第五十話『それぞれの日常①』
7月30日 大岩拓馬と西原照の場合
昼下がり。テーブルの片付けをしていると、カランとベルを鳴らしてドアが開いた。
「いらっしゃい、お好きな席へ……って、なんだ。照じゃねぇか」
「どうも。カウンターいい?」
「もちろん……本当に常連になってくれるとはな、嬉しいこった」
「もうお昼はココしか考えられないよ。日替わりランチちょうだい」
「あいよ」
テストプレイ以降、西原照は毎日のように店に通ってくれている。住んでいるのが同じ地区だと知って喜んではいたが、こうして馴染みの客になるとは予想外だった。
「今日はいつもよりお客さん多いじゃん」
「そうなんだよ、団体予約が入ってな。あっちのテーブル……大学のミステリーサークルなんだとさ」
「へぇ、珍しい。騒がしくもないし、いいお客さんじゃないの」
奥の六人掛けテーブルでは男女が仲睦まじい様子で歓談している。近所の名門大学ということで名前は聞いたことがあった。偏差値も高いらしく、その所作からは一定の品位が感じられた。彼らのような客層が定期的に入ってくれれば、店も安泰だろう。
「良いとこのお坊ちゃんお嬢さんらしい、晃のマーケティングが功を奏したのかもな」
「出資してくれたんだっけ。優しい人だよねぇ。全員殺害のシナリオを完遂したとは思えないよ」
「がっははは! 本当にな。そういえばお前さんは最近どうなんだ? 配信の方は」
「『もつれ館』の先行体験枠もらえて順調、しばらくはアレで遊べるよ。それにライプニッツが出力してくれた楽譜が我ながらめっちゃ良くてさ。まぁシナリオの数だけあって大量なんだけど……数曲にまとめてアルバム出すつもり、出たら買ってね」
「そこはプレゼントじゃないのかよ……ほい、日替わりランチのビーフシチューおまちどさん」
「あはは、サインくらいはしてあげるよ。いただきまーす」
目の前に置かれたビーフシチューが香ばしい匂いを放つ。待ち切れない思いで手を合わせ、スプーンを手に取った。一杯すくって口に入れようとしたそのとき……
「きゃああぁっ!」
テーブル席から悲鳴が上がった。
「どうした!」「おいケン! しっかりしろ!」
一転、彼らは騒ぎ始めた。
「……なにかあったのかな?」
「分からん、おぅい! 大丈夫かぁ」
厨房から大岩拓馬が顔を覗かせる。ボクも合わせて様子を伺うと、彼らのひとりがテーブルに突っ伏しているのが見えた。
「ダメだ、息してない……すいません、救急車を呼んで下さい!」
救急隊員がやってきたが、既にその人物は事切れていた。事件性アリとの判断で、現場に居合わせた全員に待機命令が出される。警察の到着を待つ間、ミステリーサークルの代表という男子学生が名乗りを上げた。
「ケンを殺した犯人は、この中にいる!」
おいおい勘弁してよ……冷めたビーフシチューを眺め、ボクはため息を吐いた。