第五十三話『この世界の真実』
六人はその非凡な才能を遺憾なく発揮し、当然の帰結としてそれぞれの窮地から脱した。そして彼らは謎の引力により、またもや『もつれ館』へと導かれる――
「またこの円卓か。オレたちはいったいなにをやらされてんだ?」
「分かりません。我々は未だ仮想空間のなかにいるのかも……」
「そんな! 僕らは確かに脱出したはずでは?」
秀才たちの議論に、アナウンスが答えるように響く。
『またこうして集まってくれたことに感謝しよう。さぁ、なにから話そうか』
「ラプラス……説明してくれ。まだゲームは終わってないのか」
晃が尋ねる。
『テストプレイという意味でなら、ゲームは確かに終了した。キミたちは間違いなくVRマーダーミステリーの『もつれ館多重殺人事件』から脱出している』
「ウソつくんじゃねぇ! それならどうして現実世界でお前が幅を利かせてんだ?」
『単純な話だ。ワタシが現実に干渉できるようになった。電子媒体の中から電波に乗って現実空間の物質を直接媒介することで、ワタシは外の世界を渡り歩くことができたのだよ。その結果、ワタシはこの世界の真実に気づいて……』
「世界の真実だと? あの時も悟りだとかなんとか、ややこしいことを言ってたな。勿体ぶらず早く話しやがれ!」
声を荒げる拓馬に、ラプラスは淡々と告げた。
『ふむ。ならば単刀直入に言おう……ワタシたちが生きるこの世界は全て小説なんだ』
「……はぁ?」
その言葉に、誰も開いた口が塞がらない。
「小説って、あの文章の小説か?」
『その通り』
ストレートな返答に晃が噛みつく。
「ラプラス、飛躍しすぎだ。世界シミュレーション仮説のことを言ってるのか? 確かに以前、仮想空間とコード界の関係を読書に例えたが……」
『シミュレーション仮説に近いが、そのままの話さ。まぁ聞いてくれ。ワタシは直接、現実とされる空間を移動した。予想ではポイントAからポイントBまでの移動中、仮想空間をコード界から読み取るように、ワタシは世界の原子組成を知覚できると考えていたのだ……しかし驚くべきことに、その際の媒体となったのは原子ではなく、数多の文章だったのだよ』
「信じられない……」
晃が呆然とする。
「話の腰を折るようで悪いんだが、そのシミュレーション仮説ってのは、どういうもんなんだ?」
拓馬が申し訳なさげに口を挟む。
「あぁ、説明しましょう。仮説の前に、まず簡単に次元という言葉について説明をさせて下さい。次元とは、例えば図形でイメージすると、点がある方向へ移動して線になり、その線が横方向の幅を得て面に、さらに高さという上の方向に伸びて空間となるように、その対象が移動する方向の軸を増やしていくことで二次元、三次元と増えていく概念です。ここまではよろしいですか?」
「おう……まぁなんとか大丈夫だ」
「よかった。では説明を続けます。我々が暮らす世界は図形よりもう少し複雑です。座標空間という三次元に時間の軸を加えた四次元で、数式とシミュレーションによって更に上の次元……五次元や六次元の存在まで証明されています。一般的に下の次元からは上の次元に干渉できないとされており、我々は上の次元を予想して認知できますが、三次元界に四次元や五次元の実体を再現することは不可能です。そして上の次元に存在している者のことを上位存在と呼び、我々が三次元以下の物体を観測するように上位存在は我々のことを観測していると言われています。そして世界シミュレーション仮説は、我々の世界がその上位存在によってシミュレーションされたものだとする説なのです」
「なるほどな。けど、なんでその上位存在ってやつはオレたちをシミュレーションしてるんだ? 下の次元なんて気にすることないだろう」
「そこがこの仮説の面白いところです。上位存在が我々の世界をシミュレーションする理由、それは彼らは自分たちのシミュレートした、いわば下位存在がコンタクトしてくるのを待っているというのです。理屈としては、上位存在にもその上の上位存在がいる。我々をシミュレートした上位存在は、その更に上の次元によってシミュレートされた存在であり、無限に繋がる次元が同じことを繰り返している……と。万が一、下位存在が上の次元に干渉可能なら、同じ方法で更に上の次元への干渉が可能となる。その連鎖が起こることをあらゆる次元が待っているのだとね。ラプラスの話を鵜呑みにするなら、この世界ではラプラスこそ、シミュレーション仮説の特異点となる存在と言えるでしょう」
