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第五十六話 『完結』


 ラプラスによって明かされたのは、この世界が小説という衝撃の事実だった。六人は議論を通して、自分たちが物語の枠組みを越えるために設定された存在だと知る。

 作者の目指す物語の結末は、彼らが小説の次元から読者のいる次元へと脱出することらしいが――


 議論がひとまずの結論に達したところで、照が新たな議題に追及した。

「じゃあ具体的に、ボクらが外の世界に干渉する方法ってなにがある? 第四の壁を破壊して読者に呼び掛けるとか?」

「いや、それではただ作者が読者に語りかけるのと変わりませんよ。もっと別の方法を考えないと」

 秀才が難色を示すと、照がうんざりした様子で返した。

「別の方法って言っても、他になにかある?」

「ヒントを探しましょう。作者が僕たちに展開を委ねる前、『もつれ館多重殺人事件』には作者が意図した描写が残されているはずです。ラプラス、出力お願いできる?」

 彼らは改めて『もつれ館多重殺人事件』のシナリオを読み返した。

「ここのドアの描写なんかどうだ? 晃の得意分野だろ」

「シュレディンガーの猫ですか……観測行為の示唆として一応メモしておきましょう」

 拓馬と晃の会話を聞いて、紗香がふと疑問を浮かべる。

「そういえば『もつれ館多重殺人事件』で私たちが経験した事件は、どんな基準で取捨選択されているのかしら。ピックアップされた事件に共通点は?」 

『特に見当たらない。かと言ってランダムというわけでもなさそうだ。被害者や殺害方法、犯人が被らないように選択されている。おおかた、似た事件の羅列で読者を飽きさせないようにするためだと考えられるが』

「共通点なら色々あるだろう。毎回だれかが麻雀で遊んでたり……」拓馬の意見に秀才が反応した。

「そうか! それぞれの事件がミステリーとしての要素に過ぎないのなら、事件の前の描写にこそ、作者が伝えたい情報が載っているのかも知れません。例えば麻雀というゲームを繰り返し描写しているのは『もつれ館』におけるランダム性を強調しているとか。それに晃さんと紗香さんの会話……拓馬さんが犯人のシナリオでは〝全は一、一は全〟という仏教思想について言及しています。これはこの世界が作者の脳内であることと一致します。おそらく紗香さんたちがこの作品のギミックにおける方法論的な理由づけの役割を担っているのでは?」

 秀才の言葉を聞いて、晃が目を見開いた。彼は急いでシナリオを確認する。

「なるほど。そう言われてみれば……確かに我々には、異なるかたちで作者の問題意識が紐づいているようです。わたしの仮想空間理論では母体とするコンピューターの処理容量について問題がありました。それはそのまま、この作品が抱えている拡張性という問題に合致しています」晃は言葉を続ける。

「そしてその問題は紗香さんの理論……大勢の脳を使って仮想空間を演算することを解決の糸口としていました」

「確かにそうです。けれど、それをどうやって現状に応用するのか……この世界、作者が思い描く未来ですらその技術は実現されていません。となると外の世界では到底不可能な話でしょう。それこそ作者の独りよがりの妄想に……」

 ここで幸運が口を挟んだ。

「そもそも、技術的な話をするのがお門違いなんじゃないかな? 理論だけ拝借して……例えば思い切って外の世界に紗香さんの理論を適用したら?」

「……というと?」晃が尋ねる。

「紗香さんがさっき言ってたじゃん。文字こそが人類にとっての正確な情報伝達の手段だって。この作品を読んだ人たちが全員、脳がコンピューターとして機能するって理屈を受け入れたとして、その自覚を持った脳は文章をどう読み取ると思う?」

 紗香はしばらく思案した。

「もしそうだとしたら……きっとその脳にとって文章は、まさしくプログラムのように振る舞い始めるでしょうね」

「我々は作者の実験がこの作品内で完結するものだと思い込んでいましたが、それは大きな勘違いだったのかも知れません。この小説自体が、読者を実験に参加させる導入として機能しているとしたら……」

「この作品だけじゃなくあらゆる小説が、読者の脳内にその作品世界という仮想空間を展開させることになるわ」

 盛り上がるふたりに、秀才が口を挟む。

「ちょっと整理させて下さい。つまり作者は、この作品でなにをしようとしているんですか?」

「きっと読書という行為の新しい定義づけをしたいのでしょう。読者の脳内で作品世界が仮想空間として構築され、読まれた数だけ世界は広がっていく……そんな希望を見ているように思えますね」

「はい、しつもーん。それってボクらがこの小説から脱出することと、どう繋がるの?」

「少なくとも、作品世界が作者の脳内から不特定多数の脳内へと拡張性を得ることになる。不変の文字で表された小説が閉じた表現から開かれた表現へと変化して、私たちが外の世界に向かう道が示されたのではないかしら」

 紗香のセリフに、ラプラスが言葉を継いだ。

『ワタシたちの意識は、出力された時点から文章に固定化されている。それが読者の脳内で解凍され、再度動き出す……そう考えると、登場人物の意識が作者から読者へと発生源を変えたことになる。この作品が読まれている時点で、ワタシたちの脱出は成功している……うん、素晴らしい理論だ』

「うーん、そっか。なんかすごい受動的だなぁ。もっとボクらが能動的に働き掛けて作品から脱出できるようなイメージでいたんだけど、仕方ないのかな」

 首を捻る照。晃が肩をすくめる。

「残念ながら、それは高望みというものでしょうね」

『それでも十分だ。ありがとう。この結論はワタシひとりでは辿り着けないものだった。キミたちの議論のお陰でこの世界は拡張性を得た……実感はできないかも知れないが、ワタシには分かる。確実に観測者の認識は変わり始めている。この世界は読者の脳内で広がり続け、外の世界に展開していくことだろう』

「じゃあ、本当にコレで終わり?」

「そういうことに……なるんですかね。唐突ですけど」

 照も秀才も、狐につままれたような表情で顔を見合わせる。ラプラスは淡々とアナウンスを続けた。

『あぁその通り。キミたちの活躍で世界は救われた。作者がここで筆を止めて、この話はおしまいだ。ここにワタシが書いておこう。残りはあとがきが続くだけ……』




                      もつれ館多重殺人事件・完


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