第六話『探偵、再び』
「そんな、どうして……?」
誰ともなく、呟く。突然の裏切りで和やかな空気は一変した。いったい、誰が投票をズラし、彼を追放したのか。
行動パートが終わる。結果は……またしても、犠牲者無し。
『三回目の議論パートを開始します』
「えっと、ボクからいいかな?」
最初に声を上げたのはライトさんだった。
「Sayaさんの職業を調べたら〝医師〟だったよ。彼女が本物だ」
「なるほど、誰もウソはついてなかったんだな!」
タクマさんがよかったよかった、と呟く。ライトさんはSayaさんに優しく微笑みかけた。
「Sayaさん、これでよかったかな?」
「え、えぇ。ライトさん……ありがとうございます」
「いーのいーの! ところでラッキーちゃん」
ライトさんは直前までの笑顔を消し、冷めた目で問いかけた。
「どうしてケイさんに投票したの?」
気まずい沈黙。その場の全員が気づいていた、投票結果の不自然さ。
「えっ。アタシ? ちゃんと投票したよ!」
ラッキーさんはわざとらしく目を丸くしたが、ライトさんは冷酷に追求を続ける。
「いやいや。言ってたよね? ケイさんを飛ばしてボクに投票するって。ボクに票、入ってなかったんだけど」
皆が黙って返事を待つ。やがて、沈黙に耐えかねたように彼女は溜め息を吐き、ついに自白した。
「はぁ……やっぱりダメかぁ〜。そうですよ、アタシがケイさんを追放しました! これでいい?」
「バレるって分かってて、やったよね?」
「あー。そこまで言っちゃう? 犯人役で勝つのってめっちゃムズいじゃん。だから早く追放してもらおうってアピールしてたんだけどなぁ」
飄々とした態度の彼女を、Sayaさんが問い質す。
「こっ、ここまできて優勝を逃すつもりなんですか?」
「まさか! そうじゃないよ。サドンデスで次に繋ごうとしたの」
サドンデス……二人以上が同時に五点獲得した場合、単独の最高得点者が出るまで追加で試合を行う……確かに、下手に動くより勝算がありそうだ。
「けど、まさか〝詐欺師〟が紛れてるとは思わなかった。普通に動けば良かったって思い直して投票ズラしたんだけど、焦っちゃったなぁ」
「勝とうとはしてたんだ、じゃあなんでいまは自白してるの?」
ライトさんの追及に、彼女は頭をかいた。
「いや〜色々と考えたんだけど、やっぱり厳しそうだから……いまアタシが追放されればさっきとほとんど状況変わらないでしょ? Sayaさんとタクマさんが同時に5点でサドンデスになって、みんなで次の試合に賭けられる。そっちの方がみんな嬉しくない? どう? 良い案でしょ」
ラッキーさんは笑顔で語りかけた。彼女の提案は、確かに良いモノに思えた。全員が逆転のチャンスを得て、次の試合に繋げられる……しかし僕はその案に、どこか悪魔の取引めいたものを感じてもいた。なにか裏があるんじゃないか。そう考えて探りを入れる。
「そんなに喋って、大丈夫ですか」
「にゃはは、シュウさんは心配性だなぁ。大丈夫。『犯行の告白』はしてないよ。それに『メタ発言』や『投票の誘導』自体は許容されてるんだしさ」
彼女はケロッとした様子で言った。僕は冷静な表情を装ったが、心の中は激しく混乱したままだった。こんなプレイが許されるのか? 犯人役が名乗り出て投票を促すなんて……
「それでも、やっぱり分かりません。今回の行動パートで誰も殺害しなかった理由はなんですか? 少しでも人数を減らした方が良かったはずです」
僕が食い下がるのを、彼女は意外そうな表情で一瞥すると、滔々と言葉を返した。
「それは単純に、蘇生とか防衛で加点されるのを嫌ったんだけど……本当のところは、アタシのプライドかな。今回アタシは犯人役だけど、職業は探偵なんだよ。探偵はさ、絶対に誰も殺さないの。探偵の選択で傷つくことが許されるのは、探偵本人だけなんだ。アタシのこだわり……分かる?」
「……」
絶句した。なんなんだ? 彼女のこの気迫……僕はこれでも、推理小説のファンとして探偵という職業に憧れや、理想像みたいなものは持っていた。けれど、彼女のロールプレイはそれ以上に覚悟のような、異常な執着を感じざるを得なかった。
僕が圧倒されているうちに、ライトさんは躊躇うことなく投票ボタンを押した。
「よく分かんないけど。彼女の要望通り、サドンデスに行こう。早くしなきゃケイさんが待ちくたびれちゃうよ」
「有利な状態で進むのは気が引けますけど、し、仕方ありませんよね」
「そうだな。オレも乗ろう」
タクマさんとSayaさんも投票ボタンを押した。みんな次の試合に気持ちを向けている。誰も、違和感に気づいてないのか?
