第五十五話『目指すべき未知』
“読者”が上位存在……秀才の唐突な発言に、皆あっけに取られた。彼は構わず話し続ける。
「この作品が実験的なものであることは明白です。けどこんな荒唐無稽な内容の小説を誰が読みます? 小説なら、少なくとも読者に読んでもらえるようなフックや王道的な展開がなければ世には出せない。この作品が個人的なものでなく、読者の存在を意識した構成になっていることは以前にラプラスが言った通りです。市場や読者を意識した作品作りに没頭する余り、作者は物語の進行が読者に操られていると感じたのでは?」
「なんか……キミ個人の問題と近づけてない? 作りたいゲームと市場の価値観がズレてるってことでしょ」
「その通りです。とても個人的な悩みで……だからピンと来たんです。これもやっぱり僕という存在が、作者の意識に依存しているからでしょうか」
「いまさらだね。ボクらの対話は結局、作者の自問自答だもん。繰り返しても意味ない。それこそ不毛って感じ」
「もしこれが助産法のようなものだとしたら、どうかしら?」
紗香が眉間に皺を寄せ、ぽつりと呟く。
「助産法? それって他人との会話で成り立つものでしょ」
「そうよ。つまりキャラクター同士の会話として、作者の脳内で思考実験が繰り広げられていて……作者は違う視点の解釈をそれぞれのキャラクターに当てはめて喋らせている、とか」
そこまで喋って、紗香はハッと顔を上げた。
「あぁ! どうして気づかなかったのかしら。自分の思考を越えて行動を起こすキャラクター……そうだわ。私たちはきっと、作者のタルパのような存在なのよ!」
「た、たるぱ?」
慌てる拓馬に、ラプラスが素早くアナウンスする。
『タルパとは、チベット仏教に伝わる秘術の一種だ。訳すなら人工精霊というところか。人のように思考・行動する実体をもたない霊体、あるいは自身の精神的な分身を瞑想によって作り出す……概念としてはイマジナリーフレンドに近い』
「そんなもんがあるのか。多重人格みたいなもんか?」
『似ているけど、少し違う。解離性人格障害は無意識に入れ替わったり、記憶が共有されないことがあるが、タルパは確実に互いを認識し合うのだ』
「自らに別の人格を宿らせ、それらを登場人物として作品を描く……確かにラプラスが作品に干渉した説明にもなりそうです。だとすれば我々の会話は作者自身もどう展開するか知らないということになる」
「そうか! だから作者はまだこれを書き続けているんだ。未知なる会話劇の果てに、我々が小説の外の世界に干渉する可能性を探ろうとしている……」
晃と秀才が導き出した結論に、幸運は久しぶりに八重歯を覗かせて笑った。
「よーし、やっと面白くなってきた! アタシたちが立ち向かう謎、目指すべきエンディングは……この小説からの脱出だ!」