やわらかな日々さ
精々、三日もしたら戻ってくる。
そんな甘い目論見は、早々に崩れ去り。
一週間、十日。
二週間。
あっという間に、彼女のいない日々は過ぎた。
一日一日はうんざりするほど退屈で、とてつもなく長く感じられるのに。不思議なものだ。
忘れられるはずもなく、いつしか休日は意味もなく出歩くようになった。彼女と行った場所で、朝から夕方まで過ごすだけ。
公園のベンチ、駅のベンチ、高台のベンチ。ベンチばっかり。
お金の無い、高校生。仕方無かった。
隣にジエリがいて、他愛の無いお喋りをする。俺はそれだけで楽しかったんだ。
彼女は、どうだったろう?
一人、座って、ぼんやり。時には気味悪がられたか、通報された。
職務質問を何度受けたか。
その度に、本当のことを説明した。彼女に去られ、思い出巡りをしている、と。
嘘をつくのも馬鹿らしく思えたと言うか、もしもジエリが戻ってきた時のため、素直に話せる練習がしたかったと言うか。
悲しいことに、イマジナリー彼女みたいなものだと思われてるっぽかったが。どう見ても俺と五分五分だろう、って見た目の警官までそんな態度だった時は、地味に凹んだ。
よっぽど中身が凄いのか?
まあ警察官になるぐらいだし、善良なのかも知れない。俺と違って。
自分は心底モテなさそうなんだなとガッカリしつつ、より一層彼女のありがたみが分かった。奇跡と言っても良い出来事だったんだ。
あの幸せな時間は。
彼女が消えて、一ヶ月が経とうとしていた。そろそろ諦めなくちゃならない、と言う心の声が日増しに大きくなる。
分かっている、分かってはいるけど。
鏡の前で呟く「今日を最後にしよう」と。
俺は歩いて、駅前へと向かった。
昼前、休日だからか割と人がいる。初めてジエリと来た時、はぐれたっけ。あれからだったな、手を繋ぐようになったのは。
緊張して、手汗が尋常じゃなく吹き出してきたことも、今じゃ懐かしい思い出。当時は恥ずかしくてたまらなかったな。
ふと、視線を感じた。気がして、振り返る。
「ジエリ?」
メイクのせいで分かりづらいけれど、良く似ている。
とは言え、あまりにも服装がジエリっぽくない。
ゴシックロリータ、ゴスロリってやつだろうか?
黒を基調に白いレースがあしらわれた、何だかコスプレじみた服。嫌いじゃないが、特に好みってわけでもない。
具体的な言及は避けるけど、もっと大人なお姉さんって感じの制服系が好みだ。ジエリなら、知っているはず。
あれは、彼女じゃない。
頭じゃ理解しているつもりなのに、視線が外せない。何より、心は彼女だと決めつけてしまっているらしい。
背中をつい、追ってしまったのも、そのせいで。
どんどんと人気の無い通りへ進む。裏路地と言って良いような、地元の人しか通らない、細い道。幸い、身は隠せるけれど。
「これじゃ、まるっきりストーカーだ」
心の声は、正しい。
もしも誰かに見られたら、確実にアウト。どんな理由をでっち上げるって言うのか。
心までもが反旗を翻してるのに、足は止まらない。目は彼女の姿を捉えて、離さない。
彼女が家なり、会社なり、どこかへたどり着くまでやめられそうに無かった。最早、自分ではどうにもならない。
これが、犯罪者の心理なんだろうか?