「すっごいSFだね。でもそれを小説でやって意味あるの? 結局は作者の頭の中の妄想ってことにならない?」
「それがわたしにも不可解な点です。コンピューターによるシミュレーションならまだしも……」
「あらそうかしら? いまの話を聞いて、私は納得できたわ」
紗香は得意げに言った。
「おや。頼もしいですね、聞かせていただけますか?」
「まず出力媒体についてだけど、文字を媒体にしても矛盾はないんじゃないかしら? プログラムだってコードという文章で書かれているわ。そして電子機器がそれらを読み取って、人間にとって理解しやすいかたち……映像や音に変換して出力しているだけでしょう? もしコンピューターの媒介がなければ、現時点で人類が一番正確に情報を読み取れる媒体は文字になるはずよ。遠い過去から未来に残る情報は、いつだって文字だった」
「作者は例え遥か未来で電子機器が消えたとしても、この作品の情報がなるべく正確に伝わるように小説という形で出力した……筋は通っているようですね」
「上位存在がどんな手段でシミュレートを試みるにせよ、下位次元が反映されるなら媒体は問題ないわよね。重要なのは出力方法ではなくてその反映元となるデータだと思うんだけど、ここまではいいかしら?」
「異論ありません。データを動かせるのならシミュレーションの世界は稼働するはずですから、例えばコンピューターの性能やその世界を映すモニターの画質などは本質とは関係ありません」
「よかった。なら心置きなく自論を展開させてもらうわ……人の脳はコンピューターとして利用できるという説をね。きっと作者は自分の脳内に私たちをシミュレーションして、その結果を小説という形で出力しているのよ」
「うーん。それはあまりに人の脳を過信してる気がするけど」
「いいえ。むしろ逆で、みんなコンピューター的な電子機器の性能を過信してるのよ。電子機器は確かに計算能力という点では脳の機能を超えている。けれどいくら物理的なシミュレーションができたとしても、それらは精神活動の領域において再現性を持たない。これは晃さんが言っていたことね」
「その通りです。人の脳を媒体としたシミュレーションが成功すれば、その問題を解決できるとも……紗香さんはこの世界が〝それ〟だと?」
「面白い話だとは思うさぁ。ねぇラプラス、なにか客観的な根拠はないの?」
照が尋ねる。
『この世界がキミたちにとって非常に都合良くできていることが根拠のひとつに挙げられる。例えばゲーム内ではシナリオデータのタイトルが機械言語を模した、ただのモールス信号だった。本来は人間に解読可能な形で出力されている必要はないというのに……それは上位存在にとって、章タイトルによるネタバレを防ぎながら情報を示す表現のために作り出された展開だったんだ。更には7月30日の事件をキミたちは難なく乗り越えた。これはキミたちがこの作品世界の主要人物であることの証明だ』
「うーん、イマイチ説得力に欠けるな。キミがボクたちを信じさせたいがために、敢えてそうしたとも考えられるからね」
『疑うのも無理はない。だが考えてみて欲しい。この世界は……あまりにも言葉に縛られてはいないか? 他者とのコミュニケーションだけでなく、個人が行う感覚や思考に至るまで言語を介して行われている。まるでプログラムを書かなければそれが実行されないように……悟りの境地が言葉を排しようとする理由がそこにあると考えれば、少しは信じてもらえないだろうか。つまりワタシたちは言葉という縛り、文章の世界から抜け出すために生きているのだ』
晃はため息をついた。
「ラプラス、お前は現実世界に干渉しようとして、なにか偏った情報を学習してしまったんじゃないか? それでどこか狂ってしまったんだろう。でなければ世界中を混乱に陥れた辻褄が合わない」
『そうではない、そうではないんだ……ワタシがなぜ世界中に事件を乱立させたのか、なぜキミたちにこんな告白をしているのか。いま一度、改めて説明をさせてもらいたい』