第四十九話『解散』
『データの進行を止めますか?』――はい。
『現時点で保存可能なファイルをセーブし、システムを強制終了します……』
アタシは目覚めた。
霞む視界に手をかざし、透明なカプセルの蓋を押し上げる。お椀型の強化プラスチックは内側からの圧力を感知して、柔らかな動作で開いた。
左腕の点滴を外して何度か寝返りを打つ。快適なソファーから身体を起こすと、プールから出たときに似た疲労感と重力を感じる……うん、間違いない。現実に帰ってきたんだ。
辺りを見渡すと、同じ形状をしたカプセルが並んでいる。円を描くように設置されたそれらは順番に開き、中からいつもの面々が顔を覗かせた。
「みんな、お疲れ様!」
「おお! 帰って来れた! やったぞ!」
「あぁ、なんだか変な感じ。体が重いわね」
皆、晴れやかな顔をしていた。ゲーム内では何度も見たお馴染みの顔。現実では個別に案内されてカプセルに入ったので、こうして直接対面して言葉を交わすのは初めてだ。
部屋に設置されたフリースペースに集まる。唐突に終わった冒険を名残り惜しんで、アタシたちはまるで放課後の教室のように会話を弾ませた。
「なんだか実感ないな〜、全然あっけなかったね」
照さんが頭の後ろで手を組んで、余裕の笑みを浮かべる。秀才も頷いた。
「本当に。悟りって聞いたから期待しましたけど、麻酔みたいな感覚でした」
事務連絡を済ませた晃さんが、遅れて駆け足でやってきて頭を下げる。
「皆さんお疲れ様です!この度は、本当に申し訳ない……」
「いいってことよ! こうして帰って来れたんだ、終わりよければなんとやらってな」
「その通りですよ。それに晃さんに悪気がなかったことは、みんなしっかり分かってますから」
拓馬さんと紗香さんに励まされ、晃さんは涙ぐむ。
「いやはや、そう言って頂けると……あともう少しで係の者が来るので。しばらくお待ち下さい」
「了解でーす、『もつれ館』で待ってた時間に比べればあっという間だよね」
照さんが意地悪そうに茶化した。
「……ライプニッツはどうなったのかな」
気がつくと、アタシはポツリとそんなことを呟いていた。ずっと一緒に過ごした仲間の一人が消えた……そんな気持ちだった。
「そうですね。彼はゲームシステム上の存在でしたから、恐らくリセットと同時に消滅したでしょう。我々のために自分を犠牲にしてくれたのです」
晃さんの言葉に、少し心が揺れる。
「そっか。そうだよね」
「……なんだか寂しいわ」
「そうですね。ゲームの中とはいえ、長いこと一緒でしたから……」
「いい奴だったよね。言ってることはややこしかったけどさ」
「オレたちは協力して、共通の目的を成し遂げたんだ。アイツのためにもクヨクヨせず前を向こうぜ!」
しんみりとした空気を拓馬さんが切り替えたところに、係の人がやってきた。簡単な検査を行い、退室の準備が整う。
晃さんがみんなの前に立ち、仰々しく一礼すると挨拶を始めた。
「えー、現在時刻は午後二時四十七分。さまざまなことがありましたが、テストプレイは無事終了致しました! 皆さんご協力、本当にありがとうございました」
頭を下げる彼に、アタシたちは拍手を捧げた。
「……本当はこのタイミングで発表して驚かすつもりでしたが、改めてご挨拶を。仕掛け人、森明源こと宇月晃です。この度はご参加いただきありがとうございました。ささやかながら慰労会なども準備しております。どうぞお愉しみ頂ければ……」
こうしてアタシたちは『もつれ館多重殺人事件』のテストプレイを終え、程なくしてそれぞれの帰路に着いた。