横光利一「蠅」本文と解説②
二
馬は一条の枯れ草を奥歯にひっかけたまま、猫背の老いた馭者の姿を捜している。
馭者は宿場の横の饅頭屋の店頭で、将棋を三番さして負け通した。
「なに? 文句を言うな。もう一番じゃ。」
すると、ひさしを逃れた日の光は、彼の腰から、円い荷物のような猫背の上へ乗りかかってきた。
物語は「二」という数字によって区切られ、展開する。蠅が自分の身体を這い上がることに気づかず、「馬は一条の枯れ草を奥歯にひっかけたまま、猫背の老いた馭者の姿を捜している」。ここで蠅と馬は、密着しているにもかかわらずまったく没交渉・別個の存在となっている。それぞれの孤独が浮き彫りとなる。
蠅をよそに馬は、「猫背の老いた馭者の姿を捜している」。彼の目下の関心の相手は、馭者なのだ。しかしその様子・待ち方は、のどかだ。「一条の枯れ草を奥歯にひっかけたまま」からは、腹を満たしつつある幸福のもとに、のんびりと主人を待つ馬の様子がうかがわれる。かろうじて命の危機を脱した蠅と、馬の安心・心の安定の対比。「宿場」であるからには、この馬はいずこからかやってきて、またいずこかへと去ることが予想される。だからいま彼は、ひと時の休息を得ているのだ。
読者は馬の視線の促しにより、彼とともに「猫背の老いた馭者」を探すことになる。「馭者は宿場の横の饅頭屋の店頭で、将棋を三番さして負け通した」。饅頭屋では体を癒す甘い饅頭を食べることができる。甘い饅頭を食べ、茶をすすりながらの縁台将棋。馭者にも心の余裕が感じられる場面だが、勝負は思い通りにはいかないようだ。「三番さして」三番とも「負け通し」。これでは腹の虫がおさまらない。「なに? 文句を言うな。もう一番じゃ。」と相手に交渉し・迫り、四番目の勝負を挑もうとする馭者。今度は勝たなければならない。この時彼は、仕事の相棒であるはずの馬のことなど、すっかり忘れてしまっている。主人に忘れられた馬の孤独。
「すると、ひさしを逃れた日の光」が、馭者の「腰から、円い荷物のような猫背の上へ乗りかかってきた」。真夏の日が当たれば体はさらに暑くなる。これは、これから何かが起ころう・始まろうとしていることを表す表現だ。変化は、場面の展開・転換を表す。結末を知っているからだろうか、この部分は、何か不穏なものを感じさせる。