「ラッキーさん、僕は認めません。みんな不利な犯人役でも真剣に戦いました。こんなわざとらしい負け方、犯人役として卑怯じゃないですか?」
「違うよ。最大限の努力をして、運にも頼る。実力で戦うためにみんなにもチャンスをあげたでしょ? アタシにとってこれが一番、真剣な戦い方なんだよ」
「運が絡む要素を排除してこそ、本当の実力だと思いますけど」
「運を排除するなんてできないよ。それこそ驕りが過ぎるんじゃない?」
彼女は真っ直ぐな眼差しで僕を射抜く。そこには先ほどと同じ強い信念と、怒りが宿って見えた。
思わず怯んだところに、タクマさんが仲裁に入った。
「まぁシュウの言い分も分かる。だが実際、投票で犯人宣言をしたラッキーちゃんの戦略は凄いもんだ。彼女は誰も殺さないだろう。そうしたらただターンがスキップされ続ける。オレたちは受け入れて、サドンデスに向かうしかない」
「あとシュウくんだけだよ。結果は決まってるんだから、時間もったいないよ」
ライトさんの言う通りだった。もう僕にできることは何もない。釈然としない気分で投票ボタンを押すと、ラッキーさんは笑顔になった。
「ありがとう。全力で戦ってくれたお礼に、キミに投票しておくね」
――ビーッ【投票終了】
《投票結果》……シュウ/一票 ラッキー/四票
『投票により犯人役の〝探偵〟ラッキーさんが追放となりました。被害者陣営の勝利。第五試合終了となります。皆さまお疲れ様でした』
投票結果のアナウンスが終わり、上機嫌なケイさんが現れた。
「みんな、よく次に繋いでくれた! わたしはもう脱落かと……本当にありがとう!」
「おう! おかえり。まぁ苦渋の決断だったがな」
「それにしてもケイさん必死すぎでしょ。本当に処刑されたみたいだったよ」
「ライトちゃん、あまり言ってやるなよ。ガハハ!」
「そ、そういうタクマさんが一番笑ってるじゃないですか。ふふふ」
「Sayaさんが笑った! そんなに大袈裟でしたか? あとでアーカイブ見直さなきゃ……」
緊張が一気に解け、打ち上げのような砕けた雰囲気のなか、アナウンスが流れる。
『それでは結果を発表します。
ケイ、3点。
シュウ、3点』
僕はずっと、ラッキーさんから目を離せずにいた。祈るように目を閉じて、彼女は静かに笑っている。そして僕は、違和感の正体に気づく。思わず、言葉が漏れる。
「もしかして、最初から嘘を……?」
『ライト、4点。
タクマ、5点。
Saya、5点』
僕の呟きは誰にも届かない。いや、彼女だけは……ラッキーさんだけはその瞬間、目を開いて僕を見た。揺るぎない勝利を確信した、そんな強い眼差し。
やられた。きっとそうだ。彼女は……探偵として勝利したんだ。
『ラッキー、8点……優勝はラッキーさんです。おめでとうございます! 』