横光利一「蠅」本文と解説①
一
「真夏の宿場は空虚であった。ただ目の大きな一匹の蠅だけは、薄暗い厩の隅の蜘蛛の巣にひっかかると、後肢で網を跳ねつつしばらくぶらぶらと揺れていた。と、豆のようにぼたりと落ちた。そうして、馬糞の重みに斜めに突き立っている藁の端から、裸体にされた馬の背中まではい上がった。」
いつ…「真夏」
どこ…「宿場」の「薄暗い厩の隅」
だれ…「目の大きな一匹の蠅」
なぜ…「蜘蛛の巣にひっかか」ったため
何をしている…
「後肢で網を跳ねつつしばらくぶらぶらと揺れていた」
↓「と、」
「豆のようにぼたりと落ちた」
↓「そうして」
「馬糞の重みに斜めに突き立っている藁の端から、裸体にされた馬の背中まではい上がった」
芥川龍之介の「羅生門」と同じく、スキがまったく感じられない緊密な文章の冒頭部。物語の設定の説明・情報提供が簡潔・的確で、読者はこの完璧な表現をもとに様々な想像を付け足し舞台のイメージを作ることになる。
「真夏」の猛暑、しかも「宿場」の「薄暗い厩の隅」。そこは暑さがいや増す場所であり、厩の匂いがありありと読者の鼻に迫る。動物の体臭と糞尿、何かの腐った匂い。それが真夏の厩という閉ざされた空間に充満しており、そこに踏み入れた者の脳に強烈な匂いを叩き込むだろう。
そのような鬱屈する空間に迷い込んだ「目の大きな一匹の蠅」は、飛んで火に入る夏の虫だ。目の大きさは、人間であれば聡明さを感じさせるが、このハエは運悪くも「蜘蛛の巣にひっかか」ってしまっている。その大きな目で蜘蛛の巣というトラップを見破ることができなかったからだ。とても嫌な場所で命の危険が迫る状態。暑さと強烈なにおいに身を焼かれながら、死を待つしかないだろう。
題名が「蠅」であるからには、彼がこの物語の主人公なのだろう。この後彼はどのような運命をたどるかを気にしながら、読者はこの後の物語をたどることになる。
蠅は「後肢で網を跳ねつつしばらくぶらぶらと揺れていた」。いま彼にできることは限られている。こうするしかないのだ。最後の悪あがき。ふつうであればこのままネバネバする網に次第にからめとられ、体の自由は完全に奪われる。そうしてやがては蜘蛛の養分となる。
物語が展開する。蠅に幸運が訪れるのだ。「と、豆のようにぼたりと落ちた」。不自由・死からの解放。彼の心は歓喜しただろう。「と、」はとても効果的な表現で、「すると」という単純な意味ではなく、「意外なことに」、「幸運にも」という意味を含む。
「そうして、」「藁の端」への着地。「馬糞の重みに斜めに突き立っている」とは、重量感がある馬糞により、下に敷いてあったか、エサとして置いてあった藁が、斜めになっていたという意味。「斜めに突き立っている」ものが切っ先鋭い刃物であれば、蠅の身体は傷つけられたかもしれない。しかし彼は幸運にも、「藁の端」に落下した。命の継続を許された蠅は、そこから「裸体にされた馬の背中まではい上がった」。「裸体にされた」とは、鞍が置かれていないという意味だろう。
小さく軽い存在である蠅が、自分の裸の身体を這い上がろうと、それに気づく馬ではないだろう。しかし読者は、その遠い道のりを、蠅とともにたどることになる。また、人であれば、自分の身体を這いずり回る存在に、不快なかゆみやむずむずする感覚を覚えるだろう。まだ蜘蛛の巣が絡んでいるのだろうか。普通であれば羽で簡単に飛ぶことができるだろうに、一歩ずつ這い上がる蠅。彼は何を思い、何のため・目標として、そこまでたどり着こうとしているのか。それは、何かを求めてあがく人の姿に重なる。
わずか四つの短文でこれだけのことを想像させる冒頭部の巧みさ。




