第五話『詐欺師』
「Sayaさん、いったいなにを言い出すんです?」
突然の出来事にケイさんは声を震わせる。僕にも、なにが起こったのか想像がつかない。彼女はキッと彼を睨みつけた。
「わ、私が〝医者〟なんです! ケイさんは嘘をついています!」
「へぇ、これは面白いな。反論は?」
さっきまで彼と協力していたライトさんは、愉快そうにケイさんを見る。ケイさんは眉間に皺を寄せた。
「どういうつもりか分かりませんが、貴女が〝医者〟だとして、なぜ部屋から出なかったんですか。誰かが殺害されるのを見過ごすつもりだったとでも?」
「そ、その通りです。生き残れれば優勝できるから、犯人が人を減らすのを期待したんです」
「そうですか。それにしても不自然ですね。『蘇生』に成功すれば、その時点で容疑者を絞れます。人が減るより有利だと思いますが」
「犯行を阻止した上で〝医者〟宣言なんてしたら、次に狙われやすくなるでしょう! わ、私はひっそりと生き残りたかったんですよ!」
必死に声を張る彼女は、一息おいてから言葉を続けた。
「それにあなたの〝医者〟宣言もおざなりです。全員が発言し終えてから、辻褄の合うように繕ったとしか思えません」
「そうですか? 貴女が職業を伏せていても、矛盾を恐れず宣言したつもりでしたが」
互いに一歩も譲らない。どちらの発言も筋は通っているが、一方が犯人で嘘をついているとして、このタイミングで勝負を仕掛けるのは不自然に思えた。
納得いく理由を考えようとした矢先、それまで伏せっていたラッキーさんが思い出したようにポツリと呟く。
「アレじゃない? 〝詐欺師〟」
僕は急いで職業一覧を確認する。
〝詐欺師〟……開始時点で他のランダムなプレイヤーの職業をコピーする。本人にはコピーした職業が通知され実際に行動もできるが、効果は伴わない。〝詐欺師〟と犯人のみが生き残った場合、被害者陣営の特殊勝利となる。【大会ルール】特殊勝利成立時、3点を獲得する。
「なるほどねぇ。ここまで出てなかったけど、ちゃんと実装されてたんだね」
ライトさんが納得した様子で頷く。
〝詐欺師〟は犯人役の隠れ蓑としてデザインされた、トリッキーな職業だ。議論をかき乱し、プレイヤーの疑心暗鬼を募らせる。ゲームバランス調整のために直近のアップデートで実装されたものの、出現率が異様に低いと噂されていた。
「ですね。一覧に載っているのは知ってたんですが、僕も初めて遭遇しました」
「ははぁ。ラッキーちゃん、よく憶えてたなぁ」
タクマさんが感心したように話し掛けるも、ラッキーさんはまたしても突っ伏したままだ。僕はその様子に呆れつつも、一方で尊敬の念を抱き始めていた。あんな風にしながらちゃんと議論を聞いていて、一言で問題の核心を突く……彼女はいったい、何者なのだろう?
ぼんやりそんなことを考えていると、Sayaさんが涙声で尋ねる。
「そ、そんな……じゃあ、ケイさんは嘘つきじゃなかったってことですか……?」
彼女は職業一覧を何度も読み直し、顔を真っ赤にしていた。
「ええ。わたしか貴女のどちらかが〝詐欺師〟でしょうね。咄嗟のことで失念して、犯人かと疑ってしまいました。申し訳ない」
ケイさんが頭を下げると、Sayaさんも慌てて頭を下げた。
「わ、私こそ、ごめんなさい。早とちりで決めつけてしまって」
「気にしない気にしない! オレなんか説明されても分からんわ! ガハハ」
タクマさんの豪快な笑いが、場の空気を和ませる。
「さて一件落着……と言いたいところですが、依然として犯人は不明。このまま投票をスキップするとわたしが追放されてしまいますし、どうしましょうか」
するとまた、突っ伏したままでラッキーさんが提案した。
「残りの全員で右隣の人に投票して相殺したら? アタシはケイさんを飛ばしてライトちゃんに投票するから、ケイさんがアタシに投票して……」
「なるほど分かりやすい。皆さんそれでよろしいですか?」
「オッケー」
「分かりました」
「了解だ」
「め、面倒をお掛けして、申し訳ありません」
こうして各々が投票を済ませた。
全員が一丸となって、被害者陣営としての最適解を選び続けているように見える。だが、ここまで動きを見せなかった犯人は強かに反撃のタイミングを窺っていたのだった……
――ビーッ【投票終了】
《投票結果》……Saya/一票 シュウ/一票 タクマ/一票 ラッキー/一票
ケイ/二票
「……はぁっ? おい待てふざけるな! 誰だよっ! 誰だあああぁぁ!」
ケイさんのアバターが、絶叫と共に消えていく。静寂の中、アナウンスが淡々とゲームの進行を告げた。
『投票により被害者陣営の〝詐欺師〟ケイさんが追放となりました。二回目の行動パートを開始します』