葛藤の真似事、無意味な思考。そういったあれこれに脳の処理機能を使いつつも、彼女を見失わぬよう、バレぬよう注意していた。
……はずだった。
土地勘があるからと、無意識に高を括っていたか。気付いた時には、行き止まりへと誘導されていた。
彼女は、民家を背にこちらを向いている。いつだって、助けを求められるわけだ。そこの住民が留守にしていれば、別だが。
おいおい、マジに犯罪者っぽい考え方になってるじゃんか。
そんな事実に焦ったか「俺は、ストーカーじゃない」と言ってしまった。
開口一番、言い訳。最低だし、悪手だ。
何より酷いのは、焦りから「俺は、ストーカーじゃい」と聞こえそうな言い方になったこと。何を開き直ってるんだ、と言う話になる。
案の定と言うべきか、彼女の顔は怪訝そうだ。……控えめに、表現するならば。
自分への甘々補正を外すなら、完璧に変質者へのそれ。目に、口に、表情筋に。不信感、恐怖、怒り、困惑。そうしたアレコレをごった煮にしたようなものが、満載。
そりゃ、そうなりますよね。
とりあえず、丸腰だと示すべく両手を挙げ「俺、いや、私はストーカーではありません」と言う。
これなら、語尾がぐにゃっとなっても、ストーカー宣言には思われないだろう。丁寧な口調で紳士アピールも忘れない。変態紳士って、紳士だろうと変態は変態なんだよな、なんて余計なセルフツッコミは無視する。
俺の言葉を聞き取れただろうに、彼女は未だ一切動かない。
油断、そんなもの無い。隙なんぞ一分たりとも。
……此奴、出来おる。
そうですよ、現実逃避しなきゃどうにも。泣きそう。
俺が百パーセント悪いのが分かってるから、なおさら。
「知り合いの女の子に似ていたので、付け回しちゃいました。ごめんなさい」
そんな言い訳にもならん言い訳を、涙を流しながら警察官の前でする俺。鼻水も垂れる、きっと。
情けないなんてもんじゃない。親も呼ばれる、学校にも連絡される。
未成年だからセーフ、とはならない。
当たり前だ。少年院とかに入れられるかはともかく、評判なんて地の底も底。クラスカーストも文句無く最下層、……ってそれは元から。
と言うか、退学もあり得る?
転校したって、噂は流れるだろう。
大抵、何人かは異様にそういう方面の、人の弱点とか恥部みたいなものへの嗅覚が凄い奴がいる。どこかから俺がストーカーしたことを知り、周りに広めるんだ。
まるで、走馬灯のように悲惨な光景が、脳内上映。
あれは過去のことみたいだけど、俺のは未来のこと。どうだ、凄いだろ。
……何で、俺はストーカーなんかしてしまったんだ。
いや、違うけど、違うんだけど。状況証拠みたいな?
山盛り、特盛、爆盛。
どっからどう見ても、客観的にはストーカー。自覚無いのもどうかと思うけど、自覚してしまっているから、嘘でも否定なんて無理。認めざるを得ない。
助かる道があるとしたら、誰にも見られず監視カメラにも映らぬことを祈り、全力ダッシュでこの場を離れる。それ一択。
彼女を始末する、なんて更に危ないルートは選択不可だから。
逃走を決意し、知らず俯いていた顔を上げると、彼女と目が合った。距離にして2メートルあるか、どうか。改めて考えずとも、とても近い。お互いに手を伸ばせば、触れ合えそうな程に。
やっぱり、ジエリに良く似ているな。
俺のせいで、ジエリは去った。去ってから、恋しくなって、こんな。良く似た顔の女性を、追い掛け回して。世間じゃストーカー扱い。
彼女と俺の間は、精神的にどれほど隔たっているのだろう。
ふいに切なくなって、決意は脆く崩れてしまった。
もうどうなろうとも謝るべきだ、と。
口を開こうとすると、彼女は斜めにかけた小さなバッグに、手を突っ込んだ。
スマホで通報、防犯ブザー、催涙スプレー。
色んな選択肢が浮かぶが、今回ばかりは揺らがない。そのどれでも、甘んじて受けよう。
彼女の選択に、身を委ねる。
「誕生日、おめでとう」
パーン。
間の抜けた音がして、彼女が手にしたクラッカーから、紐だの紙片だのが飛び出した。
間の抜けた顔をして、彼女を見つめる俺。
今の声は聞き間違えようが無い。ジエリの声だ。
様々な感情がいっぺんに押し寄せ、溢れて、いつしか俺は泣いていた。涙が顎からボタボタと地面に垂れるくらい、次から次へ。流れて、止まらない。
「そんな嬉しかったか、そっかそっか。それにしても、まさかあんなすぐ見つかるなんてね。結構頑張ってメイクしたんだぞー?」
声色から彼女が楽しそうにしているのは分かったけれど、俺には何も見えなかった。涙で視界は歪んでいる。
ただただ、鼻をグズグズ言わせながら、泣き続けた。
「警察、呼ばれるとはねー」
「まさか、窓から見られてたとはな」
「そりゃまー、そうだよね。自分ちの裏で知らない男女が2人、何か向かい合ってさ。そしたら、男が号泣。怖いよね、絶対。それにしても、ふふふ」
「バカップルって」
二人の声が重なる。
「ま、あたしはそれで良いんだけども」
「そう」
「バカップル扱い、嫌だった?」
そう言って俺の顔を覗き込む、ジエリ。
思わず頬が緩む。
満足気に微笑んだ彼女の表情を見た瞬間、俺は分かってしまった。
いつか走馬灯に、その笑顔を見ることを。
その時、側には見守ってくれる誰かがいることを。




