第五十九話『行間へのダイブ』
「へぇ、なんかカッコいいじゃん。革命軍って感じ?」
照が無邪気に笑って疑問を投げ掛ける。
「それで、ボクらが現状、対抗できる手段ってあるの?」
『そうですね……ラプラスはあとがきで読者と一対一の状況を作り出し、その思考を支配しようとしています。既に本編は終わって、正規の手段でワタシたちが登場する余地はありません。ですがラプラスはこの作品全体を一種の仮想空間プログラムに見立てています。そこに付け入る隙があるのではないかと』
「あとがきなんて、読まない人もいるだろうになぁ」
「それを読ませるためにあえて本編をあんな風に終わらせたのでしょう。強引な幕引きに唖然としましたが、あれは読者をあとがきへ誘導するための手法だったワケだ」
晃の考察に拓馬が唸る。
「にしても……もっと本編中に、暗号で紛れ込ませたりできそうなもんじゃないか? 無意識を支配するって方が簡単そうだが」
そのセリフを聞いて、幸運はこめかみを親指で押した。やがて、閃いたように顔を上げる。
「そうか。きっと……読ませなきゃいけないんだ。彼がどれだけ影響力を持っていたとしても、現時点でそれは作者の脳内だけ。誰にも読まれなければ、この世界はいわばオフライン状態。外の世界に彼が影響を及ぼすには、読者の存在が必要不可欠なんだ!」
「つまりはどういうことだ?」
「だからね。ラプラスの作品における力の根源は、読者の意識に直結してるってこと。だから彼はアタシたちが読者の意識を邪魔しないよう、あとがきに逃げたんだよ」
「なるほどな。じゃあもういっそ、本編で誰も読む気が失せるような滅茶苦茶なことを起こしてやるか?」
拓馬が腕捲りして見せるのを、幸運が慌てて止める。
「それはダメ。作品を壊すことは作者の根本意識にないはずだから、きっと弾かれる。あくまで読者を楽しませるような方向性で……ほら、ゲームとか映画のエンドクレジットでキャラクターを登場させて、本編のあとも観客に観てもらうような演出があるでしょ。ああいう感じで読者の注意をこっちに惹きつけられないかな」
「この世界は作者の脳内そして……文章はコードで、ボクらは文字を基本としたプログラム……プログラムを走らせる動力源は読者なら、読書はコンピューターがCDを読み込むのと同義、つまりどのフォルダを開くかは読者に委ねられているはず……」
今度は秀才が閃いて、主導を握る。
「分かりましたよ、幸運さん。読者が、僕たちの物語を読みたいと思えるよう誘導すればいいんだ。それも作品の概念を壊さない形で」
「なるほど……えっと、なにか案ある?」
「そうですね。いまの僕たちの議論は、作品と地続きの仮想空間で展開されています。ラプラスのあとがきはおそらく作品外の新たな領域で構築されているはず。まずは出力してもらえるよう、あとがきの座標を探さなくてはいけません。さらにラプラスは地の文を観測することができるから、例え干渉に成功しても僕たちが突然出ていけば削除されてしまうでしょう」
「それで……?」
「バレない形で、徐々に本文を侵略するんです。彼の出力する言葉に便乗する形で文章を僕たちの発言に取っ替えてしまえば、読者の意識はラプラスの主導から逃れ、僕たちに移るはず……」
『あとがきをハッキングする、というワケですね。面白そうです。さっそく出力元の空間を探しましょう』
こうして、前代未聞の本文奪取作戦が幕を開けた。ライプニッツのおかげであとがきの出力元となるデータはすぐに見つかり、秀才が本文に干渉する入り口として〝振り仮名〟を設定する。下準備は順調に進んでいった。
『ひとつ問題があるのですが、出力においてワタシたち全員で移動はできません。誰が喋っているのかを明確にする上で、ひとりでの干渉が望ましい』
「こっちも問題が。読者の視線誘導を補強するため、あとがきより前に一度、プログラムを仕込んでおきたいんです。振り仮名を意識して読ませるような描写が……」
「オッケー。じゃあそれもアタシがやってくるよ。ライプニッツ、ゲームのメモリを減らしておいてくれる?」
幸運が近くのポットを開くと、秀才が不安そうな顔で見つめた。
「幸運さん、なにを……?」
「『もつれ館多重殺人事件』に潜って、もう一度あっちの仮想空間を崩壊させてくる。秀才さんはこの世界からデータを操作して、アタシが紐づいた状態のゲームデータを本文に接続してくれない? プログラムを仕込んで、冒頭に配置してくれれば大丈夫だと思う」
「そんな、危険ですよ。他にやり方があるはずです」
「大丈夫だって! あとがきの〝振り仮名〟を拡げられないか試してみるだけだから……無理そうだったら戻ってくるよ。慎重になり過ぎて、あとがきが完成しちゃったら手遅れになるでしょ? それにアタシ、なんとなく予感があってさ。解決手段はコレだって言われてる気がするんだよね」
「でも……」
「秀才さん、分かっているんでしょう。我々も同じく作者の願望を感じるはずだ」
「そうね。彼女ならやってくれるって信じられるわ」
「オレもだ。幸運ちゃん、気をつけて行ってこいよ」
「ボクも体験したいけど、崩壊に巻き込まれるのは怖いからな〜。ここは頼んだよ」
みんなの声に、秀才も遂に折れた。
「……分かりました。幸運さんに託します。危なくなったらすぐに戻しますから」
「ありがと。じゃあみんな、行ってくるね」
幸運は目を閉じて、本編へと意識を飛ばした――




