自分と同じで、違和感は覚えつつも、あえて無視している様子じゃない。人数が増えていること、目玉だらけなこと、どちらも気付いていないようだった。
ひとしきり遊んで、解散する時。
背後に気配。いつの間にか、すぐ後ろに、あいつが立っていた。低く、囁く。
「黙っていてくれて、ありがとう」
言葉どおりには、受け取れなかった。
もしも指摘していたら、何をされたのだろう。
今、ここにいない。それも、あり得る。
何も、言わない。
それ以降も何度も、似たような経験をしたが、いつだって口は閉ざしていた。
幸運にも悲劇に巻き込まれたりはしなかった。
しかし、あの恐怖、苦痛は忘れない。嵐が過ぎるのをひたすらじっと待つような感覚。頼むから誰も傷つけないで、と祈り続ける時間の長さ。
簡単に言ってしまえば、気の緩み。油断。
お酒ってのは、怖いな。
酔いが回り、舌も回り。
ベラベラベラベラ。
周りの奴らがだんだん醒めてくのは、何となく分かってたとは思う。
集まれる奴だけの、プチ同窓会。小学校卒業から10年の節目、大学の卒業間近。そんな席で。
危ない妄想じみた話、楽しくも何ともないそれを、延々。
素面なら、絶対にしない。
話してしまえたら楽なのに、と小学生の頃から思っていた。
でも話せないし話さない、とも思っていたのに。
酔って、こんなことを。
世間的に大人なのかは知らない。成人して二十歳も過ぎ、再来月にはスーツを着て社会人。小学生の自分なら、今の自分を大人と呼ぶのだろう。
大人は大人で、大変だ。
けれど、やっぱり。小学生の頃を楽だったなんて思えない。
戻りたいとは、一度も思ったことがないし、今後もそうだろう。
そんなことを考えている間も、口は止まらなかった。
本当、災いのもと。
目が覚めた時、自分がどこにいるのか思い出せなかった。
居酒屋で飲んで、誰かの家に移動して飲み直して。
余計なことまで思い出してしまった。
……酔って、変なことを話したんだ。
覚えているだろうか、皆。
忘れたふりして、酔っぱらいの戯言と流してくれるだろうか。
楽しい雰囲気をぶち壊しにして、最悪だ。
それなのに、叩き出されたりしていなくて、良かった。
覚えているか分からないが、皆が起きてきたら謝ろう。
誰も彼も、死んだようにグッタリしている。
手や足が、グニャグニャと折れ曲がってるじゃないか。
それにしても、何だろう。
この錆びた鉄みたいな強烈な臭いは。
汗をかいたんだろうか、手足がヌルヌルしている。
シャワーでも借りたいけど、誰の家だったっけ?
とりあえず近くにいる奴を起こすことにしよう。
肩のあたりに手をかけて揺さぶると、首が後ろ向きにぐらり……。




